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古泉~最強●<計画~


 【ふもももももも ~最強●<計画~】

 しょっぱなから吹いたwwwwwwwwwwww





 あ、あと、朝起きて20秒後に地震が来たからほんのチョビットだけびっくりしたよ。


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”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第十五幕~第十八幕

 
 やっと18幕まで直し終わった……、あと60ページか……がはぁっ。
 かっ、必ずコレを投稿して、自分の力を試してやるんだぁ……だぁ……(エコー)

 ってなワケで始まります。



第15幕  家庭訪問



「はははっ、でもまぁさっきは大変な目にあったぞ」
 俺様は教卓に立ち、戻ってきた女の子達にさっきの出来事は「俺様にとっては軽いもんさ」的な雰囲気をかもし出しながら、立派な大人の代表として爽やかに言ってやった。まぁ、誰もこっちを見ていなかったがなッ!
「新谷先生、先ほどはすいませんでした……、そして大丈夫ですか?」
 すぐ前に座っている北条が、自分が原因で起こした騒動について申し訳なさそうに謝ってきた。
「はははっ、気にすること無いって。想定の範囲内さっ」
 時雨はさっきから意識をずっと失っている。しょうがないのでパイプ椅子に座らせておいている状態だ。
「ふぅ……」
 頭から滴り落ちてくる血を拭い、俺様は窓際の前から2番目の席に座っているレデンにチラリと目を向けた。
「全く……」
 レデンは後ろの席に居る“九尾 紺(きゅうび こん)”と楽しそうにしゃべっている。
「(良かったな、レデン)」
 次にレデンの前の席に座っているヤツに視線を移した。そこには奇妙な流線型未確認物体を頭に飼っている“銀杏 ソラ(ぎんきょう そら)”と言うアマが座っている。コイツは先ほど俺様を吹き飛ばしたヤツだ。
でだ、実は話が少し飛んでいる。ついさっきまたちょっとした騒動があったんだ。騒動のキッカケは、レデンが「この席がいいニャ~」とワガママをあげて、窓際の一番前の席に座っていた銀杏と関わってしまったことから始まる。

――――――(回想シーン・スタート)

「レデンはこの席がいいニャ~」
みんなが戻って来てすぐに、レデンの席を決めるための話し合いが行われた。
「レデン……、この席がいいニャ~~」
最初から空いていた窓際の一番後ろの席をレデンに薦めたのだが、レデンはどうしても一番前がイイと言う。しかしそこには、先ほど俺様を吹き飛ばした未確認線形物を頭に飼っているあのアマがいやがったッ!(後半ブチキレ)
レデンはその席に両肘を突いて、少し低い位置からそのアマを上目遣いで見つめていた。
「……………」
しかし、頭に付いているヤツがウネウネと伸縮運動しているだけで、そのアマは眉ひとつ動かさずに、窓の外の風景を眺めていた。
「(てめぇ、ウチのレデンを無視するたぁいい度胸じゃねぇかッ!)」
怒りに心が支配されるような現象に襲われて、俺様はいてもたってもいられなくなった。
「えっと……、確か、銀杏……、って言ったっけか?」
ポケットに手を突っ込みながら、まるでヤンキーがカツアゲでもするかの如く銀杏に歩み寄った。しかし、このアマは見向きもしなかった。まぁ……、だから俺様はちょっとだけキレちゃいました。
「ふっ……、済まないが、そこ……、ど・い・て・もらえないか? 邪魔なんだよ」
思いっきりイヤなヤツを演じてみたぜっ。って、べ……別にさっきのことを恨んでいるわけじゃないからなっ! か……勘違いしないでくれよなっ! 俺様はもう大人……、そんなハシタナイ事は思わないつもりだったがやっぱりさっきの恨みだぁ! へっへっへっ、俺様を“邪魔”扱いした報いを受けろ。ケッケッケェッッ!
「……ぷぷっ」
どこから聞こえてきたのかは明白だった。
人を小バカにした笑い声を漏らしたのは、銀杏の後ろの席に座っている赤髪ショートの女の子だ。ジッとこちらを睨んでいる。相手を見下して見ているかのようなイヤな目つきだ。しかもその瞳は紅蓮の如き真紅色。それを見た者を引き込む魔力も持っている。だが、それ以上に驚いたことがあった。それは、何故かレデンのオプション(ネコ耳+ネコ尻尾)よりもツンツンと尖った耳、俗に言うキツネ耳と、フサフサでモサモサな尻尾、俗に言うキツネ尻尾がそれぞれ頭とお尻に付いていたことだッ。うぉぉ~っ、触ってみて~~ッ!
生徒名簿で素早く調べてみた。
コイツの名前は九尾 紺(きゅうび こん)。
このクラスにいるってことは、北条と同じように危険な存在。油断してはいけない。
「アンタ……」
九尾の紅い紅い眼が俺様を貫くのかと思った。
「危ないぜ? ソラちゃんを怒らすと」
ニヤリと九尾が微笑んだ。これには正直ムカついた。
「危ない? へぇ~、どう危ないのか教えてもらいたいな」
「……だってさ、ソラちゃん?」
何の合図かは分からないが、九尾は銀杏の肩をポンと叩いた。だが、それがの何の合図かは身をもって知ることになった。

――――――グニュンッ!

銀杏の頭に寄生している未確認線形物が……、後ろにうねった。

――――――シュバァッ!

「うぉおぉっ!?」
反射的に顔を左に傾けた。それが幸いした。何故なら、さっきまで俺様の顔があった空間をその未確認線形物が貫いたからだ。
「ギギギギギィ……」
耳元から変な音が聞こえる。対抗して俺様も「ギギギ」と擬音語を出しながら、首を後ろに回転させて“それ”を見た。そして、“それ”もこっちを見つめていた。いや、目は無かったが、何かに睨まれているプレッシャーを感じると言った方が正しかったな。
「おい、銀杏……。これは一体何なんだ?」
この物体からは目が離せないので、俺様は銀杏に背を向けたまま答えを求めた。
「……“エリザベス”ちゃん……」
「どうでもいい答えありがとう」
「……どう致しまして……」
「褒めてねぇよっ!」

――――――シュビハッ!

目を一瞬“それ”から逸らしてしまった。その結果、俺様の見ている風景が横へムーンウォーク。俺様を見ていた皆の視線も横に水平移動。薙ぎ払われた体が宙を飛ぶ。
「ぐふぅッ! 油断したぁあぁぁ~!! ひぃぃぃッッ~~~!?」
迫り来る廊下の窓ガラス。とっ止まれねぇ!

――――――ガッシャ~ンッ!

「ぎゃぁぁぁ~~~…!」
悲痛な悲鳴は校舎の外へとフェーズアウトして行った。
「エリザベスって言うニャ? この子?」
「……うん」
「可愛いニャ~♪」
ナデナデ。
「ギギギィ♪」
「エリザベスちゃん……、嬉しそう?」
「ギギギッ!?」
「エリザベス、アンタ……、照れているな」
「ギギギッ!」
「きゃっきゃっ、照れるな照れるなっ」
「ギギギッ! ギ……?」

――――――ズルリ……

変な音にエリザベスが気づいた。
「ギギギィッ!」
「どうしたの、エリザベスちゃん?」
「ギギギィッ!」
エリザベスがある場所を示す。そこには…、

――――――ズルズル……

すでにガラスが粉々に飛び散ってしまった窓枠から……、なんとッ! 俺様が這いずり出てきていたのだったッ!
「はぁ……はぁ……ッ! しっ、死ぬかと思ったぜッ!」
ガラスの破片が全身に突き刺さっている状態ではあるが、
「フンムッ!」
あらん限りの力を解放し、体に突き刺さっていたガラスの破片達を吹き飛ばした。
「なるほど……、理解したぜ。こんな感じで校舎がボロボロになっていくんだな」
俺様たちが今日この場所に来てから、すでに窓ガラス2枚、教室の扉1つが大破している。しかも今日と言う日はまだまだ終わらない。思うに、今日でこの校舎は崩れ去るだろうな。
「(ふっ、上等……)」
だけど俺様は挫けない。だって男の子だもん。
「おいエリザベス」
「ギ?」
「なかなかやるじゃないか」
「ギギギッ♪」
嬉しそうな? 歯軋り音がエリザベスと言う物体から出てきた。エリザベスの先端は何故かリボンで縛られているが、その先っちょの小さな穴から音が出させるようだ。
「エリザベス、悔しいがお前の存在を認めてやるぜ。お前が何故存在しているのかなんて深く考えないことにした。って言うか、考えたくないっ」
「ギ……?」
首?を傾げるエリザベス。
「はははっ、でもこのリボンはちょっとダサいな。取ってやるよ」
「ギッ!?」
そのリボンはまるでエリザベスを封印しているかの様なオーラを放っていたが、格好悪いのでそのリボンを取ってやろうと手を伸ばした。
「ダメ……」
拒絶の反応に手が止まった。
「絶対にダメ……」
銀杏は強調して再度答えると、エリザベスをマフラーの代わりにでもするように首に巻きつけた。めっちゃ暖かそうだ。
「何でダメなんだ? ぶっちゃけダサイぞ?」
「……も……」
銀杏はしばらく黙ってしまったが、
「……漏れちゃうから……」
「ギギギィ……」
 漏れる? 漏れるって……、何が?
「まっ、まさか……」
「……………」
「言えよッ! 気になるだろうがッ!」
「……………」
「ウォォォォ~! 気になって今夜寝れねぇ~~!」
俺様を無視して、銀杏はまた窓の外をボンヤリと眺めていた。
「この席がいいニャ~…」
マイペースなのはレデンも同じだった。ずっと銀杏の席の前にしゃがみ込んで同じセリフを復唱していた。
「まだそんな事を言っているのか、早く一番後ろの席に行け」
「ヴゥゥゥ~~」
「そんな声を出してもダメだ」
「ニャゥゥゥ~~☆」
「萌え声とウルウルの目のコンボで攻めてもダメだ。諦めろ」
「ちっ、ニャ……」
やっと諦めてくれた。これで良いんだ。人生は自分の思う通りには行かないということも在ると、レデンは身をもって体感しなければならない。じゃないと、いつまで経っても自己中心的で猟奇的なネコミミ少女のままに成っちまう。だから俺様もこれからは厳しくしなければならない。それがお前のためになるんだ。人の痛みが分かる、立派なネコミミ少女に成れよ……。ってか、早く俺様の命令を忠実に守るネコミミメイドに成れ。
「ちょっと待てよ」
 九尾が動いた。
「ニャッ!?」 
意気消沈して今にも泣き出しそうなレデンの歩みを、九尾は腕を掴んで止めていた。
「レデン……ちゃんだったよな?」
 <ズズズー>とレデンが鼻を啜る。
「そうニャ……、でも今は傷心中のレデンだニャ……」
その証拠にネコ耳がペタリと萎れている。コレが元気の無い証拠だ。
「ぷぷっ、まぁせっかくオレたちのクラスに来たのに何もお祝いが無いのは引けるからな。よしっ、オレの席で良かったら譲ってやるよ」
「ほ、本当ニャッ!?」
レデンご自慢のネコ耳が天を向いた。
「あぁ、本当の本当だ。というワケで、“凪(なぎ)”ズレてくれ」
「御意」
九尾の後ろの席に座っていた武士風の女の子は、机に掛けていた日本刀を手に取り、
「すまぬが、皆ズレてくだされ」
そう言って、後ろの席の女子達に体を向けて頭を下げた。すると誰も文句の一つも言わずに立ち上がり、あっという間に窓際の前から2番目の席が空いた。
「ありがとうニャ、えっとぉ……」
「九尾 紺だ。“コン”でいい」
「ニャっ。じゃあコンっ、レデンもレデンでいいニャっ」
「ぷぷっ、レデンかぁ~、良い名前だな~。よっしゃっ、これからよろしくなっ」
「皆よろしくニャっ」 
さっきまでは悲しみで顔を曇らせていたのにもう晴れやがった。レデンにはやっぱり笑顔が似合うな。そんな笑顔で見つめられたら誰だって、

――――――『ようこそ、モウマンタイ組へっ!』

こんな風にレデンを受け入れてくれるさ。
「よ~しっ、じゃあ次は俺様にその歓迎の言葉を言ってみよ~。じゃあ行くぞ~、イチ、ニー、サン、はいっ……あれ? もしも~し? 聞こえないぞ~? みんな聞こえているか~? もしも~し? 無視ですか~?」

――――――(回想シーン・終わりっ)

 思い出したら怒りが湧き戻って来た。
「おい時雨先生っ! いいかげん起きろっ!」

――――――プニィィィ~!

思いっきり時雨の頬っぺたをつねってみた。
「あぐぐぅぅぅ~ッ!?」
目を覚ました。
「痛いですよ和也さん、じゃなくて新谷先生」
「やっと起きたか」
目をこすっている時雨はまだ眠そうだったが、俺様の姿を見て、
「ひゃっ? 新谷先生、そのケガは何ですか?」
「あぁ、ちょっとガラスの精霊が急に襲い掛かってきてな……。アレには流石にビビった」
「マジでッ!? それは大変でしたねっ」
誰でも冗談と分かるモノを真に受けるなよ。恐らくまだ寝ぼけているのだろう。脳が正常に働いていないようだ。いや、元から正常に働いていないような気がする。死んだ脳を持つ女……時雨……、おぉっ、ちょっとカッコイイ。
「じゃあ、私が代わりに授業をしますね」
「……できるのか?」
「はいっ」
 なぜこんなにも自信満々なのかは知らないが、ここは時雨に任せるしかなさそうだ。残存している俺様のライフゲージはレッドゾーンに突入中でもう動けない。
「あぁ……頼む。血も滴るイイ男である俺様はちょっと疲れた」
「はい、任せてくださいっ」
時雨がパイプ椅子から退いたので、今度は俺様がそこに座った。
「(し…死にそう…)」
休憩しないと体が待たねぇ……。うぅぅ……眠くなってきた。
「では皆さん~、授業を始めますね~。えっとぉ、まずは出席を取りますねっ。って、全員いますね~、てへっ」
時雨のアホな声が子守唄になってしまった。

――――――――――☆

 気づくとそこは深い、深い、夢の中。
 深すぎて上が見えない夢の中。
 深すぎて下も見えない夢の中。
 ただ浮いている。フワリフワリ。体が浮くのは夢の中だけじゃない。どこでも浮いていられる。ただそれに気づかないだけで、自分は浮いているんだ。
 でも、ここは夢の中だって分かる。何故なら何も無いから。自分しか居ない世界なのだからな。ふっ、独りは寂しいぞ。独りは寂しかったぞ。もうアレはイヤだな。騒がしいのがイイ。夢の中は独りだから殺風景。どんなに素晴らしい夢でも所詮は刹那の舞台。喜劇も悲劇も一瞬で終わる。だから早く皆のところに戻るぞ。終わらない舞台を演じるんだ。傍観者は待ってくれないぞ。……あぁ……誰だよ、俺様の体を揺するのは。
「……ず……先……」
「んぅぅっ…?」
「早く起きてください。ホームルームの時間ですよぉ」
 目覚ましには不適切なヴォイスの持ち主だな。余計に眠くなる。
「こうすれば起きるニャッ<ザクッ>」
「ノォォォォ~~~!?」
言葉では表現できない驚きと痛みが急に襲い掛かってきた。
あのなぁ~~、寝ているやつを起こすのは、普通はそいつの頬っぺたを指で軽く<プニッ>と突っつくぐらいだろ? だがな、レデンが俺様にやりやがったのはそんな優しいものじゃない。頬っぺたを爪で突き刺したんだ。
「殺す気かぁあぁあッ!?」
「殺す気ニャァアアッ!!」
「逆ギレなのかぁぁッ!!」
 そんな感じでしばらくレデンを追い回していたが、窓の外の様子が目に入ってきて足が止まってしまった。
「えっ?」
 オレンジ色の夕焼けが綺麗だった。アレ? おかしいぞ。でもまさか……、
「……いま何時だ?」
 少しの間だけ仮眠をとるつもりだったんだ。昼休みには起きて、レデンたちと一緒に楽しく昼飯を食べてみたかった。それがちょっとした楽しみだったんだ。だけど、
「何を言っているんですかっ、もう放課後ですっ」
時雨の怒り気味な様子を見て、レデンと九尾はお互いが顔を合わせながら失笑していた。俺様が寝ている間に、二人はすっかり仲良しになったようだ。萌え耳付き娘同士、何か通じるものがあるのだろう。ってそんなことよりも、
「マジでっ? 俺様ずっと寝ていたのか?」
「はい、ず~~っと寝ていましたっ」
こっちに人差し指を突きつけて、子供を躾けるように言いつけてきた時雨に殺意を覚えた。
 それにしても俺様は朝から夕方までずっと寝てしまっていたのか……、何だかもったいないことをしたような気分だ。朝、レデンや銀杏からダメージを喰らい過ぎてしまったので、回復にここまで時間が掛かってしまったのだろう。
だがほら見てくれよ、この傷跡一つない綺麗な体を。寝れば傷が治るなんて便利な世界だよな。
さて話を戻そう。えっとだな、もう放課後ってことは分かった。だが、そうなると、
「ってことは、時雨先生が一人でずっと授業をしていたってことか?」
 時雨の口が、上弦の月みたいにニンマリと輝いた。
「はいっ、新谷先生に“任せた”と言われましたからねっ。がんばりましたよ、私はっ」
「そうか……、“能あるBAKAは爪を隠す”とは、まさにこの事だったか」
「そんなっ、照れちゃいますよっ」
時雨は照れくさそうに両手を頬に当てて、「きゃっきゃっ」と騒ぎ出した。本当のバカがここにいた。
「時雨先生すごかったですよ」
むっ、この声は……貴様かぁーーッ!
「北条、何がすごかったんだ?」
フルートを吹くと、何故かタフなゴキブリが集まってきてしまう奇妙な体質の持ち主である北条は、時雨を尊敬の眼差しで見つめながら、
「時雨先生は教えるのがとてもお上手でしたし、私たちが何を質問してもちゃんと答えてくれました。時雨先生は立派な教師ですよ」
と、誇らしげに言った。
「北条さん……、ぐすっ……。あれ? 嬉しいのに……、涙が出てきます」
「それはやばいな。すぐに病院に行け。多分もう手遅れだろうがな」
「病気じゃないですっ。それよりも新谷先生っ、早くホームルームしてくださいっ。最後ぐらい担任らしくしてくださいよねっ」
「うっ……」
痛いところを突かれた。確かに、今日の俺様は一日中寝ていただけだ。痛たたぁぁ……。
「あぁ、分かったよ」
一日の締めくくりのホームルームぐらいは、担任の俺様がビシッと決めてやらないとな。
教卓に両手を置き、思いっきり深呼吸してから目の前に広がるカボチャみたいな連中に視線を送った。
「え~、今日は済まなかった。気が付いたら一日が終わっていたよ。俺様、結局今日は何もしていないな。はははははっ」
 何も反応が無いだろうなと思っていたら、
『そうですね~』
 嬉しいことに初めて二人以上の生徒から声が上がった。これはイイッ。最高の気分だ。ってか、レデンと九尾だけかよッ。
「俺様ってダメな教師かな?」
『そうですね~』
「悪りぃ……、それ止めてくれない? ちょっと落ち込むから」
『………………』
「無言もイヤだなぁ」
『そうですね~』
「もうどうでもいいや」
悲しくなってきた。こうやって先人の教師たちは辞めていったのだろうか? いや、これはさっきまでの状況に比べるとかなりマシな方だろう。返事が返ってくるだけでも嬉しい。さっきまでは無視百%だったしな。時雨のおかげでこのクラスの奴等も少しは心を溶かしてくれただろう。
だから決めた。
「だがなっ、今日一日何もしていないとなると、俺様の教師としてのプライドが許さないわけだ」
「ぷっ、今日から教師のくせに<ぼそっ>」
「何か言ったか、時雨先生ぃ!?」
「何でもないです~~」
このアマぁぁぁぁ……、まぁいい。今はこっちが大事だ。
「それでだッ。皆のことをまだ良く知りないことは今後の壁となることは必須。それを防ぐためにッ、今日からの放課後は毎日お前らの家を家庭訪問しようと思っている!」
『はぁぁぁぁぁ~~~!?』
 初めて全員から反応が返ってきた。やべっ、嬉しすぎて死にそうだ。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「(新谷先生!)」
時雨が俺様の肩を引き寄せて、耳のすぐそばで話しかけてきた。
「(そんな暇は無いですよっ、私たちには大事な使命があります。今日から早速この学園の調査を……)」
「(まぁ待て、もしかしたらこの中に、“萌え忍”関係のやつがいるかもしれないだろう? だったら俺様とレデンでこのクラスを調査し、時雨は独自でこの学園を調べればいいじゃないか。そっちの方が効率はいいだろう?)」
「(あぐぅ……、確かにその可能性もありますが)」
「(だったらいいじゃねぇか。家庭訪問をすればこいつらのことを多少なりとも知ることができるし、萌え忍に関する情報も手に入るかもしれないぞ? 一石二鳥じゃないか)」
「(変な事したらダメですからねっ!)」
「しねぇよッ!」
つい大きな声を出してしまった。
「ぷぷっ、何だか訳アリなお二人さんだなっ」
「最近、二人の距離が大接近中ニャッ!」
「こらそこっ! 勝手に変な誤解を生むんじゃねぇよっ!」
「レデン、後で詳しい話を聞かせろよ」
「了解ニャッ!」
がっちりと手を合わせたレデンと九尾の姿が夕日に照らされた。端から見たら、それはとても綺麗な友情が芽生えた瞬間に見えるだろうが、俺様にはそれが悪魔同士の契約に見えた。
「九尾っ! 人の話は最後まで聞けよっ。俺様と時雨はただの」
「あん? ちゃんと聞いたぜ」
九尾の紅い瞳が<ギンッ>と睨みつけると、放射された視線が空気中の酸素や窒素を燃焼させながら俺様に直撃した。
「だから忠告しといてやるよ。家庭訪問なんて止めておきな」
「……何故だ?」
九尾の赤い髪の毛が、夕焼けの光に照らされてさらに赤くなっていく。
「どいつの家に行っても、必ず後悔するからだ」
「ふっ、残念だったな。俺様は後悔しない人間なんだ」
そう誓ったんだ。もう決して後悔しないと!
「ふ~ん……」
「何だよっ?」
バカにされているような気がして、ちょっとムカついてきた。
「だったら、オレんちに来てみるか?」
「……えっ?」
不意の申し出に困惑してしまったが、すぐにこれはチャンスだと気づいた。
「いいのか?」
「あぁ、来てもいいよ。だけど」
九尾が下を向いて「ぷぷっ」と笑い出した。
「必ず後悔させてやるぜ」
顔を上げて再び俺様を見つめた九尾は、とっても嫌な笑みを浮かべていた。





