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”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第十幕~第十四幕

 
 色々とやることが終わって気が楽になったので、小説の直しに専念できました。第十四幕までで143ページ。第二十四まで残り120ページってところか……、ってまだ半分しか直しが出来ていないッ!? キッツ~。直し難しい~。
 でも、コレを書き上げればきっとボクは成長できる。
 作品を作り上げるんだ。永遠に、死ぬまでッ!(マテ

 では皆さん、”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第十幕~第十四幕 スタート!



第10幕  相良 龍之介



――――――ボリボリボリボリ……

「レデン、食べ歩きはお行儀が悪いぞ」
「そんなのどうでもいいニャ~」

――――――ボリボリボリボリ……

何だか最近、レデンが俺様の言うことを聞かなくなってきている様な気がする……。手に負えないというか五月蝿いというか……、まぁ、レデンがこうなってしまった原因は分かっている。美鈴だ。あの凶戦士が原因だ。アイツの凶暴性がいつのまにかレデンにうつってしまったのだ。くそっ、早く俺様という特効薬をレデンに注入してやらんと、とんでもないことになってしまうぜッ。
今、俺様とレデンは町里離れた山道を進んでいる。町から少し離れるだけでこんなにも緑が生い茂る場所があったなんて知らなかったな。空気も澄んでいてウマイ。だが、そんな自然の空気を汚すヤツが横にいる。レデンだ。コイツが家からずっとカツオ節の塊をかじりながらついてくるから、俺様の周りにはそれはすごい匂いが充満している。ちょっとしたカツオ節結界初極というヤツだ。
「美味しいニャ~」
隣からは幸せそうな声がずっと聞こえてくるので文句も言えやしない。まったく困ったヤツだ。
「そんなことよりもな」
ポケットから地図を取り出してもう一度よく見てみる。
「この地図おかしくないか?」
地図には大体の模式図が描かれているのだが、クソジジィの指定した場所がちょっとありえないくらい範囲が広いのだ。
「これって、東京ドーム一個が軽く入る広さだぞ?」
昨日のリムジンの件もあるし、あのクソジジィはもしかするととんでもない大金持ちなのかもしれない。ちっ、腹立たしいったらありゃしないぜっ。
世の中の不公平さを嘆きながら、ちょっと急な坂道を登りきると、それは見えた。
「ニャッ!? 大っきぃ門があるニャ!」
レデンはわざわざこっちを向いて、カツオ節のクズを『つぶはぁっ!』と吹き飛ばしながら言ったので、その口からはカツオ節のクズが散弾銃のように発射された。それを神業的にかわしながら、俺様は向こうを見てみた。
「げっ、何だアレは?」
そこにそびえ立つものはまさに羅生門。高さ推定五メートル。神木でも使って建築したかのような神々しいオーラが解き放たれている。その両側には白い壁が向こうの方までず~~~~っと続いていて、この門を通る者を威圧する圧迫感が凄まじい。ヤクザの事務所なんて目じゃないな。
「ん? 誰かいるぞ」
その門の前には、昨日会った『時雨』と言う美人秘書が立っていた。お出迎えというやつか。俺たちはそいつのところまで行って挨拶した。
「ちぃ~っす」
 すぐに返事が返ってくると思ったんだが、
「………………」
時雨はまったくの無反応。下を向いてただ立っているだけ。
「何だ? 俺たちに気づいていないのか?」
涼やかな風、安らかな木々のざわめき。それらが俺たちの空間を埋め尽くしていた。
「この人どうしたんニャ?」
「う~む、分からん」
「死んでいるのかニャ?」
「よしっ、心臓が動いているか試してみよう」

――――――ザシュッ

「……冗談だ」
時雨の胸に手を伸ばそうとした俺様の手を、レデンが容赦なく切り裂いた。結構痛い。
「多分寝ているんだろうな。ちょっと待ってろ」
レデンが『?』マークを頭に浮かべている中、俺様はそこら辺に生えていた雑草をちぎって、それを時雨の鼻の中に突っ込んだ。

――――――こちょこちょこちょ……

「ふぇ……」
効果は絶大だな。さっきまで無反応だった時雨の顔が歪んだ。そして、
「ふぇくちっ」
可愛らしいクシャミだった。
「あ……あれ?」
ようやくお目覚めか。
「よう、目が覚めたようだな」

――――――クー……

 また寝た。
「………………」
 俺様とレデンはしばらく間を置いてから。
「起きろッ」、「ニャッ」

――――――ゴンッ

 二人同時に頭を叩いてやった。
「あ……あれ?」
今度こそ、ようやく時雨が目を覚ましたようだ。
「次、寝たらカンチョウするからな」
「あぐぅ……、すいません。いいお天気だったので、ついウトウトと……」

――――――クー……

「う~む……」
俺たちはどうすればいいのだろうか? 
このまま時雨を放って置いてこの門を通るべきか。それとも、親切にカンチョウで起こしてあげて、時雨に感謝されるべきなのだろうか……。
「う~む……」
まぁ、いろいろと考えるのは俺様らしくないな。頭で考えるよりも、体が先に動くのが俺様という生命体なのさ。よしっ、カンチョウしよう。これで時雨も俺様も救われるってもんさ。
だが、いざ遂行しようとしたら、何故かレデンが時雨の前に立って手を<ワキワキ>と動かしていた。何をする気だ?
俺様が『?』マークを頭に浮かべている中、レデンはニヤリと笑ったかと思うと、

――――――ムンズッ!

「はぅ!?」
「目が覚めたかニャ?」
ぐふっ、な……何ていうことだッ。レデンが時雨の胸を両手で思いっきり揉んだために、時雨が起きてしまったじゃないかっ。俺様のゴッドフィンガーカンチョウをお披露目できる折角のチャンスだったのにッ。
「あ……あれ? なんだか私……、長い長い夢を見ていたような気がします」
 どこか上の空で言っている。まだ眠気が抜けていないのだろう。
「そりゃあ、実際に寝ていたんだからな」
「はぁ……そうだったんですか……、えっ!?」
さっきまでボ~っとしていたのに、時雨は突然スイッチが入ったようにシャキっと背筋を伸ばした。
「そうでしたっ。私、和也という人を待っていたのでしたっ」
「それは俺様だ」
自分を指差して答えてみたら、時雨の後ろに『ガーンッ』という絵文字が浮き上がったのが見えた。衝撃の事実だったんだな。時雨は『あぐぅ~』と言った後に、
「うぅぅ……、すいません、寝坊してしまって……」
 寝坊ッ!? 違うな。
「言っちゃ悪いが、これは寝坊を通り越して死坊(亡)だと思うぞ?」
 突如、どこからともなく寒い風が<ヒュ~>と通り抜けた。おいおいっ、ちょっと待ってくれよ。言っておくが、これはオヤジジャグでは無いぞ。だから、寒いギャグ発生時に吹く風が吹くわけ無いだろう? これはヤングでイケてるチョベリグなギャグだッ!(直後、また風が吹く)
「あぐぅ~……、ツッコミを入れるべきか悩みますね」
「まったくニャ……」
 あれ? レデンがいつの間にか時雨サイドに移って、二人して俺様を冷たい目で見ていた。
「うっさいわ~っ、オラッ!」
 いてもたってもいられなくなったので、俺様は時雨の両方の頬っぺたを摘まんで引っ張ってやった。
「ひぃたいれす~」
「そもそも寝ていたアンタが一番悪いんだろうがっ。あ~や~ま~れ~」
「ごめんにゃひゃいぃ~」
 手を離してやると、時雨は自分の頬を摩りながら泣きそうになっていた。自業自得さっ。
「あぐぅ~、和也さんはヒドイ人ですっ」
「十分承知している」
「ヒドイって言うよりも邪悪に近い存在ニャっ」
「あっ、今、俺様キズ付いたぞ」
 心が痛い。レデンにそこまで思われていたとは……、いよいよもって早く調教しなければ、俺様の地位が危ういッ。
「はっ、早くご案内しなければっ」
いきなり自分の使命を思い出した時雨は、俺たちを見つめてこう言った。
「和也さん、そしてレデンさん、はじめまして。私は龍之介様の秘書をしております『柿本 時雨(かきもと しぐれ)』と申します。本日はわざわざこのような場所までお越しいただいて、誠にありがとうございます」
時雨がお辞儀をすると、その長い髪が風に揺れて、一瞬だけ俺様の視界が茶色に染まった。
「ちゃんとまともなことが言えたんだな」
「あぐぅ……、ちゃんと言えますよっ」
 少しだけ拗ねたように口を尖らせると、時雨は再度キッチリとした表情になってまじめに答えた。
「それではご案内いたしますね。中で総理がお待ちです」
「あぁ、分かったよ。レデン行くぞ~」
レデンは巨大な門を下から嬉しそうに見上げていたが、
「了解ニャ~」
素直に返事をしてこっちに駆け寄ってきた。でだ、その勢いを保ったまま、俺様とレデンは、

「って、総理って何だよッ!?<ピシッ>」
「って、総理って何ニャッ!?<ピシッ>」

と、全くと言っていいほどの同じタイミングで、時雨にツッコミを入れてしまった。
「な……何ですかっ?」
ツッコミを喰らった本人は、ただ戸惑うばかりでこっちが戸惑ってしまう。
「おいおい、冗談にしてはちょっと笑えないぞ」
俺様とレデンは『ワタシニホンゴワァ~ッカリマセ~ン』と喚く外人みたいに両手の掌を天に向けて『ハハハハハ……』と笑い声にならない笑い声をあげた。。
「いえ、冗談ではありません」
先程の時雨とは違い、今度はハッキリと物事を話すので妙に信憑性があった
「まさか、総理って言うのは、総帥 オブ 理科部 の略語か?」
よく分からないことを口走りながら、俺様はただひたすらにオロオロと手の甲の小さな毛を抜こうと努力し、レデンはと言うと、カツオ節の塊に対して“草履”と爪で必死に跡を刻み込んでいた。なぜそんな難しい漢字をレデンが知っているかは俺様には分からないが、レデンよ……、それは“ぞうり”と読むんだぞ?
「いえ、総理とは、総理大臣の略語です」
何をそんなに驚いているの? みたいな感じで時雨が答えた。ムカツク。
「ふっ、何を言っているんだ。そんな訳がないだろう」
俺様は気を落ち着かせるために、その場で片手腕立て伏せをし始めた。オイッチーニーサンーシー……。
「突然なんで片手腕立て伏せなんかし始めるんですかっ? 自分の国の総理大臣ぐらい知っておいてください」
頭の上から時雨の喧しい声が聞こえる。ふっ……、
「そんなこと信じられるかぁあぁぁ~!!」
その掛け声と共に、俺様は<ガバーッ>っと立ち上がった。
「あのクソジジィが総理大臣な訳ねぇだろうがっ! レデン、ついて来いッ!」
「了解ニャッ!」
「えっ、ちょっと?」

――――――ダンッ!

俺様とレデンは、その類まれなる身体能力を生かして高々にジャンプした。
「着地っ」
そして無事に門の上に着地した。垂直跳び五メートル。世界新かな?
「ほえ~、高いニャ~」 
景色は最高。俺たちがここまで歩いてきた道が一望できる。今日はイイ天気だ。
「……あのぉ~!」
下のほうで時雨が叫んでいる。
「……危険ですので降りてくださいぃ~!」
 落ちないように気をつけて、下のほうを覗いてみた。
「大丈夫だッ。そんなやわな鍛え方をしていないのでなッ」
5mほど下にいる時雨はそれでもバタバタと五月蝿く喚いていた。
「あぐぅ……! そうじゃなくて……」
時雨の様子がおかしい。
「ご主人様……」
「ん、どうした?」
隣にいたレデンの様子もおかしい。なんだ? このおかしいは女性限定なのか?
「なんだから嫌な予感がするニャ」
 嫌な予感……、女の勘というやつか。いや、レデンの場合は動物的本能によるものだろうな。
「ほう、それはどんな……」

――――――ダダダッダンッ!

 どこからともなく銃声が響いた。
「うわっ」
ちょっ、やべぇ!
「逃げるニャッ!」
レデンは言うが早いか先に飛び降りていった。
「見捨てるな~ッ」
で、俺様も急いで下にいた時雨の元へ飛び降りた。

――――――ダンッ!

 無事着地。着地は痛いからキライだな。
「大丈夫でしたかっ!?」
時雨が心配の表情を浮かべて俺たちの元に駆け寄ってきた。
「おい……、何でいきなり攻撃されないといけないんだ?」
こんな絶叫マシーンがあったら、客が事前に危険を察知して逃げ出してしまうテーマパークが完成してしまうぜ。だから、その恐怖を体感してしまった俺様の心臓がバクバク状態なのはしょうがないことだろ。
 何でいきなり攻撃されないといけないんだという問いに、時雨はにこやかにこう言った。
「それは……、この門を通って中に入らない人は、例え総理でも射殺せよと命令されているので……」
見ると、時雨の右手には、銃口から火薬の匂いがプンプンする銃が握られていた。
「って、お前が撃ったのかよッ!?」
「あぐぅ……、だって……」
「だって……じゃないだろうがぁぁぁッッ!」
やばい。気がどうにかしてしまいそうだ……。落ち着け、クールになれ俺様。クールに、クゥゥゥルゥゥゥになれ。
「ですので、門以外から中へ入ることはあまりオススメできませんっ」
まるで子供を注意する優しいお姉さんみたいに、時雨はニコっと笑った。てめぇ……、覚えていろよ。
「前途多難だニャ……」
いつも元気万点なレデンも、今回は流石に顔色が悪いかった。何だか急に寒気がしてきたぜ。
「では、ご案内致します~」
時雨は門の横の小さな扉を開けると、手招きして俺たちを中に入れた。この羅生門を通って中に入ってみたかったが、『開けるのが面倒くさいです』と断られてしまった。そして時雨は扉の鍵を閉めると、
「こちらです」
俺たちの前を先導して歩いていった。地面は砂利道。心地よい砂利音が歩くたびに響く。
「……広いニャ~」
「あぁ……」
 見渡す限り日本庭園。流れる小川に赤い橋、高さが三メートルぐらいの五重の塔まである。色とりどりの日本の植物が惜しめもなく目に入ってきて、この庭一つで日本を感じることができる。観光客に有料公開できるぐらいの素晴らしい庭だ。やはり、あのクソジジィは大金持ちで、時雨が言っていたようにこの国の総理大臣なのだろうか。ミトメタクナイ……。
「綺麗な所ニャ~」
 横を歩くレデンもすっかりご満悦だ。それにこの砂利というものも気に入ったらしく、世話しなく砂利を蹴って遊んでいた。だが、その遊びはかなり危険度が高く、レデンが蹴る砂利はショットガンのように俺様を襲うわけで、その結果、俺様は死に物狂いで逃げ回る羽目となった。
 そうこうしているうちに、クソジジィが居るらしい屋敷に着いたわけだ。これまた立派な屋敷で、もはや憎いを通り越して驚嘆してしまっていた。
「靴は脱いでお入りください」
外見も純和風。中身は純和風。日本家屋の素晴らしさが詰まった建造物だ。木の香りが心地よく、この屋敷の中に居るだけで癒される。アウトセラピーなんて可愛く見えてくるぜ。
「なんだか懐かしい匂いニャ」
レデンは鼻をクンクンさせて、柱や床やら畳の匂いを直に嗅いでいた。
「へぇ~、この匂いの良さが分かるなんて大人だな、レデン」
「むっ、レデンはもう立派な大人ニャッ!」
拗ねてしまったのか、プイっと顔を横に向けて黙ってしまった。やれやれ……、
「全く……、その態度がすでに子供っぽいんだけどな……」(ボソッ)
「何か言ったかニャ?」(ギロッ)
「別に……」(ボソッ)
「和也さん、レデンさん、着きましたよ」
レデンに睨まれていた俺様を救ったのは、ここまで案内してくれた時雨だった。時雨が立っている場所の正面には、横に何枚も障子が広がっている大きな部屋があった。横幅だけで十メートルはあるぞ。無駄に広すぎだ。
「くれぐれも総理の前では失礼の無いようにお願いしますね」
「はいはい……、どこの誰かさんみたいに急に銃なんてぶっ放さないから安心してくれ」
「あぐぅ……、そういうこと言う人嫌いです」
 こっちを見て少し泣きそうになった時雨だったが、部屋の方に向きなおすと、まともな秘書のようにこう言った。
「龍之介様。和也さんとレデンさんをお連れ致しました」
 そして部屋の中からは、
「うむ、ご苦労であった。通せ」
 昨日と相違ないクソジジィの声が聞こえた。
「はい」
 時雨が旅館の女将さんみたいに正座して障子を開けると、部屋の入り口から畳の横の幅三枚分の距離のところに、クソジジィが浴衣を着て座布団にあぐらで座っていた。
「おぉっ、和也ではないか。良く来たのぉ」
歓迎モードで笑顔を振りまく浴衣姿のクソジジィは、なんとなく勝海舟に見えて仕方がない。昨日は黒いシルクハット・スーツ・蝶ネクタイの黒三点セットで洋風に見えたから、昨日は大久保さんを意識したスタイルだったのかね?
まぁ、クソジジィのファッションセンスなんてどうでもいいんだよ。日本から見て地球の裏側に在る国の今日の天気予報ぐらいどうでもいい情報だ。最優先される情報は他に在る。
「おいクソジジィ、色々と聞きたいことがある」
そう言いながらクソジジィの前までスカスカと歩いていった俺様は、先に部屋に入っていた時雨が差し出してきた座布団を蹴り払って畳に<ドカッ>と強引に座った。
「ほう、何でも聞いてみぃ」
 クソジジィは挑戦的な目つきで睨んできた。だから俺様も負けじと睨み返しながら言った。
「まず……、昨日言った“パラダイス”って言うのは何処にあるんだ?」
「はて? パラダイス……?」
クソジジィがとぼけた様に答えたのでブチキレそうになったが、我慢ガマンがまんだ……。よしっ、落ち着いた。
「あぁ、俺様はそれが楽しみで今日は忙しい中わざわざここまで来てやったんだからなっ」
しかもここまで来るのにちょっと死にかけたんだからなっ、二回もッ。それにその内一回は貴様の部下である時雨の発砲が原因だ。あんなバカな奴に銃を持たせるなんて正気か? 今すぐあんなヤツ解雇しろよ。で、俺様の家で美人メイド秘書として雇ってやるからさ。<ギロリッ>
「ひっ? 何だか寒気が……?」
 時雨は何処からともなく感じる恐怖に肩を抱いて震えていた。これって一種の黒魔術かもな。不思議なもんもあるものだな。
 時雨から視線を外しクソジジィに向き直すと、さっきの質問の返答が返ってきた。
「済まんかった和也よ。冗談じゃよ。ちゃんと覚えておるわい。ほれっ、アレがレデンちゃん用のパラダイス“カツオ節風呂”じゃ」
クソジジィが部屋の横を指差した先、そこにはビニールでできた大きなプールが置いてあり、その中には恐ろしい量のカツオ節が投入されていた。