第16幕  九尾家



「コンコン~コンニャク畑で遊ぼうぜ~♪ コンコン~今夜は寝かさない~♪」
「ニャニャ~ニャんだか楽しそう~♪ ニャニャ~そんな声を出しても許さなねぇニャ~ッ♪」
「……………」
前を歩くレデンと九尾から、なにやら艶のあるメロディーが聞こえてくる。二人とも自分の尻尾を振り子のように揺らして完璧なリズムを刻んでいた。後ろから二人の尻尾の往復運動を見ていると催眠術に掛かる一歩手前まで引き込まれそうだ。だって二人して<フリフリ>とカワイイったらありゃしねぇ。
「ふぅ……」
どのくらい歩いただろうか。
火照ってきた体を冷やすために呼吸を整える。
「もうすっかり秋だなぁ」
徐々に赤色に染まっていく夕焼けにカラスが集団で飛んでいく。そして空を吹き抜ける風は、ときどき肩に木の葉を舞い降りさせる。
「木の葉か……、昔よく襲われたなぁ」
痛々しい記憶が蘇ってきたが、すぐに消し飛ばした。状況説明に入る。
俺様たちは今、萩原学園から歩いてニ十分ぐらいの距離の山中を歩いている。ちなみにアスファルトで補強もされていないような道だ。しかも結構急な斜面。ここまで登ってくるのにも一苦労だ。季節が夏だったら汗ダラダラで登山中だな。今が秋で助かった。
でもレデン達は余裕で登って行く。ちょ、早いってっ。
断じて俺様が運動不足でなまっているわけではないぞ。汗一つ掻かずに登っているレデン達がおかしいんだよ。
「おい、九尾っ」
「あん?」
レデンと変な歌を熱唱していた九尾だったが、不機嫌な口調に早代わりしてこっちに振り返った。
「一体いつまで歩かないといけないんだ?」
「もうすぐさ」
「それ五分前にも聞いたぞ」
「ゴチャゴチャ言ってないで黙ってついて来ぃや」
「来ぃやニャっ」
もう少しで唇と唇が当たるってぐらいの距離で、二人は「ニッシッシッ」と笑い合っていた。本当に仲がイイ。
「ほら、この階段の先さ」
ここからだとその階段とやらは見えないぞ。どれどれ……。
「げっ!?」
坂を数メートル上がっただけでこうも景色が変わるものなのか?
平坦な場所に出てこれでやっと楽な体勢になれると安直な考えはまかり通らなかった。
九尾が指差しているもの。それはとてもとても長い石段だった。
「これを登るのか?」
 幅の広い石段は所々が欠けていて足場としてはかなりバランスが悪い。段差が小さいので足幅が長い俺様にとっては登りづらいことこの上なしだ。しかも長いッ。長すぎる。千段あるんじゃないだろうか?
見上げるその先には赤い鳥居が堂々と聳え立っていた。とても綺麗だ。まるで炎で出来ているみたいに光を放っている。
 だが、今からこの石段を登るのは流石にダルイぞ。
「エスカレーターは何処かに無いのかっ?」
周りを探ってみたが、どこにも現代の文明利器を発見することはできず、俺様は絶望に包まれその場に膝をついた。
「マジかよ……」
コレを登るのか……。うんざりするほど疲れること間違いなかった。
「ぷぷっ、アンタはこれを登らずに一体どうやってあそこまで行くつもりだよ?」
「お前にオンブしてもらう」

――――――ザシュザシュァッ!

嫌な音を響かせながら、レデンと九尾の合体攻撃“グランドクロス”が俺様に炸裂した。レデンは天高く舞い上がり、上空から飛来して俺様の頭から腹まで一直線に縦に切り裂き、九尾は俺様の視界から一瞬で居なくなると、横から瞬神の如きスピードで俺様の胸を横に切り裂いた。
「ギャラボァッ!!!」
十字架の形の血飛沫が宙を描いた。ふっ……、世界の絶景百選に選ばれてもいいような光景だったぜっ!
ドサリと地面に崩れ落ちた俺様だったが、すぐに立ち上がった。
「死ぬだろうが、このボケ共ッ!」
倒れる途中、何だか気持ちイイ光が一瞬だけ辺りを包み込んだが、レデン達への怒りで何とかその光を薙ぎ払う事ができた。
「ちっ、生きているのかっ」
「ちっ、生きているニャッ」
「ハモるなぁッ!」
「おいレデン、こんなヤツ放っておいて行こうぜ」
「了解ニャ~、コン」
「無視するなーーッ!」
手をつないだレデンと九尾は、二人仲良く一段飛ばしで石段を駆け上がっていった。
「待て~っっ」
遅れてなるものかと俺様も後を追った。
数分後、
「死ぬぅぅぅッッ~!」
すでにレデンと九尾はこの石段を登りきり、姿はもう見えない。
俺様も半分ぐらいまではちゃんと立って登っていたが、途中からは這いずりながら登っていた。全身もうボロボロ。
「もう少しぃぃぃ」
 ノドはカラカラ。汗はもう出尽くした。でもそれだけのことをしたんだ。
 ようやく登り切った。
「よっしゃぁぁぁ……」
 だが、その瞬間に力は抜け落ち、まるでマラソンの起源になった兵隊さんのように倒れこんでしまった。倒れる先にあったものは……山のように積み重なった落ち葉だった。
何故そこに集まっているのかは分からないが、俺様の体を操っていた糸が切れてしまったので方向展開不可能。疲れきった肉体は盛大に落ち葉を撒き散らして胴体着陸、ズザー。そのままゴロリと仰向けになり、
「す~はぁ~! す~はぁ~!」
自然の恵みである“オーツー”を吸引開始。疲れた体に良く染みるぜぇ。
太陽はすでに沈み、辺りは薄暗かった。登るのに結構時間が掛かってしまった。
「お~、コレがさっき下で見た鳥居か」
仰向けになって見上げてみた。う~む、やはり近くで見ると壮観だ。寝っころがって鳥居を見上るとかなりの威圧感があり、上から襲い掛かってくるような圧迫感さえも感じるほどだ。
「よしっ、行くかっ」
休憩完了だ。落ち葉のベッドは石畳よりかは柔らかいので疲れは結構抜けてくれた。早くレデンたちの後を追わなければッ。
 その時、
<ザッザッザッ……>
「ん?」
変な音が聞こえてきた。俺様は空を見上げていたので、どこからその音が聞こえてくるか分からなかったが、何かを箒で掃いているような……。
<バフゥっ>
「うわっぷっ?」
何かが大量に俺様の顔面に撒き散らされた。うぺぺっ、口にちょっと入った。
顔に当たる感触はワザワザとしていてキモチワルイ。
「何だこれは……、落ち葉?」
見ると、それは赤や黄色や茶色が程よく混じった落ち葉。何故こんなもの大量に降り注いでくるんだ?
<バフゥっ>
また来た。今度は顔だけじゃなくて全身が紅葉に埋め尽くされてしまった。

――――――「よし、もうこの辺で良いじゃろう」

紅葉の間から大人びた女性の声が聞こえてきた。レデンでもないし九尾のものでもないな。

――――――シュッ

何かが擦れる音。これってまさか、

――――――ポイッ

何かが捨てられる音。
実際は聞こえるはずがないこの擬音語が聞こえるということはイヤな予感が……。

――――――メラメラメラ……

 俺様の予想を裏切らないこの世界が嫌いだ。
煙がどんどん視界に入ってきて灰色の世界が広がっていく。あっ、なるほど。
「何だ燃えているのか。そういえば何だか熱くなってきたぞ。って」 
「う~む、綺麗じゃの~」
「そうだな、母上」
「綺麗ニャ~」
そしてこの場にいる四人は、しばらくの間だけ幻想的な炎に酔いしれていた~~。
「殺す気かぁぁぁ~~~!<ボフゥゥアァッッ!!>」
酔いしれてねぇよ、このボケェッ!
火を纏った落ち葉を辺りに吹き飛ばしながら、俺様が炎中から華麗に登場。
「何事じゃっ!?」
火を放ったヤツが一歩後退して、突然姿を現した美青年をマジマジと見つめる。
「何じゃ、タヌキかぇ」
「違うわぁッ! 熱ッ」
火の粉がまだ服に憑依していたので、急いで消した。
「人をいきなり焼死させるような真似しやがって、アンタ一体何様のつもり……」
そこで脳内エラー発生。急襲警報急襲警報っ<フォォ~ンッ、フォォ~ンンッ>。「皆の者、配置に着いたか? 状況を報告せよッ」、「はっ、報告いたします」、「巫女サンですッ、巫女さん~~ッ」、「落ち着け、とにかく落ち着け」、「み、巫女さん~~ッ」、「この理性はもうダメです。上官殿、百聞は一見にしかず、あちらをご覧ください」、「こ、これはぁぁぁっ?」
脳内パニックがいつまで経っても収まらない。
何故なら、放火魔女性が身につけている服装、装飾品は。俺様の大好きな……、
「み、巫女さんッ!?」
そう! 白と朱で統一された日本人女性特有の巫女装束。それは聖女の証であり、日本男子の夢のコラボレーションマジカルアタックスゥイートミラクルゥ! 奇跡の服装なのだ。しかも、この衣装を着る事ができるのは細身で髪の毛がとてもスラーっとしている女性に限るのだッ! そして今の目の前にいる巫女さんは~! まるで俺様の理想の巫女さんがそのまま出てきたような妖艶なビバッ・巫女さんなのだぁぁぁ~!! 黒い瞳に、黒く長いスラーっとした髪の毛。その頭には黒髪を引きただせるギンギラギンにさり気ない金の装飾品。その体は抱きしめたら折れてしまうんじゃねぇかと思うくらい面積が少ない波線グラフ。あぁぁぁ~! 抱きしめたらダメかなッ!?
「どうしたのじゃ、このタヌキは?」
「あぁ! そんな目で……、そんな目で俺様を凝視しないでくれぇ!」
巫女さんの持つ神秘アイビームによって、体の奥底から激情が萌え上がってきた、
それに耐えられなくなった俺様は、石畳の上をみすぼらしいしくのた打ち回って精神統一に専念した。
「はぁ、はぁ、済まない。もう大丈夫だ」
そう言って立ち上がった俺様は、何だかとっても清々しい気分だった。
「母上、このタヌキは危険だ。下がっていてくれ」
巫女さんに近づこうとしていた俺様の前に立ちふさがったのは、赤い髪と紅い瞳を持ち、さらにはツンツンした耳とフサフサした尻尾まで持ち合わせている九尾だった。
「コン、助太刀するニャ!」
九尾に攻撃を仕掛けようとしていた俺様の前に立ちふさがったのは、エメラルドグリーンの髪と黒緑の瞳を持ち、さらにはフサフサした耳とシュルンとした尻尾まで持ち合わせているレデンだった。
「んっ? ちょっと待て。おい九尾、今お前なんて言った?」
「殺すって言ったぜ」
九尾の両肩の上には、赤いオーラが狐のような形相を成してこちらを睨んでいた。コエー。
「いや、そんなことは断じて言ってないと俺様は思う。確か今お前はこの巫女さんの事を“母上”と言ったんじゃなかったのか?」
「口の減らないタヌキだニャッ!」

――――――ザシュッ!

レデンの先制攻撃が俺様の頬をカスめた。
「いきなり何しやがるッ?」
「ほう、レデン殿はなかなかイイ動きをするのう」
「オレの友達だからな」
「うむ、それは何よりじゃ」
「レデンはコンのお友達ニャ~!」
<ザザザ~っ>と地面を足でブレーキしながら止まったレデンは、高々しくそう言った後、次の攻撃に移るために体制を低く取り鋭い爪を構えた。次の攻撃で“殺られる”と俺様は本能的に感じ取ったので、しょうがなく最終手段をとった。
「こらレデン! これ以上オイタが良すぎると今日の晩飯は無しだッ!」
「ニャにっ!?」
ビクンとレデンの体が震えた。そしてしばらく考えた後、
「くっ! 卑怯だニャ! このバカタヌキ!」
いつも美鈴が言っているような悪口が聞こえてきた。
「誰がバカタヌキだぁ~~!」
「変態ニャ~~!」
しばらくレデンを追い回していたが、疲れたので止めた。
「はっ? 俺様はこんなことをしにわざわざここまで来たんじゃない」
使命を思い出した俺様は、息を乱しながら九尾の母親と思われる女性に挨拶をした。
「はぁ……、はぁ……、どうも初めまして。俺様はモウマンタイ組の担任をしている新谷和也と申します」
「コンの担任?」
巫女さんは両袖に手を入れた状態で、九尾の顔を覗き込み、
「そうなのかえ?」
ちょっと腰を屈めて我が子に質問するお姿に、俺様は萌えてしまった。
「まぁ……一応……新しい担任だ」
「ふむ、コンの先生が家に来るなんて初めてのことじゃのぅ」
巫女さんは思いに耽っているのか、頬に手を当てながら大人の女性特有の誘惑スマイルを溢した。そして、そのスマイルを維持したままゆっくりと俺様のところへ歩み寄ってきたので心臓バクバクのドッキドキン。そのまま抱きついてくるのかと思って胸を広げていると、
「お初にお目にかかる。某はコンの母親で名は“恋火(れんか)”と申す。ここ“狐神神社”にて神主の職に就いておる。以後よろしゅう」
「はっはひっ、こちらこそ宜しくです。……恋火さんっ」
 恋火さんはゆっくりと、俺様は大げさに頭を下げた。
「(いや~、年上の女性って素敵だな~)」
そう思いながら顔を上げたのだが、
「ん~?」
と、恋火さんが俺様の顔を覗き込んでいた。すぐ側で、
「な、なんですか?」
つい一歩後退してしまった。あぁっ、何でこの時に顔を前に出さなかったんだ俺様はッ! この意気地無しッ!
「お主……、女難の相が出ておるのぅ」
「え?」
 患者に末期ガンと申告する医者のように、恋火さんは真剣度八十~九十%でズバリそう言った。そこで俺様はこう聞き返した。
「女難の相って何ですか?」
 すると恋火さんは、おちゃめ度百%のウィンクをしながら、手を銃の形にしてこっちに向けて、
「女性に嫌われるタイプじゃ<バキューン!>」
「イヤだぁぁぁ~~ッッ!!」
 この俺様が女に嫌われるタイプだとぉ? そんなわけ……、そんなわけが……あるような気がする経験があり過ぎて困るッ。
「よし、コンの担任なら“タダ”で御祓いして差し上げよう」
「――御祓い?」
「そうじゃ。九尾家に代々伝わる由緒正しき御祓いは、どんな厄も」
「母上がタダでッ!?」
この場に居た者の中で一番びっくりした反応を見せたのは、恋火さんの娘の九尾だった。
「何じゃコン。そんなに驚くことかえ?」
自分の娘に向かって、きょとんと惚けたように顔を傾げる恋火さん。それに対して九尾は、
「だって母上がタダで御祓いするなんて初めてのことだろっ?」
九尾は手をバタバタと慌しく動かし必死に母親に抗議していた。
ふっ……、お前は恋火さんの娘のくせに何も分かっちゃいないな。恋火さんは俺様の魅力に大満足したのでその見返りとしてタダで御祓いしてくれるって遠回しで言ったんだよ。そう、全ては俺様が悪いんだ。
「ふむ……、コンの担任が不幸になると、コンもイヤじゃろ?」
「全然OKOK~! むしろこの世から消滅して欲しいぐらい!」
ピョンピョンとその場で飛び跳ねる九尾に心底腹が立った。
「レデンもそう思うニャ~!」
九尾と手を取り合ってレデンも一緒に飛び始めた。俺様の存在って一体何なんだろうな?
「そうじゃったか。ではダメな担任であるらしい和也殿よ。まぁ何にせよ今回はサービスじゃ。タダで御祓いしてしんぜよう」
「……ありがとうございます」
何だか遣る瀬無い気分に陥ったが、一応お礼は言っておいた。恋火さんとは今後とも長い付き合いになりそうだからな。ふふふっ、ふふっ。
「では、こちらに参られい」
巫女装束と真黒の髪を華麗に翻して、恋火さんは境内の奥へと進んでいった。
「オレたちも行くぞ」
「了解ニャ~」
レデンと九尾は手を繋いで、仲良く恋火さんの後についていった。
「(あぁ……、俺様のレデンがどんどん遠ざかって行っているような気がする)」
新しい環境、新しい友達。
これらによってレデンの考え方、生き方も今までとは変わっていくだろう。俺様の側を決して離れなかった今までのレデンからしたら、それは凄い進歩だ。
「はぁ……、複雑だ」
恐らくコレは、親元を離れていく子供を惜しむ親の心情なのだろう。心が痛いぜ、苦しいぜ。
「――ふぅ……」
見上げた空はもう真っ黒だ。灰色の薄雲がスローで漂い進んでいく。あの雲のように、何の悩みも無くただ漂うことが仕事だったなら、人はどれだけ気楽で居られるのだろうか。
「御祓いねぇ……」
一体なにをされるのだろうか。そう思いながら石畳を歩き出したが、かなり禍々しい石像が道端に置いてあったため歩みを止めた。
「何だコレ?」
それは、石像というよりも石門。縦方向に半身を切られたキツネの石像が、道の両側からこっちに向かってガン視していた。高さは大体二メートル。体が左側だけある石像は道の左に、右側だけある石像は道の右にそれぞれ一体ずつ設置されていて、その各々に炎のような曲線を持った尻尾が五本生えている。そしてその内の一本同士が空中で弧を描いて繋がっていて、今からここを通る俺様に試練でも与えるんじゃないかという畏怖を纏っていた。
「狐神神社ねぇ……」
ふっ、少し寒気がするぜ。名前は胡散臭いが雰囲気は本物だな。今すぐにでもこの石像の表面を覆う石が<ビキビシ>と剥がれ落ち、その下から大昔に封印された化け物が出てきても何の不思議はない。
「ご主人様~! 遅いニャ~!」
 先に見える道場みたいな建物に着いたレデンは、初めて友達の家に来たせいか、かなり浮かれていた。
まったく……このアホっ。俺様のことはそう呼んだらいけないって言っておいただろうがッ。この記憶力ゼロっ。……あっ、でも、学校で“ご主人様”と呼んだらいけないで、もうここは学校の外か……、しまった、俺様が悪いのか? 
「おうっ、いま行くぞ~」
何事も無かったように、さり気なく事を進めようとしたが、
「おいレデン、何だ今の“ご主人様”って?」
 案の定、九尾が疑問に思っていた。
う~む、ここで俺様とレデンの関係がバレてしまったら、俺様はモウマンタイ組の奴等に『変態ッ、変態ッ、ロリコンッ、ロリコンッ、通報ッ、通報ッ』と行った流れで苛められてしまう。どうする、レデン? 
<チラリ>とアイコンタクト。伝わったか?
するとそれが伝わったのか、レデンはコクリとその細い顎を縦に揺らして
「レデンとご主人様は一緒に住ん……」
「<ガバッ>(レデンの口をふさぐ) おいおいレデン。もうバツゲームはこのぐらいで終わりにしといてやるよ。俺様のことをご主人様と呼ぶバツゲームは現時点をもって終了~。次からはちゃんと新谷先生と呼ぶように~」
「むぐぐぐぐ~」
 レデンはまだ何かを言いたそうにしていたが、それを眼力だけで制した。 
大人しくなったので口から手を離してやると、
「……と、いう訳ニャっ、コン。新谷先生をご主人様と呼ぶバツゲームをしていただけニャ。別に怪しいところなんて全然ないニャ」
「……そうか?」
 九尾は「いつ、何処で、どんなゲームをしたんだよ?」と言いたげな視線を俺様とレデンに交互に送った。
「そうそうっ、全然怪しくねぇぜ?」
「お前が言うと怪しいんだよ」
「ふっ、だったらレデンの言うことは信じるんだな?」
「……まぁな。友達だからな」
 その言葉に、九尾の後ろでレデンは頭を抱えて悶え苦しんでいた。
「和也殿、それにコンにレデン殿。早く中に入られい」
 木造の道場の中を見てみると、恋火さんが炎を背にこちらを手招いていた。
「は~い、いま行きっま~す。って暑ぅぅッ?」
 炎に照らされた巫女さんの魔力ある魅力に惹かれて中に入っていくと、肌が荒れそうな熱がここに充満していることに気が付いた。
「ここ暑くないですか?」
ツルツルの木の床板、低い三角、天井部屋の中央部分に置かれた焚き火。
夜の少し肌寒い気温が一変、真夏にサウナに入っているような感覚に陥る。
「ふむ……常人にはここは少しばかり暑いらしいのぉ。換気ぐらいするか」
恋火さんが壁にあったスイッチを入れると、<ウィィィ~ン>と三角天井に多数あった窓が一斉に開いた。充満していた熱気が夜空へと逃げていく。窓の外には微かではあるが星が見えた。もう少し経てばもっと光り輝く星が見えるだろう。
「妙にハイテクだな」
「では、和也殿。こちらへ参られい」
恋火さんは焚き火の前に立ち、いつの間にか手に持っていた幣(めさ)をクイクイと動かしてこっちに来いと命令された。
「は~い」
俺様はそれに釣られるようにフラフラ~と近づいた。
「コン達は好きに遊んでいていいぞえ」
「よしっ、じゃあレデン、こっちに来いよ。遊び道具がいっぱいあるぜ」
「楽しみだニャ~」
レデン達は部屋の右奥の襖を開け、合計四つの耳をピンと立たしたまま、怪しげな遊び道具がたくさんありそうな部屋の中へと消えていった。
「コンが友達を家に連れて来たのも、今日が初めての事じゃのぅ……」
レデン達の様子を眺めていた恋火さんは二人の姿が見えなくなったのを確認してからそう呟いた。
「えっ、そうなんですか?」
「うむ……、あの子には苦労させる」
それは俺様に言ったのか、それとも自分自身に言ったのか、それぐらい小さな声だった。
「和也殿」
「はい?」
「あの子には苦労させられると思うが、それはあの子のせいではない。私のせいなのだ。だから、あの子は責めないでやってくれないか? あの子は本当にイイ子じゃからのぅ」
真黒の、まるで黒真珠のような瞳が揺れている。恋火さんのこの言葉の意味がよく理解できないが、
「ドンと任せてください。俺様はあいつの担任ですからねっ」
「和也殿はお優しいのぉ」

――――――ギュッ

「へっ?」
手を握られた。
「恋火さんっ!? そんなダメだぜっ! だって二人はまだ出会ったばっかり。ココロの準備が……!」
嵐のように震え上がる心。だって、こんなの初めてだから……。
「何を言っておる。早く御祓いを始めるぞ」
少しだけ笑った恋火さんは手を離すと、幣を自分の胸の前に置いた。
「(そうだよな。やっぱり恋火さんは大人だぜっ。二人の関係はじっくりコトコト煮込みながら美味しくしていこうってことだなっ)」
俺様は恋火さんの心情をそう読み取った。
「では和也殿。女難の相を払い除けるために、今から“九尾式御祓い・術式その参”を行う。まずは……」
「――えっ?」
恋火さんに肩を掴まれた。ま……、まさかこのシチュエーションはッ!?
「上の服を脱ぐのじゃ」
「(えええぇぇえっぇぇぇ~~~ッッ!!?)」
そんなっ! さっき二人はじっくりコトコト煮込んでから食べ合うって内容の心通信が完了したんじゃなかったのかっ!? それとも俺様側の通信速度が速かっただけの話かッ!? おっ、いま遅れて通信が恋火さんから来たような気がするッ! レッツゴ~、レッツゴ~!
「分かりました。今すぐ脱ぎますねッ」
俺様はズボンに手をかけた。

――――――バコンッ!

ケリが華麗に入った。
「下は結構じゃ」
「……了解……」
とっても痛かったぜ………急所が。

――――――バタンッ

地獄の苦しみに耐えられなくなって倒れこんでしまった。この痛み、分かるよな?
でだ、あまりの痛さに地獄の底から死神が這い出てきてそのまま俺様の意識を持って行ってしまったんだ。
うぉぉいっ、返せッ、この野郎、それは俺様のだ。このまま逝ってなるものかっ、このっ、このっ、こ……。





第17幕  九尾式御祓い・術式その参



瞼が重い。
「うぅうぅぅ……」
それに足も痛い。手も痛い。んっ? 何だか縛られているような……。
「……へっ?」
状況が掴めなかった。
「えっ? 何で俺様は正座しているんだ? それに……」

――――――ギュギュッ!

「気のせいじゃなかったッ? 本当に縛られているッ? このっ……外れねぇッ! それに何故に上半身ハダカなんだッ!?」
両手は後ろで、両太モモは正座している状態で縛られていて、解こうとしても全く身動きが取れなかった。しかも上半身ハダカでどうなってんだい?
「和也殿、やっと目が覚めたか」
後ろから声。
「恋火さん、コレは一体どういうわ……」
ジュキュバタタタ~~ン、俺様フリーズっ、途中で声帯振動運動をシャットダウンッ。
はわぁわぁぁ……、聞いて驚くなよ。
振り向いた先から飛び込んできたもの。それは、
「恋火さん……、その両手に持っているモノはもしかして……」
とても長く黒い髪を靡かせ、和服姿が良く似合うスラリとした体型を持ち合わせている恋火さんは、「これか?」と自分が両手に持っているモノに目を向けて、
「うむ、ロウソクとムチじゃが……、何か問題でもあるのかえ?」
 問題あり過ぎだろうッ!
すでに火が灯されているロウソクからは赤いロウが滴り落としているし、ムチは丸めて持たれていなく、すでに垂れていていつでも振り下ろせます状態だ。
「むっ、危ない危ない」
自分の足にかかりそうなロウの滴を<サッ>と避けた恋火さんは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「恋火さん……? あの……」
「ではこれより、九尾式御祓い・術式その参を執り行う」
その瞬間、部屋の中央で燃えている炎がより一層強く揺らめいた。ひぃぃぃ。
「あの……、やっぱり止め」
「るわけにはいかぬ」 

――――――スパ~ン!

「いってぇぇぇッッ!?」
思いっきりムチで背中を叩かれた。I・TA・SU・GI・RU!
「口答えするでないッ! コレも全て和也殿のためなのじゃ<スパーン>」
「ノォォォッッ、絶対そうは思わないっ! どう考えてもムチは必要ないっ!」
「これが九尾式御祓い・その参を始めるために必要な儀式なのじゃ。安心せい。次はこのロウを使って……」
「もっと嫌だぁ~!」
俺様は恋火さんから距離をとろうとして、床を転げまわりながら高速で移動した。が、

――――――ドスンッ

何かにぶつかった。
「邪魔ニャ、ご主人様」
そこに座っていたのは、レデンと、
「今、オセロ中だ。邪魔するな」
床に置いたオセロ盤を、座りながら真剣な眼差しで見つめている九尾だった。
「レデンっ、いま俺様ピンチなんだ。助けてくれないか?」
<ピクッ>とレデンの耳が動いたが、
「レデンもピンチニャッ。もうすでに角を2個も取られているニャッ! 大ピンチッ!」
オセロに夢中で構ってもらえなかった。
「か~ず~や~ど~の~」
目が軽くイっちゃってる恋火さんがすぐ後ろまで迫っていた。
「レデン! オセロと俺様どっちが大事なんだッ!?」
「カツオ節をくれるオセロ?」
「って、何故に疑問系で答えるんだよっ!? しかも意味が良く分からねぇ!」

――――――ポタリ……

「えっ?」
背中に何かが……、
「熱ぅぅぅッッ~~~!!」
あまりの熱さに背中が仰け反る。そう、まるで海老みたいに。
「ニャっ、角を取れたニャ~」
「ちっ、やばいな」
こっちを無視して嬉しそうに白を黒にひっくり返していくレデンが心底憎い。
「お前らぁ。助けろよ!」
背中がヒリヒリを通り越してズキズキしてもう最悪。
オセロをひっくり返していたレデンは、その動作を中断してこっちを見たが、
「こっちを助けろニャァッ!」
「逆ギレっ!?」
もう、レデン達に助けを求めてもムダだということが分かったので自分の力でどうにかするぜっ! 

――――――シュルッ

「えっ?」
そう決意した俺様に、ムチがまるで蛇神の呪いみたいに巻きついてきた。この縛り方は……まさか?

――――――ビシィッ!

「ぎゃぁぁぁっ~!」
きつく縛られて拘束完了。しかも何故か亀甲縛りだ。くっ……そこはダメぇ……!
「恋火さんっ? もうムチは使わないって先ほど仰いませんでしたっけっ?」
思いっきりムチを引っ張っていた恋火さんは、
「ん? これはただ和也殿を縛るために使用したまでのこと……。和也殿が抵抗しなければ使用しなかったぞえ」
「俺様のせいなのかぁ? 俺様のせいなのかぁっ!?」
「では和也殿、参るぞ」
妖艶な巫女さんの足音が前から近づいてくる。<ポタリポタリ>と液体が垂れる音と一緒に。
「ニャ~♪ 勝ったニャ~♪」
「ちっ、おいレデンっ。もう一回もう一回っ!」
「望むところニャッ!」
そちらは楽しそうで何よりだな。俺様もオセロ混ぜてくれよ。こう見えてもオセロにはちょっと自信があるんだぜ? さぁ、一緒にオセロを……、

――――――ジュ~~

「ぎゃあああああぁぁぁあああぁあぁぁぁぁ~~……」
肉の焦げる音がこの空間を支配する中、遂に御祓いと言う名を借りた世にも恐ろしい地獄の拷問が開始してしまった。ガクッ……(気を失う)

――――――――――☆

 ここは鳥居の下。階段のすぐ傍。
 松明が暗闇を照らす中、佇むのは四人の伸びた影。
オセロの第四戦が終わる頃、俺様に対する“御祓い”が無事に終わったらしい。気が付いたら鳥居に背をかけて座っていた。
「では和也殿。明日からもコンの事、どうか宜しく頼む」
精も根も何もかもが尽き果て過ぎて真っ白に朽ち果てていた俺様に向かって、恋火さんが何事も無かったように我が娘の事をこれからも宜しくとお願いしても、そんなことを俺様が快く引き受けるわけが無いだろう?
「コン。勝負はお預けだニャっ」
「あぁ、二勝二敗じゃ中途半端だからな。また今度なっ」
お前ら、結局ずっとオセロに夢中で俺様を助けなかったな。どんな悲痛なうめき声を上げても貴様らは反応ゼロだったな。俺様の意識が消失した後もテメェ等はずっとオセロをしていたんだな。よしっ、ストレスがUPしたぜっ。
「ふぅ……」
今の俺様は、背中の痛みに耐えながら何とか立っていられるといった状態だ。スーツを着ていると肌に擦れて激痛が走るのでスーツは肩に掛けている。白い上着一枚しか着ていないので何気に寒い。心も寒い。
「大丈夫ニャ?」
九尾と話をしていたレデンが、いつの間にか俺様の顔を覗き込んでいた。
「えっ?」
これってレデンが心配してくれたのか? やべぇ、泣きそう。
「あぁ、大丈夫だ」
何とか作り笑いができるぐらいの体力は残っていたようだ。俺様は優しくレデンに微笑んだ。

――――――ドンッ!

「ぐわっ!?」
背中に急な衝撃が走った。
「ぐわあぁぁぁ……」
さっきまでロウという危険液体に蝕まれていた背中から、全身に痛みが飛脚の如し神速で駆け走る。
「あっ、すまん。ぶつかった」
「てめぇ……」
ぶつかってきたのは九尾だった。うぅぅ、背中が痺れるほど痛ぇ……。
「お前どこに目を付けているんだよ? あぁっ?」
「そう怒るなってっ。ちゃんと謝っただろう?<ゴシゴシ>」
九尾はプチ謝罪しながら、右手の甲で自分の唇を拭いていた。ん?
「どうした? 何か口に付いたのか?」
上着にロウでも付いていたのだろうか?
「ん? 気にしないでくれ」
手をどかした九尾の口には何も付いていなかったので別に気にしないことにした。
ぶつかって来た九尾はレデンの方へと駆け足で近づいていくと、

――――――パシンッ

まるで選手交代するときに選手同士がタッチし合うみたいにレデンの手を叩いた。
「何なんだ一体?」
動物耳持ち同士の理解不能な行動だった。
「和也殿、しばらくは痛むと思うが、明日になれば痛みは引くであろう」
もうムチもロウソクも手放した恋火さんは、最初に会った時の様に穏やかな女性に戻っていた。ありがたやありがたや。
「あの、これで俺様はもう大丈夫なんですね?」
「うむ、これで和也殿の女難の相は消えた。安心せい。今日からお主はモテモテのウハウハじゃ」
ここまでして何も意味がなかったなら、恐らく俺様は発狂していただろう。
さてと、そろそろ帰るか。ハラ減った。昼飯食ってないからな。
「では今日はどうもありがとうございました、俺達はこの辺で失礼しますね」
「ニャ? もう帰るのニャ?」
「もう夜遅いからな」
「ニャ~……」
まだここに居たいという名残惜しいなキラキラ光線をこっちに撃出してきたので、その頭をクシャクシャと撫でてやった。すると、
「了解ニャ~。コンっ、また明日ニャ~♪」
「おぅっ、また明日な、レデンっ♪」
見ていて分かる。二人はたった一日で親友になったんだな。と、心底そう思った。
「帰りの道中気をつけての」
 恋火さんは、またまたいつの間にか取り出した幣を振り払い、旅人の行く末を案じるように祈ってくれた。俺様は敬礼しながら、
「はっ、気をつけて帰らせてもらいますっ」
「ますニャッ」
レデンが真似した。
「あっ、そうそう九尾。ちょっとお前に言いたいことがある」
「あん? 何だよ?」
俺様が手招くと、九尾は顔を顰めながらも耳を近づけてきた。キツネ耳が鼻を掠る。
「ハッハクシュ~ン!」
「てめぇ何するんだよッ!!!<ザシュッ>」
「ぐはぁっ、すっ、すまん! お前の耳がこそばくてっ」
「オレの耳をバカにする気かッ!」
「してないしてないっ。<シュンッ>」
「はっ!? いつの間に背後に?」
 今度はクシャミしないように気をつけて、
「……お前の言っていたことは正しかった」
今日は家庭訪問のせいで大変な目に遭った。九尾の言っていたことは正しかったぜ。
「だから言ったじゃないか」
九尾は尻尾で俺様の腰を<ビシッ>と叩くと、「あばよっ」と言い残し神社の奥へと消えていった。
「では」
背を向けて九尾の後を追う恋火さんに一礼した後、レデンが突然に手を握ってきた。
「ご主人様、早く帰るニャっ」
「えっ、あぁ……って」
<ドドドドドドドドッ!>
「手を離せ~~ッ!」
 引っ張る引っ張るッ、すごい力で。
「こっちの方が早いニャ~♪」
「シヌゥゥゥ~~~ッッ!!」
 月明かりだけが足元を照らす。その中を疾走するのは二人のみ。転んだらそのまま下界へ一直線。死ぬかもしれない。だけど怖くわない。レデンが手を握っているからだ。レデンが楽しそうだからだ。まったく……、世話が掛かる……。