――――――「ニャニャニャァァァ~~~! パラダイスニャァァァ~~~!」

すでにレデンも投入されていた。行動が早いなお前。
まるで札束の風呂にでも入っているかの如く狂喜しているネコミミ少女は、両手でカツオ節を持ち、それを真上に投げ、そしてまた両手でカツオ節を待ってまた真上に投げるという行為を繰り返していた。
「ヒヒヒィ、ヒヒィッ……!」
レデンの超気持ち悪い声が聞こえくる。
「まぁ、アレは見なかったことにしよう」
はじめからアレが無かった事にできれば……と、世の中を生きる人間なら一度は思ったことが在るだろう。それが今このとき、俺様に発生した。
「ふむ、レデンちゃんが楽しそうで何よりじゃ」
 あれが楽しそうに見えるやつがいたら、お前は脳がイカれていると俺様が直々に申告してやるから安心しろ。だから目の前に居るこのクソジジィにも言ってやりたくなる。アンタの脳はイカれてイカみたいに透明になっているんじゃないのか? もう手遅れだな。ご愁傷様。
「……で、俺様のパラダイスとやらは何だよ?」
レデンのパラダイスはあの『カツオ節風呂』だということは分かった。じゃあ、俺様のパラダイスはこの流れで行くと……、まさか……、『女体乱れ風呂』ッ!?
「ん? 無いぞ」
「……へっ?」
「だから、無いって言っておるのじゃ」
ふっ……、

――――――ブチッ

「このクソジジィがぁぁあぁ~!」
当然の条件反射が発生。俺様はクソジジィを無理やり立たせてそのまま殴りかかった。だが、それを簡単に手で止められてしまった。
「まぁ待て和也。人の話は最後まで聞くものじゃ」
「あぁ~ん?」
クソジジィは握っている俺様の拳を強く握り締めてきた。しかも余裕の笑みでだ。なっ……動けねぇ……。どんな握力してるんだよ。骨が軋む。
「うぉっほん。和也よ……、お主に仕事を依頼したい」
「はぁ?」
クソジジィは手を離すと、座布団に座りなおして俺様を見上げた。
「この仕事を見事成し遂げてくれた時、和也には本当のパラダイスを与えることを約束する。ワシは総理大臣じゃ、嘘はつかんわい」
 俺様は痛む手を気にする素振りを見せないように気を付けながら、いま聞いた言葉の信憑性を疑っていた。
「さっき時雨に聞いてそのことを知ったんだが……、アンタ本当に総理大臣なのか?」
「うん。ワシ、総理大臣じゃ」
「かるっ、……そんな簡単に言われてもな」
やはり実際に会ってみてもこいつが総理大臣なんてとてもじゃないが信じられねぇ。どう考えても自然の法則に反する事象だ。もしコイツが本当に総理大臣なら、俺様は他の国に渡って永住権を取得するだろう。
そんな怪訝の視線を送っていると、クソジジィは懐から一枚の写真を取り出してそれをこっちに見せた。
「ほれ、これが証拠の写真じゃ」
「うぉッ!? クソジジィが偉そうな連中の真ん中に写っている!?」
写真の中には、スーツを着たクソジジィが威厳たっぷりで立っていた。
「これ、合成じゃないのか?」
「違うわい」
 悲しそうな目で見られた。だってよ……、そう思わないとぶっちゃけやっていけないぜ。
「これでご理解できましたか? このお方は正真正銘この国の第91代目の総理大臣であらせられる“相良 龍之介”様です!」
振り向くと、そこにはやけに自信たっぷりな時雨がいたのでその良く伸びる頬っぺたを引き千切りたくなった。とっても楽しそうだ。そのアトラクションを国民に無料で公開すれば時雨でも国のために働けるってもんだ。
「ちっ、分かったよ。ちょっとだけは信用してやるよ」
これ以上口答えしてもクソジジィが総理大臣だという結果は変らない。この国終わったな。誰か俺様の気持ちを紛らわす面白い芸でも見せてくれよ。その間はイヤなことを忘れることが出来ると思うからさ。
「ワシ……信用無い総理大臣じゃのう」
「そんなことありませんよ。もっと自分に自信を持ってください」
母が我が子を見守るようなウルウルの目で、時雨はクソジジィを見つめて肩に手を置いていた。情けない総理大臣だ。
「……で、仕事の内容は?」
コントみたいな馴れ合いはその辺にしとけ。
「う……うむ……、和也も昨日見たと思うが……」
時雨に『もう大丈夫じゃ』と言うと、クソジジィは見る見る真剣な顔付きになっていった。
「“萌え忍”……という組織を耳にしたことがあるか?」
「いや、昨日初めて聞いたな」
『萌え忍』……、昨日の記憶が甦ってきた。テラメイドで普通に働いていたメイド、サユリが突然“萌え忍”なるものに変身し、クソジジィの命を狙っていた。あれは最初ただのコスプレだと思ったが、どうも違うようだ
「萌え忍って、一体何なんだ?」
俺様でさえ知らない未知の領域。世の中広いぜ。
「ふむ、萌え忍とは……」
レデンが発するキモチワルイ声がBGMとなって部屋に流れている中、クソジジィは重い口調で話し始めた。




第11幕  仕事依頼



「まず初めに……、和也よ。生命とはどのようにして進化したか知っておるか?」
 いきなり話を始めるかと思いきやこれか……、
「愚問だな。もちろん『萌え』によってだ」
「その通り。和也には愚問じゃったな」
「まったくだ」
神妙な空気の中、クソジジィが何故こんな話を切り出してきてか良く分からなかった。生命は萌えによって進化した。これが今最も有意性のある理論。それが俺様の生きる道でもある。
「突然どうした。変な話を始めやがって。萌え忍はどうした」
「むぅ、済まない。だが、和也はこの話を聞かなければならない」
クソジジィは至って真面目だった、どうやら茶化す場面じゃないらしい。
「分かった。続けてくれ」
「感謝するぞ、和也」
 お互いがあぐらで座り、そしてお互いが目を離すことなく話は続く。
「生命が誕生して以来、生命は止め処なく進化を繰り返している。今この時も、どこで新たな進化を遂げた生命が誕生しているかも分からん。微小な物から巨大な物まで全ての生命が変化する世の中。進化の連鎖がずっと続いてきた生命の歴史。萌えによって生命が育む世界。それがワシ等の住む世界じゃ」
 いつの間にか時雨が淹れたお茶を啜ると、クソジジィは一回咳払いして『それに』と付け足した。
「萌えは進化の可能性を秘めているだけではない。巨大な力をも生み出すのじゃ」
「力か……、けっ、昨日アンタを殴った手がまだ痛いぜ」
「ふん、軟弱者め」
昨日、俺様の渾身の一撃がクソジジィの硬いボディに全く歯が立たなかった。アレが萌えパワーの強さ。萌えることにより通常では計り知れないパワーを発する。まぁ当然だな。進化をも呼び起こすほどの凄まじいパワーなんだぜ?
だが、注意しなければいけないのは、その力は今だ未知数ってことだ。危険も多い。
「ちっ、いつかアンタよりも萌えてやるから覚悟しとけ」
 悔しいが、クソジジィは俺様よりも強い。対峙してみて良く分かった。だがすぐに超えてやる。すぐにだッ。覚悟しとけよ。
「ふむ、それは結構なことじゃ。……じゃが、今は頭の隅にでも置いといてくれ」
 闘志剥き出しでいる俺様を一瞥すると、クソジジィはもう一口お茶を飲んだ。
「生命が進化してきて現在に至るまで、最も進化を遂げたのは何じゃと思う?」
「そりゃぁ……、俺達『人類』だろ」
「その通りじゃ。では、この先ワシ等はどこへ向かうのじゃな」
 哲学的な話になってきたな。
「さぁてね……、神のみぞ知るってやつじゃないのか?」
 この手の話は眠くなるからキライだな。
「もし仮に……、進化を人間自らの力で引き起こせるとしたら……どうする?」
 心臓が<ドクン>と唸った。
「……できるのか?」
「できる」
 即答された。
「最近ちまたで問題視されている遺伝子操作。この技術を使えば出来ないことはない。だが、今だかつて『人類』という領域から次の領域へ到達できた者はいない。誰も知らない未知の領域なのじゃ。だがしかし、そこへ人類を到達させようとする組織が数年前現れたのじゃ……。で、その組織の名が……」
 ここでピーンときたね。
「あの『萌え忍』だっていうのか?」
しばらくの沈黙の後、
「その通りじゃ」
 そう言ってまたお茶を口に含んだ。それにしてもさっきからお茶が美味そうだな。ノドも乾いたし。で、俺様もお茶を飲みたくて、さっきから時雨にお茶くれビームを放っているのに気づいてくれやしない。ヒドイやつだ。覚えておけ。
「萌え忍という組織はあらゆる手段を使って進化の可能性を試している。遺伝子操作はほんの一部で、他にもたくさんあるのじゃ。例えば、人類の二次元化、人類の機械化、人類のミニチュア化……。それらは全て、人類が萌えて進化するための手段。萌えるものなら全てを利用する。人類が進化できるなら何でもする。それが萌え忍という組織。とても危険な連中なのじゃ」
 萌えるためなら何でもするか……、まるで俺様みたいなやつ等だな。なかなかやるじゃないか。しかもそんなやつらが集団で集まっている……、それは強敵だな。
 ここでふと一つ思い出したことがあった。それは数ヶ月前の出来事。レデンと初めて出逢った時ことだ。
 今は『カツオ節風呂』に浸かって半狂乱……完狂乱しているレデンだが、俺様と出逢うまでは何処で何をしていたは覚えていないらしい。まぁ追求するつもりは全く無いけどな。だが、俺様は見た。数ヶ月前、レデンが何者かに追われている光景を。今思えば、アレがクソジジィの言う萌え忍だったんじゃないのか? それで……、レデンはその……、やつらが生み出した……遺伝子操作された『ネコミミ少女』……という可能性はある。だがしかしッ、言っておくが可能性だけだッ。俺様が思うにレデンはだな~、萌えの神様が俺様のためにこの世にもたらした萌えの女神なのさ。人の手でこれほどカワイイものを生み出せるわけが無い。これは神の所業。心優しい俺様のために萌えの神様が萌えパワーを駆使して誕生させた萌えの救世主ってところなのさ。そういうことだ。俺様よ、分かったかッ? そう言い聞かせろよ。
「じゃが、ワシはこう考えておるのじゃ……。人類はこれ以上進化してはならんとな」
 混乱する考えに落ち着こうと自分を問いただしていると、クソジジィが今まで見たことの無い真摯な顔で呟いた。
「何で人類は進化したらいけないんだ?」
 さっきまで頭の中を飛び回っていた雑念をどこかへ振り払ってクソジジィを真摯に見つめ聞いてみた。
別に進化すればいいじゃないか。そうやって生命は今まで続いてきたんだからな。
だが、そんな簡単な話で片付かなかったようだ。
「うむ、人類がこれ以上進化すると、地球自身が壊れてしまう恐れがある」
「地球か……」
話のスケールがでかすぎて、ちょっとピンと来ないな。
「うむ、これ以上の進化は恐らく地球の負担になる。人類が進化するときに必要な萌えエネルギーは、地球が保有できる量を遥かに超えてしまうだろう。その結果、ワシ等が住むこの星がどのような現象に視まわれるかは想像の域を超えないのじゃ。何が起こるか検討も付かん。じゃがッ」
そこでクソジジィが<ドンッ>と拳を畳に叩きつけた。
「“萌え忍”という組織は、そうは思っておらん!」
 クソジジィは、自分の娘が悪い男に騙されているんじゃないかと怒るお父さんみたいに歯軋りしながら、本当に怒っているように見えた。
「あやつ等は萌えによって人類を進化、且つ、地球も救われるという誰もが羨やむ功績を持って、世界を意のままに操るという野望を持っておるのじゃっ!」
 世界を支配するだと……、そこまでヤバイ組織だったのか。ちょっと萌え忍の組織見学でもしてみようかなとさっきまで思っていたが止めておこう。興味はあるけどな~。ん~。
「何の話ニャ?」
レデンがカツオ節まみれでこっちに歩いてきた。お前どっか行け。臭いが移るだろ。
「レデンちゃんもここに座りなさい」
ちっ、余計なことを……。
レデンが俺様の隣に『女の子座り』で座った。やっぱり可愛い。
「何だか真剣な話で眠くなりそうニャァ~」
すでにあくびがこぼれているレデン。しかも、そのあくびから発せられるカツオ節の匂いが強烈だ。ある意味生物兵器だな。しょうがないなぁ。
「レデン、家に帰ったらちゃんと俺様と一緒にお風呂に入るんだぞっ」

――――――ザシュッ

 頬を四つの爪が通過。皮を引き裂き肉まで到達。純粋に痛い。
「一人で入るニャ!」
「了解……」
 こんな傷跡があったら、『頬に四つのキズを持つ男』の異名を持ってしまうじゃないか。何気にカッコイイけどそれは遠慮しとこう。
「ワシもレデンちゃんとお風呂に入りたいのぉ……」
 アホなことを言うと爪攻撃されるぞ、と言おうと思ったが止めておいた。

――――――ザシュッ

「了解じゃ……」
二人して頬に四本のキズを持ってしまった。『頬に四つのキズを持つ男達』がこれから増えていくのだろうか? それはとってもイヤな集団になりそうだな。
クソジジィは自分の頬を擦りながら、
「おっほん……話を戻すかの。和也よ、今までの話で萌え忍というのはどういう組織かは理解したな?」
「あぁ」
「レデンはカツオ節に夢中でちゃんと聞いていなかったニャ~」
歯の間に挟まったカツオ節を取りながら、レデンが悲しそうに嘆いた。
「ふっ、あとで俺様が手取り足取り教えてあげるから安心しろ」
 同時に、
「ふっ、その時はワシも……」