――――――――――☆

死ぬかと思った。無事に地上に戻れて俺様は幸せだ。
「ニャ~♪ ニャ~♪」
レデンはずっとご機嫌フルパワーで、階段を暴走特急のように下っているときも、俺様が「歩かせろ~」とお願いして山道を歩いているときも、横に居るレデンからは鼻唄が聴こえいた。
俺様はずっとレデンと一緒に居る。“ずっと”と言っても数ヶ月程度だが、それでも俺様にとっては数年分の価値がある日々だった。それは今からもこれからも変わらない。幸せ……というのだろうか、すごく充実している日々だ。だから今の上機嫌なレデンを見ていると、今までの生活はレデンにとって充実した日々だったのかどうか分からなくなる。
「レデン……、学校は楽しかったか?」
「ニャッ!?」
今日の出来事を思い返していたのだろう。急に声を掛けられてびっくりしてしまったレデンだったが、
「とっても楽しかったニャッ」
満面の笑みで答えてくれた。“とっても楽しかった”か……。
「友達もできたな」
「うんっ、コンはとってもイイやつニャッ」
 今日までレデンには友達と呼べるヤツは居なかったな。知り合いも俺様と美鈴ぐらしいしか……。
「ご主人様……」
そろそろ家に着くといった感じのところでレデンが立ち止まった。
「どうした?」
辺りは暗く、静寂に包まれていた。外灯に照らされている道路は何の感情も齎されない。
「毎日が……」
レデンは手を後ろに組んでウジウジしながら、
「とっても楽しいニャっ」
夜空には星の光が散りばめられていて、とっても綺麗だ。
「でも、レデン一人じゃ何も出来ないから……」
レデンは一体なにを言いたいのだろうか。
「だからご主人様……」
風に乗ってレデンの香りがした。
「これからも宜しくニャっ」
そしてレデンはペコリとお辞儀をすると、下はコンクリートのはずなのに土煙を巻き上げながら、すごい勢いで走り去っていった。
「おいっ、レデン!?」
まったくの意味不明。だけど、
「ぷっ……くくっ……はははははっ」
笑いがこみ上げてきた。ったく、仕方の無いやつだな。本当に……仕方が無いやつだ。突拍子も無しに変なことを言いやがって。
まぁ、少しだけ……、さっきまでの憂鬱がどこかへ飛んで行ったな。
「これからも宜しくか……」
 俺様も言いたかったな。

――――――――――☆

「ただいま……」
我が家に帰って来られた……、戦場から無事に生還できたような気分になるのはきっと俺様が生きているからだ。
「おかえりなさいニャ~」
部屋からテレビの音と混じってレデンの声が聞こえてきた。あっ、そういえば、もうすぐで“ツンデレアタックNo1”が始まってしまう時間じゃねぇかっ! 疲れが消し飛ぶ。
「やばいやばいっ」
急いで靴を脱いでリビングへと向かう。だがしかしっ、
「あっ、おかえり」
リビングには、イスに座った美鈴も何故か居た。
「何だ、お前もいたのか」
「何だとは失礼ねっ」
あっという間に不機嫌な美鈴が出来上がった。まぁ、俺様はそんな美鈴を無視して担いでいたスーツをイスに掛けると、ノドを潤すために冷蔵庫を開けてお茶入りペットボトルを発見。一気に飲み干した。
「ぷはぁ~! やっぱ日本人はお茶だなっ」
大満足! あぁ~~体に染みる~~。
俺様は冷蔵庫を閉めてその場で背伸びをした。
「くぁあああぁぁ~~」
一日の疲れが背伸びによって抜けていくようだ。

――――――ガシッ!

「ん?」
美鈴が俺様の上着を背後から掴んでいた。
「どうした美鈴?」
何故か手が震えている。俺様なにかしたか?
「バカ兄貴……、これは何なの?」
「はぁ?」
振り向いて見てみると、美鈴は俺様の背中をじっと見つめていた。……背中?
「背中がどうかしたのか?」
「これよっ、これっ」
「痛ぇ痛ぇッ! 引っ張るなッ!」
美鈴が上着を引っ張ったので、御祓い時に受けた痛みがまだ残る背中に激痛が走った。
「見えないから何のことか分かんねぇぞっ?」
「だったら! さっさと脱げ!」
「うおっ?」
あっという間に美鈴に上着を脱がされてしまった。
「おいっ、一体何がしたいん」
「これよっ、これっ!」
「ぷはっ?」
顔に上着を押し付けられた。急いでそれを顔から離して何事かと手に持って見てみると。
「へっ…?」
そこには、
「このキスマークは何よッ!?」
そう、それはキスマーク。どういうわけか、上着の後ろに小さな唇の跡が赤く付着していた。何だコレ?
美鈴はそのキスマークを指差して、泣く子がもっと泣くような目つきで俺様を「あぁん?」と睨みつける。そんな風に怒られてもな、
「こんなの知らねぇよっ! 心辺りが全然……はっ!?」
<ピキーン>と電流が脳の左から右へと流れた。
「(こ、心当たりはあるッ)」
 美鈴に背を向けて今日の出来事を振り返ってみる。すると答えは簡単に見つかった。
アイツだ……。アイツしかいない。こんなことができたのはアイツだけ。九尾だけ。
今日のあの帰り際、九尾は意味も無くぶつかって来た。それにあの後、なぜか九尾は口元を拭っていた。あのときに赤色の口紅か水性マジックでも落としていたのだろう。ナゾは全て解けたぜっ! 道理で帰宅途中、レデンが俺様の背中を見てニヤニヤしていた訳だな。
レデンが九尾に入れ知恵でもしたのか? まったく……、困った子猫ちゃん達だぜ。恐ろしいイタズラを考えてくれる。だがまぁ、これぐらいの誤解なら簡単に解けそうだな
と思った俺様は、誤解を解こうと美鈴の真正面に体を向けて言った。
「おい美鈴。これはだな……、九尾という変な生徒のイタズ」

――――――ゴゴゴゴゴゴゴ……

「――へっ?」
美鈴の様子がおかしい。
小動物みたいに<プルプル>と震え、<ギリギリ>と歯軋りも絶賛稼動中。体全体を覆っているオーラは、赤色から黒色へと禍々しい変貌を遂げていた。
何が起こった? さっきまではこんな怒っていなかった筈だ。キスマークぐらいでそんなにキレるものなのか?
「バカ兄貴……、その……」
美鈴の腕がゆっくりと上がっていく。そして上がりきると次は、銃で横撃ちでもするかのように俺様の胸を指差した。
「――背中にある模様は何なの?」
「……背中?」
背中にある模様……、なるほど、今日の御祓いで恋火さんは俺様の背中に何かしらの模様をロウで施したらしい。で、その模様が美鈴は気になるわけと……了解した。
だが、自分の背中を見ようとしたが見える筈もなく、しょうがなく俺様はこの家で唯一鏡がある洗面台へと向かった。
「ちょっと待ってろ」
恐怖神化した美鈴をリビングに残し、洗面台へと駆け寄った俺様は、自分の背中を鏡に映して一体どんな模様が描かれているのか見てみた。
「………………」
鏡に映ったもの。それは鏡に逆に映ったとしても、すぐに理解することができるような単純な物だった。だけど決して理解したくないものだった。
俺様の背中には、

―――――― 女 Love ――――――

と赤く描かれていた。
「何じゃこりゃぁぁあぁあああぁぁッッッ~~~!!?」
ご近所さんに絶対聞こえてしまうようなでかい声で叫んでしまった。
「これがぁぁ……、これがぁぁぁ……!」
女難の相を払い除けるための御祓いなのかっ? だとしたら、とんだ災難だぜっ!
「家庭訪問なんてしなければ良かった……」
今になってものすごい後悔が襲い掛かってきたぜ。コレちゃんと消えるのか? もし消えないのなら……、
「……バカ兄貴……」
「ヒッ?」
この空間の温度がスゥーっと下がっていく。美鈴が扉を少し押して部屋の中へと入ってきたのだ。
「一体……、学校でナニをしてきたのよ?」
殺気に包まれまくった美鈴は、本当に破壊の権化のように見えるぜっ。
「キスマークは付いているし、変な模様が背中に浮かんでいるし、一体どんなことをしてきたのかなぁ~?」
<ボキボキッ>と手の骨を鳴らしながら、美鈴が近づいてくる。俺様は覚悟を決めた。
「ふっ、いいか、よく聞け美鈴よ。俺様は何もやましい事なんてコレっぽっちもしていないぜっ。でもな、そんな事をお前は信じないだろう? ふっ……、それでもいいんだ。お前に信じてもらえなくてもなっ。だってこの模様は“女難の相”を払いのけるために、麗しの恋火さんがタダで付けてくれたモノッ! どんな悪災だって防いでくれる優れモノッ。だから俺様は大丈夫なのさっ。ふっ……、それよりも美鈴。何故、俺様が教師になったのか知りたかったはずだろ? よしっ、教えてやるよ。だからっ、もう殴らないでくれぇぇええええぇぇッッ~~~!!!」

――――――ドカッドゴッボグゥッズシャァッブシュァアァァッ!

これが今日という日を締めくくるエンディング曲になった。響きは良い。だけど後味は最悪。



第18幕  いろんな報告



「――今日のニュースです」

――――――モグモグモグ……

朝の音が聞こえてくるこの場所は、俺様とレデンが一応同居という形で暮らしている【イイ・マンション】の第403号室。四階にある。そしてその隣の部屋の第402号室。こっちにも住人が居て、何を隠そうここには妹の美鈴が一人暮らしをしている。
「美鈴さん、今日はご飯食べに来ないのかニャ?」
「寝坊だろ?」
いつも通りの朝の食卓。俺様とレデンはお互いがテーブル越しに向かい合うといったポジションで各自朝食を取っている。
「はぁ~、朝はやっぱり味噌汁だな」
食欲をそそる味噌汁の香りと香ばしく焼けたシャケの蒸気が化学反応を起こし、熾烈を極めた昨日の出来事の疲れが残っている俺様の体を癒してくれた。
「しかし、昨日はいろいろと大変だったぜ」
「そうかニャ? レデンはとってもとっても楽しかったニャっ♪」
「そうかよ……」
<ズズズー>と味噌汁を啜ると、昨日美鈴に殴られて少し切れた唇がちょっぴり染みた。
「まったく……、あんなに殴ることはないだろうが……」
「ご主人様が悪いのニャっ♪」
ご飯を食べ終えたレデンはそう言うと、最近やっと使えるようになった箸をお茶碗の上に置いて、それらを台所まで持っていった。
「レデン……昨日のネタは全てあがっているんだからな?」
「なんのことかニャ?」
 そう……、レデンが九尾に入れ知恵したんだ。
俺様にキスマークを付けることにより、それを見る美鈴が破壊神化 → 俺様ボコボコ → レデンと九尾は楽しい → 証拠ないニャ? → 完全犯罪達成。
くっ、問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。だけどレデンは誰に似たのかとても頑固だ。一日中尋問しても口は割らないだろう。キィィーーー!! 
「はいはい……、食べ終わったんなら歯ぁ磨いて学校に行く準備でもしていろ」
「言われなくてもそうするニャッ」
不機嫌そうに洗面台に向かったレデンだったが、すぐに「ニャ~♪、ニャ~♪」という鼻唄が向こうから聴こえてきた。学校に行くのがよっぽど嬉しいのだろう。
「さて、俺様も着替えるか」
慣れないスーツを着るのには一苦労だったが、それさえ済めば後は、歯を磨いて茶碗を洗うという今までの生活と同じ事をするだけだった。
「よし、じゃあ行くぜっ」
「了解ニャ~♪」
朝飯食った、歯ぁ磨いた、スーツは今日もキマっている、今日も俺様は絶好調っ。
いざ、出陣。

――――――ガチャ

 日差しが気持ちいい。
「う~む、今日も良い天気……」
玄関のドアを開けると、そこには清々しい朝の風景が……、

――――――ダッ! 

広がってはいなかった。
「ぢょっと待っだッッ~!」
逃げ出そうとして駆け出した俺様だったが、ご飯を口に含んだままの美鈴に捕まってしまった。
「おぅ、我が妹よ。どうした?」

――――――モグモグッゴクンッ!

髪がボサボサ状態の美鈴の口が高速に動くと、口の中に入っていたものが消えていた。
「今日こそはちゃんと説明してよねっ!」
「はいはい……、頬っぺたにご飯粒が付いているぞ。ほらっ(ご飯粒を取ってやる)」
「あっ、ありがと……じゃないって!(取ってやったご飯粒を奪うとそれを食べた)」
「お前まだパジャマ姿じゃないか。早くしないと遅刻するぞ?」
「そんなのはどうだっていいのよッ! なっ・んっ・でっ、バカ兄貴が教師になんてモノになったかって言う話をさっさとしろっ!」
「あぁ、その事か」
朝からうるさいヤツだな。
俺様はゆっくりと美鈴の方に振り返り、
「帰ってきてからなぁ~!!」
そのままの勢いで高速回転! 独楽の要領で美鈴の手を振り解く。
「レデン、行くぞっ!」
「了解ニャっ、美鈴さん行ってきますニャ~♪」
突如吹く涼しい風。俺様とレデンはその風を真正面に受けながら走り出す。
「あぁっ、コラァッ!!」
パジャマ姿のままは追っては来られまい。ふっ、世間体を気にする悲しい戦乙女のサガだな。
「ちくしょう……、ちくしょうぉぉぉ~~!!」
 俺様は振り返らなかった。
「美鈴さんも学校に来ればいいのにニャ…」
横を走るレデンがそう呟いた。
「恐ろしいことを言わないでくれ」
寒気がした。もしレデンの言うとおりになったら、俺様の学園パラダイス計画が崩壊することは間違いないだろうな。
「早く行くぞ。遅刻しちまうぜ」
「ダッシュニャ~!」
教師としての生活が始まって二日目の朝。
昨日は教師らしいことを全然できなかった。だからこそっ、今日は俺様の華麗なる教師ポテンシャルを解放し、俺様の偉大さ、カッコ良さ、セクシーさをモウマンタイ組の奴らに叩き込み、俺様の俺様による俺様のためだけの学園パラダイスを築きあげるのだッ。
「フフフ……! フハハハハハハハァァァ~~~!!!」
「うっさいニャッ<ザシュッ>」

―――――――――☆

ジョギング気味のスピードで走っていると、昨日よりも早い時間で萩原学園に着くことができた。食後の良い運動にもなったぜ。
校門の周りには、通学してきた生徒が「今日の天気は」とか「眠い」とかそういったどうでもいい話を交えながら笑ったりしている。まったく……いやになる。こういう風景を見てずいぶん懐かしく思ってしまうのは、たぶん俺様が大人になってしまったからだろう。
「どうしたニャ?」
ぼ~っとしていたらしい。レデンが顔を覗きこんでいた。
「いや何でもない。ほらっ、早く行くぞ」
俺様はレデンの手首を掴み、そのまま駆け足で校門を通り過ぎ……、
「あっ、新谷先生おはよ……」

――――――タッタッタッタッタッ……

……た。
「何でそのまま通り過ぎるんですかぁ~ッ!?」
校門に寄りかかりながら、早くお目当ての人が来ないかな~というそわそわしたオーラを辺りに放っていたヤツが追いかけてきたが、気にしないことにしよう。うむっ、それがいいな。
「和也さん、待ってくださいぃ~」
追われている。だから逃げる。これ自然の摂理アルよ。
「時雨さん。おはようニャ~」
「おっ、おはようございます~」
ちっ、レデンのやつめ。こんなやつ無視すりゃいいんだよ。無視無視。
「か、和也さんもおはようございます」
 振り返る。
そこには、「もうっ、何で私のことを無視したんですかっ」と顔の表情だけで語る、今ではメガネを掛けた女性教師と化した、総理大臣ことクソジジィの秘書である時雨が荒くなった息を整えていた。
「おっ、時雨先生じゃないか。奇遇だな、こんな所で会うなんて」
「あぐぅ、奇遇じゃないですよっ。和也さんたちを校門でちゃんと待っていたんですよっ」
時雨のメガネは少し曇っていた。そう言えば、今日の湿度は高いって、お天気お姉さんが言っていたような気がするな。
「泣いているのかニャ?」
レデンは手を後ろに組みながら、カワイイ仕草で時雨のメガネに付いた雫を観察していた。
「泣いてなんか……ないですよぅっ」
そう言うと<プイっ>とそっぽ向いてしまった時雨。拗ねてしまったのだろうか?
「ほら、カツオ節あげるニャ」
どこから取り出したのだろうか……。レデンはカツオ節を時雨の口に押し込んでいた。
「ムグムグ……、あぐぅ……、レデンさん、ありがとうございます」
どっちが年上か分からない状況だった。ってか、よく水無しでそんなものが食えるな。
「……早く行くぞ」
「ひゃい……」
時雨は口元に付いたカツオ節を拭うと、何かを思い出したように、
「あっ、レデンさん。私たち先生は少し用事があるので先に教室に行っておいてください」
「了解ニャっ♪」
 言うが早い。<ドシュンッ!>とロケットが噴射したみたいに駆け飛んでいった。
「速っ!?」
あっという間に見えなくなってしまった。その元気は何処から出て来るんだよ。まるで核融合でもして元気を生成しているようだな。
「レデンさん、よっぽど早く教室に行きたかったんですね」
「その様だな……」
決断が早かったレデンに少し寂しさを感じた。
「で、用事って何なんだ?」
「はい。教頭先生からお話があるそうです」
「教頭から? 面倒くさいな。美人教師からお話があるならすぐにでも飛んで行くけどな」
「えっ? ここに居るじゃないで」
「時間もないし行くか」
「あぐぅ……」