――――――ザシュッザシュッ

「それでは、早く話の続きを語り合うぞクソジジィッ!」
「うむッ!」
また頬に傷跡が増えてしまった。それも今度は逆の頬の方だ。だが、この傷跡の模様はもしかしたら流行るかもしれない。両頬に四本の線が走っている。これってカッコ良くね?                                                        
流行の最先端を行く俺様とクソジジィです。
 俺様が自分の外観がワンランク上昇して喜んでいる中、クソジジィは涙目で痛みが中々引かない自分の両頬を擦りながら、
「萌え忍はまだ日本でしか活動していない。しかしじゃ、時が経てばきっと奴らは世界全体に勢力を広げることは間違いないのじゃ。論より証拠、これを見てくれ」
そして、クソジジィが懐から取り出した物は一枚の紙切れ。それを俺たちの前に広げて見せる。そこは誰もが一度は見たことがある日本地図。だが、普通の地図とは違い、所々に赤色で囲まれている部分があった。これは何を示しているんだ?
そう疑問に思っていると、
「これは現在の日本の萌え分布図じゃ。この赤い部分で示している地域が萌えの発展しているところなのじゃ」
クソジジィは指でその赤い部分をなぞりながら、ニンマリと口元を緩ませた。
「ちなみに、この赤色の地域の経済・政治・警察や、全ての会社・公共機関はワシが仕切っているんじゃぞ」
「……へッ!?」
おいおい……、日本の面積の約半数が赤色に染められているぞ。コレ全部をクソジジィが仕切っている? 総理大臣ってそんなにすごいのか?
「……マジか?」
目の前にいるクソジジィがとんでもない野郎だとこのときようやく気づかされた。何処から何処をどう見てもただのジジィにしか見えないのに……、世の中は不公平だ。
「言っておくが、この国全体を萌えさせることぐらいワシには簡単に出来る。じゃが、これぐらいの萌えの分布が最も理想なのでワシはそうしない」
そんなもんかね。日本全土が萌えパラダイス化したら、毎日がとってもたのしいと思うんだがな。左を見ても右を見てもそこには萌えがある。そんな世の中が来るのをずっと俺様は夢に見ていたんだけどな。次の台詞で俺様の野望は砕け散った。
「よいか、萌えとは人の還る場所じゃ。人の安らげる場所じゃ。しかし、萌えばかりでは人というものはダラケてしまい、人本来の力は失われてしまう。コレが俗に言う“シート(sprout not in Employment, Education or Training)”じゃ。萌え尽くしてしまい魂の抜け殻みたいになってしまう病気。もし仮に世界の人口の半分がこの病気にかかってしまったら世界は滅ぶじゃろう。じゃが、今のところは安定していて危険はなかった……」
こみかみをポリポリと掻きながら、
「はずじゃったのに、最近どうもこういう連中が増えてきておるのじゃ」
 あぁ……、もう分かっちまった。クソジジィが何を言いたいかが。
 俺様はコホンと咳払いしてから、
「そうか……、その原因が」
「萌え忍なんだニャッ!?」
 何だとぉ!? 
レデンに一番美味しいところを取られた。しかも喋ろうとしていた俺様の横顔を手で押し退ける感じでだ。しかも押し退けるときに何故か爪を頬に突きたてる感じでだ。殺すぞゴラァッ!
「その通りじゃっ。レデンちゃんは賢いのぉ~」
「えへへニャ~」
 側から見たら、おじぃちゃんが孫の頭を撫でて可愛がっているように見える。微笑ましい光景だ。だが、そんなものに見とれている場合じゃないぜ。
「おいクソジジィ、アンタの言いたいことをまとめるとだな。萌え忍という組織が最近活発に活動していて、“シート”が増えてきているってことか?」
 クソジジィがレデンの頭を撫でるのを止めた。
「そうじゃ。萌え忍は世界を破滅へと導く組織なのじゃ。で、ワシは奴等を捕まえようといろいろと裏で動いておるのじゃが、それが向こうにバレたみたいじゃのぉ。じゃから昨日……ワシは殺されそうになったという訳じゃ」
 昨日か……、レデンの裏メイド技が炸裂して、クソジジィは萌え死一歩手前まで追い込まれた。そこに付け込んで、サユリという萌え忍がクソジジィに止めを刺そうとした。だけど、俺様が邪魔したおかげでクソジジィを仕留めそこなった。これって悪いのはサユリだけだよな? 俺達はただ騙されていただけだ……。
 妙な汗が滝のように流れ出した俺様とレデンを見て、クソジジィは大爆笑した。
「はっはっはっはっ! 和也たちは何にも気落ちすることは無いわい。だ~っはっはっは~っ!」
 あまりにも爽快に笑うので、こっちも少し笑いがこぼれてしまった。
「じゃあ昨日のことは気にしないようにするからな」
「悪いのは全部萌え忍ニャっ」
俺様はちょっと感心した。
「あんたはそうやって日本を守っているんだな」
「なんじゃい、急に変なことを言うな」
「龍之介、何だか顔が赤いニャ?」
レデンがクソジジィの顔を嬉しそうに覗き込む。
「うわっ、気のせいじゃよ、レデンちゃん! それよりも萌え忍についてじゃ!」
絶世のネコミミ美少女から目を背けたクソジジィは、さっき取り出して広げた地図に指を置いた。
「萌え忍はこの赤い分布を日本全土に広げようとしているのじゃ。奴らは至る所に存在している。某病院のナース。某学校の教師。某飛行機内のスチュワーデス、例を挙げたらキリが無いわい。じゃが、奴らは必ずそうやって存在しているのじゃ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
そんな神出鬼没の奴らを見つけるなんて、砂浜で一粒のダイアモンドを見つけるようなもんだ。
「うむ、安心せい。ワシは独自に調査して“萌え忍”の大体のアジトを見つけたのじゃ」
「本当かっ?」
なかなかやるじゃないか。
「頭を潰せば、萌え忍の構成員達も壊滅できるというわけじゃ。じゃが……」
「ん、何か問題があるのか?」
顔を深刻そうにしかめて唇をアヒルのように尖らせて、
「大有りじゃ。そのアジトがかなり厄介なんじゃよ」
「そのアジトってどこなんだ?」
「私立萩原学園ですっ」
 そう言ったのは、ドジでバカな美人秘書、時雨だった。クソジジィは一番オイシイ場面を取られて不満そうだ。そんなクソジジィを見て、時雨は『やっちゃった』と口を大きく開けてそれを手で隠した。
 だが、今はそんなことはどうでもいいんだ。
「何だってぇッ!?」
 心臓のビートが早くなった。
私立萩原学園……、俺様はその場所を……知っている。
くそっ、何で今となってその場所が出て来るんだよ。記憶の底に閉じ込めておきたかったのに。ちっ。
座っていた俺様だったが、あまりの驚きで立ち上がってしまった。足が震える。
クソジジィは俺様の動揺を確認してから、
「そんなに驚くことも無いじゃろう。じゃが、仕方ないかのぉ。そう……、萩原学園は日本最大の学園にして、和也、お主の母校じゃ」
「えっ、そうなのニャ!?」
レデンもびっくりって感じだ。
「おめでとうご主人様ッ! これ……、お祝いニャッ!」
何故か差し出された物はカツオ節。
「あぁ……、レデンが俺様にプレゼントなんて初めてのことだな」
ありがたく頂戴した。だけどあまり嬉しくない。
「えへへ~、褒められたニャ~」
レデンは上機嫌だ。
「困惑するのは無理がない。落ち着いたか和也よ?」
「あぁ、大分ショックがあるがもう大丈夫だ。レデンのおかげで落ち着いた」
一応レデンの頭を撫でてあげた。
「ニャゥ~、ゴロゴロ~」
レデンには、本当に癒される。俺様の心の支えなのかもしれないな。
「和也よ。仕事の内容がもうそろそろ分かってきたかの?」
「あぁ……、大体読めてきた」
だが、俺様は……。
「あの学園だけは国の管理下から離れているのでワシでも手出しができないのじゃ。そこでじゃ。私立萩原学園の卒業生、和也よ。お主なら内部の状況にも詳しいはずじゃし、萌えに関してもエキスパートじゃ、まさにうってつけの人材という訳じゃ」
「あぁ……、そうだな」
あそこには、辛い思い出しか残っていないような気がする。
「では、ヲタク専門の何でも屋の和也よ! 仕事を依頼するぞ!」
クソジジィが立ち上がったが、俺様は顔を上げなかった。
「仕事内容は、“萩原学園にて萌え忍の首謀者を見つける”ことじゃ!」
 あぁ、やっぱりか。
「ニャニャ~! とっても楽しそうニャァ!」
 レデンは飛び跳ねて喜んでいる。何が嬉しいのか俺様には分からない。
「そうじゃろそうじゃろ~」
二人は手を取り合って喜んでいるようだ。見てないけど音だけで判断できる。バタバタとはしゃいでいるのか足音が五月蝿い。だから黙らせよう。
そして俺様は顔を上げた。

「悪いが断る」

音が止んだ。しばらく沈黙が続く。
「なんじゃと?」
 沈黙を破ったのは、動揺を隠せないクソジジィだった。
何だよ、その、俺様が言ったことが信じられないって感じの顔は。
「よいか和也よ。お主で無ければいけないのじゃ。世界が滅んでもよいのか?」
 世界か……、確かに大事なものだ。だけどな、
「なんだか、気が乗らないんだよ……」
気が乗らない……。そう、俺様の気が乗らないだけだ。ただそれだけの理由だ。
 だけどクソジジィはご不満のご様子だ。
「何が不満じゃ? 母校なら懐かしいじゃろう。女学生もたくさんいるぞ。仕事が成功すれば、お主の望むものは何でも与えるぞ。ワシは総理大臣じゃ。嘘は言わん」
アンタの熱意は伝わるよ。だけどな……。
「済まないが……」
今回の仕事は引き受けられない……。俺様には……耐えなれないかもしれない。
心が重い。だからその重みで顔を伏せてしまった。だからクソジジィの表情は伺えない。
「そうか……」
声の調子で分かる。クソジジィはかなり悲しそうだ。昨日初めてアンタに逢ったが、今のアンタが今日までで一番悲しそうだな。
「済まんかった。急な話で困惑させてしまったの。お主の気持ちを全く聞き入れておらなんだわい。済まんかった」
「………」
俺様は何も言えなかった。頭を上げることも出来ない。
「ご主人様?」
 レデンは横顔が畳に触れるほど姿勢を低くして、俺様を下から覗き込んでいた。その瞳はいつものようにキラキラと輝いてはなく、悲しみで曇っていた。
済まんレデン。俺様には無理なんだ。だから、そんな悲しそうにこっちを見ないでくれ。頼むよ。
「和也よ。一応これは渡しておくぞ」
渡す? 何を?
見ると、時雨がクソジジィに何かを渡していた。。
「これじゃ」
それは教員免許証と白い袋。何処から仕入れてきたのか知らないが、教員免許証には俺様がスーツ姿で写っている写真が貼ってあった。合成に見えないのがすごい。もしかしたらこんな写真も撮ったっけなぁと考えを改めさせられてしまうほど自然な証明写真だった。
次に袋の中身を確認してみると、それは綺麗に折りたたまれたスーツだった。その袋が某有名スーツブランドの物だったので、どう考えても高いスーツだということは分かった。
レデンには時雨から萩原学園の学生証と女子用の制服が渡された。これまた学生証の証明写真は、合成に見えないレデン制服着用バージョン。笑顔がカワイイ。
さらに衝撃的だったのは制服だ。俺様がまだ中学生だった頃の学園の制服とはデザインが変わっていた。赤と白を上手く使った配色バランス。見るもの全てを楽園へと導く赤、汚れた心を洗い流してまた汚れてもいいような状態に導く白。そんなセーラー服をデザインしたデザイナーに『モエ・エ・シャンドン』デザイン賞を授与したい。
だが、俺様にコレを受け取る理由はないんだ。
「ジジィ、あのな」
「それをどう使うかは……和也よ、お主に任せる。焼いてもいい、売ってもいい、自由に使ってくれ」
最後まで言わせてくれなかった。クソジジィは向こうを向いてしまって、もう何だか雰囲気的に言い出せなくなってしまったじゃないか。こんなものはいらないと言わせてくれよ。
「ニャ~、カワイイ制服ニャ~!」
レデンは自分の前に制服をぶら下げて、ニャハハ~と制服と一緒に回転している。楽しそうで何よりだけど、それは返すつもりだ。だからそれを着るのは諦めてくれ。
しかし、クソジジィがそうさせなかった。一欠けらのの希望を投げかけてきたからだ。
「じゃが……、もし気が変わって仕事を引き受けてくれるのなら、また明日のこの時間、ここに来てはくれないか?」
「……………」
俺様は何も言わなかった。いや、何も言えなかった。
無言でいる俺様が珍しいのだろう。レデンは仕切りにこっちに幼い眼差しを向けてくる。あぁっ、その視線が痛い。止めてくれっ、こんな俺様を見るなっ。
だが、クソジジィは違う反応を見せてくれた。
「今日は忙しい中、わざわざ来てくれて本当に感謝しておる。帰りの道中、気をつけての」
クソジジィの人を思いやる気持ちが伝わってきた。少しだけ穏やかな気持ちになれた。それが嬉しかった。
「時雨ちゃん、和也たちの見送りを頼むわい」
「かしこまりました、龍之介様」
 時雨がまた見送りの役をかってくれて、羅生門みたいなドデカイ門まで案内してくれた。そして俺たちを見送ったあと、俺達の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
そうして、俺たちは屋敷内から去った。

――――――――――☆

「ご主人様……?」
帰宅途中、レデンは何度もこっちの様子を伺ってきた。さっきから何なんだよ?
「大丈夫かニャ?」
「あぁ……、大丈夫だ」
はぁ……、これで何回目のやり取りだろうか……。
「今日のご主人様はいつもよりも変ニャ~」
「あぁ……そうだな……」
「やっぱり変ニャ~」
レデンが心配してくれるのは本当に嬉しい。だが、今の俺様には苦痛でしかないんだよ。

俺様はずっと考えていた。
家に着くまでに結論が出てくれ。
これからどうすればいいべきなのかと。
どうすれば、俺様は俺様のままでいられるのかと。

あの場所は、本当に悲しいことが起きてしまった場所だから。




第12幕  俺様が俺様であるために



「お風呂に入ってくるニャ~」
「あぁ……」
「覗いたらダメだからニャ~!」
「あぁ……」
「レデン、今服を脱いでいるニャ~!」
「あぁ……」
「ニャ~! レデン今裸ニャ~!!」
「あぁ……」
「ターザンの叫び声は何ニャ~?」
「あぁ……」
「ちょっと違うニャ~! ア~アアァ~ッニャ!」
「あぁ……」
「……バカァッ!」

――――――パタンッ

風呂場の扉が乱暴に閉められたのを境に、レデンの声が全く聞こえなくなった。代わりに聞こえてきたのはお風呂に浸かる音。いつもなら胸が熱くなってくる魅惑の音なんだが、今は何だか萌えない。くそっ、俺様はどうしてしまったんだよ。忘れていたことを思い出したせいか? 
家に着くまでに、クソジジィが出した仕事を受けるか受けないかという結論は出なかった。じゃあ明日までに結論を出そう。それがいい。今日出来ることは明日も出来る。明日の朝、飯を食ってからゆっくりと午後までに結論を出せばいい。だけど、それだと今からヒマだな。ゲームをする気力も湧かないし……、何かやること無いかなぁ……ってやばい、やる事が無いと昔のあの記憶が蘇ってくるじゃないか。
布団の上で寝そべりながら、天井をぼんやりと眺める。すると自然に天井がスクリーンとなって、俺様昔ものがたりの上映会が開始されてしまった。そこに映し出されたのは昔の萩原中学校。まだ小さい小さい中学校の頃だ。懐かしい。
「5年か……」
そう、そんなにも時間が経っているんだな。
「俺様は……」
どうすればいいんだ? なぁ……さん……。
「俺はぁ……」
急に涙がこぼれてきた。止められない。悲しくて、涙を止められない。
「まだ……、忘れられないのか……」
今まで必死に生きてきた。いや、必死に忘れてきた。
口調を変えた。自分のことを言うとき、僕から俺様に変えた。
敬語を止めた。誰かの名前を呼ぶときは呼び捨てにした。さん付けで呼ぶなんて寒気がするぜ。
性格を変えた。いつでも強気でいるようにした。弱気になるなんて、恥ずかしくて死にそうだぜ。
学校を辞めた。それからは一人で生きてきた。誰の力も借りずに、一人で。一人で生きてきたんだよっ!
「俺様は……」
手が涙でびしょ濡れになってしまったぜ。
「まだ弱いのか……」
自分は強くなったと思っていた。そう信じていた。
「まだ変わっていないのか……」
自分が変われば、自然に忘れられると思ったのに……。
「まだ忘れられないのか……」
胸が締め付けられる。苦しい。あの思い出が心の奥底で爆発し、俺様の心を圧縮しているようだ。痛い、痛いよぉ……。

――――――ズキンッ

「……さん?」
ふいに、俺様の心に亀裂が入ったような気がした。亀裂はすぐに広がる。
その瞬間、

――――――「和也君っ、ちゃんと私の後について来なさいよっ」(?)

――――――「でも……さん。僕もうクタクタだよぉ」

――――――「なに弱気なことを言っているのよっ! ほらっ、ビシバシいくからねっ!」

――――――「うわぁぁぁ~ん!」

「はっ?」
目を開ける。そこは俺様の普段どおりの部屋。突然の記憶障害だな。落ち着け。リラックスだ。
「今のは……」
心の奥に押し込めていた昔の記憶。
あの子との……、思い出の記憶。やっぱりまだ忘れていない。
「うっ」
頭が割れそうに痛いッ。くそっ、また何かが聞こえてくるッ!
遠くから、本当に遠くから、声が聞こえてきた。悲しい声が……。
意識を集中させる。

――――――「……和也君……?」(?)

――――――「そう、僕だよっ、……さん!」

――――――「何で泣きそうな顔しているのよ?」

――――――「泣いてなんかいないよっ!」

――――――「そう……、よかった……」

――――――「僕のことよりも、……さんがっ!」

――――――「私の心配するなんて、まだ早いわよ和也君……」

――――――「もう無理だよっ、逃げようよっ」

――――――「あの人を止めないと、結局は皆が死んじゃうのよ」

――――――「先に……さんが死んじゃうよっ、さぁ! 早く逃げ……」

――――――ドゴッ

首の後ろに強い衝撃が響いた。

――――――「……さん?」

意識が遠のいて行く。だけど僕はまだ倒れちゃいけない。立っていろよ僕。

――――――「和也君……」

あの子が目に映った。
僕のことをいっつも振り回していた元気いっぱいで意地悪だけど優しくて、可愛いくて、憎めなくて、一緒にいると楽しくて、いっつも面倒事を持ってくるけどそれを一緒に解決して笑ったり、巡り会えて良かった、僕が本当に好きになってしまった女の子。

――――――「今まで……、こんな私と一緒に居てくれて……ありがとう」

その子の笑顔は綺麗だった。
そして、崩れていく学校に向かって、その子は一人で走って行った……。

――――――「僕が弱いから! ……さんが一人で行ってしまったんだ! 僕は……僕が嫌いだ! こんな僕なんて、消えてしまえばいいんだッ!!」 

そこで思い出は途切れた……。

――――――――――☆

「ご主人様?」
俺様を呼ぶ声が聞こえる。意識が深いところから浅いところに上がっていく。あぁ……、なんだよ。今のは夢かよ。いつの間にか寝ていたんだな。
「泣いているんニャ?」
起き上がって声の方向を見る。そこに居たのは、バスタオルを頭に巻いて、愛用のピンク色パジャマの胸部分をぎゅっと握っているレデンだった。いつもなら、この湯上り独特の火照った肌、シャンプーの香り、いつもは縛っているのに今は解いている髪の毛、これらによる魅惑コンボで、俺様の内なる鼓動が暴走特急並に<シュッポ、シュッポ>とフルスロットルするんだが、今はそんな気力は湧き上がらなかった。
「泣いてなんかいねぇよ」
実際に泣いていなかった。だからレデンに顔を見られても別に問題は無かったんだが、気分的に今は面会謝絶中だ。誰にも会いたくないと言うか、誰とも顔を合わせたくないな。 
そんな感じだから、レデンにこっちを見られないように顔を隠しながら立ち上がった。
「さてと、俺様も風呂に入るか」
背伸びをして、レデンに一瞥もくれないで横を通り過ぎた。目に入っていたのはドアだけ。それ以外はどうでもいい。早く風呂に入って体の中に溜まったウヤウヤを吐き出したい。

――――――ギュッ

「んっ?」
ドアノブを握った途端、誰かに後ろから抱きつかれた。
「レデン……?」
腰にレデンの細い腕が巻きついている。しかも震えていた。
怖いから? 泣いているから? それを確認することは出来なかったが、代わりに強い意思表示がレデンからもたらされた。
「レデンじゃダメかもしれないけど、今だけはこうした方がいいと思ったんだニャ」
強く締め付けられる。いつもは暴力しか生まないレデンの力だが、今はその力に包み込まれている。何だか不思議な感覚だ。
「済まないな……」 
俺たちはしばらくそのまま立ち尽くしていた。静かな時が流れた。さっきまでの記憶が消えていく。レデンの心臓の鼓動だけが、俺様の世界に響いた。

――――――トクントクントクン……

俺様の鼓動とレデンの鼓動。二つの鼓動が一つに重なったような気がした。
落ち着く。癒される。俺様が俺様でいられる……。
「レデン……」
「なんニャ?」
ピクンとレデンの腕が震えた。
「もう大丈夫だ」
そっと腕に触れると、ゆっくりとそれは離れていった。暖かい物が去っていくような余韻が残る。じんわりと熱が消えていく。
「ご主人様……」
「どうした?」
後ろに振り返って見てみると、
「レデンの入った後のお風呂で変なことしたらダメだからニャっ」
そこには、レデンの笑顔があった。
「プッ」
ダメだ。笑いが吹き出してしまった。
「何で笑うニャ!」
レデンは怒った。
「いや、何でもねぇよ」
俺様は笑った。
「やっぱり変なご主人様ニャっ」
怒って、ベッドの上に飛んで行ってしまった。まるでアメフト選手のタッチダウン並の迫力だった。
「さてと……、レデンの入った後のお風呂のお湯でも飲もうかね」

――――――バタンッ

ドアを閉めた。
「絶対にダメニャァァァ~~~!!!」
レデンらしい叫び声がドアの向こう側から通り抜けてきた。
俺様は今閉めたドアを見つめ、
「ありがとうレデン」
自分にしか聞こえない、小さな声で感謝した。

――――――チャプン~

「ふぅ……」
いい湯だ。心も体も温まる。
しばらく湯船に浸かってから、体と頭をそれぞれ『ツンデレシャンプーNo1』と『ツンデレボディソープNO1』で無心に洗った。この『ツンデレお風呂No1』シリーズは他にも、石けん、リンス、入浴剤などが絶賛発売中だ。この商品を毎日使っていると、自分もツンデレになれるそうで、その効果で今や売り切れ必然の大人気商品だ。新谷家三大神器の一つでもある。残り二つの神器は……まだ秘密だ。
身体も心もピカピカツンデレになり、あとは湯上り前の入浴を楽しむだけだ。やっぱり一分間はゆっくりと浸からないとな。
「ふぅ……」
 はっはっはっ……、気持ち良すぎるぜ。日本のお風呂はやっぱり世界最高だな。お風呂を発明した奴、アンタは偉いッ。アンタのおかげで、日本での覗き文化は急激に成長し、今や芸術とまで呼ばれるようになった。覗きの世界では、俺様は『透視眼の和也』と尊敬の意を込めて呼ばれているんだぜ? どうだ、すごいだろう?
 はっはっはっはっはっはぁ~……、あぁ空しい……。
 あの日から毎日毎日一日一日を一生懸命に生きてきた。誰にも迷惑をかけずに、誰にも負けずに、落ち込まずに、あのことを思い出さないように。その結果がこれかよ。ちょっと昔のことを思い出しただけで落ち込みやがって。
「やっぱり……」
ユラリユラリと水面を揺れる波を見ながら思った。
「こんなの俺様らしくねぇ……!」
波紋が激しくうねった。お風呂のお湯で顔を勢いよく洗ったからだ。
「ウジウジしやがって、何様のつもりだ、俺様ッ!」

――――――パァンッ

右手で自分の頬を叩いた。
「レデンに心配されてんじゃねぇよ!」

――――――パァンッ

左手で自分の頬を叩いた。
「俺様は黙って俺様らしくしていろっ!!」

――――――パァンッ!

両手で顔面を思いっきり叩いた。
「……痛い」
少しだけ涙目になる。痛い、だけどなっ。
「うぉぉおぉぉ~っしゃぁぁッッ!!」
気合入魂完了だ。シュッポッポ~!
「俺様、復活だぜっ!」
誰が見ているのかも分からないのに、湯船からポセイドンの如く立ち上がり、両手を掲げてガッツポーズを決めた。う~ん、マッスル。

――――――ドタバタドタバタッ!

「ん?」
慌しい足音が近づいてくる。

――――――ガラッ

「何かあったんニャッ?」
堂々登場、その名はレデン。そいつが全身ハダカな俺様の後ろ姿を見ると、全身が石化した。
「レデン喜べッ!」
とりあえず、生まれたままの姿じゃない前側をレデンに向けた。
「ニャァァァ~~~!」

――――――ドタバタドタバタッ

足音が遠ざかっていく。
「俺様は復活したからなぁぁぁ~~~!」
レデンに聞こえるような大きな声で叫んだ。
「俺様は俺様だぁぁぁ~~~!」
何回も繰り返して叫んだ。そう……、俺様は俺様なんだ。もう、僕じゃない。昔の自分じゃないんだ。
そうやって吹っ切れることが出来た入浴タイムだった。

――――――――――☆

「1回死ねニャッ!」
「はっはっはっ、まぁ気にするなっ」
今は夕食中だ。食卓を囲むのは、俺様とレデンと、
「どうかしたの、レデンちゃん?」
何故か美鈴もいる。しっしっ。
「さっきご主人様が、レデンにとんでもない物を見せ」
「レデン、そこのソース取ってくれ」
 緊急回避手段発動。
「えっ、はいどうぞニャっ」
「うむ、ありがとう」
今日の夕食は美鈴が作ってくれた豚カツだ。カリっと揚がっていて中はジューシー、店を開ける味だ。昔は料理なんて全然ダメで良くからかっていたのに、今じゃあ文句の付けようが無い。
「うん、今日の飯は最高にウマイなっ」
「えっ、そうかな?」
美鈴が少し照れくさそうに顔を赤らめた。
「あぁ、お前の料理は最高だぞっ」

――――――ボンッ

「美鈴さんの顔が爆発したニャッ!!」
「大丈夫か美鈴っ!?」
敵襲かッ!? だが、何処からもミサイルやら銃弾が飛んできた様子は伺えなかったんだが……、おっと、それよりも美鈴の様子は……大丈夫なのか大丈夫じゃないのか良く分からない。
「ちょっと……、タバスコをかけ過ぎたわ……」
 妙な事を言ってくれる。
「豚カツにか……?」
そもそも、タバスコなんて物はテーブルの上に存在していない。
「私の好物なのっ」
「そうか……」
食事再開。
ふぅ、なんとか危険を回避できたようだ。危なかったぜ。レデンに裸を見せたことが美鈴にバレた日には……、がふぅっ、考えるだけで身の毛がよだって狂い死にしそうだ。
「あっ、そうだ美鈴」
びくっと美鈴の肩が震えた。
「な……なに?」
何故に上目使いでこっちを見る? 
「食事が終わったら、レデンと俺様は二人で出かけるからな」
「えっ、そうなんニャっ?」
レデンは口の中をいっぱいにしながら一生懸命に答えたので、ご飯粒が夕暮れ時を彩るカラスの大群みたいに俺様の顔面に飛んできた。これって絶対に回避不可能だぜ?
「どこに行くの?」
顔面に飛来した物をティッシュで覆うように取り除き、洗面所まで行き顔を綺麗に洗ってから美鈴の質問に答えた。
「萩原学園だ」

――――――カシャン……

「あっ」
直後、美鈴は持っていた箸を床に落とした。
「なにやってるんだよ」
「ほっといてよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、美鈴は落ちた箸を拾い、キッチンでそれを水洗いし、タオルで拭いてからこっちに戻ってきた。
「ちょっとだけびっくりしただけよ」
そして何事も無かったかのように食事を再開した。
「……何も訊かないのか?」
箸を動かしていた美鈴の手が止まった。
「訊く必要がないわ」
そりゃぁ冷たいな。
「これはバカ兄貴の問題よ。私には何も関係ありません。好きにやればいいのよ。で、また落ち込んだら、あの時みたいにブン殴ってあげるわよ」

――――――モグモグモグ……

レデンの食べる音だけが、異様にでかく聞こえるような気がする。
「そうか……」

――――――モグモグモグ……

「でも、これだけは言っておくわ」
「何だ?」

――――――モグモグモグ……

「レデンちゃんを夜更かしさせたらダメだからね」

――――――ゴックン

「そうニャっ、レデン、すぐに眠たくなってしまうニャ~ぅ~」
すでに目をこすっているレデン。いつもの就寝時間にはまだ一時間はあるぞ。今日の出来事がそんなに疲れたかのかは知らないが、早く萩原学園に行って用事を澄まさなければいけないな。じゃないとレデンが夜更かしという状態に陥ってしまい、その結果、俺様は美鈴特製の拷問旅行の旅に陥ってしまうだろうからだ。まぁそこまで美鈴も鬼じゃないと信じよう。うんっ、きっと大丈夫。
「バカ兄貴、分かった?」
人差し指を立てて、美鈴は俺様の額を軽く押した。この時、秘孔でも突かれたのかと思って軽く死を覚悟したが、何も起きなかったので安堵の溜息をついた。
「あぁ、了解した」
美鈴から超暴力という能力を取ったら、俺様の妹はお節介で面倒見が良くてそこそこカワイイ自慢の妹として世間に公表できるが、美鈴の力は永久保存版だと思うので、そんな日は未来永劫訪れることは無いのさ。
かくして、俺様とレデンは萩原学園へと向かうのであったとさ。もちろん歩きでだ。早く車を買いたいとこういう時に思うんだが、金が無いから無理。

――――――――――☆

 思っていたよりもすぐに着いてしまった。徒歩で30分といったところか。食後の良い運動にもってこいだな。
「ここかニャ?」
「あぁ……」
実に5年ぶりだ。遠い昔の記憶。
校門は閉まっていたので、中の様子は鉄格子越しにしか目視できなかった。だから詳しくは中を見られなかったが、それでも驚くべき光景が校門の奥に広がっていた。
俺様が心にしまいこんでおいた風景と、目の前にある風景は全く該当しなかった。
あの頃のようにショボイ校舎が立ち並んでいるのかと思っていたが違うようだ。まず、建物の配置からして次元が違っている。校門から校舎まで行く道は綺麗なタイルで敷き詰められており、道の両端には一定間隔に外灯が立ち並んでいる。道の周りは丁寧に刈り取られている芝生が生え、昼寝するのに絶好な大きな木が所狭しと覆い茂っている。この木は……桜か? 春になるとここは花見客でごった返すらしいしな。多分間違いないだろう。
ここはどこのお屋敷の庭かツッコミたい。校門から少し進んだところには噴水らしきものまで見えるんだぜ。っていうか、ここからは校舎と言う建物が見えない。木が邪魔しているからだ。だが、ただ一つ、噴水を通り越した向こう側に見える建造物は、記憶の中の風景と一致していた。
「あの時計塔、まだ在ったんだな」
 それは、日本一巨大な木造の時計塔。外灯は下の方しか照らしていないので、地上から30メートルの高さに位置する時計の針は、薄暗くてぼんやりとしか見えなかった。
 この時計塔だけが、あの頃と変らずここに残っていた。
「まぁ、あれだけ破壊されたらな……」
残っていたのが時計塔だけってのも何だか寂しいな。だが、それ以上に目の前に広がる景色に圧巻、と言うか驚愕してしまっている俺様がいた。
「ねぇねぇご主人様ッ、ここってどれくらいの広さニャっ?」
 鉄格子の間に顔を突っ込みながらレデンが言った。
「ん~……」
昔、新聞を読んで知った。
破壊された萩原中学校を、ある人物が土地ごと国から買取り、そこを中心に周りの土地も買い占めたことを。
そうして隣接していた周辺の小学校、中学校、高校を統合させた萩原学園を誕生させた。
規模、影響力、資産、全てにおいて日本一の学園だ。
「広すぎて分かんねぇよ」
確か、学園を一周するだけで二時間かかるらしい。一周10キロメートルといったところか。バカ広いな。
「中には入れそうにないニャァ」
「そうだな」
ざっと見たところ、入り口は校門しかなさそうだ。他の入り口はどこにあるか見当も付かない。3メートルほどある塀を乗り越えるにしても、警報装置が付いていたらそれはヤバイことになりそうだしな。
「外灯が綺麗だニャ~」
 レデンはさっきからずっと鉄格子に頭を押し付けて、耳をピョコピョコ、尻尾をピョンピョンさせながら忙しなく嬉しそうだった。
「そうだな、綺麗だな」
 俺様も素直にそれを認めた。
ここで『だけどレデンの方が綺麗だ』と付け足したらそれはそれはベタな展開に発展するかもしれないが、レデンは綺麗系よりも、めっちゃカワイイ系なので、今度レデンが『○○ってカワイイニャ~』と言ったら、さっきのセリフを使うことにしよう。
「あのおっきい時計は何ニャ?」
 レデンもあの時計塔に気が付いたらしい。あんなに大きな時計は恐らく初めて見たんだろうな。好奇心爆発中か?
「あれはだな……」
 ここでつい口が滑って言ってしまいそうになった。俺様とあの子の思い出の場所だ……。きゃっ、恥ずかしい。
 なんて言えるわけも無く、
「頑丈な時計だ」
 と、ナンセンスな事を言った。
「もうちょっとロマンチックに言えニャ」
 済まん。
レデンはガックリと肩を落としてうな垂れてしまった。珍しい仕草だな。
「本当に頑丈なんだからしょうがねぇだろ」
そう……、あの出来事の後、あの時計塔しか残っていなかったんだからな……。今と過去を繋ぐたった一つの忘れ物だ。
鉄格子に頭をはめていたレデンだったが、それをスポっと外すと、こっちを見て訊いてきた。
「で、ご主人様はここへ何しに来たんニャ?」
そういえばまだ話していなかったな。ここに来た理由か……。
その時、髪がなびくほど強い風が何処からともなく吹き抜けた。並木道に植林されている木々たちがザワザワと音を奏でて揺れだすと、その音が俺様に、「まだ迷っているのか?」、「まだ決めていないのか?」と投げかけてくるような気分に包まれた。
「……ご主人様?」
様子が変わった俺様に対して首をかしげるレデン。済まん、いま言うよ。
そして、俺様は最愛の人にプロポーズするかのように、ゆっくりと、力強く言った。

「約束しにきたんだ」

風が止んだ。
「何をニャ?」
無風の中、俺様とレデンの周りにだけ他と違う空気が流れた。
「もう……、俺様は過去から逃げないということをだ」
その言葉に、レデンは先ほどよりももっと首を傾げてしまった。そんなに変なことを言ったか?
「レデン、良く分かんないニャ~」
「はははっ、お子ちゃまにはこの気持ちは理解できないのさっ」
「ニャんだと~」
途端に目が上弦の月みたいに吊りあがったレデンは、ヨロヨロとおぼつかない足取りでこっちまで歩いてきた。どうした?
「殴りたいのに、眠いニャ~…」
 なるほど、いつもならこの時間にはもうベッドでお休み中だ。お子ちゃまは早く寝るに限る。
 で、レデンはこっちまで歩いてくると、そのまま俺様の体にもたれ掛かるようにして動かなくなった。
「グ~」
胸に顔を埋めたまま寝ていた。
「……寝ているときが一番カワイイのは本当だな」
「グ~」
 レデンを塀にもたれ掛けさせて座らせた後、自分の上着を掛けてあげて風邪を引かないようにした。
「すぐに終わるからな」
約束をするため。俺様は再び校門の前に立った。
緊張は……していない。むしろ落ち着きすぎている。爽やかな気分だ。
 軽く息を吸って、吐いて、また吸って、そして、時計塔の天辺を眺めながら決意表明開始だぜっ。
「もう一度ここへ来るとは思いもしなかったよ」
あれ? あのころの口調に戻っている。封印したはずなのに自然に口が動いてしまう。まぁいっか。
レデンにも聴こえないような、自分にしか聴こえない声量で独り言みたいに話す。
「ここへは、もう二度と来ないと思っていたのになぁ」
……さんが、いなくなってしまった場所だからな。
「でも、もう大丈夫だよ」
 視線をネコミミ少女に向ける。スヤスヤと本当にまぁ幸せそうに寝ているな。和むにも程ってもんがある。
「今はレデンが僕の傍にいるから悲しくないんだ」
『ニャピ~』とカワイイ寝息が聞こえてくる。すぐ横で一緒に寝てしまいたくなる。だけど今はこっちが優先だ。
「確かに昔、ここで悲しいことが起こってしまったよ」
でも気づいた。
「でも本当は違った。楽しいことの方がたくさん在ったんだ」
ほとんどイジメられていた記憶しかないけどな。
「君との思い出は、本当に壮大で、楽しくて、きつくて、泣いて、笑って、絶叫して、そしてまた笑って……」
本当に、楽しい思い出だ。
「だから、僕はもう泣かないよ。でも、ケジメだけはつけようと思うんだ」
グッと握りこぶしを作った。
「立花さんとの思い出を、笑って思い出せるように、僕はここで教師としてしばらくの間過ごしてみるよ。そして、強くなってみせるよ。だから、もう僕は大丈夫だよ」
 立花さん……。
その名前を口に出してしゃべったのは……、5年ぶりだな。
 懐かしい……、懐かし過ぎるぜ。だけど泣きはしない。
「立花さんに鍛えられたからなんとかなるよっ。やっほ~い!」
……変なポーズを取ってしまった。恥ずかしい。
「おっほん……、じゃあ、もう僕は行くよ」
校門に背を向けた。
「この仕事が終わったら、もう一度報告しに来るからね」
後ろに手を振りつつ、レデンの元に歩みよろうとした時、また風が吹いた。そして、