――――――――――☆

職員室のドアを開けると真正面に教頭が立っていた。教頭は俺様たちの姿を確認すると、「おぉぉ……!」と言いながら近づいて来たので俺様たちは一歩引いてしまった。だけど教頭はそのまま近づいて来て、
「良かった、本当に良かった……」
目に涙を浮かべながら、俺様の手を両手でギュッと握った。
「あの……、どうかしたんですか?」
男に手を握られるのはかなりイヤだが、相手が教頭なので振りほどくワケにはいかなかった。
「ありがとうございます……。二日続けて来てくださいまして、本当にありがとうございます……」
なんかもうガキみたいにポロポロと泣きじゃくり始めた。いい大人が見っとも無い。だが、あのクラスの事で今までどれだけ苦労してきたのかは十分すぎるほど伝わってきた
「本当に……」
ラチが開かないのでとりあえず、
「教頭先生……話ってこれだけですか?」
「あっ、いえ――」
ようやく手を離してくれた。
「――すいません、つい感動してしまって我を忘れていましたよ。新谷先生たちに聞いてほしい話は違う内容です」
教頭は涙を左手で拭いながら右手で昨日話をしたソファーを指差した。
「どうぞ座ってください」
俺様たちが座るのを確認してから教頭もソファーに座る。相変わらず座り心地は最高だ。
教頭はソファーに深く腰掛けていたが、前方にゆっくりと体重を移動して膝に両肘を置くと、自分の顔の前で両手を合わせてから話を始めた。
「実は話というのはですね……、来週から始まる“学園祭”の事なんです」
 おぉ……そんなイベントがあるのか。
「学園祭ですか~」
時雨は教頭が言ったことをそのまま口に出して、その言葉の意味を確かめるように目を閉じた。
「それは楽しみですねっ」
そして逆光合成でもしているかのように目から光を放射し、
「私、学園祭っていうモノに憧れていたんですよね~」
時雨は両手を胸の前で合わせながら、キラキラした目で上を見上げて「エヘヘ~」とニヤけ始めた。まったく……、いい気なもんだぜ。まぁ、だけど、
「分かりました。うちのクラスも来週の学園祭に間に合うようにちゃんと準備させますね。任せておいてください」
その俺様のやる気在る言葉に、「パァァッッ……!」と顔色がすっげぇ明るくなった時雨の笑顔が眩しい。
「楽しみですぅ~」
学園祭か……、懐かしいな。中学生のとき以来か。
よ~しっ、やるんだったら徹底的にやるのが俺様のポリシー。学園祭を最高に盛り上げるための努力は惜しまないぜ。何をやろうかな。む~、悩むぜっ。
「あのぉ、すみませんが……」
教頭は汗をハンカチで拭きながら、申し訳なさそうにそう言った。
「はひっ? 何ですか?」
時雨が妄想の旅から帰ってきて、教頭に質問していた。
すると教頭は、
「実は……、学園祭にはモウマンタイ組を参加させてほしくないという話なのです」
 ……???
「えぇぇッッ~~~!?」
反応できなかった俺様の代わりに時雨がびっくりして飛び上がっていた。
「どっどっ、どうしてですかっ!?」
「うぐぐぅ、苦しいです時雨先生」
動揺した時雨が教頭の胸元を引っ張る。おいおい落ち着け。
「あぁっ、すいませんっ!」
急いで手を離した時雨は、ソファーに座りなおしたが、すぐにまた立ち上がった。
「どうして参加したらダメなんですかッ!?」
今度は普通に聞いていた。落ち着いてくれて何よりだ。
「それは……、モウマンタイ組が学園祭に参加すると、毎年必ず何かの事件が起こってしまうからです」
「なるほどっ!」
俺様は納得して頷いてしまった。何故なら、妙に説得力がある理由だったからだ。
昨日の恐怖が蘇ってくる。もし仮に学園祭で、北条がフルートを吹いたなら、何処からとも無く最強ゴキブリ軍団が到来し、学園祭を無茶苦茶にしてしまうだろう。
「私は納得できませんッ!」
時雨一人だけが不機嫌街道一直線だった。
「どうしてそう決め付けちゃうんですかっ。あの子達はとっても良い子ですよっ。あの子たちがそんな事件を起こすとは私には到底思えませんッ。そうですよね、新谷先生っ?」
「へっ?」
こっちに話を振るなよな。まぁ、どう考えても百%事件は起こると思うが、そんなことを言ったら時雨に射殺されそうな雰囲気だしな……。しょうがない。
「ん、まぁ……俺もそう思います」
懐に手を忍ばせていた時雨はすぐにその手を取り出して、
「わぁ~っ、良かったです!」
<パチパチパチっ>と手を叩いて喜びを表現していた。しかし、
「――えっ……、新谷先生も同意してくれませんか……」
もともと覇気が無い教頭の顔色がさらにしょぼくなっていた。悪いとは思ったが、
「はい、学園祭にはアイツ等も参加するべきだと俺も思いますから。それが、アイツ等のためにもなると思いますよ」
と、自分の心内を伝えた。
「そうですか……」
教頭は俺様たちの説得を諦めたのだろう。ソファーに深く座りなおして、天井の明かりを見上げて大きな大きなため息をついた。そして何かを決断したように立ち上がると、窓の側まで歩いて行き、外を遠い目で見つめながら、
「新谷先生や時雨先生がそう言うのなら、私はもう何も言いません。それが正しいのでしょう……。全てお任せします」
と呟いた。
「大丈夫です。任せてくださいっ」
自信満々で言った時雨だったが、俺様はそんな自信満々のお前を信頼できない。
「逃げているだけじゃあ、俺は何も解決しないと思っていますから」
そう……、俺様は決めたんだ。もう逃げないと。
「はい……、私もそう思います。だけど、どうか気を付けてください。今までモウマンタイ組が参加した文化祭はもう口に出すのも躊躇うほど壊滅しています。毎年、楽しいはずの文化祭が悲しみだけを残す結果をもたらしているのです。ですが、きっと新谷先生達ならこのジンクスを断ち切ってくれると、私は信じることにしました。ですからどうか……どうかっ……、今年の文化祭は成功させましょう。私にできることならどのようなことも致します……う、うぅぅ……」
 急に泣き出した。感極まったのだろう。
「はい……、必ず……」
 と、教頭と手を取り合って時雨も涙を流していた。もらい泣きか?
「新谷先生……! 教頭先生のためにもがんばりましょうねっ」
「えっ、あぁ……そうだな」
 周りにいる先生たちが何事かとずっとこっちを見ていた。恥ずかしいったらありゃしない。
 その後もしばらく、イイ大人が二人手を取り合って泣いていて、一人取り残された俺様はやることもなく、ただ二人の涙が枯れるまで他人のフリをして待っていた。

――――――――――☆

「学園祭楽しみですねっ」
モウマンタイ組に向かう途中、時雨はこのセリフを何度も何度も繰り返していた。俺様はそのたびに「あぁ」と相槌を打っていた。普通に疲れた。
「あっ、そういえば――」
モウマンタイ組がある旧校舎に一歩踏み出そうとしたとき、時雨が話を切り替えた。
「――昨日の家庭訪問どうでしたか?」
「ぐわぁっ」
「どうかしましたかっ? 変な声が聞こえたような気がしましたけど」
「いや……、なんでもない」
うぅぅ……、昨日のことを思い出しただけで背中が急に痛くなってきたぜ。恐怖が背中に刻み込まれているようだ。うぉぉ~、この呪われし刻印を誰か消してくれ~ッ。
「昨日はだな、その……、いろいろと楽しかったぜ」
「何がですか?」
「いろいろだよ」
「いろいろ?」
ジロジロとこっちを見るなっ。目障りだッ!
「時雨はどうだったんだよ?」
「……どうとは?」
「昨日は俺様たちとは別行動でこの学園についていろいろ調べていたんだろ? この学園が萌え忍のアジトなら、何かしら情報が手に入ったんじゃないのか?」
「えっ………………」
 時雨はそこから黙り込んでしまった。別に変なことは聞いていないだろう。
「おいどうした?」
「あっ、いえ、その……」
 歩くのを止めた時雨は、
「昨日、私は和也さんとは違った方法でモウマンタイ組について調べてみました……」
「ふ~ん……で、結果は?」
「いえ、何も……」
「何だよ。何も分からなかったのかよ」
とんだ期待はずれだったな。
「本当に何も分からなかったんです……」
「……はっ?」
「分からなかったんですよッ!!」
何かを訴えるよな大きな大きな声だった。このボロイ校舎の隅々まで響き渡るぐらいに。
時雨のこんな大きな声を初めて聞いたような気がする。
「おいおい、そんなに大きな声を出さなくても」
「あぐぅ……、すいません……」
下を向いてしまう時雨。
「どうしたんだ一体?」
いつもの感じと違うぞ、お前。
「昨日、私はモウマンタイ組について調べていたんです」
「それはさっき聞いた」
「今から続きを言うんですっ」
「はいはい……、で。何が分かったんだ?」
「だから何も分からなかったんですよッ!」
「さっきからお前は一体なにが言いたいんだよッ!」
やばい……、今度は俺様がマジでキレそうだ。時雨は何が言いたいんだよ?
「お前いい加減にしないと……」
一発殴ってやろうかなと、拳に息を吹きかけた。それと同時に、時雨も息を大きく吸い込み、目に涙を溜めながらこう言った。

――――――「彼女たちの住所も、どんな家族構成なのかも、身長も体重も、何もかもが分からなかったんですよ……」

今度は小さく……小さく呟いた。もうすでに“モウマンタイ”のプレートが見える教室内にいるアイツ等に聞こえないようにするためか。
「私は昨日、最初はこの学園について調べようとしました。だけど、調べていくうちに奇妙な点に気が付いたんです」
時雨は近くの壁に体を押しかけて、両手を組みながら話を始めた。
「この学園に存在するはずの“モウマンタイ”組に関する資料がどこにも無いという事に」
「……つまり、学園がモウマンタイ組の存在を隠しているという事だな?」
「はい、その通りです。どう考えても怪しいです」
メガネがキラリと光る。
「他のクラスの資料は簡単に見つかりました。でも、モウマンタイ組の資料だけはどこを探しても見つかりませんでした。どう考えても、学園側の意図で資料を隠しているとしか考えられません」
「もしくは、その資料自体が存在しないのかもしれないな」
「はい、そうとも考えられます。だって私の隠密術を駆使しても見つけられませんでしたしね」
「時雨は……、この事に“萌え忍”が関与していると思うか?」
「はい、間違いなく。……隠密術についてツッコミは無しですか?」
「だったら、モウマンタイ組を調べていけば、自ずと答えは見つかるはずだな」
「はい。……あの……ツッ」
俺様と時雨の目的が決定した瞬間だった。モウマンタイ組を調べていけば、萌え忍に関する何かを自然に知ることができる。これは間違いない。だからそれまでは、俺様たちは立ち止まることはできない。立ち止まってはいけない。
「よしっ、じゃあ急ぐぞ。完璧に遅刻だ」
「あぐぅ……、本当ですぅ」
授業開始時間を二十分もオーバーしていた。昨日みたいに床を踏み抜かないように気をつけながら、何故か新品のドアが設置されていた教室のドアを開けた。

――――――「きりツ」

昨日と同じような号令が聞こえてきた。この声の主は、このクラスの委員長である“シュパプール・テリャ・マドフェフカ”という意味もなく長い名前の女の子。昨日は気づかなかったが、真面目そうでしっかりした子に見える。

――――――「れイ」

三十五人分の頭が一斉にこっちを向いた。

――――――「ちゃくせキ」

<ガタガタガタァ~>と着席する音が、昨日よりも少し綺麗な教室に轟いた。
「悪い悪い、急な話があってな」
急いで教壇に立った俺様は教室を見渡してみた。
「んっ、全員いるな。よしっ、話があるからちょっと聞いてくれ」
学園祭のことについて話そうとした時、
「おっ、何だ? さっき響いた時雨先生の叫び声に関してか? もう破局かよ、早いね~」
九尾の声が耳に入った。教室の窓際に視線を移すと、そこには九尾とレデンがニヤニヤと子悪魔的な笑みを浮かべてこっちを見ていた。二人の頭に生えているアニマルイヤー達は本体が笑っているので小刻みに震えていた。泣いていて震えているのなら萌えるところだが、今回は憤慨してしまった。
「あんまり女を泣かすなよ~♪」
さらに聞こえてきた。
「そんなことないですよっ! 決してそんなことではないですよッ!」
<ブンブンッ!>と大げさに手を振って否定している時雨だったが、顔を真っ赤にして慌てふためく様に言ったら、コイツの思う壺だっていう事が何故分からない?
「はははっ、照れんなってっ」
「照れてないですよぉ~」
ゆでタコ状態の時雨を無理やり窓際に置いてあるパイプ椅子に座らせ、俺様は呼吸を整えてから再び教壇に立った。
「とりあえず、皆おはよう」
『……おはようございます』
正直驚いた。昨日は誰も答えてくれなかったが、今日は少し違った。ほんの少しだったが挨拶を返してくれる生徒が居たッ。その事が普通に嬉しかった。
「あぁ、おはよう……」
外見上は平静を装っていたが、今すぐにでも服を脱ぎだして、裸祭りに参加したい衝動を心の中で抑えることに必死だったぜ。
「え~、さっきも言ったとおり、皆に話があるんだ」
先ほどはチョッカイを言ってきた九尾も、今は黙って聞いている。
「実は今度、学園祭があるんだが……」
「知っていますワ」
その声の方向。教室の前のドアから一番近い席に座っている少女。
長い金髪に透き通るような白い肌。真面目で御しとやかな風貌を持つその子は、先ほど号令をかけてくれたこのクラスの学級委員をしている “マドフェフカ”だった。
「でモ……」
まだ話は終わらないようだ。
「私たちは、参加できないのでしょウ?」
そう呟いた後、マドフェフカは下を向いて悔しそうに唇を噛んでいた。だから、
「いや、参加できるぞ」
「……えッ?」
目をパチクリさせて、口を情けなく開けたマドフェフカを見て、なんて滑稽な驚き方をするんだよ、と少し笑ってしまった。
「……本当ですカ……?」
「あぁ、参加するに決まっているじゃないか。だって、お前たちは学生なんだからなっ。当然の義務だ」
「そうですよっ。当たり前のことですよっ」
時雨がマドフェフカの手を握って話しかけていた。
「皆さん、ちょっとッ……」
マドフェフカの声が開始の合図だった。

――――――ザワザワザワ……

急に忙しなくなったクラス内の会話。皆が皆、それぞれ言いたいことを話し合っているようだ。
「あぁ~、みんな悪いがまだ俺様の話には続きがあるんだ」

――――――…ピタッ

一瞬で静かになった。何を言われるか気になるのだろう……って興味津々のでこっちを見られるとちょっと興奮する。
「おっほん……、実はだな、学園祭で何をするか、さっき俺様的に少し考えてみたんだ」
「何ニャっ? 何ニャっ?」
レデンの耳がコレまで見たことが無いようなスピードで<ピョコピョコ>と動いている。
「へぇ~、新谷先生はちゃんと考えていたんですねぇ~…」
マドフェフカ達と一緒に学園祭について話し合っていた時雨が、少しだけ尊敬の念を含んだコメントを返してくれた。
「あぁ、多分……、いや絶対に、コレをやることによってお前たちは凄い力を発揮すると俺様は確信している」
『おおぉぉぉ~』(一同)
期待と関心が入り交ざった声が皆から聞こえてきた。今このとき、このクラスは一つになれたんだなと思ったよ。
「何ニャッ!? 何ニャッ!?」
超高速回転するレデンのシッポ。そのまま飛んでいってしまいそうな勢いだぜ。
「それはだなレデン……」
「うんうん……」

――――――ゴクリ……

期待の篭った唾がノドを通る音が聞こえてきた。
ふっ、期待に応えてやるよッ! さぁ、言うんだ俺様ッ!
「それはだな……」
コブシを高々と上に掲げ、その神がかり的な力を持つ神秘の言葉を力強く宣言した。

――――――「メイド喫茶だッッ!!!」

ん~~っ決まったぁッ。これ以上ないグッドアイディアだぜッ。ひゃほ~いっ!
<ドドドドドドドドドドドドドドド……>
あれっ、みんなの様子がおかしいのは俺様の気のせいか?
<プルプル>と振動するこいつらのせいで、教室が震度六強の強さで揺れているじゃないかっ。いい迷惑だぜっ。
「おいおい……、皆どうし……」

――――――ガタンッ

「んっ?」
荒々しく椅子から立ち上がったのは、このクラスの学級委員であるマドフェフカだった。
「皆さン……」
目が三日月型ブーメランみたいに鋭くなったマドフェフカは、ユラリとこっちに向きなおしたと思ったら、
「やっちゃっいましょウ」
悪魔の号令を発した。コレが原因で、

――――――ガタンッガタンッガタガタンッ!

殺気立っている皆が立ち上がってしまったではないかッ!
しかし、そこは交渉人“和也ネゴシエーター”。持ち前の話術と今までの死線を乗り越えてきた経験で、こんな危機なんて軽やかに回避してやるぜっ。
「まぁ……、みんな落ち着けよ。話し合おう。だってさ、良く考えてみようぜ? お前たちすげぇよ。うん、本当にそう思うよ。ぶっちゃけ……、みんなカワイイぜ? だからさっ、こんなところでこんなにも素晴らしい逸材が埋もれるなんて耐えられないんだよ。分かる? 分かるよな? な? だからな、みんなでやろう。メイド喫」

――――――ポキポキボキ……

「言いたいことは、それだけニャ?」
至る所でコブシの骨を鳴らす音や「クククッ」という笑い声が聞こえてくる。死への音かな?
ふっ……、俺様の豊富な経験が告げているぜ。
「(逃げろ)」
とな。
はぁ、どうやら今回の交渉は失敗のようだぜ。一応言っておくが、俺様は早くこの場所から逃げようとしたぜ? だけどな、周りを囲まれてしまったので逃げようが無いんだな。はっはっはっ……。笑うしかないぜ、はっはっはっ、無念だ。

――――――ズチャッ、ズコズコズコッ、ブシュァッ、ザシュザシュシュッ、ドスッボコォッ、ドゴォォォッッ~~~ンッッ!!!

学園の隅っこにひっそりと佇んでいる旧校舎には、いつまでもいつまでも不協和音が鳴り響いていたとさ……。



”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第十幕~第十四幕

 
 色々とやることが終わって気が楽になったので、小説の直しに専念できました。第十四幕までで143ページ。第二十四まで残り120ページってところか……、ってまだ半分しか直しが出来ていないッ!? キッツ~。直し難しい~。
 でも、コレを書き上げればきっとボクは成長できる。
 作品を作り上げるんだ。永遠に、死ぬまでッ!(マテ

 では皆さん、”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第十幕~第十四幕 スタート!



第10幕  相良 龍之介



――――――ボリボリボリボリ……

「レデン、食べ歩きはお行儀が悪いぞ」
「そんなのどうでもいいニャ~」

――――――ボリボリボリボリ……

何だか最近、レデンが俺様の言うことを聞かなくなってきている様な気がする……。手に負えないというか五月蝿いというか……、まぁ、レデンがこうなってしまった原因は分かっている。美鈴だ。あの凶戦士が原因だ。アイツの凶暴性がいつのまにかレデンにうつってしまったのだ。くそっ、早く俺様という特効薬をレデンに注入してやらんと、とんでもないことになってしまうぜッ。
今、俺様とレデンは町里離れた山道を進んでいる。町から少し離れるだけでこんなにも緑が生い茂る場所があったなんて知らなかったな。空気も澄んでいてウマイ。だが、そんな自然の空気を汚すヤツが横にいる。レデンだ。コイツが家からずっとカツオ節の塊をかじりながらついてくるから、俺様の周りにはそれはすごい匂いが充満している。ちょっとしたカツオ節結界初極というヤツだ。
「美味しいニャ~」
隣からは幸せそうな声がずっと聞こえてくるので文句も言えやしない。まったく困ったヤツだ。
「そんなことよりもな」
ポケットから地図を取り出してもう一度よく見てみる。
「この地図おかしくないか?」
地図には大体の模式図が描かれているのだが、クソジジィの指定した場所がちょっとありえないくらい範囲が広いのだ。
「これって、東京ドーム一個が軽く入る広さだぞ?」
昨日のリムジンの件もあるし、あのクソジジィはもしかするととんでもない大金持ちなのかもしれない。ちっ、腹立たしいったらありゃしないぜっ。
世の中の不公平さを嘆きながら、ちょっと急な坂道を登りきると、それは見えた。
「ニャッ!? 大っきぃ門があるニャ!」
レデンはわざわざこっちを向いて、カツオ節のクズを『つぶはぁっ!』と吹き飛ばしながら言ったので、その口からはカツオ節のクズが散弾銃のように発射された。それを神業的にかわしながら、俺様は向こうを見てみた。
「げっ、何だアレは?」
そこにそびえ立つものはまさに羅生門。高さ推定五メートル。神木でも使って建築したかのような神々しいオーラが解き放たれている。その両側には白い壁が向こうの方までず~~~~っと続いていて、この門を通る者を威圧する圧迫感が凄まじい。ヤクザの事務所なんて目じゃないな。
「ん? 誰かいるぞ」
その門の前には、昨日会った『時雨』と言う美人秘書が立っていた。お出迎えというやつか。俺たちはそいつのところまで行って挨拶した。
「ちぃ~っす」
 すぐに返事が返ってくると思ったんだが、
「………………」
時雨はまったくの無反応。下を向いてただ立っているだけ。
「何だ? 俺たちに気づいていないのか?」
涼やかな風、安らかな木々のざわめき。それらが俺たちの空間を埋め尽くしていた。
「この人どうしたんニャ?」
「う~む、分からん」
「死んでいるのかニャ?」
「よしっ、心臓が動いているか試してみよう」

――――――ザシュッ

「……冗談だ」
時雨の胸に手を伸ばそうとした俺様の手を、レデンが容赦なく切り裂いた。結構痛い。
「多分寝ているんだろうな。ちょっと待ってろ」
レデンが『?』マークを頭に浮かべている中、俺様はそこら辺に生えていた雑草をちぎって、それを時雨の鼻の中に突っ込んだ。

――――――こちょこちょこちょ……

「ふぇ……」
効果は絶大だな。さっきまで無反応だった時雨の顔が歪んだ。そして、
「ふぇくちっ」
可愛らしいクシャミだった。
「あ……あれ?」
ようやくお目覚めか。
「よう、目が覚めたようだな」

――――――クー……

 また寝た。
「………………」
 俺様とレデンはしばらく間を置いてから。
「起きろッ」、「ニャッ」

――――――ゴンッ

 二人同時に頭を叩いてやった。
「あ……あれ?」
今度こそ、ようやく時雨が目を覚ましたようだ。
「次、寝たらカンチョウするからな」
「あぐぅ……、すいません。いいお天気だったので、ついウトウトと……」

――――――クー……

「う~む……」
俺たちはどうすればいいのだろうか? 
このまま時雨を放って置いてこの門を通るべきか。それとも、親切にカンチョウで起こしてあげて、時雨に感謝されるべきなのだろうか……。
「う~む……」
まぁ、いろいろと考えるのは俺様らしくないな。頭で考えるよりも、体が先に動くのが俺様という生命体なのさ。よしっ、カンチョウしよう。これで時雨も俺様も救われるってもんさ。
だが、いざ遂行しようとしたら、何故かレデンが時雨の前に立って手を<ワキワキ>と動かしていた。何をする気だ?
俺様が『?』マークを頭に浮かべている中、レデンはニヤリと笑ったかと思うと、

――――――ムンズッ!