――――――「バカね……」

「えっ?」
ものすごい勢いで後ろに振り返った。
でも、そこには誰もいなかった……。当たり前か。でも……まさか、
「気のせいだいだよな? ははは……はぁ~……、まだまだ俺様は弱いなぁ」
自分の幻聴癖に呆れてしまった。何をやっているんだよ。そんなことあるわけ無いじゃないか。
「……帰るか」
約束はした。だからもうがんばることができる。この学園に居ても挫けることは無い。今この時、バージョンアップした俺様が誕生したのだ。
だから、クソジジィの依頼……、受けてやるよ。
「よっこいしょっと」
爆睡中のレデンをおぶってやり、帰路を辿ること数分後、
「フニャ~?」
背中から声が聞こえた。
「おっ、起こしたか。済まんな」
「ムニャニャ~、もう終わったのかニャ~ニャフゥ~」
 ものすっげ~眠たそうだ。
「あぁ、終わったぞ」
「よかったニャ~、ご主人様に聞きたいことがあったんニャ~」
 レデンの息が首筋に当たってくすぐったい。
「んっ、何だ?」
 何を訊かれるかと思ったら、
「学校って、何をする場所ニャ?」
「って、レデンは学校がどういうところか知らなかったのか」
「だって、まだ教えてもらっていないニャ~」
拗ねたように言う。
「はははっ、すまんすまん。いいかレデン、学校と言うところはだな……」
学校とは、楽しくて、友達ができて、遊べて、良い思い出があり得ない位たくさんできる場所だと教えてあげた。レデンは終始ずっとはしゃいでいて、そんなレデンを見て、俺様も楽しくなった。
家に着いたとき、レデンはすでに寝てしまっていた。もう起きることは無いだろう。
「明日から……、忙しくなるぞ」
レデンをベッドに寝かしつけると、俺様も自分の布団に潜り込んだ。どうにも眠い。すぐに寝れそうだ。
「立花さん、俺様はもう大丈夫だ……」
 目蓋が重くなる。ゆっくりと意識が静んでいく。いつの間にか寝てしまうのが睡眠の面白いところだな。そして睡眠時における最も面白いと言えるのが、夢を見ることだ。
このあと、俺様は夢を見たような気がする。
夢の中の俺様は中学生。傍には女の子とぬいぐるみ。
 いつまでも続いて欲しいと願っていた、そんな日々を送っていた頃の記憶。
 今は夢を見よう。そして明日へ繋げよう。
 昨日には昨日の、
 今日には今日の、
明日には明日の俺様が居るのだから。




第13幕  誓い



「カツオ節~、クッチャクッチャと食べるのニャ~、クに打点を付けたらダメなのニャ~」
現在、お昼時を少し回った午後1時。二人が進む場所は昨日も通った山道。つまり、クソジジィの屋敷まで続く道だ。
そして俺様よりも2歩進んだところでスキップしているのは、“カツオ節の歌”のニ番をリズムに乗って熱唱中のレデン。妙にハイテンションで、幼い少女がお母さんに遊園地に連れて行ってもらえているようなはしゃぎ様だ。背中から羽が生えたみたいに動きも軽やかだ。まったく……やれやれだ。
でもまぁ……なんと言うか……、実は俺様も人のことは言えないんだ、ぶっちゃけ今の気分はスキップルンルンっだ。ピクニックに出掛けるガキ共よりもテンションが高い自信がある。何故なら、俺様にはやるべきことがあるからだ。
昨日約束したんだ。もう逃げないと。そう決めた。
だから、昨日を境に新たな決意を心に刻んだ俺様を、もはや誰も止めることはできねぇッ。挫けることは許されない……、うぉぉぉ~~っしゃぁぁッッ、やる気出てきたッ。やってやるぜっ、シュッシュッシュッ! 右右左ッ。
歌声を響かせるレデンと、鼻歌を空気に混ぜ込ませながらシャドウボクシングを始めた俺様を、秋の陽気が優しく包み込むお昼時。とても清々しい。良い萌え日和だ。シュッシュッ。
「龍之介いるかニャ~?」
 歌うのを止めたレデンがこっちに振り返り首を傾げた。その様子を見て俺様も高速ジャブを止めた。
「来てくれないかと昨日言っていたからな。多分いるだろう」
太陽は真上にある。この時期にしては暑い気温だ。じんわりと額から汗が滴り出てくる。ちっ、もっと早い内に出掛ければよかった。

今朝目覚めた時、その時間帯は今朝とは言えなかった。すでに陽は高くあがっていて、久しぶりに良く寝たといった感じだったな。飯を食べようとリビングに行くと、美鈴はいなかったがテーブルの上には二人分の朝食が準備されていた。
「……冷めているが美味しいな」
「美鈴さんの料理はどんな状況に陥っても美味しいニャッ!」
二人ともボサボサの髪型のまま向かい合って食べる遅めの朝食。時折あくびを交えながらも冷たい味噌汁を口に運ぶ。眠い。だけどそれ以上に美味い。
いつもよりも多くの時間を使って食事を終え、歯を磨き終えて髪もセット完了。よしっ、今日もイイ男だ。
「よし、そろそろ行くぞ」
「どこへニャ?」
「クソジジィの屋敷までだ」
「了解ニャッ!」

そして今に至る。
「もうそろそろで着くな……ッ」
 直後、腹に痛みが走った。やべっ、この何とも言えない痛みが耐えられない。食べてすぐに運動は身体に良くないんだそうだ。
「今日もカツオ節ないかニャ~」
そんなのはどうでもいい。クソジジィの屋敷に着いたらまず冷たい水を一気に飲む。運動後の一杯はコレに限る。
「冷たいカツオ節を一気に飲みたいニャ~」
ネコ背気味にぐったりと、そして下をペロッと出しながらレデンは言った。
「ノドに詰まって死ぬぞ?」
「カツオ節はそんなことしないニャ~」
「ほう、レデンにとってカツオ節は生き物なのか? 生き物なのか? 言ってみろッ」
「ムサい顔を近づけるなニャッ」
「痛ぁぁッ! あっ、こら待ちやがれッ。くそぉ、目に血が入った。上等だ~~ッ!」
 急いで追いかけるも、すでにレデンは遥か彼方。ふっ、野生の脚力には常人は通用しないのかな……と思いながら疾走していると、上り坂の先でレデンが向こうを向いて立ち尽くしているのが目に入った。
「どうしたんだアイツ」
 どうも様子がおかしい。俺様のことを待っているつもりなら、こっちを向いているはずなのに、その様子は微塵も感じられない。何だ? とりあえず急ぐか。
 坂を上れば景色は広がり、クソジジィの屋敷を外界と遮断する大門が見えるはずだった。だけど、昨日とは少し背景が異なっていた。それは、
「あの黒い煙は何ニャ?」
そう……、レデンの言うとおりの異変があった。モクモクと太くて黒い煙柱が天に向かって伸びている。それの発生源は間違いなく屋敷内からだ。
「まさか……」
瞬時に嫌な予感が過ぎった。思い起こしたのは昨日の出来事。クソジジィがサユリと言う萌え忍に萌え殺されそうになったこと。あいつ等がクソジジィを消そうとしていること。もし、そいつ等が強硬手段をとって、クソジジィの屋敷に襲撃をかけたとしたら……、そんな嫌な予感。
「ご主人様!」
レデンも同じ考えに至ったようだ、二人してコクリと頷き合った。
「早く状況を掴まないといけないな。行くぞっ」
「了解ニャッ」
 慎重に、だけども迅速に二人して大門まで移動した。そしてそこまで近づくと、先ほどまでは聞こえなかった異変にも二人して気が付いた。
「何だか変な音もするニャ」

――――――ドッドッドッドッ! ドドドドドンッ!

門の中から聞こえてくるのは胸にズッシリとかかる重い音……。何の音だ? だが、考えられるのは一つ。
「銃声かッ!?」
疑問が確信に変わっていく。ちっ、迷っているヒマはないなっ。
「突入するぞッ」
 俺様は門に手を置いた。軽く押してみてもビクともしない。
「了解ニャッ。一緒に押すニャ~!」
 横でレデンが一緒に肩を並べていた。心強い。よ~しっ、俺様とレデンの初めての共同作業だ~~ッ!
『うぉ~~ッッ』
足は地に根を生やしたように力強く、両腕は全てを吹き飛ばす丸太のように硬く、俺たちはあらん限りの力を出して門を押し出した。そしてようやく出来た隙間に二人して素早く入り込み、その驚くべき光景を目の当たりにした。
「クソジジィッ!」
目に飛び込んできたもの、それは、

――――――「宴じゃ~、宴じゃぁあぁぁ~~ッ!!」

『ア~ッワワアアァアァァッ~!』っと周りから歓声があがる。それによって先ほど俺様が発した声が掻き消されてしまった。コレは何だ?
広い広い庭の周りには、煌びやかな格好をした美女軍団が、<ドッドッドッドッ>という太鼓のリズムに合わせて盛大に踊っていた。その庭の中心には、巨大な焚き木のセットが置かれてあり、そこから大量の黒い煙が空へとすごい勢いで昇っていた。
「まさか和也があんな腰抜けじゃったとは、夢にも思わんかったわいっ!」
 そして、焚き木のセットの周りを走り回っている御輿の上で踊っている一人の人物。何を隠そうクソジジィだった。
『そうですねぇ~』と周りで踊っている美女軍団が答えていた。
「あんな腰抜けなんて忘れて、宴じゃ宴じゃぁぁぁ~!<グビグビ>」
先程と同じように『ア~ワワアアァアァァッ~!』とまた歓声があがった。
御輿の上でひょうきんに踊っているクソジジィはどう見ても酔っていた。あの手に持っている一升瓶の中身は恐らく酒だな。
「楽しそうだニャ~」
確かに楽しそうだ。でもな、
「行ってくるニャッ!」
こっちが何か言う前に行動するのがレデンの特性らしく、すぐに人ごみに消えていった。
ふっ……、一人残された俺様はというと、クソジジィと急に話したくなったので猛ダッシュッ。人ごみを飛び越えた先にいたヤツに声をかけた。
「おいッ!」
 だが、
「どう考えても、あの腰抜けがここへ来る事はないじゃろうな~ッ!」
聞こえていなかったらしい。御輿はすごい勢いで移動しているので、俺様も走りながら叫ぶことにした。
「ちょっ、待たんかい~~ッッ!!」
「興醒めじゃ、興醒めっ! 宴でもしとらんとやってられんわいッ!」
 酔っている事も災いして、俺様の声が耳に届いていないらしい。それにまた、『そうですねぇ~』と周りから集合相槌が聞こえたので段々キレてきた。だから、
「おりゃっ」
の掛け声と共に、御輿を下で担いでいた美女A、B、C、Dに足を掛けた。すると盛大
にお御輿が地面に叩きつけられた。
「ヘブシッ!」
空中に吹き飛ばされたクソジジィは、いろんな物理法則を無視して地面に顔面から突っ込んでいた。普通の人間なら首の骨でも折れて死んでいそうだが、
「プハァ!」
地面から顔を上げ、クソジジィは深呼吸を数回繰り返すと、
「何じゃ? 何が起こったのじゃ?」
首を左右に動かし自分に起こった災害の状況見分をし始めた。ちっ、生きていたか。
「おいッ!」
俺様は顔面土まみれになったクソジジィの背後に立ち、腕を組みながらその背中に向かって叫んだ。。
「ん?」
後ろに振り返ったクソジジィは目を細くし、
「なんじゃい……、和也か……、って来とるぅぅぅっ~!?」
騒がしいクソジジィだった。
「お主、本当に和也か?」
「あぁ?」
頬っぺたを抓られた。
「本当に本当か?」
「早くこの指を離さないと殺すぞ」
耳に息を吹きかけられた。
「って、やめんかいぃ~~~!」

――――――ドコォ!

「ふむ、こんなに豪快に殴るのは和也しかおらんわい」
自分の腹を摩りながらクソジジィは答えた。
「ったく……、相変わらず末恐ろしいジジィだぜ……」
クソジジィのボディは鋼鉄並みの硬さだったので、俺様は自分の手をブラブラさせながら言った。この時な、俺様は思ったんだよ。いつかコイツを殴り殺してやろうってなっ。
立ち上がって土を払ったクソジジィは、急にビシッと表情を固めて周りでまだ踊っていた美女軍団を見渡した。
「皆の衆、今日の宴はここいらで終了じゃ。解散!」
 すると、

――――――「はっ!」(美女軍団)

解散命令の掛け声がまだ響いている中、美女軍団はあっという間に姿を消してしまった。御輿やキャンプファイヤーの焚き火セットまで消えている。
「(こいつらってまさか萌え忍なのでは?)」
ついそう思ってしまった。
「彼女たちは、ワシの近衛兵じゃ」
心を読むな、心を。
「なら良いんだけどな」
美女軍団が消えてこの場に残ったのは、ネコ踊りを「ニャ~♪ ニャ~♪」と熱演しているレデンと、立ったまま「グ~♪ グ~♪」寝ていた時雨と、俺様とクソジジィの4人だけだった。
 太鼓の音が聞こえなくなったことにようやく気づいてネコ踊りを中断したレデンは、肩を落としてこっちに歩いてきた。
「もっと踊りたかったニャ……」
 めっちゃくちゃ悲しそうだった。
「楽しかったか?」
「うん。でも、もっと踊りたいニャ」
「また今度な」
 スス~っと鼻をすすったレデンは、
「うん、了解ニャ」
 元気な笑顔を見せてくれた。
「おぉレデンちゃん。今日もカワイイのぉ~」
 穏やかな気持ちがコイツの下心たっぷりな挨拶のせいで濁ってしまった。
「あっ、龍之介、こんばんはニャ~」
ペコリとお辞儀をするレデン。その時、クソジジィの目がキラリと光った。
「隙ありじゃッ!」
一瞬の隙をつきレデンの背後に潜り込んだクソジジィは、その道を知る者なら誰もが驚愕するほどの手捌きで、<ナデナデ>とレデンの小振りなお尻を撫でた。
「ニャゥッ!?」
「今日も元気なお尻じゃのう~」
はっはっはっと笑いながら、一歩後退したクソジジィ。レデンの殺気を感じ取ったのだろう。その証拠にレデンの体はユラリと揺れている。
「むっ? 来るかっ?」
回避体勢を取るクソジジィ。しかし、
「もうっ、龍之介ったらしょうがないニャ~」
そこにはいつもと変わらぬレデンの笑顔があった。
「もうこんなことしたらダメだからニャっ?」
そう言いながらクソジジィとの間合いを詰めるレデンを見て、俺様は今から起こる惨劇に恐怖しゴクリと大きな音を出して唾を飲み込んだ。そうと知らないクソジジィは、
「はっはっはっ、まぁ幸先短いジジィの悪戯じゃからのぉ……、レデンちゃんは心が広いわい。許してくれるのかの?」
レデンとクソジジィの距離、約30cm。
「油断……」
もはや回避不可能距離。ご愁傷様だクソジジィ。レデンが構えた。
「ん?」
気づいたのが遅すぎだ。
「大敵ニャッッ~!!」
無数に分裂したレデンのコブシ。その姿は千手観音に見えたと、クソジジィのその日の日記に記述されていたらしいが、誰も信じなかったそうだ。だが、俺様だけは信じているぞ。
「中心線六連突きニャァァ~!」

――――――ドドドドドドッ!

「ツブハァッ!?」
眉間、鼻、顎、ノド、みぞおち、そして急所を打ち抜かれたクソジジィは、この世のものとは思えないほどのスピードで屋敷の壁まで飛んでいき、

――――――ドコォッ!

ものすごい音と共に静止した。
「もう……、しません……」
神に懺悔する言葉に聞こえなくもない微かな呟きと共に、クソジジィは砂利の地面へと倒れこんだのが20m離れていても良く分かった。
「あぁっ、龍之介様っ!」
メガネを掛けた美人秘書がクソジジィの成れの果てに駆け寄っていった。さっきの音で流石の時雨も目を覚ましたのだろう。
「ご無事でっ!?」
「今の悲惨な出来事を見ているのから言うが、恐らくそいつは既に死んでいる」
何も言わないクソジジィの代わりに、俺様が答えてあげた。
「あれっ、和也さんです。こんばんはっ」
俺様の存在にもようやく気づいてくれた。
「よっ、昨日ぶりだな」
「はい、あれ? 今日はどういったご用件で?」
メガネをスチャリと掛けなおして時雨は答えた。
「そうだな……。まぁ、まずはこのクソジジィが蘇生しないと話が進まないな」
横たわる遺体を見てみたが、それはそれは安らかな寝顔で、自分の一生を全うした男の……。
「って、勝手に殺すんじゃないわいッ!」
死んでいたはずのクソジジィの目が急にかっ開いた。ちっ、生きていたか。
「だから心を読むんじゃねぇよ」
「そんな気がしたんじゃ、ん?」
「龍之介様、ご無事でっ!」
時雨が目に涙を溜めながらクソジジィに抱きついていた。
「ふっ、時雨ちゃん、ワシは不死身じゃ」
泣きつく時雨の頭を撫でると、クソジジィは「もう大丈夫じゃ」と言って立ち上がった。
「おいジジィ、来てやったぞ」
 「来てやったぞ」という表現はちょっと間違っていたな。「来させてもらった」の方が今の俺様の気持ちを上手く表していただろう。何故ならこれは試練なんだ。過去を振り切るための試練。その試練を受けるためにここまで来たのだから、クソジジィには少しばかりの感謝を示すべきかもしれない。まぁ絶対にしないけどな。
「今日は来ないのかと思っておったぞ」
「ほう、俺様が来ないと宴を始めるのか」
「宴はほぼ毎日じゃ」
「仕事しろよ」
良いご身分のクソジジィだった。
「来たということは、仕事の依頼を引き受けてくれるという事じゃな?」
「あぁ、そのために来たんだからな」
昨日の夜、萩原学園の前に立ち決意表明は既に終わっている。俺様はもう迷わない。過去を乗り越えると決めた。悲しみの上に立って堂々と笑うができるように、俺様は強くなる必要があるんだ。
「ニャ~、レデンは学生になるんニャ~♪」
セクハラ野郎を吹き飛ばした奥義でストレスを発散したレデンが上機嫌で近づいてきた。
「あっ、生きているニャッ!」
クソジジィが生きている事にレデンが驚いた。実は俺様も驚いている。頑丈なヤツだよホントに。
「はっはっはっ、ワシはそう簡単には死なないぞ、レデンちゃん?」
「次は爪で貫くから多分死ぬニャ」
「そうじゃのぉ……、それだと普通に死ぬのう」
さらっと怖い会話を交わした二人だった。
「皆さん、詳しい話は屋敷内でしましょう~!」
自分の使命が道案内だということを思い出したのか、時雨は水を得た魚のように生き生きと屋敷までの道案内をしてくれた。
「カツオ節あるかニャ~?」
「あぁ、いっぱいあるぞ、レデンちゃん」
「楽しみニャ~♪」
屋敷内へ先に走っていったレデンを見つめながら、俺様は自然の恵みが生み出したこの澄んだ空気をゆっくりと肺いっぱいに吸い込んで、あぁ秋の空はなんたらと時世の句を読んでいた。

――――――――――☆

「和也、お主は明日から萩原学園の教師。レデンちゃんは萩原学園の中学2年生じゃ」
昨日と同じ部屋でクソジジィの話が始まった。
「二人の入学手続きは、すでに時雨ちゃんに任せてあるから安心してくれ」
クソジジィの後ろにいた時雨が、グッと親指を立てて微笑んだ。まるで「任せてくださいっ」と言わんばかりの笑顔だった。
「そうか。それはそれは普通に不安だな」
「あぐぅ、ヒドイです」
「いや、当然の心配だと思うぞ」
「あぐぅ」
「まぁ、詳しい話は学園で聞かされるじゃろうな」
 前途多難だった。
「話は終わったかニャ?」
 口の中をカツオ節でいっぱいにしながら、レデンはカツオ節が大量投入されていた皿から顔を上げた。
「もうお腹いっぱいか?」
「うん。もう入らないニャ~」
 「ゲプ~」っとゲップをその後に継ぎ足して俺様の隣に座るレデン。一瞬で部屋の空気がカツオ節臭くなった。お前出て行け。
「和也よ、今回の事、本当に感謝しておる」
「あぁ?……って」
 驚いた。なんとクソジジィが頭を深々と下げていた。
「別に感謝されるような事じゃね~よ」
 対処に困った。
「今日来てくれて、ワシは本当に嬉しいわい」
 顔を上げたクソジジィは満面の笑顔だった。
「はいはい、そうですかそうですか……」
 妙に照れくさくなってしまった。
「ねっ、ねっ、レデンも来たニャっ。嬉しいかニャ?」
「当たり前じゃよ」
 レデンも満面の笑みを浮かべた。
「とりあえず、コレは前金、兼、軍資金じゃ」
 クソジジィが<パチン>と指を鳴らすと、時雨は部屋の隅に置いてあった重たそうな旅行カバンを持ってきて、それを俺たちの前に置いた。
「何だコレは?」
「ねっ、ねっ、ご主人様。開けていい? 開けていい?」
 そう言いながらレデンは金具を外すとカバンを開けた。お前行動早過ぎ。
「……カツオ節じゃないニャ~」
 どうやらレデンのお目当ての物は入っていなかったらしい。どれどれ、一体なにが入って……、
「あれ? この“紙切れ”昨日も見たような気がするニャ。でも今日はいっぱいあるニャ」
「だはあああぁぁぁ~~~ッッ!?」
「いきなりうるさいニャァァッ!」 
 レデンの耳のすぐそばで驚声を上げてしまったので、怒ったレデンに数回切り刻みこまれてしまった。だが、今はそんな痛みはどうでも良かった。問題はこのカバン内に存在する札束ブロックの家族軍団だ。福沢さんファミリーのしかめっ面が無数に広がっている。こうして見てみると福沢さんってヤクザの親分に見えなくもないな。ん~え~つまりだな、日本で一番高い紙幣である一万円札の束がカバンの中にビッシリと積み込まれていたということが言いたかった。
「おいクソジジィ……、これいくらあるんだ?」
 初めて見る大金に、鋼鉄で固めてあった俺様の心臓は溶解してしまい、フルスロットルで稼動中することにより無駄なエネルギーを作り出してしまい、結果その余ったエネルギーは脂汗として額からダラダラと流れ出した。
「ふむ。まぁ大体二億じゃな」
「そうか……、って二億ぅぅっ~!?」
 この時の俺様の驚き方をあえて例えるならこうだ。ある新人サラリーマンの初任給がニ億円だと言うことを知った定年まじかのサラリーマンが、そんなの不公平だと世の中に不満が溜まり大爆発し、なんと『フ・マ~ン』に変身してしまった。そして時は流れ『フ・マ~ン』が支配する世の中になってしまったが、あるとき一人の勇者『キ・ボ~ウ』が『フ・マ~ン』を退治すべく立ち上がった。そして『フ・マ~ン』にトドメを刺す瞬間、『フ・マ~ン』の口から「実は私はお前の父だ」と告げられた。だが、『キ・ボ~ウ』は信じず処刑完了。このとき、自分が言った真実を信じてもらえなかった『フ・マ~ン』の驚き方が今の俺様の驚き方と類似している。
「それって美味しいニャ?」
 ここでレデンが変なことを言い出した。恐らくレデンの脳内で“二億”の“に”と“お”が交換されて“お肉”に変換されたのだろう。
「レデン……、美味しくはないけど、オイシイ話だ」
「ちゃんと日本語じゃべれニャッ!」

――――――ザシュッ!

「よっしゃ~! 気合が入ったぜ、ヤホ~イ!」
 ヒリヒリする頬を手で押さえながら、俺様はもう一度カバンの中身を確かめてみた。う~む……、確かに二億相当の札束が入っているように見える。実際に二億円分の札束は見たことはないが、感覚的にあぁ大体これくらいだなということは分かった。
「こんなにもらっていいのか?」
 正直これほどの金が手に入るとは思っていなかったぜ。
「まぁ、国家予算からちょちょいのちょいじゃわい」
「それって横領って言うんじゃないのか?」
「国のためじゃ、任せぃッ」
「立派です、龍之介様っ!」
がしっと手を取り合うクソジジィと時雨。
思った。この国が滅ぶのに、そう時間はかからないであろうと。
「何じゃい、もっと欲しいのか? 総理大臣のワシなら簡単に横領できるから、もっと盗ってこれるぞい?」
 いつの時代にも悪代官と言う庶民の敵は存在しているんだな。
「いや、遠慮しとく」
この国のために血も滲むような思いで働いている国民の皆様の血税をもらうのに、これ以上俺様の良心は耐えられそうに無かった。まぁ貰えるのなら貰うけどな。
「そうか、残念じゃわい」
こっちも総理大臣がアンタだから死ぬほど残念だ。国民を代表して言うよ。残念だ。
「龍之介、可哀想ニャ」
お前をそんな風に育ててしまった俺様が可哀想だよ。はぁ~……。
頭を抱えてうな垂れていると、俺様の肩に誰かの手が置かれた。誰だ? なんだ時雨か。どうした?
「おっほん……和也さん、私も萩原学園の教師として明日から頑張りますから宜しくお願いしますねっ」
「……へっ?」
よく理解できなかったんだぞ? 今……、何と言ったんだ?
「あれ? 聞こえませんでした? おっほん……、もう一度言いますね。私も明日から、教師として……」
「聞こえていたからもう一度繰り返さないでくれッ! 頼むッ!」
恐ろしい悪夢を呼び起こす言葉は二度と聞きたくない。俺様と時雨が一緒に教師だと? この俺様に死ねと言っているようなもんだ。ドジっ子属性持ち、且つ、銃持ちのキャラほど危険度が高い者はいないんだぞ。
「明日から、お互い頑張りましょうねっ!」
握手を求められた。どうしようか。この手を払いのけたい衝動に駆られるが、そうすると時雨との今後の仕事関係に支障が出る可能性がある。ぶっちゃけると、今すぐにでも時雨を人間大砲に詰め込んで太平洋上空を通してどこかの国に吹き飛ばしてもいいのだが、これから半日を学園で過ごすことになるわけで、一緒にレデンがいるといっても教師の立場の知り合いが誰もいないのは流石に心細いかもしれない。ここは一応ご機嫌取りのために愛想良く振舞っておくか。
「まぁ……、これから宜しく」
 とまぁ、社交辞令的な握手を交わした。握手をしてみて分かったが、時雨の手はとても滑らかでスベスベしていた。それに細く長い指が俺様の手に絡みつき、この指にピピーしたらそりゃぁもうピピーで、ピ……、
「さっさと手を離すニャッ!」
俺様の妄想を読み取ったのか、レデンが俺様と時雨の手首をがっしりと掴んで引き剥がそうとしていた。ふっ……、だがそう簡単には剥がせないぜ? 何故なら、女の子と手を握ったことなんざ数年ぶりのことなんだからな。もうしばらくこの感触を味わさせてもらうぜ。
「ふんッ!」
 どうやら考えが甘かったようだ。
「ぎゃあぁぁぁッッ~~!? 爪っ! 爪が刺さっているぅ~!!」
人差し指から小指までの細硬い四本の爪が、深々と俺様の手首に突き刺さっていた。結果、手首から血が噴出したのでそれを抑えるために手を離してしまった。
「さぁ、早く帰って明日の準備をするニャ!」
「うごごぉ……血がぁ……」
 死への恐怖に怯える俺様をよそに、レデンは俺様の後襟を引っ張って引きずって行った。
「あっ、お金お金……」
引きずられながらもお金の入ったカバンはキャッチ成功。
「重っ」
ズッシリとした質量感は二億円分の重さに値するものだった。
「早く帰るニャ~!」
「ぐへぇ……!?」
自分の引っ張る物の重さが増加したためレデンの引っ張る力が増大した。つまり、俺様の首にかかる荷重も増大しノドが潰れるかと思ったね。
「レデン……ちょっと……待……」
「は~や~く~!」
聞く耳を持っていなかった。萌える耳しか持っていなかった。
「明日は朝の7時半から萩原学園の職員室で詳しい話を聞く予定ですので、遅れないでくださいね~!」
遠くで時雨が叫んでいる。あぁ……意識が遠くなる。
「世界の平和のために働くんじゃぞ~!」
意識を失いかけていたが、クソジジィのこの言葉で目が覚めた。何故なら、クソジジィの言ったことは間違っていたからだ。
いいか良く聞けよ。俺様は世界の平和のために働くんじゃない。正直、そんな話はどうでもいい。世界がどうなろうと知っちゃこっちゃない。大事なのは何よりも、俺様が俺様でいられること、強気で傲慢で俺様絶対主義な男でいられることなのさ。そのためにこの仕事を請けたんだ。過去を背負ってもその重さに耐えられない奴はただのバカだ。弱い。そんな奴に俺様はなりたくない。見つめる先は強い概念だけ。そのためだったら何でもやり遂げてみせる。そう、決めたんだ。 
「(そう、これは天が俺様に与えた“試練“だ)」
試練だったら乗り越えて見せないと男じゃないよな?
「(立花さん、見ていてくれよッ!)」
レデンに引きずられながら、俺様は心に誓いを立てた。
「(必ず、明日からの学園生活をウハウハのエハエハのヌハヌハでエンジョイしてみせるッ!)」
ってなっ。




第14幕  萩原学園



「バカ兄貴……」

――――――モグモグモグモグ……

「ん? 何だ?」

――――――モグモグモグモグ……

「聞きたいことがあるんだけど……」
「おぉ、何でも聞け」

――――――ゴックンッ

「美鈴さん、お代わりニャ~」
美鈴は差し出された空のお茶碗を黙って受け取って、中にご飯をたくさん入れた。
「レデンちゃん、今日はいっぱい食べるのね、はいっ」
萩原学園の制服を着たレデンの手に、ご飯がてんこ盛りのお茶碗が渡される。
「うんっ、今日からレデンは学生になるから、いっぱい食べるんニャ!」
「そうなんだ~」

――――――モグモグモグモグ……

「で、話の続きなんだけどね」
「あぁ」
スーツをビシッと着こなしている俺様は、口に入っていた物を急いで飲み込んだ。
「私の言いたいこと……、分かるわよね?」
「ん? 何のことだ?」
「惚けるんじゃないわよぉッ~!」
突然キレた。
「まぁ、落ち着け。ほら、茶でも飲め」
美鈴に暖かいお茶が入った俺様のMY湯飲みを渡す。
「えっ、ありがと」
そう言って湯飲みに口をつけてお茶を飲んだ美鈴は、とても密度の高いため息を吐いた。。
「はぁ~、落ち着くわねぇ~」
「そうだろ、そうだろ。日本人はやっぱり茶だな」
「うん……、あっ」
「どうした、美鈴?」
「この湯飲みでバカ兄貴お茶飲んだ?」
「あぁ、飲んだぞ。それがどうし」
「死ねよッ、バカ兄貴ィィィ~~~!」

――――――ドコォッ、バキィッ、ドドドッドンッ、バコ~ン!

騒がしい朝の食卓だったニャ……<ズズ~>。(レデン談)

「いつつつつ……、せっかく着たスーツがボロボロじゃないか……」
クソジジィからもらったスーツを実際に着た時間、僅か10分。
「まぁ、もう一着あるからいいか」
雑巾みたいに汚れてしまった元スーツを脱ぎ捨て、新しいスーツをタンスから取り出した。
「ちっ、あっちの方が似合っていたのによ」
急に何で美鈴がキレたのか俺様には見当も付かないぜ。本当に困った妹だよ。誰か妹を交換しないか?