「はぅ!?」
「目が覚めたかニャ?」
ぐふっ、な……何ていうことだッ。レデンが時雨の胸を両手で思いっきり揉んだために、時雨が起きてしまったじゃないかっ。俺様のゴッドフィンガーカンチョウをお披露目できる折角のチャンスだったのにッ。
「あ……あれ? なんだか私……、長い長い夢を見ていたような気がします」
 どこか上の空で言っている。まだ眠気が抜けていないのだろう。
「そりゃあ、実際に寝ていたんだからな」
「はぁ……そうだったんですか……、えっ!?」
さっきまでボ~っとしていたのに、時雨は突然スイッチが入ったようにシャキっと背筋を伸ばした。
「そうでしたっ。私、和也という人を待っていたのでしたっ」
「それは俺様だ」
自分を指差して答えてみたら、時雨の後ろに『ガーンッ』という絵文字が浮き上がったのが見えた。衝撃の事実だったんだな。時雨は『あぐぅ~』と言った後に、
「うぅぅ……、すいません、寝坊してしまって……」
 寝坊ッ!? 違うな。
「言っちゃ悪いが、これは寝坊を通り越して死坊(亡)だと思うぞ?」
 突如、どこからともなく寒い風が<ヒュ~>と通り抜けた。おいおいっ、ちょっと待ってくれよ。言っておくが、これはオヤジジャグでは無いぞ。だから、寒いギャグ発生時に吹く風が吹くわけ無いだろう? これはヤングでイケてるチョベリグなギャグだッ!(直後、また風が吹く)
「あぐぅ~……、ツッコミを入れるべきか悩みますね」
「まったくニャ……」
 あれ? レデンがいつの間にか時雨サイドに移って、二人して俺様を冷たい目で見ていた。
「うっさいわ~っ、オラッ!」
 いてもたってもいられなくなったので、俺様は時雨の両方の頬っぺたを摘まんで引っ張ってやった。
「ひぃたいれす~」
「そもそも寝ていたアンタが一番悪いんだろうがっ。あ~や~ま~れ~」
「ごめんにゃひゃいぃ~」
 手を離してやると、時雨は自分の頬を摩りながら泣きそうになっていた。自業自得さっ。
「あぐぅ~、和也さんはヒドイ人ですっ」
「十分承知している」
「ヒドイって言うよりも邪悪に近い存在ニャっ」
「あっ、今、俺様キズ付いたぞ」
 心が痛い。レデンにそこまで思われていたとは……、いよいよもって早く調教しなければ、俺様の地位が危ういッ。
「はっ、早くご案内しなければっ」
いきなり自分の使命を思い出した時雨は、俺たちを見つめてこう言った。
「和也さん、そしてレデンさん、はじめまして。私は龍之介様の秘書をしております『柿本 時雨(かきもと しぐれ)』と申します。本日はわざわざこのような場所までお越しいただいて、誠にありがとうございます」
時雨がお辞儀をすると、その長い髪が風に揺れて、一瞬だけ俺様の視界が茶色に染まった。
「ちゃんとまともなことが言えたんだな」
「あぐぅ……、ちゃんと言えますよっ」
 少しだけ拗ねたように口を尖らせると、時雨は再度キッチリとした表情になってまじめに答えた。
「それではご案内いたしますね。中で総理がお待ちです」
「あぁ、分かったよ。レデン行くぞ~」
レデンは巨大な門を下から嬉しそうに見上げていたが、
「了解ニャ~」
素直に返事をしてこっちに駆け寄ってきた。でだ、その勢いを保ったまま、俺様とレデンは、

「って、総理って何だよッ!?<ピシッ>」
「って、総理って何ニャッ!?<ピシッ>」

と、全くと言っていいほどの同じタイミングで、時雨にツッコミを入れてしまった。
「な……何ですかっ?」
ツッコミを喰らった本人は、ただ戸惑うばかりでこっちが戸惑ってしまう。
「おいおい、冗談にしてはちょっと笑えないぞ」
俺様とレデンは『ワタシニホンゴワァ~ッカリマセ~ン』と喚く外人みたいに両手の掌を天に向けて『ハハハハハ……』と笑い声にならない笑い声をあげた。。
「いえ、冗談ではありません」
先程の時雨とは違い、今度はハッキリと物事を話すので妙に信憑性があった
「まさか、総理って言うのは、総帥 オブ 理科部 の略語か?」
よく分からないことを口走りながら、俺様はただひたすらにオロオロと手の甲の小さな毛を抜こうと努力し、レデンはと言うと、カツオ節の塊に対して“草履”と爪で必死に跡を刻み込んでいた。なぜそんな難しい漢字をレデンが知っているかは俺様には分からないが、レデンよ……、それは“ぞうり”と読むんだぞ?
「いえ、総理とは、総理大臣の略語です」
何をそんなに驚いているの? みたいな感じで時雨が答えた。ムカツク。
「ふっ、何を言っているんだ。そんな訳がないだろう」
俺様は気を落ち着かせるために、その場で片手腕立て伏せをし始めた。オイッチーニーサンーシー……。
「突然なんで片手腕立て伏せなんかし始めるんですかっ? 自分の国の総理大臣ぐらい知っておいてください」
頭の上から時雨の喧しい声が聞こえる。ふっ……、
「そんなこと信じられるかぁあぁぁ~!!」
その掛け声と共に、俺様は<ガバーッ>っと立ち上がった。
「あのクソジジィが総理大臣な訳ねぇだろうがっ! レデン、ついて来いッ!」
「了解ニャッ!」
「えっ、ちょっと?」

――――――ダンッ!

俺様とレデンは、その類まれなる身体能力を生かして高々にジャンプした。
「着地っ」
そして無事に門の上に着地した。垂直跳び五メートル。世界新かな?
「ほえ~、高いニャ~」 
景色は最高。俺たちがここまで歩いてきた道が一望できる。今日はイイ天気だ。
「……あのぉ~!」
下のほうで時雨が叫んでいる。
「……危険ですので降りてくださいぃ~!」
 落ちないように気をつけて、下のほうを覗いてみた。
「大丈夫だッ。そんなやわな鍛え方をしていないのでなッ」
5mほど下にいる時雨はそれでもバタバタと五月蝿く喚いていた。
「あぐぅ……! そうじゃなくて……」
時雨の様子がおかしい。
「ご主人様……」
「ん、どうした?」
隣にいたレデンの様子もおかしい。なんだ? このおかしいは女性限定なのか?
「なんだから嫌な予感がするニャ」
 嫌な予感……、女の勘というやつか。いや、レデンの場合は動物的本能によるものだろうな。
「ほう、それはどんな……」

――――――ダダダッダンッ!

 どこからともなく銃声が響いた。
「うわっ」
ちょっ、やべぇ!
「逃げるニャッ!」
レデンは言うが早いか先に飛び降りていった。
「見捨てるな~ッ」
で、俺様も急いで下にいた時雨の元へ飛び降りた。

――――――ダンッ!

 無事着地。着地は痛いからキライだな。
「大丈夫でしたかっ!?」
時雨が心配の表情を浮かべて俺たちの元に駆け寄ってきた。
「おい……、何でいきなり攻撃されないといけないんだ?」
こんな絶叫マシーンがあったら、客が事前に危険を察知して逃げ出してしまうテーマパークが完成してしまうぜ。だから、その恐怖を体感してしまった俺様の心臓がバクバク状態なのはしょうがないことだろ。
 何でいきなり攻撃されないといけないんだという問いに、時雨はにこやかにこう言った。
「それは……、この門を通って中に入らない人は、例え総理でも射殺せよと命令されているので……」
見ると、時雨の右手には、銃口から火薬の匂いがプンプンする銃が握られていた。
「って、お前が撃ったのかよッ!?」
「あぐぅ……、だって……」
「だって……じゃないだろうがぁぁぁッッ!」
やばい。気がどうにかしてしまいそうだ……。落ち着け、クールになれ俺様。クールに、クゥゥゥルゥゥゥになれ。
「ですので、門以外から中へ入ることはあまりオススメできませんっ」
まるで子供を注意する優しいお姉さんみたいに、時雨はニコっと笑った。てめぇ……、覚えていろよ。
「前途多難だニャ……」
いつも元気万点なレデンも、今回は流石に顔色が悪いかった。何だか急に寒気がしてきたぜ。
「では、ご案内致します~」
時雨は門の横の小さな扉を開けると、手招きして俺たちを中に入れた。この羅生門を通って中に入ってみたかったが、『開けるのが面倒くさいです』と断られてしまった。そして時雨は扉の鍵を閉めると、
「こちらです」
俺たちの前を先導して歩いていった。地面は砂利道。心地よい砂利音が歩くたびに響く。
「……広いニャ~」
「あぁ……」
 見渡す限り日本庭園。流れる小川に赤い橋、高さが三メートルぐらいの五重の塔まである。色とりどりの日本の植物が惜しめもなく目に入ってきて、この庭一つで日本を感じることができる。観光客に有料公開できるぐらいの素晴らしい庭だ。やはり、あのクソジジィは大金持ちで、時雨が言っていたようにこの国の総理大臣なのだろうか。ミトメタクナイ……。
「綺麗な所ニャ~」
 横を歩くレデンもすっかりご満悦だ。それにこの砂利というものも気に入ったらしく、世話しなく砂利を蹴って遊んでいた。だが、その遊びはかなり危険度が高く、レデンが蹴る砂利はショットガンのように俺様を襲うわけで、その結果、俺様は死に物狂いで逃げ回る羽目となった。
 そうこうしているうちに、クソジジィが居るらしい屋敷に着いたわけだ。これまた立派な屋敷で、もはや憎いを通り越して驚嘆してしまっていた。
「靴は脱いでお入りください」
外見も純和風。中身は純和風。日本家屋の素晴らしさが詰まった建造物だ。木の香りが心地よく、この屋敷の中に居るだけで癒される。アウトセラピーなんて可愛く見えてくるぜ。
「なんだか懐かしい匂いニャ」
レデンは鼻をクンクンさせて、柱や床やら畳の匂いを直に嗅いでいた。
「へぇ~、この匂いの良さが分かるなんて大人だな、レデン」
「むっ、レデンはもう立派な大人ニャッ!」
拗ねてしまったのか、プイっと顔を横に向けて黙ってしまった。やれやれ……、
「全く……、その態度がすでに子供っぽいんだけどな……」(ボソッ)
「何か言ったかニャ?」(ギロッ)
「別に……」(ボソッ)
「和也さん、レデンさん、着きましたよ」
レデンに睨まれていた俺様を救ったのは、ここまで案内してくれた時雨だった。時雨が立っている場所の正面には、横に何枚も障子が広がっている大きな部屋があった。横幅だけで十メートルはあるぞ。無駄に広すぎだ。
「くれぐれも総理の前では失礼の無いようにお願いしますね」
「はいはい……、どこの誰かさんみたいに急に銃なんてぶっ放さないから安心してくれ」
「あぐぅ……、そういうこと言う人嫌いです」
 こっちを見て少し泣きそうになった時雨だったが、部屋の方に向きなおすと、まともな秘書のようにこう言った。
「龍之介様。和也さんとレデンさんをお連れ致しました」
 そして部屋の中からは、
「うむ、ご苦労であった。通せ」
 昨日と相違ないクソジジィの声が聞こえた。
「はい」
 時雨が旅館の女将さんみたいに正座して障子を開けると、部屋の入り口から畳の横の幅三枚分の距離のところに、クソジジィが浴衣を着て座布団にあぐらで座っていた。
「おぉっ、和也ではないか。良く来たのぉ」
歓迎モードで笑顔を振りまく浴衣姿のクソジジィは、なんとなく勝海舟に見えて仕方がない。昨日は黒いシルクハット・スーツ・蝶ネクタイの黒三点セットで洋風に見えたから、昨日は大久保さんを意識したスタイルだったのかね?
まぁ、クソジジィのファッションセンスなんてどうでもいいんだよ。日本から見て地球の裏側に在る国の今日の天気予報ぐらいどうでもいい情報だ。最優先される情報は他に在る。
「おいクソジジィ、色々と聞きたいことがある」
そう言いながらクソジジィの前までスカスカと歩いていった俺様は、先に部屋に入っていた時雨が差し出してきた座布団を蹴り払って畳に<ドカッ>と強引に座った。
「ほう、何でも聞いてみぃ」
 クソジジィは挑戦的な目つきで睨んできた。だから俺様も負けじと睨み返しながら言った。
「まず……、昨日言った“パラダイス”って言うのは何処にあるんだ?」
「はて? パラダイス……?」
クソジジィがとぼけた様に答えたのでブチキレそうになったが、我慢ガマンがまんだ……。よしっ、落ち着いた。
「あぁ、俺様はそれが楽しみで今日は忙しい中わざわざここまで来てやったんだからなっ」
しかもここまで来るのにちょっと死にかけたんだからなっ、二回もッ。それにその内一回は貴様の部下である時雨の発砲が原因だ。あんなバカな奴に銃を持たせるなんて正気か? 今すぐあんなヤツ解雇しろよ。で、俺様の家で美人メイド秘書として雇ってやるからさ。<ギロリッ>
「ひっ? 何だか寒気が……?」
 時雨は何処からともなく感じる恐怖に肩を抱いて震えていた。これって一種の黒魔術かもな。不思議なもんもあるものだな。
 時雨から視線を外しクソジジィに向き直すと、さっきの質問の返答が返ってきた。
「済まんかった和也よ。冗談じゃよ。ちゃんと覚えておるわい。ほれっ、アレがレデンちゃん用のパラダイス“カツオ節風呂”じゃ」
クソジジィが部屋の横を指差した先、そこにはビニールでできた大きなプールが置いてあり、その中には恐ろしい量のカツオ節が投入されていた。

――――――「ニャニャニャァァァ~~~! パラダイスニャァァァ~~~!」

すでにレデンも投入されていた。行動が早いなお前。
まるで札束の風呂にでも入っているかの如く狂喜しているネコミミ少女は、両手でカツオ節を持ち、それを真上に投げ、そしてまた両手でカツオ節を待ってまた真上に投げるという行為を繰り返していた。
「ヒヒヒィ、ヒヒィッ……!」
レデンの超気持ち悪い声が聞こえくる。
「まぁ、アレは見なかったことにしよう」
はじめからアレが無かった事にできれば……と、世の中を生きる人間なら一度は思ったことが在るだろう。それが今このとき、俺様に発生した。
「ふむ、レデンちゃんが楽しそうで何よりじゃ」
 あれが楽しそうに見えるやつがいたら、お前は脳がイカれていると俺様が直々に申告してやるから安心しろ。だから目の前に居るこのクソジジィにも言ってやりたくなる。アンタの脳はイカれてイカみたいに透明になっているんじゃないのか? もう手遅れだな。ご愁傷様。
「……で、俺様のパラダイスとやらは何だよ?」
レデンのパラダイスはあの『カツオ節風呂』だということは分かった。じゃあ、俺様のパラダイスはこの流れで行くと……、まさか……、『女体乱れ風呂』ッ!?
「ん? 無いぞ」
「……へっ?」
「だから、無いって言っておるのじゃ」
ふっ……、

――――――ブチッ

「このクソジジィがぁぁあぁ~!」
当然の条件反射が発生。俺様はクソジジィを無理やり立たせてそのまま殴りかかった。だが、それを簡単に手で止められてしまった。
「まぁ待て和也。人の話は最後まで聞くものじゃ」
「あぁ~ん?」
クソジジィは握っている俺様の拳を強く握り締めてきた。しかも余裕の笑みでだ。なっ……動けねぇ……。どんな握力してるんだよ。骨が軋む。
「うぉっほん。和也よ……、お主に仕事を依頼したい」
「はぁ?」
クソジジィは手を離すと、座布団に座りなおして俺様を見上げた。
「この仕事を見事成し遂げてくれた時、和也には本当のパラダイスを与えることを約束する。ワシは総理大臣じゃ、嘘はつかんわい」
 俺様は痛む手を気にする素振りを見せないように気を付けながら、いま聞いた言葉の信憑性を疑っていた。
「さっき時雨に聞いてそのことを知ったんだが……、アンタ本当に総理大臣なのか?」
「うん。ワシ、総理大臣じゃ」
「かるっ、……そんな簡単に言われてもな」
やはり実際に会ってみてもこいつが総理大臣なんてとてもじゃないが信じられねぇ。どう考えても自然の法則に反する事象だ。もしコイツが本当に総理大臣なら、俺様は他の国に渡って永住権を取得するだろう。
そんな怪訝の視線を送っていると、クソジジィは懐から一枚の写真を取り出してそれをこっちに見せた。
「ほれ、これが証拠の写真じゃ」
「うぉッ!? クソジジィが偉そうな連中の真ん中に写っている!?」
写真の中には、スーツを着たクソジジィが威厳たっぷりで立っていた。
「これ、合成じゃないのか?」
「違うわい」
 悲しそうな目で見られた。だってよ……、そう思わないとぶっちゃけやっていけないぜ。
「これでご理解できましたか? このお方は正真正銘この国の第91代目の総理大臣であらせられる“相良 龍之介”様です!」
振り向くと、そこにはやけに自信たっぷりな時雨がいたのでその良く伸びる頬っぺたを引き千切りたくなった。とっても楽しそうだ。そのアトラクションを国民に無料で公開すれば時雨でも国のために働けるってもんだ。
「ちっ、分かったよ。ちょっとだけは信用してやるよ」
これ以上口答えしてもクソジジィが総理大臣だという結果は変らない。この国終わったな。誰か俺様の気持ちを紛らわす面白い芸でも見せてくれよ。その間はイヤなことを忘れることが出来ると思うからさ。
「ワシ……信用無い総理大臣じゃのう」
「そんなことありませんよ。もっと自分に自信を持ってください」
母が我が子を見守るようなウルウルの目で、時雨はクソジジィを見つめて肩に手を置いていた。情けない総理大臣だ。
「……で、仕事の内容は?」
コントみたいな馴れ合いはその辺にしとけ。
「う……うむ……、和也も昨日見たと思うが……」
時雨に『もう大丈夫じゃ』と言うと、クソジジィは見る見る真剣な顔付きになっていった。
「“萌え忍”……という組織を耳にしたことがあるか?」
「いや、昨日初めて聞いたな」
『萌え忍』……、昨日の記憶が甦ってきた。テラメイドで普通に働いていたメイド、サユリが突然“萌え忍”なるものに変身し、クソジジィの命を狙っていた。あれは最初ただのコスプレだと思ったが、どうも違うようだ
「萌え忍って、一体何なんだ?」
俺様でさえ知らない未知の領域。世の中広いぜ。
「ふむ、萌え忍とは……」
レデンが発するキモチワルイ声がBGMとなって部屋に流れている中、クソジジィは重い口調で話し始めた。