――――――「バカ兄貴……」

むっ美鈴だ。部屋のドアの外から聞こえてくる。心なしかいつもよりも声が掠れている様な気がする。
「何だよっ?」
俺様はスーツの恨みで少し気が立っていたので不機嫌度MAXで答えた。すると一呼吸置いてから、
「何でバカ兄貴がスーツを着ていて、そしてさらにおかしなことにレデンちゃんまで制服を着ているの? 何がどうなっているのかちゃんと私に説明してよね」
「悪いな美鈴。詳しい事は帰ってきて言うよ」
 時計を見てみた。昨日、時雨が言った時間までに萩原学園に着けるかギリギリの時間帯だった。だから美鈴に今回の仕事を話す時間は無い。だが、学校に間に合わなくなるせいもあるが、美鈴に今回の仕事内容をしゃべるわけにはいかないだろう。仮にも国の存亡をかけた一大プロジェクトと言っても過言ではない仕事なのだからな。絶対に秘密にしなければならない。それが実の妹であってもだ。美鈴一人だけ萱の外というのは三ピコグラムほど可哀想だが、まぁ面倒に巻き込まれない分だけお得だと思うぞ。
部屋の外に出ると、美鈴が不機嫌そうな表情で俺様の服装をじっと見つめた。
「またスーツ着ているし……」
「似合うか?」
ポーズをとってみる。
「似合わないわよっ」
不機嫌が最高潮に達したのか、美鈴は腕を組んで頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。頭の天辺からは不機嫌湯気が<プンプンッ>と出てきてもおかしくなかった。
 しょうがない、最低限の事情だけでも説明しておくか。
「いいか美鈴。とりあえず簡単に説明する。何故こうなったかは言えないが、今日から俺様は萩原学園の教師、レデンはそこの学生だ。以上っ。予定に間に合わなくなるのでもう行くぜっ。レデン~! 準備できているか~!?」
「準備完了ニャ~♪」
 リビングからひょっこり顔を出したレデンは、着ている制服を嬉しそうに靡かせながらこっちまで走ってきた。
「カバン持ったか?」
「持ったニャ」
 レデンは右手に持っていたカバンをひょこっと上げた。
「歯ぁ磨いたか?」
「磨いたニャ」
 ニ~っと歯を見せつけてくる。うむ、真っ白すぎて鏡のような輝きを放っている。
「じゃあ、行くぞッ!」
「了解ニャッ!」
 今日と言う日から俺達の輝く学園生活が始まるのさ。さぁ行こうっ。我が母校へっ!
「ちょっと待てッ!」
身体が動かない。美鈴に両肩を掴まれた。
「だから時間が無いんだよ。ていっ」
俺様は体を高速でスピンして美鈴の拘束を解いた。
普段の美鈴の力ならそんなことをしてもその拘束は決して解かれることは無く、俺様の肉が千切れるまで掴んでいるのだが、何故か今日の美鈴は弱々しかった。
「うっ……、何でバカ兄貴がいつのまにか教師になっているのよッ!?」
美鈴は少し泣き出しそうになっていた。こんな顔は久しく見ていないな。
「帰ってきてから言う、行くぞレデン」
「ごめんなさいニャ~、美鈴さん」
俺達が清々しい外に出ると、玄関のドアの向こうから、
「バカ兄貴のバカァアァァッッ~~~!!!」
子供みたいな叫び声が聞こえてきた。

――――――――――☆

「あっ、和也さんですっ」
秋の風が運ぶ落ち葉の先に、一人の女性が立ち尽くしていた。
「よっ、時雨」
萩原学園の巨大な門に寄りかかっていた時雨は、俺たちの姿を確認するとこっちへ近づいてきた。で、コケた。
「あぐぅ……、痛いです」
「あっ、やばい。遅刻しちゃじゃないか。急ぐぞレデン」
「了解ニャッ」
「あぁっ、待ってください」
 まるで小動物が精一杯立ち上がるかのように、<プルプル>と震えながら時雨は立ち上がった。
「今日から私たち教師ですねっ」
ガッツポーズをとる時雨。その瞳は、「さっきのコケたシーンは無かったことにしてください」と語っているようだった。
「教師という実感はまだ全く湧かないけどな」
俺たちの横を通り過ぎていく学生たちが、「誰だろう、この人たち?」みたいな感じで去っていく。
「俺たちは教師だぞぉぉぉ~!」
そいつらに向かってとりあえず叫んでみた。
「ご主人様、めっちゃ恥ずかしいから止めてニャ?」
「ごめんなさい」
レデンの爪が首に突き刺さっていた。
「レデンちゃんはしゃいでいますねっ。まるでさっきの私のようですっ」
「なるほど、という事は、時雨の知能レベルは中学生以下ってことか。今後の活躍でこれからもっと時雨の評価が下がること必須だけどな」
「レデンちゃん、そんな人なんか放っておいといて、職員室まで一緒に行きましょうね~」
「了解ニャ~」
二人仲良く手をつないで歩き出した。
「こらこらこらっ、全く……、困った奴らだぜっ!」
俺様は急いで二人の後を追いかけた。

――――――――――☆

 職員室にたどり着くと、出迎えてくれたのは一人の初老の男だった。何処からどう見てもただのオッサンに見える。あぁ、髪の毛テリトリーがバーコード状に浸食されている。愛想の良い笑顔がツライ。           
惨い。惨すぎるぞ。時雨の説明によるとこの人がこの学園の教頭らしく、俺様が描いていた『美人教頭だったらいいな』という淡い学園夢物語は脆くも崩れ去った。
「おぉ、これはこれは新谷先生。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへお座りください」
「どうも」
黒光りが目立つ大きなソファーに腰掛けると、少し沈んで何とも言えない浮遊感を体感した。
「時雨先生も、レデンさんも座ってください」
「ありがとうございます」
「ふかふかニャ~♪」
レデン達も言われたとおりに座った。そして俺たちが座ったのを確認してから、教頭は向かい側のソファーに座った。
「時雨先生は先日お会いしましたが、他のお二人は今日が初めてですね。新谷先生、レデンさん、どうも初めまして。私はこの学園で教頭をしております“川瀬”と申します。以後、宜しくお願いしますね」
「えっ、いや……、そのっ……、こちらこそお願いしますぅ!」
時雨が慌てて頭を下げる。ちなみに教頭は俺たちに向けて挨拶したのにお前がその返事をしたから俺たちが挨拶を返す機会が無くなっちまったのはお前のせいでいいんだよな?
「いやしかし、見れば見るほど素晴らしい経歴ですなぁ、新谷先生」
「へ?」
教頭は何枚かの書類を持ってそれに視線を向けていた。どうも嫌な予感がする。
「僅か14歳でバーバード工科大学を主席で卒業しているとは、いや素晴らしいです」
「(げっ)」
予感が当たった。
あのクソジジィ……、一体どんな嘘八百を並べたんだ? 頼むから止めてくれ。
「その後の経歴も素晴らしい……。いや~、よく我が学園に来てくれましたっ」
目をリンリンに輝かせた教頭が俺様の手を強く握ってきた。男に手を握られるなんざ鳥肌モノだったが、今はそんなことに神経を使っている暇は無い。
「いや~、恐縮です」
俺様は笑って応対したが、内心ビビリまくっていた。嘘がバレるときほど怖いものは無いと知っているからだ。
「新谷先生の経歴も素晴らしいが、時雨先生とレデンさんの経歴も素晴らしい」
「ニャ?」
レデンの顔が引きつる。俺様と同じような嫌な予感に襲われたのだろう。
「これほどの逸材が3人も揃うところを、私は生まれて初めてこの眼で拝見しましたよ。はっはっはっはっはっ」
『はっはっはっはっはっ……』
 ヤバイ。このままだと超優秀なクラスの担任にされてしまう。言っておくが、俺様の実際の学歴は中学卒だ。それ以上でもそれ以下でもない。他の奴等に教えられるほど頭は良くないのさ。完璧に見える俺様でも、やっぱり弱点の一つや二つはあるってことさ。
 ちなみにレデンの実際の学歴は無いに等しい。学歴と言えるものは、俺様と過ごした数ヶ月の日本語学習ぐらいだろう。
だからさっきの『はっはっはっはっはっ……』は俺様とレデンが冷や汗をかきながら発したものだ。虚偽の学歴を持って二人して超優秀クラスに行くとなると、どう考えても俺たちが行き着く先は針山地獄だ。クラスの連中を騙し通せる訳が無い。荷が重過ぎるぜ。俺様はそんなクラスの担任には成れないッ。
「それゆえにまだ信じられませんよ。こんなに優秀な教師と生徒が、“モウマンタイ”組に配属して頂けるなんて、本当に助かりますっ!」
いきなりワケの分からない単語が出して、教頭は深く深く頭を下げた。
今の発言を考えてみる。えっとだなぁ……“モウマンタイ”って言うのはアレだろ? “問題無し”って意味だろ。だったらそのクラスは超優秀クラスってことになるわけか。俺様の学園生活は終わったな……。
夢を砕かれて絶望していると、教頭が場の空気を変える発言をした。
「いや~、あのクラスには我が萩原学園屈指の“問題児”が集められておりまして、そこに配属された教師は、ことごとく全員が1日でこの学園を去っておりまして、とても苦労しておったのですよ。はっはっはっはっはぁ……」
 キュピピピピーンッ!
 ニュース速報です。頭が良い奴らではなくて、問題児が集められているそうです。ってことは、そいつ等は『バカ』ってことになります。
ふっ、な~んだ簡単じゃないか。それなら俺様にも授業ができるかもしれないなっ……ってちょっと待て。他にも情報が在っただろ。しかも穏やかじゃない内容だったな。そこに配属された教師が一日で全員が辞めている? 一日で? そいつはすごいな。生徒全員で教師を襲うようなクラスなのか? だったら問題は無い。返り討ちだ。
だけどちょっぴり怖いので時雨に耳打ちして訊いてみた。
「(なんの話だ?)」
 すると、
「(さぁ、私は詳しいことは聞かされていないので)」
「このアホンダラがぁッ!」と叫びたかったが思い留まった。
あのな? この教頭と先日会っていたのなら、自分が担当するクラスの内容ぐらいちゃんと訊いておけよ。恐らく、クソジジィが書類を勝手に偽造して、そして勝手に配属先まで決めてしまったのだろうけど、お前自信の意思で少しぐらいは気を利かせて欲しかった。……ん? 先日?
「時雨先生。ところで先日って何日前なんだ?」
 ちょっとした疑問が浮かんだ。
「えっ、はははい? 二日前ですけど? その日に私はここに訪れて必要な書類を提出したんですよ」
 二日前ってことは、俺たちとクソジジィが初めて逢った日じゃないか。その日の内に学園に教師配属の手続きをしたってことか。う~む、なんて仕事が早いんだ。ってか、俺様が教師になるのはあの日にはもう決まっていたってことになるのか。クソジジィの奴め……、俺様のことを以前から知っていたんじゃないかと疑ってしまうな。この教員免許証の写真も何処から手に入れたんだよ。俺様は写真キライであまり自分は写さないのに。
「時雨先生時雨先生時雨先生……」
 見ると、時雨が下を向いてその単語をブツブツと不気味に連呼していた。
「どうした時雨先生?」 
「ひゃいっ? なななんでもありませんよ?」
 どうして驚くんだ? 意味が分からない。
「あの……、どうかされたのですか?」
 俺達の挙動を不審に思ったのか、教頭が心配と疑惑を一対一で混ぜ合わせた視線を送ってきた。
いかん、不審に思われてはここでの仕事がやりづらくなってしまう。この教頭はここではお偉いさんだ。学園の幹部だ。もし本当にこの学園が『萌え忍』のアジトなら、この教頭はそいつ等の手先という可能性が十分すぎるほどあるのだ。
「いえ、何でも無いので話を続けてください」
 と、俺様は言った。
「はい、話を続けますね。新谷先生はモウマンタイ組の担任を。時雨先生にはそこの副担任をしてもらうことになります。それでですね、これは提案なんですけど、レデンさんにはそのクラスの委員長になってもらいたいのですが……」
教頭が羨望の眼差しでレデンを見た。
「いいんちょう?」
期待されている当人は、漢字の変換もできなくて首を傾げていた。
「まぁ、クラスで一番偉いヤツってことだ」
「偉い?」
手を口元に当てて、しばらく黙りふけるレデン。
「ん~~」
まだ考える。
「ん~~」
まだまだ考える。
「――レデンは~」
結論に至ったようだ。
「権力ってキライだニャ。委員長にはならないニャ」
「へっ?」
つい声が出てしまった。何だそりゃ? レデンには全く縁が無い“権力”なんてものが飛び出てくるなんて、俺様の知っているレデンからはありえなかった。
「そうですか、残念です」
教頭は本当に残念そうに目を落としたが、壁にかかった時計に目を向けると急に立ち上がった。
「では、そろそろ時間ですのでご案内します」
「どこへですか?」
俺様の問いに教頭は数秒間だけ目を瞑ると、それから窓の外を遠く見つめた。感慨に耽っているようだ。
そして決心が付いたのか、教頭はハッキリとこう言った。
「モウマンタイ組がある旧校舎へです……」

――――――――――☆

「カー、カー」
カラスが飛んでいる。

――――――バッサ、バッサ!

「うわっ!」
すぐ横をカラスが通り過ぎた。
「こ……怖いですぅ……」
「……銃を下ろせ」
懐から銃を取り出した時雨は、標準をカラスに合わせていた。あと一秒遅かったら銃声が響き、前を歩く教頭が銃の存在に気づいてしまっていただろう。
「(何で銃なんて持ってきているんだよッ!?)」
時雨に耳打ちする。
「(わぷっ、くすぐったいのでやめてくださいっ)」
時雨は「もうっ」と言いながら、前を歩く二人のところまで走っていった。
「ふっ……」
 人間ってさ、キレても良いように出来ているんだよな。身体の構造がタフな生命体だけがキレても良い。ミジンコがキレるなんて想像も付かないだろ? つまりそういうこと、いま俺様はキレて良いんだ。
 だが、キレないことも人間の強みでもある。怒りを抑える理性が在るのは、生命体の中では人間だけだ。だから、いま俺様はキレない。キレちゃいけないのさ。時雨如きにキレたとあっちゃ、末代までの恥にも成りかねないからな。
「ぐげげげげげげ……」
 だが、怒りを抑えようするとその反動で変な奇声が出てしまう。悲しいかな人の性。
ふと見ると、前を歩いていた三人が立ち止まっていた。どうやら目的地に着いたようだ。そうか、アレが今日から俺たちが日常を過ごすことになる、夢の校舎“旧校舎”……。
「え?」
クロスカウンターを顔面に喰らったかのような衝撃。何だコレは? 俺様は夢を見ているんだ。きっとそうだ。だってさ……目の前に広がった景色はな、華やかなイメージの萩原学園とは全く別物だったんだぜ? まぁいい、ズバリ言おう。これなんてオバケ屋敷?
「何だか不気味な建物ニャ~~」
「……そうだな」
それは木造2階建ての校舎。第一印象はとても良いとは言えないな。外壁はボロボロ、至るところに亀裂が走っている。窓ガラスは所々テープで補強され、その隙間から霊体が滲み出てきても何も違和感は無いように見える。あぁ……校舎の入り口が冥界への扉に見える。夜になったらここはこの世の者じゃない者たちで溢れかえりそうだ。
「ここが旧校舎です」
 教頭の無情な宣言が、俺様を悲しみのどん底に突き落とした。うぅぅ……、日々を人々の幸せのために働いている俺様に対してこの仕打ちはあんまりじゃないか。この世には神も仏もいないのか。
「ちょっと聞きたいんですけど」
「はい?」
時雨が教頭に何か尋ねていた。
「この校舎って築何年ですか?」
「……言っても信じてもらえないかもしれませんが……5年です」
「どう見ても築40年以上って感じなんですけど」
 俺様も同意見だ。
「そう思いますよね普通。でも、つい最近までは、ここは綺麗な木造の校舎だったのです」
とてもそうは思えない。このご時世に空襲でも受けたのか?
「でも、モウマンタイ組の生徒がどんどん増えていくにつれて、この校舎もどんどん廃れていきました。うっうぅ……」
教頭が泣き出した。イイ大人が見っともないな。
「泣かないでください。私たちが何とかしますので」
時雨はポケットからティッシュを取り出すと、それを教頭に渡した。
「うっうぅ、ありがとうございます、時雨先生」
よっぽど苦労しているんだろうなぁと思う。
「ふ~……、すいません、急に泣き出したりしてしまって」
 全くだ。
「これはモウマンタイ組の生徒名簿と出席表です」
自分を取り戻した教頭から、ファイルされている生徒名簿と緑色の板に留められた出席表を受け取った。
「では、後は宜しくお願いしますっ!」
「えっ?」
見ると、教頭がこっちに向けて煌びやかな歯を輝かせて手を振っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。授業とかはどうすれば?」
 俺様もそう思う。
「それは新谷先生たちにお任せしますぅぅぅ~………」
言うが早い。教頭は怒涛の如く土煙を上げて走り去って行った。
「よっぽどここが恐ろしいんですかねぇ?」
「そのようだな」
このクラスに配属された教師は、全員が一日で辞めている。
何が原因で? このクラスの秘密とはっ? 
もうすぐでその疑問が解消される。次回、超絶世美青年“新谷和也”がその謎を解き明かすッ。って、アニメ化されたらなるだろうなぁ……。
「ニャお~♪ ニャ~ッ!」
暇だったせいか、レデンはカラスを捕まえようとカラス相手に飛び掛っていた。あっ、捕まえた。
「レデンを入れて、35人か……」
パラパラと生徒名簿ファイルを捲って目を通してみた。するとどうだ、名前と一緒に女の子の写真がウジャウジャと溢れ出てきた。う~む……これは粒揃いだ。
「日本人じゃない様な名前が少しあるな……、何だこの“シュパプール・テリャ・マドフェフカ”って? 名前長ぇ……って、しかもこいつがクラスの委員長だしっ!」
日本語が話せるのか心配だ。
はっ? もしや、言葉が通じないから教師が全員辞めるとか? 可能性はあるな。
だが、それ以上に奇妙なことに気が付いた。
「しかし、なぜ全員が女の子なんだ?」
生徒名簿には、生徒の名前、出席番号、性別、所属している部活が掲載されてあり、右上の端には証明写真が貼り付けられている。先ほどの長い名前の女の子の写真には、横に黒く小さな字で“委員長”と書かれていた。
「何で全員が女の子なんですかね? 女子高でもないのに」
 横から覗き込んでいた時雨も不審に思ったらしい。時雨にしては良く気づいたな。
「それは分からないが……」
まぁ細かいことは気にしないことにしよう。大事なことは、ココが俺様にとって最高のプレイスだということだ。くっくっくっ、おっとヨダレが。
「鼻の下が伸びていますよ」
「えっ?」
 時雨が右下斜め45度から、まるで父親の浮気を疑う娘のように目を細めて俺様の鼻をピンポイントで睨んでいた。
「の、伸びてないぞ? あっ、おいレデン~」
「ニャ?」
カラスをキャッチアンドリリースして遊んでいたレデンをこっちへ呼び寄せる。
「念のためにだな、学園内では俺様のことは“ご主人様”って呼んだらダメだからな。ここでは“新谷先生”と呼ぶんだぞ」
流石にご主人様はマズイ。
「了解ニャ~」
素直に了承してくれた。良かった良かった。
「よしっ、いい子いい子」
「ゴロゴロ~♪」
頭を撫でてあげると嬉しそうにノドを鳴らした。ふふふっ、カワユイ奴。
「では、行きましょうかっ」
「おうっ」
これからどんな学園生活を送るのかという期待と不安をほどよくシェイクさせたようなものが胸の中を暴れまわっているが、きっと大丈夫だ。俺様は出来る。そう信じるんだ。 
レデンに弄ばれたカラス達が仲間を呼んだのか、凄まじい数のカラスが校舎の上を染める中、俺様とレデン、時雨の三人はボロボロの校舎へと歩いていった。

――――――――――☆

「中もボロボロだな」
どう考えてもこんなところに人がいるわけがない。校舎内も戦争中みたいな汚さだ。この床板をめくると下から人骨が出てくるかもしれないことこの上なしだ。廊下も天井もズタボロと言う言葉が良く似合っている。
「悲惨ニャ~」
レデンも失念という重力に耐えられなくて肩を落としていた。
可哀想に。お前の想像していた学園生活は送れそうに無いな。ここで過ごせる者といったらミステリー同好会か変死体収集同好会ぐらいだ。
「向こうの方が騒がしいですね」
 玄関から入って右の廊下の向こうを時雨が指差していた。

――――――ガヤガヤガヤ……

「確かに」
 これは人のみが発生させる乱雑音。ということは、この先にモウマンタイ組の女の子が俺様を待っているのか……。ゴクリと喉が唸った。
「行くか」と、俺様はレデンと時雨の二人を引き連れて、騒がしい教室へと歩いていった。だが、

――――――バキィ!

「うわぁっ、床が抜けた!」

――――――バキィ!

「きゃっ、こっちもです!」

――――――バキィ!

「ってレデン、何でいま俺様を殴ったッ!?」
「自分に気合を入れようと思ってニャ」
「だったら自分を殴れぇ~!」
「変態ニャ~!」
どうしようもなくワケの分からんことを喚かせながら、レデンは“モウマンタイ”と書かれたプレートが付いた教室のドアを開けて中へと入っていった。
「待たんかいぃッ~!」
床板に突っ込んだ足を無理やり引っこ抜き、俺様も続いて中に入った。騒がしい雑音が消えていた。

――――――「きりツ」

 音程の変わらない声がすぐ隣で聞こえた。そして、その号令らしきモノを合図に、教室に居る全員が立ち上がり、こっちを見ていた。
「へっ?」
こんな日常を忘れていた俺様にとって、この光景は衝撃が走る。この感覚は何だ?

――――――「れイ」

白い帽子をかぶった金色の長髪が、風にさらされる薄のように揺らされると、皆が一様に頭を下げてお辞儀をした。

――――――「ちゃくせキ」

<ガタガタガタァ~>と着席する音が小汚い教室に木霊した。
しばらく声を出すことができなかった。突然の出来事に思考回路の回線同士が溶けて混ざり合ってしまい、俺様はこれからどう行動すれば良いか答えが出せないでいた。これが一種のパニックってやつか。心構えはしてきたつもりだったが、いざ本番となるとやはり緊張してしまうものだな。
「え……っと……」
言葉に詰まる。声を出そうにも皆の視線がそれを邪魔してくる。ってか、お前ら可愛すぎだ。二次元の世界からそのまま飛び出してきたような連中ばっかりだ。写真で見るよりも実物のほうがよっぽどイイッ。うおぉっ、ヤル気出てキタァ~!
今この瞬間から、俺様の黄金学園ライフがスタートするのだっ。よ~しっ、
「やぁ! みんなおはようっ!」
自分でも驚くような爽やかな挨拶。爽やか先生“和也”の誕生だ。
「皆さん初めまして! 俺様は君たちの新しい担任になった“新谷 和也”だっ! 俺様のことは“新谷先生”と普通に呼んでも良いし、気さくに“和也さん”でも良いぞ? どっちかというと後者の方が希望だ。以後よろしくぅ!」
最後にぐっと親指を立てて完璧な挨拶を終えた。惚れ惚れする。
『…………………』
無反応だった。
「ごしゅ、じゃなかった……、新谷先生カッコ悪いニャ」
窓際に背を向けて立っていたレデンが俺様の予想を裏切る感想を言いやがった。それに、そんな目で……、俺様を見ないでくれぇ! 憐れみ光線を出すなーッ!
そんな修羅場的な空気を変えた者がいた。そいつは俺様を無視して横を通り過ぎると、教卓の前に立って高らかに挨拶をした。
「皆さん初めまして。私も今日からこのクラスの副担任をさせてもらうことになった“柿本 時雨(かきもと しぐれ)”と申します。初めて教師と言うものになったので至らない所が多々あると思いますが、皆さんと一緒に成長して行けたらいいなと思っております。こんな私ですけど、今日から宜しくお願いします」
俺様の挨拶とは比べ物にもならないほど丁寧で綺麗なお辞儀だった。だが駄目だな。そんな堅っ苦しい挨拶じゃ生徒は心を開かな、
『……宜しく』
数人の挨拶がバラバラに漏れていた。嫉妬。
「えっ、俺様のときは無反応だったのに、なんで時雨……先生のときは反応があるんだ? コレって差別以外の何ものでもないよな? なっ?」
男女差別について手を広げて熱く抗議したが、そんな俺様の主張を遮ったのはヤツがいた。まだ自己紹介をしていないヤツだ。
生まれて初めてするであろう自己紹介。緊張せずに頑張れ、レデン。
「皆さんどうも初めましてだニャっ。レデンって言いますニャ。学校に来たのは生まれてこの方初めてのことなので、いろいろと教えてくれると嬉しいニャァ……。あっ、趣味はヴァイオリンを弾くことニャ」
右手を上げてそう挨拶したレデンは、体が震えるほど喜びがこみ上げてきたのか、震えながら綺麗なお辞儀をした。レデンよく頑張ったな。って待て、ヴァイオリンなんて弾けないだろお前。

――――――「ヴァイオリン……、ですか?」

教卓のすぐ前にいた大人しそうな女の子がレデンの嘘に反応していた。それ嘘だから騙されるな。レデンは絶対にヴァイオリンを弾いたことも触ったことも見たことも無い。
「そうニャ。こんな感じでいつも弾いているニャ~」
レデンはヴァイオリンを弾いているような仕草をし始めた。だがレデンよ……、途中からドラムを叩く仕草に変わっているような気がするぞ。
「そうですか、お上手ですね」
 気づけよお前。
「私も楽器が大好きで、特にフルートが大好きなのです。あっ、レデンさんをお祝いするために今ココで吹いても宜しいでしょうか?」
 吹奏楽部の地味な女の子のイメージが強いその子は、ゴソゴソと机の中から銀色のフルート……なのかは実物を見たことが無いから知らないが、俺様が思っていたよりも大きな笛を取り出して口に含んだ。その様子を見ていたレデンは、
「聴きたいニャッ」
 と、ネコ耳は<パタパタ>と蝶のように羽ばたき、シッポは<シュンシュン>と鞭化させ、その女の子の机の横にしゃがみ込んだ。
『――なっ!?』
刹那、ほんのタイムラグ。レデンが「聴きたい」と言ってからすぐに、クラス中の女の子たちから声があがった。
『――待っ……』
ある者は立ち上がり、ある者は窓を開け、ある者はその子に手を伸ばそうとして、クラス中の女の子の声がそろった時、

――――――ピロロ~

心地よいフルートの音色が教室を漂った。
胸の中の深い深いところまで浸透してくる音。安らかな気持ちになる。落ち着く。もし世界子守唄大会というものがあったら優勝できるぞ。感動したッ!
『――あぁぁ……』
クラス中からため息が<ドバ~ッ>と大量発生した。人一人分の体積のため息が出たと思う。
そして突如、フルートを吹いている女の子とレデン以外の生徒が立ち上がり、教室のドアやら窓から一斉に教室から出て行ってしまった。
「おいッ! お前たちどこへ行くんだッ!?」
いきなり学級崩壊かっ? そうはさせないぜッ! 俺様が担任である以上、これ以上の狼藉は許せぬッ!
一体なにが起こったかワケが分からないが、とりあえずみんなを止めようと俺様はドアの前に立ちふさがった。
「ここからは一人も通さないぜ。もし通りたいのなら、俺様を倒し」
「邪魔……」
 すると一人の生徒が、
「あん? 誰が邪」
一瞬だった。俺様が文句を言い終える前に、

――――――ブシハッ!

何か、金色のよく分からないものが、横っ面を薙ぎ払った。
「ゲフゥゥゥッッ~!?」
すごい勢いで吹き飛んだ俺様は、何が何だか分からずの状態で教室の後ろの壁に激突した。その衝撃で壁に大きな亀裂り、教室全体が轟いた。
「な……なんだぁ? 見えなかった……、がはっ」
壁からずり落ちながら、何に殴られたか確かめてみた。
「って、何だアレはっ!?」

――――――ウネウネウネ

俺様を“邪魔”扱いした生徒の頭の上に……、なんと言うか、何か巨大なものがウネウネしていた。
「“エリザベス”ちゃん、早く行こ」
「ギギギギギィ……」
そしてそいつは俺様に一瞥もくれることなく立ち去った。まるでゴミの日に収集場所にゴミ袋を置いて、なんの未練も無くそのまま立ち去る主婦のように。
俺様がいなくなったので、教室にいた生徒はみんな出て行ってしまった。残されたのは重傷の俺様と、状況が分からずただオロオロとしている時雨と、フルートの演奏に魅入っているレデンと、フルートをひたすら吹いている女の子だけになった、
「一体なんだっていうんだ?」
何とか教室の前までおぼつかない足取りで戻った。うぅっ、痛ぇ……、頬っぺたが腫れないか心配だ。せっかくの二枚目が台無しじゃないか。
「私にも何が起こったのか全く分かりません」
「時雨先生に聞いて分かるようなら苦労しないってことか……、よしっ、騒ぎを起こした張本人に訊いてみることにしよう」
「あぐぅ……、アレ?」

――――――カサカサカサ……

「何か聞こえませんか?」
「そういえば……」
 この身の毛もよだつ不可解な奇音。

――――――カサカサカサカサ

何となく音が近づいてきているような……。
「とっても嫌な予感がするニャ」
フルートの演奏に熱中していたレデンもこの異常事態にやっと気づいてくれた。
「とっても嫌な予感がするニャッ!」
レデンは天性の大直感で感じとったのだろう。同じセリフを二回も言わなければならないほどの禍々しきこの気配をッ、この気配をッ!
大丈夫だレデン。俺様も感じている。二人で一緒に感じているぞっ。
そして、それは訪れた……。

――――――ドバッシャ~ンッ!

すごい音と共に教室のドアがすごい勢いで吹き飛んだ。
「何だぁッ!?」
それと同時に黒いワシャワシャしたものが教室になだれ込んできた。それが教室中の色彩を黒く染めていく。
「キャーッ、なんですかコレ? キモチわるいぃぃッ!? ひぃ~~!」
時雨はパニック状態。懐から銃を取り出そうとしている。
「バカッ! やめるんだっ」
俺様は必死で時雨を取り押さえた。その際中、時雨から肘打ちを喰らったのでキレそうになった。
「ナニこれ♪ ナニこれ♪」
はぁ? なぜ楽しそうにレデンは『それ』を捕まえているんだ? 危ないぞッ!
「ニャ~♪ 可愛いニャ~♪」
レデンに長い触角を摘まれた『それ』は、足をワシャワシャと忙しなく動かしていた。見るだけでおぞましいのに今『それ』は俺様の足の上を縦横無尽に走り回っている。これはさすがに激ヤバだ。気を失ってもおかしくない。だが、いま気を失うとコイツ等の食料にもなりかねない。
そろそろ『それ』が何か言おうか。本当は言いたくも無いがしょうがない。言うよ。
異常な感性を持つレデンが「可愛い」と言っている『それ』は、どう考えても、

――――――「ひぇ~ん! ゴキブリ嫌いです~~」

情けない泣き声を発したのはフルートを吹いていた女の子。すでにその子はフルートを吹くのを止め、机の上に乗ってあたふたしていた。だがっ!
「でも私はフルートが好き。だから私は吹き続けるッ!」
 止めようとしたが一歩遅かった。

――――――ピロロロオォォ~!

すごい音色が響き渡った。それは世界中にまで響いているんじゃないかと思うほど、素晴らしい音色だった。だがっ!

――――――ガサガサガサァァ!

フルートの音色の余韻に浸っている場合じゃなかった。
「きゃああぁぁッ~、嫌な音が近づいてきます~!」
時雨はもうダメだ。白目をむいている。
「もう何でも来いやぁ!」
覚悟を決めた。気が狂ったようにフルートを吹き続けている女の子は、すでにトランス状態みたいになっていた。汗は空を飛び、指はフルートを豪快になぞる。黒のショートヘアーが指揮者のように揺れる。そしてその音色が最骨頂に達したときッ!

――――――のっそり……

黒い……、巨大な物が、すでにドアが消滅した入り口から入ってきた。その存在感は相撲の横綱がいきなり目の前に現れたときのインパクトをも遥かに凌駕する。
「でけぇ……」
それは巨大ゴキブリ。パソコンの本体並みの大きさだった。って俺様は何のん気に解説してんだよ。どう考えてもありえない大きさだろうがッ。

――――――バッ!

ア・リ・エ・ナ・イ。
茶色の巨大な羽を高速で羽ばたかせて、そいつはその場から舞い上がった。まさかとは思うが、こっちに飛んでくるんじゃないだろうな。
「あぁぁ~! もう消えてくださいぃ~!」
白目をむいていた時雨が銃を構えていた。やばい、間に合わない。

――――――バァンッ! キィンッ!

銃声が響いたが、その直後に変な音も聞こえた。まるで弾き返されたような、

――――――キィンッ! キィンッ! キィンッ! キィンッ!

 ア・リ・エ・ナ・イ。
「弾丸を弾いたのかっ!? しかも……」
弾かれた弾丸が止まらない。床とか壁とかに敷き詰められているゴキブリたちに当たり、反射を繰り返している。こいつはマズイ。
「なんで硬いんだこいつらッ!? うわっ、しかも巨大ゴキブリが教室の中を高速で飛び始めたッ! 見えねぇ! 速過ぎるッ! うおっ、弾丸が頬をかすったッ!」
「可愛いニャ~♪」
危機的状況であるのにバカなネコミミ娘は遊んでいるようだ。見ると、レデンの頭には巨大ゴキブリが乗っかっていた。
「シュートッ!」
俺様はその巨大ゴキブリを何の躊躇も無く蹴り抜いた。

――――――ガシャ~ン!

蹴られた巨大ゴキブリは窓ガラスをぶち割って遥か彼方へと飛んでいった。ふっ、あばよ。楽しい勝負だった。
「あぁっ、可愛いのが飛んでいったニャ~…」
レデンが窓の外を名残惜しそうに眺めていた。その様子を見ていると、今日ウチに帰ったらレデンが何処からとも無くゴキブリを集めてきそうな情景が浮かんだ。って、
「フルートを吹くのも止めろぉ!」
ボスキャラはぶった押した。あとは裏ボスだけだ。
表ボスを裏で操っていた女の子は、神が降臨してしまうぐらいのテンションで吹き荒れていたため、その手が持つフルートを奪い取るのに苦労したが、耳に息を吹きかけると一瞬のスキが生まれたために強奪に成功した。
「あぁっ、返してくださいぃ」
「ダメだ」
演奏という儀式を中断させると、ゴキブリ達の姿がどんどん減って行きすぐに全部が去った。空中を飛び回っていた弾丸も、うまく外へと飛んで行ったようだ。
「やはりコレが原因だったか」
 何処からどう見ても普通の笛に見える。俺様が吹いてもゴキブリが集まってくるか試したくなって、この子の熱がまだ残る笛の入り口に口を付けようとしたが、何処からとも無くネコ科の邪気が発生したために断念した。
「返してくださいぃ」
涙を瞳にいっぱいに溜めながら、その子はフルートを取りかえそうと俺様に突っかかってきた。やれやれ、しょうがない。
「もう、吹かないか?」
「吹かないので返してくださいぃ」
ぐっ……、必死なそんな目で俺様を見ないでくれ……萌えてしまうではないか。
「本当に本当か?」
「本当に本当です」
 もう少しこの状況を楽しみたいが、これ以上はさすがに可哀想か。
「しょうがないな、ほらっ」
フルートを返してあげた。
「ありがとうございますっ」
「そう思うなら、教室を出て行ったみんなを呼んできてくれ」
「はい、分かりましたっ」
彼女は教室から出ようとしたが、一瞬立ち止まり。
「あっ、私の名前は“北条 理香子(ほうじょう りかこ)”です。レデンさん、私たちのクラスにようこそです」
そう言って、お辞儀をした。
「ありがとうニャ~♪ 北条さん~♪」
「あれ? 俺様は? 俺様は?」
「では、みんなを呼んできます」
一番活躍した俺様を無視して、北条の野郎は逃げたクラスメートを探しに行った。
「いい人だニャ~♪」
「いや、そのセリフの前に“問題がある”という言葉を付け足したほうがいいぞ」
「ご主人様を呼ぶときは、“存在がキモイ”を付け足したほうがいいのと同じことだニャ」
「はははっ、言えてる言えてるっ」
「ニャハハハっ」
教室には、笑い合うニ人と何も言わない屍(時雨)一体だけが、しばらくの間取り残されていた。

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