第11幕  仕事依頼



「まず初めに……、和也よ。生命とはどのようにして進化したか知っておるか?」
 いきなり話を始めるかと思いきやこれか……、
「愚問だな。もちろん『萌え』によってだ」
「その通り。和也には愚問じゃったな」
「まったくだ」
神妙な空気の中、クソジジィが何故こんな話を切り出してきてか良く分からなかった。生命は萌えによって進化した。これが今最も有意性のある理論。それが俺様の生きる道でもある。
「突然どうした。変な話を始めやがって。萌え忍はどうした」
「むぅ、済まない。だが、和也はこの話を聞かなければならない」
クソジジィは至って真面目だった、どうやら茶化す場面じゃないらしい。
「分かった。続けてくれ」
「感謝するぞ、和也」
 お互いがあぐらで座り、そしてお互いが目を離すことなく話は続く。
「生命が誕生して以来、生命は止め処なく進化を繰り返している。今この時も、どこで新たな進化を遂げた生命が誕生しているかも分からん。微小な物から巨大な物まで全ての生命が変化する世の中。進化の連鎖がずっと続いてきた生命の歴史。萌えによって生命が育む世界。それがワシ等の住む世界じゃ」
 いつの間にか時雨が淹れたお茶を啜ると、クソジジィは一回咳払いして『それに』と付け足した。
「萌えは進化の可能性を秘めているだけではない。巨大な力をも生み出すのじゃ」
「力か……、けっ、昨日アンタを殴った手がまだ痛いぜ」
「ふん、軟弱者め」
昨日、俺様の渾身の一撃がクソジジィの硬いボディに全く歯が立たなかった。アレが萌えパワーの強さ。萌えることにより通常では計り知れないパワーを発する。まぁ当然だな。進化をも呼び起こすほどの凄まじいパワーなんだぜ?
だが、注意しなければいけないのは、その力は今だ未知数ってことだ。危険も多い。
「ちっ、いつかアンタよりも萌えてやるから覚悟しとけ」
 悔しいが、クソジジィは俺様よりも強い。対峙してみて良く分かった。だがすぐに超えてやる。すぐにだッ。覚悟しとけよ。
「ふむ、それは結構なことじゃ。……じゃが、今は頭の隅にでも置いといてくれ」
 闘志剥き出しでいる俺様を一瞥すると、クソジジィはもう一口お茶を飲んだ。
「生命が進化してきて現在に至るまで、最も進化を遂げたのは何じゃと思う?」
「そりゃぁ……、俺達『人類』だろ」
「その通りじゃ。では、この先ワシ等はどこへ向かうのじゃな」
 哲学的な話になってきたな。
「さぁてね……、神のみぞ知るってやつじゃないのか?」
 この手の話は眠くなるからキライだな。
「もし仮に……、進化を人間自らの力で引き起こせるとしたら……どうする?」
 心臓が<ドクン>と唸った。
「……できるのか?」
「できる」
 即答された。
「最近ちまたで問題視されている遺伝子操作。この技術を使えば出来ないことはない。だが、今だかつて『人類』という領域から次の領域へ到達できた者はいない。誰も知らない未知の領域なのじゃ。だがしかし、そこへ人類を到達させようとする組織が数年前現れたのじゃ……。で、その組織の名が……」
 ここでピーンときたね。
「あの『萌え忍』だっていうのか?」
しばらくの沈黙の後、
「その通りじゃ」
 そう言ってまたお茶を口に含んだ。それにしてもさっきからお茶が美味そうだな。ノドも乾いたし。で、俺様もお茶を飲みたくて、さっきから時雨にお茶くれビームを放っているのに気づいてくれやしない。ヒドイやつだ。覚えておけ。
「萌え忍という組織はあらゆる手段を使って進化の可能性を試している。遺伝子操作はほんの一部で、他にもたくさんあるのじゃ。例えば、人類の二次元化、人類の機械化、人類のミニチュア化……。それらは全て、人類が萌えて進化するための手段。萌えるものなら全てを利用する。人類が進化できるなら何でもする。それが萌え忍という組織。とても危険な連中なのじゃ」
 萌えるためなら何でもするか……、まるで俺様みたいなやつ等だな。なかなかやるじゃないか。しかもそんなやつらが集団で集まっている……、それは強敵だな。
 ここでふと一つ思い出したことがあった。それは数ヶ月前の出来事。レデンと初めて出逢った時ことだ。
 今は『カツオ節風呂』に浸かって半狂乱……完狂乱しているレデンだが、俺様と出逢うまでは何処で何をしていたは覚えていないらしい。まぁ追求するつもりは全く無いけどな。だが、俺様は見た。数ヶ月前、レデンが何者かに追われている光景を。今思えば、アレがクソジジィの言う萌え忍だったんじゃないのか? それで……、レデンはその……、やつらが生み出した……遺伝子操作された『ネコミミ少女』……という可能性はある。だがしかしッ、言っておくが可能性だけだッ。俺様が思うにレデンはだな~、萌えの神様が俺様のためにこの世にもたらした萌えの女神なのさ。人の手でこれほどカワイイものを生み出せるわけが無い。これは神の所業。心優しい俺様のために萌えの神様が萌えパワーを駆使して誕生させた萌えの救世主ってところなのさ。そういうことだ。俺様よ、分かったかッ? そう言い聞かせろよ。
「じゃが、ワシはこう考えておるのじゃ……。人類はこれ以上進化してはならんとな」
 混乱する考えに落ち着こうと自分を問いただしていると、クソジジィが今まで見たことの無い真摯な顔で呟いた。
「何で人類は進化したらいけないんだ?」
 さっきまで頭の中を飛び回っていた雑念をどこかへ振り払ってクソジジィを真摯に見つめ聞いてみた。
別に進化すればいいじゃないか。そうやって生命は今まで続いてきたんだからな。
だが、そんな簡単な話で片付かなかったようだ。
「うむ、人類がこれ以上進化すると、地球自身が壊れてしまう恐れがある」
「地球か……」
話のスケールがでかすぎて、ちょっとピンと来ないな。
「うむ、これ以上の進化は恐らく地球の負担になる。人類が進化するときに必要な萌えエネルギーは、地球が保有できる量を遥かに超えてしまうだろう。その結果、ワシ等が住むこの星がどのような現象に視まわれるかは想像の域を超えないのじゃ。何が起こるか検討も付かん。じゃがッ」
そこでクソジジィが<ドンッ>と拳を畳に叩きつけた。
「“萌え忍”という組織は、そうは思っておらん!」
 クソジジィは、自分の娘が悪い男に騙されているんじゃないかと怒るお父さんみたいに歯軋りしながら、本当に怒っているように見えた。
「あやつ等は萌えによって人類を進化、且つ、地球も救われるという誰もが羨やむ功績を持って、世界を意のままに操るという野望を持っておるのじゃっ!」
 世界を支配するだと……、そこまでヤバイ組織だったのか。ちょっと萌え忍の組織見学でもしてみようかなとさっきまで思っていたが止めておこう。興味はあるけどな~。ん~。
「何の話ニャ?」
レデンがカツオ節まみれでこっちに歩いてきた。お前どっか行け。臭いが移るだろ。
「レデンちゃんもここに座りなさい」
ちっ、余計なことを……。
レデンが俺様の隣に『女の子座り』で座った。やっぱり可愛い。
「何だか真剣な話で眠くなりそうニャァ~」
すでにあくびがこぼれているレデン。しかも、そのあくびから発せられるカツオ節の匂いが強烈だ。ある意味生物兵器だな。しょうがないなぁ。
「レデン、家に帰ったらちゃんと俺様と一緒にお風呂に入るんだぞっ」

――――――ザシュッ

 頬を四つの爪が通過。皮を引き裂き肉まで到達。純粋に痛い。
「一人で入るニャ!」
「了解……」
 こんな傷跡があったら、『頬に四つのキズを持つ男』の異名を持ってしまうじゃないか。何気にカッコイイけどそれは遠慮しとこう。
「ワシもレデンちゃんとお風呂に入りたいのぉ……」
 アホなことを言うと爪攻撃されるぞ、と言おうと思ったが止めておいた。

――――――ザシュッ

「了解じゃ……」
二人して頬に四本のキズを持ってしまった。『頬に四つのキズを持つ男達』がこれから増えていくのだろうか? それはとってもイヤな集団になりそうだな。
クソジジィは自分の頬を擦りながら、
「おっほん……話を戻すかの。和也よ、今までの話で萌え忍というのはどういう組織かは理解したな?」
「あぁ」
「レデンはカツオ節に夢中でちゃんと聞いていなかったニャ~」
歯の間に挟まったカツオ節を取りながら、レデンが悲しそうに嘆いた。
「ふっ、あとで俺様が手取り足取り教えてあげるから安心しろ」
 同時に、
「ふっ、その時はワシも……」

――――――ザシュッザシュッ

「それでは、早く話の続きを語り合うぞクソジジィッ!」
「うむッ!」
また頬に傷跡が増えてしまった。それも今度は逆の頬の方だ。だが、この傷跡の模様はもしかしたら流行るかもしれない。両頬に四本の線が走っている。これってカッコ良くね?                                                        
流行の最先端を行く俺様とクソジジィです。
 俺様が自分の外観がワンランク上昇して喜んでいる中、クソジジィは涙目で痛みが中々引かない自分の両頬を擦りながら、
「萌え忍はまだ日本でしか活動していない。しかしじゃ、時が経てばきっと奴らは世界全体に勢力を広げることは間違いないのじゃ。論より証拠、これを見てくれ」
そして、クソジジィが懐から取り出した物は一枚の紙切れ。それを俺たちの前に広げて見せる。そこは誰もが一度は見たことがある日本地図。だが、普通の地図とは違い、所々に赤色で囲まれている部分があった。これは何を示しているんだ?
そう疑問に思っていると、
「これは現在の日本の萌え分布図じゃ。この赤い部分で示している地域が萌えの発展しているところなのじゃ」
クソジジィは指でその赤い部分をなぞりながら、ニンマリと口元を緩ませた。
「ちなみに、この赤色の地域の経済・政治・警察や、全ての会社・公共機関はワシが仕切っているんじゃぞ」
「……へッ!?」
おいおい……、日本の面積の約半数が赤色に染められているぞ。コレ全部をクソジジィが仕切っている? 総理大臣ってそんなにすごいのか?
「……マジか?」
目の前にいるクソジジィがとんでもない野郎だとこのときようやく気づかされた。何処から何処をどう見てもただのジジィにしか見えないのに……、世の中は不公平だ。
「言っておくが、この国全体を萌えさせることぐらいワシには簡単に出来る。じゃが、これぐらいの萌えの分布が最も理想なのでワシはそうしない」
そんなもんかね。日本全土が萌えパラダイス化したら、毎日がとってもたのしいと思うんだがな。左を見ても右を見てもそこには萌えがある。そんな世の中が来るのをずっと俺様は夢に見ていたんだけどな。次の台詞で俺様の野望は砕け散った。
「よいか、萌えとは人の還る場所じゃ。人の安らげる場所じゃ。しかし、萌えばかりでは人というものはダラケてしまい、人本来の力は失われてしまう。コレが俗に言う“シート(sprout not in Employment, Education or Training)”じゃ。萌え尽くしてしまい魂の抜け殻みたいになってしまう病気。もし仮に世界の人口の半分がこの病気にかかってしまったら世界は滅ぶじゃろう。じゃが、今のところは安定していて危険はなかった……」
こみかみをポリポリと掻きながら、
「はずじゃったのに、最近どうもこういう連中が増えてきておるのじゃ」
 あぁ……、もう分かっちまった。クソジジィが何を言いたいかが。
 俺様はコホンと咳払いしてから、
「そうか……、その原因が」
「萌え忍なんだニャッ!?」
 何だとぉ!? 
レデンに一番美味しいところを取られた。しかも喋ろうとしていた俺様の横顔を手で押し退ける感じでだ。しかも押し退けるときに何故か爪を頬に突きたてる感じでだ。殺すぞゴラァッ!
「その通りじゃっ。レデンちゃんは賢いのぉ~」
「えへへニャ~」
 側から見たら、おじぃちゃんが孫の頭を撫でて可愛がっているように見える。微笑ましい光景だ。だが、そんなものに見とれている場合じゃないぜ。
「おいクソジジィ、アンタの言いたいことをまとめるとだな。萌え忍という組織が最近活発に活動していて、“シート”が増えてきているってことか?」
 クソジジィがレデンの頭を撫でるのを止めた。
「そうじゃ。萌え忍は世界を破滅へと導く組織なのじゃ。で、ワシは奴等を捕まえようといろいろと裏で動いておるのじゃが、それが向こうにバレたみたいじゃのぉ。じゃから昨日……ワシは殺されそうになったという訳じゃ」
 昨日か……、レデンの裏メイド技が炸裂して、クソジジィは萌え死一歩手前まで追い込まれた。そこに付け込んで、サユリという萌え忍がクソジジィに止めを刺そうとした。だけど、俺様が邪魔したおかげでクソジジィを仕留めそこなった。これって悪いのはサユリだけだよな? 俺達はただ騙されていただけだ……。
 妙な汗が滝のように流れ出した俺様とレデンを見て、クソジジィは大爆笑した。
「はっはっはっはっ! 和也たちは何にも気落ちすることは無いわい。だ~っはっはっは~っ!」
 あまりにも爽快に笑うので、こっちも少し笑いがこぼれてしまった。
「じゃあ昨日のことは気にしないようにするからな」
「悪いのは全部萌え忍ニャっ」
俺様はちょっと感心した。
「あんたはそうやって日本を守っているんだな」
「なんじゃい、急に変なことを言うな」
「龍之介、何だか顔が赤いニャ?」
レデンがクソジジィの顔を嬉しそうに覗き込む。
「うわっ、気のせいじゃよ、レデンちゃん! それよりも萌え忍についてじゃ!」
絶世のネコミミ美少女から目を背けたクソジジィは、さっき取り出して広げた地図に指を置いた。
「萌え忍はこの赤い分布を日本全土に広げようとしているのじゃ。奴らは至る所に存在している。某病院のナース。某学校の教師。某飛行機内のスチュワーデス、例を挙げたらキリが無いわい。じゃが、奴らは必ずそうやって存在しているのじゃ」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
そんな神出鬼没の奴らを見つけるなんて、砂浜で一粒のダイアモンドを見つけるようなもんだ。
「うむ、安心せい。ワシは独自に調査して“萌え忍”の大体のアジトを見つけたのじゃ」
「本当かっ?」
なかなかやるじゃないか。
「頭を潰せば、萌え忍の構成員達も壊滅できるというわけじゃ。じゃが……」
「ん、何か問題があるのか?」
顔を深刻そうにしかめて唇をアヒルのように尖らせて、
「大有りじゃ。そのアジトがかなり厄介なんじゃよ」
「そのアジトってどこなんだ?」
「私立萩原学園ですっ」
 そう言ったのは、ドジでバカな美人秘書、時雨だった。クソジジィは一番オイシイ場面を取られて不満そうだ。そんなクソジジィを見て、時雨は『やっちゃった』と口を大きく開けてそれを手で隠した。
 だが、今はそんなことはどうでもいいんだ。
「何だってぇッ!?」
 心臓のビートが早くなった。
私立萩原学園……、俺様はその場所を……知っている。
くそっ、何で今となってその場所が出て来るんだよ。記憶の底に閉じ込めておきたかったのに。ちっ。
座っていた俺様だったが、あまりの驚きで立ち上がってしまった。足が震える。
クソジジィは俺様の動揺を確認してから、
「そんなに驚くことも無いじゃろう。じゃが、仕方ないかのぉ。そう……、萩原学園は日本最大の学園にして、和也、お主の母校じゃ」
「えっ、そうなのニャ!?」
レデンもびっくりって感じだ。
「おめでとうご主人様ッ! これ……、お祝いニャッ!」
何故か差し出された物はカツオ節。
「あぁ……、レデンが俺様にプレゼントなんて初めてのことだな」
ありがたく頂戴した。だけどあまり嬉しくない。
「えへへ~、褒められたニャ~」
レデンは上機嫌だ。
「困惑するのは無理がない。落ち着いたか和也よ?」
「あぁ、大分ショックがあるがもう大丈夫だ。レデンのおかげで落ち着いた」
一応レデンの頭を撫でてあげた。
「ニャゥ~、ゴロゴロ~」
レデンには、本当に癒される。俺様の心の支えなのかもしれないな。
「和也よ。仕事の内容がもうそろそろ分かってきたかの?」
「あぁ……、大体読めてきた」
だが、俺様は……。
「あの学園だけは国の管理下から離れているのでワシでも手出しができないのじゃ。そこでじゃ。私立萩原学園の卒業生、和也よ。お主なら内部の状況にも詳しいはずじゃし、萌えに関してもエキスパートじゃ、まさにうってつけの人材という訳じゃ」
「あぁ……、そうだな」
あそこには、辛い思い出しか残っていないような気がする。
「では、ヲタク専門の何でも屋の和也よ! 仕事を依頼するぞ!」
クソジジィが立ち上がったが、俺様は顔を上げなかった。
「仕事内容は、“萩原学園にて萌え忍の首謀者を見つける”ことじゃ!」
 あぁ、やっぱりか。
「ニャニャ~! とっても楽しそうニャァ!」
 レデンは飛び跳ねて喜んでいる。何が嬉しいのか俺様には分からない。
「そうじゃろそうじゃろ~」
二人は手を取り合って喜んでいるようだ。見てないけど音だけで判断できる。バタバタとはしゃいでいるのか足音が五月蝿い。だから黙らせよう。
そして俺様は顔を上げた。

「悪いが断る」

音が止んだ。しばらく沈黙が続く。
「なんじゃと?」
 沈黙を破ったのは、動揺を隠せないクソジジィだった。
何だよ、その、俺様が言ったことが信じられないって感じの顔は。
「よいか和也よ。お主で無ければいけないのじゃ。世界が滅んでもよいのか?」
 世界か……、確かに大事なものだ。だけどな、
「なんだか、気が乗らないんだよ……」
気が乗らない……。そう、俺様の気が乗らないだけだ。ただそれだけの理由だ。
 だけどクソジジィはご不満のご様子だ。
「何が不満じゃ? 母校なら懐かしいじゃろう。女学生もたくさんいるぞ。仕事が成功すれば、お主の望むものは何でも与えるぞ。ワシは総理大臣じゃ。嘘は言わん」
アンタの熱意は伝わるよ。だけどな……。
「済まないが……」
今回の仕事は引き受けられない……。俺様には……耐えなれないかもしれない。
心が重い。だからその重みで顔を伏せてしまった。だからクソジジィの表情は伺えない。
「そうか……」
声の調子で分かる。クソジジィはかなり悲しそうだ。昨日初めてアンタに逢ったが、今のアンタが今日までで一番悲しそうだな。
「済まんかった。急な話で困惑させてしまったの。お主の気持ちを全く聞き入れておらなんだわい。済まんかった」
「………」
俺様は何も言えなかった。頭を上げることも出来ない。
「ご主人様?」
 レデンは横顔が畳に触れるほど姿勢を低くして、俺様を下から覗き込んでいた。その瞳はいつものようにキラキラと輝いてはなく、悲しみで曇っていた。
済まんレデン。俺様には無理なんだ。だから、そんな悲しそうにこっちを見ないでくれ。頼むよ。
「和也よ。一応これは渡しておくぞ」
渡す? 何を?
見ると、時雨がクソジジィに何かを渡していた。。
「これじゃ」
それは教員免許証と白い袋。何処から仕入れてきたのか知らないが、教員免許証には俺様がスーツ姿で写っている写真が貼ってあった。合成に見えないのがすごい。もしかしたらこんな写真も撮ったっけなぁと考えを改めさせられてしまうほど自然な証明写真だった。
次に袋の中身を確認してみると、それは綺麗に折りたたまれたスーツだった。その袋が某有名スーツブランドの物だったので、どう考えても高いスーツだということは分かった。
レデンには時雨から萩原学園の学生証と女子用の制服が渡された。これまた学生証の証明写真は、合成に見えないレデン制服着用バージョン。笑顔がカワイイ。
さらに衝撃的だったのは制服だ。俺様がまだ中学生だった頃の学園の制服とはデザインが変わっていた。赤と白を上手く使った配色バランス。見るもの全てを楽園へと導く赤、汚れた心を洗い流してまた汚れてもいいような状態に導く白。そんなセーラー服をデザインしたデザイナーに『モエ・エ・シャンドン』デザイン賞を授与したい。
だが、俺様にコレを受け取る理由はないんだ。
「ジジィ、あのな」
「それをどう使うかは……和也よ、お主に任せる。焼いてもいい、売ってもいい、自由に使ってくれ」
最後まで言わせてくれなかった。クソジジィは向こうを向いてしまって、もう何だか雰囲気的に言い出せなくなってしまったじゃないか。こんなものはいらないと言わせてくれよ。
「ニャ~、カワイイ制服ニャ~!」
レデンは自分の前に制服をぶら下げて、ニャハハ~と制服と一緒に回転している。楽しそうで何よりだけど、それは返すつもりだ。だからそれを着るのは諦めてくれ。
しかし、クソジジィがそうさせなかった。一欠けらのの希望を投げかけてきたからだ。
「じゃが……、もし気が変わって仕事を引き受けてくれるのなら、また明日のこの時間、ここに来てはくれないか?」
「……………」
俺様は何も言わなかった。いや、何も言えなかった。
無言でいる俺様が珍しいのだろう。レデンは仕切りにこっちに幼い眼差しを向けてくる。あぁっ、その視線が痛い。止めてくれっ、こんな俺様を見るなっ。
だが、クソジジィは違う反応を見せてくれた。
「今日は忙しい中、わざわざ来てくれて本当に感謝しておる。帰りの道中、気をつけての」
クソジジィの人を思いやる気持ちが伝わってきた。少しだけ穏やかな気持ちになれた。それが嬉しかった。
「時雨ちゃん、和也たちの見送りを頼むわい」
「かしこまりました、龍之介様」
 時雨がまた見送りの役をかってくれて、羅生門みたいなドデカイ門まで案内してくれた。そして俺たちを見送ったあと、俺達の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
そうして、俺たちは屋敷内から去った。

――――――――――☆

「ご主人様……?」
帰宅途中、レデンは何度もこっちの様子を伺ってきた。さっきから何なんだよ?
「大丈夫かニャ?」
「あぁ……、大丈夫だ」
はぁ……、これで何回目のやり取りだろうか……。
「今日のご主人様はいつもよりも変ニャ~」
「あぁ……そうだな……」
「やっぱり変ニャ~」
レデンが心配してくれるのは本当に嬉しい。だが、今の俺様には苦痛でしかないんだよ。

俺様はずっと考えていた。
家に着くまでに結論が出てくれ。
これからどうすればいいべきなのかと。
どうすれば、俺様は俺様のままでいられるのかと。

あの場所は、本当に悲しいことが起きてしまった場所だから。




第12幕  俺様が俺様であるために



「お風呂に入ってくるニャ~」
「あぁ……」
「覗いたらダメだからニャ~!」
「あぁ……」
「レデン、今服を脱いでいるニャ~!」
「あぁ……」
「ニャ~! レデン今裸ニャ~!!」
「あぁ……」
「ターザンの叫び声は何ニャ~?」
「あぁ……」
「ちょっと違うニャ~! ア~アアァ~ッニャ!」
「あぁ……」
「……バカァッ!」

――――――パタンッ

風呂場の扉が乱暴に閉められたのを境に、レデンの声が全く聞こえなくなった。代わりに聞こえてきたのはお風呂に浸かる音。いつもなら胸が熱くなってくる魅惑の音なんだが、今は何だか萌えない。くそっ、俺様はどうしてしまったんだよ。忘れていたことを思い出したせいか? 
家に着くまでに、クソジジィが出した仕事を受けるか受けないかという結論は出なかった。じゃあ明日までに結論を出そう。それがいい。今日出来ることは明日も出来る。明日の朝、飯を食ってからゆっくりと午後までに結論を出せばいい。だけど、それだと今からヒマだな。ゲームをする気力も湧かないし……、何かやること無いかなぁ……ってやばい、やる事が無いと昔のあの記憶が蘇ってくるじゃないか。
布団の上で寝そべりながら、天井をぼんやりと眺める。すると自然に天井がスクリーンとなって、俺様昔ものがたりの上映会が開始されてしまった。そこに映し出されたのは昔の萩原中学校。まだ小さい小さい中学校の頃だ。懐かしい。
「5年か……」
そう、そんなにも時間が経っているんだな。
「俺様は……」
どうすればいいんだ? なぁ……さん……。
「俺はぁ……」
急に涙がこぼれてきた。止められない。悲しくて、涙を止められない。
「まだ……、忘れられないのか……」
今まで必死に生きてきた。いや、必死に忘れてきた。
口調を変えた。自分のことを言うとき、僕から俺様に変えた。
敬語を止めた。誰かの名前を呼ぶときは呼び捨てにした。さん付けで呼ぶなんて寒気がするぜ。
性格を変えた。いつでも強気でいるようにした。弱気になるなんて、恥ずかしくて死にそうだぜ。
学校を辞めた。それからは一人で生きてきた。誰の力も借りずに、一人で。一人で生きてきたんだよっ!
「俺様は……」
手が涙でびしょ濡れになってしまったぜ。
「まだ弱いのか……」
自分は強くなったと思っていた。そう信じていた。
「まだ変わっていないのか……」
自分が変われば、自然に忘れられると思ったのに……。
「まだ忘れられないのか……」
胸が締め付けられる。苦しい。あの思い出が心の奥底で爆発し、俺様の心を圧縮しているようだ。痛い、痛いよぉ……。

――――――ズキンッ

「……さん?」
ふいに、俺様の心に亀裂が入ったような気がした。亀裂はすぐに広がる。
その瞬間、

――――――「和也君っ、ちゃんと私の後について来なさいよっ」(?)

――――――「でも……さん。僕もうクタクタだよぉ」

――――――「なに弱気なことを言っているのよっ! ほらっ、ビシバシいくからねっ!」

――――――「うわぁぁぁ~ん!」

「はっ?」
目を開ける。そこは俺様の普段どおりの部屋。突然の記憶障害だな。落ち着け。リラックスだ。
「今のは……」
心の奥に押し込めていた昔の記憶。
あの子との……、思い出の記憶。やっぱりまだ忘れていない。
「うっ」
頭が割れそうに痛いッ。くそっ、また何かが聞こえてくるッ!
遠くから、本当に遠くから、声が聞こえてきた。悲しい声が……。
意識を集中させる。

――――――「……和也君……?」(?)

――――――「そう、僕だよっ、……さん!」

――――――「何で泣きそうな顔しているのよ?」

――――――「泣いてなんかいないよっ!」

――――――「そう……、よかった……」

――――――「僕のことよりも、……さんがっ!」

――――――「私の心配するなんて、まだ早いわよ和也君……」

――――――「もう無理だよっ、逃げようよっ」

――――――「あの人を止めないと、結局は皆が死んじゃうのよ」

――――――「先に……さんが死んじゃうよっ、さぁ! 早く逃げ……」

――――――ドゴッ

首の後ろに強い衝撃が響いた。

――――――「……さん?」

意識が遠のいて行く。だけど僕はまだ倒れちゃいけない。立っていろよ僕。

――――――「和也君……」

あの子が目に映った。
僕のことをいっつも振り回していた元気いっぱいで意地悪だけど優しくて、可愛いくて、憎めなくて、一緒にいると楽しくて、いっつも面倒事を持ってくるけどそれを一緒に解決して笑ったり、巡り会えて良かった、僕が本当に好きになってしまった女の子。

――――――「今まで……、こんな私と一緒に居てくれて……ありがとう」

その子の笑顔は綺麗だった。
そして、崩れていく学校に向かって、その子は一人で走って行った……。

――――――「僕が弱いから! ……さんが一人で行ってしまったんだ! 僕は……僕が嫌いだ! こんな僕なんて、消えてしまえばいいんだッ!!」 

そこで思い出は途切れた……。

――――――――――☆

「ご主人様?」
俺様を呼ぶ声が聞こえる。意識が深いところから浅いところに上がっていく。あぁ……、なんだよ。今のは夢かよ。いつの間にか寝ていたんだな。
「泣いているんニャ?」
起き上がって声の方向を見る。そこに居たのは、バスタオルを頭に巻いて、愛用のピンク色パジャマの胸部分をぎゅっと握っているレデンだった。いつもなら、この湯上り独特の火照った肌、シャンプーの香り、いつもは縛っているのに今は解いている髪の毛、これらによる魅惑コンボで、俺様の内なる鼓動が暴走特急並に<シュッポ、シュッポ>とフルスロットルするんだが、今はそんな気力は湧き上がらなかった。
「泣いてなんかいねぇよ」
実際に泣いていなかった。だからレデンに顔を見られても別に問題は無かったんだが、気分的に今は面会謝絶中だ。誰にも会いたくないと言うか、誰とも顔を合わせたくないな。 
そんな感じだから、レデンにこっちを見られないように顔を隠しながら立ち上がった。
「さてと、俺様も風呂に入るか」
背伸びをして、レデンに一瞥もくれないで横を通り過ぎた。目に入っていたのはドアだけ。それ以外はどうでもいい。早く風呂に入って体の中に溜まったウヤウヤを吐き出したい。

――――――ギュッ

「んっ?」
ドアノブを握った途端、誰かに後ろから抱きつかれた。
「レデン……?」
腰にレデンの細い腕が巻きついている。しかも震えていた。
怖いから? 泣いているから? それを確認することは出来なかったが、代わりに強い意思表示がレデンからもたらされた。
「レデンじゃダメかもしれないけど、今だけはこうした方がいいと思ったんだニャ」
強く締め付けられる。いつもは暴力しか生まないレデンの力だが、今はその力に包み込まれている。何だか不思議な感覚だ。
「済まないな……」 
俺たちはしばらくそのまま立ち尽くしていた。静かな時が流れた。さっきまでの記憶が消えていく。レデンの心臓の鼓動だけが、俺様の世界に響いた。

――――――トクントクントクン……

俺様の鼓動とレデンの鼓動。二つの鼓動が一つに重なったような気がした。
落ち着く。癒される。俺様が俺様でいられる……。
「レデン……」
「なんニャ?」
ピクンとレデンの腕が震えた。
「もう大丈夫だ」
そっと腕に触れると、ゆっくりとそれは離れていった。暖かい物が去っていくような余韻が残る。じんわりと熱が消えていく。
「ご主人様……」
「どうした?」
後ろに振り返って見てみると、
「レデンの入った後のお風呂で変なことしたらダメだからニャっ」
そこには、レデンの笑顔があった。
「プッ」
ダメだ。笑いが吹き出してしまった。
「何で笑うニャ!」
レデンは怒った。
「いや、何でもねぇよ」
俺様は笑った。
「やっぱり変なご主人様ニャっ」
怒って、ベッドの上に飛んで行ってしまった。まるでアメフト選手のタッチダウン並の迫力だった。
「さてと……、レデンの入った後のお風呂のお湯でも飲もうかね」

――――――バタンッ

ドアを閉めた。
「絶対にダメニャァァァ~~~!!!」
レデンらしい叫び声がドアの向こう側から通り抜けてきた。
俺様は今閉めたドアを見つめ、
「ありがとうレデン」
自分にしか聞こえない、小さな声で感謝した。

――――――チャプン~

「ふぅ……」
いい湯だ。心も体も温まる。
しばらく湯船に浸かってから、体と頭をそれぞれ『ツンデレシャンプーNo1』と『ツンデレボディソープNO1』で無心に洗った。この『ツンデレお風呂No1』シリーズは他にも、石けん、リンス、入浴剤などが絶賛発売中だ。この商品を毎日使っていると、自分もツンデレになれるそうで、その効果で今や売り切れ必然の大人気商品だ。新谷家三大神器の一つでもある。残り二つの神器は……まだ秘密だ。
身体も心もピカピカツンデレになり、あとは湯上り前の入浴を楽しむだけだ。やっぱり一分間はゆっくりと浸からないとな。
「ふぅ……」
 はっはっはっ……、気持ち良すぎるぜ。日本のお風呂はやっぱり世界最高だな。お風呂を発明した奴、アンタは偉いッ。アンタのおかげで、日本での覗き文化は急激に成長し、今や芸術とまで呼ばれるようになった。覗きの世界では、俺様は『透視眼の和也』と尊敬の意を込めて呼ばれているんだぜ? どうだ、すごいだろう?
 はっはっはっはっはっはぁ~……、あぁ空しい……。
 あの日から毎日毎日一日一日を一生懸命に生きてきた。誰にも迷惑をかけずに、誰にも負けずに、落ち込まずに、あのことを思い出さないように。その結果がこれかよ。ちょっと昔のことを思い出しただけで落ち込みやがって。
「やっぱり……」
ユラリユラリと水面を揺れる波を見ながら思った。
「こんなの俺様らしくねぇ……!」
波紋が激しくうねった。お風呂のお湯で顔を勢いよく洗ったからだ。
「ウジウジしやがって、何様のつもりだ、俺様ッ!」

――――――パァンッ

右手で自分の頬を叩いた。
「レデンに心配されてんじゃねぇよ!」

――――――パァンッ

左手で自分の頬を叩いた。
「俺様は黙って俺様らしくしていろっ!!」

――――――パァンッ!

両手で顔面を思いっきり叩いた。
「……痛い」
少しだけ涙目になる。痛い、だけどなっ。
「うぉぉおぉぉ~っしゃぁぁッッ!!」
気合入魂完了だ。シュッポッポ~!
「俺様、復活だぜっ!」
誰が見ているのかも分からないのに、湯船からポセイドンの如く立ち上がり、両手を掲げてガッツポーズを決めた。う~ん、マッスル。

――――――ドタバタドタバタッ!

「ん?」
慌しい足音が近づいてくる。

――――――ガラッ

「何かあったんニャッ?」
堂々登場、その名はレデン。そいつが全身ハダカな俺様の後ろ姿を見ると、全身が石化した。
「レデン喜べッ!」
とりあえず、生まれたままの姿じゃない前側をレデンに向けた。
「ニャァァァ~~~!」

――――――ドタバタドタバタッ

足音が遠ざかっていく。
「俺様は復活したからなぁぁぁ~~~!」
レデンに聞こえるような大きな声で叫んだ。
「俺様は俺様だぁぁぁ~~~!」
何回も繰り返して叫んだ。そう……、俺様は俺様なんだ。もう、僕じゃない。昔の自分じゃないんだ。
そうやって吹っ切れることが出来た入浴タイムだった。

――――――――――☆

「1回死ねニャッ!」
「はっはっはっ、まぁ気にするなっ」
今は夕食中だ。食卓を囲むのは、俺様とレデンと、
「どうかしたの、レデンちゃん?」
何故か美鈴もいる。しっしっ。
「さっきご主人様が、レデンにとんでもない物を見せ」
「レデン、そこのソース取ってくれ」
 緊急回避手段発動。
「えっ、はいどうぞニャっ」
「うむ、ありがとう」
今日の夕食は美鈴が作ってくれた豚カツだ。カリっと揚がっていて中はジューシー、店を開ける味だ。昔は料理なんて全然ダメで良くからかっていたのに、今じゃあ文句の付けようが無い。
「うん、今日の飯は最高にウマイなっ」
「えっ、そうかな?」
美鈴が少し照れくさそうに顔を赤らめた。
「あぁ、お前の料理は最高だぞっ」

――――――ボンッ

「美鈴さんの顔が爆発したニャッ!!」
「大丈夫か美鈴っ!?」
敵襲かッ!? だが、何処からもミサイルやら銃弾が飛んできた様子は伺えなかったんだが……、おっと、それよりも美鈴の様子は……大丈夫なのか大丈夫じゃないのか良く分からない。
「ちょっと……、タバスコをかけ過ぎたわ……」
 妙な事を言ってくれる。
「豚カツにか……?」
そもそも、タバスコなんて物はテーブルの上に存在していない。
「私の好物なのっ」
「そうか……」
食事再開。
ふぅ、なんとか危険を回避できたようだ。危なかったぜ。レデンに裸を見せたことが美鈴にバレた日には……、がふぅっ、考えるだけで身の毛がよだって狂い死にしそうだ。
「あっ、そうだ美鈴」
びくっと美鈴の肩が震えた。
「な……なに?」
何故に上目使いでこっちを見る? 
「食事が終わったら、レデンと俺様は二人で出かけるからな」
「えっ、そうなんニャっ?」
レデンは口の中をいっぱいにしながら一生懸命に答えたので、ご飯粒が夕暮れ時を彩るカラスの大群みたいに俺様の顔面に飛んできた。これって絶対に回避不可能だぜ?
「どこに行くの?」
顔面に飛来した物をティッシュで覆うように取り除き、洗面所まで行き顔を綺麗に洗ってから美鈴の質問に答えた。
「萩原学園だ」

――――――カシャン……

「あっ」
直後、美鈴は持っていた箸を床に落とした。
「なにやってるんだよ」
「ほっといてよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、美鈴は落ちた箸を拾い、キッチンでそれを水洗いし、タオルで拭いてからこっちに戻ってきた。
「ちょっとだけびっくりしただけよ」
そして何事も無かったかのように食事を再開した。
「……何も訊かないのか?」
箸を動かしていた美鈴の手が止まった。
「訊く必要がないわ」
そりゃぁ冷たいな。
「これはバカ兄貴の問題よ。私には何も関係ありません。好きにやればいいのよ。で、また落ち込んだら、あの時みたいにブン殴ってあげるわよ」

――――――モグモグモグ……

レデンの食べる音だけが、異様にでかく聞こえるような気がする。
「そうか……」

――――――モグモグモグ……

「でも、これだけは言っておくわ」
「何だ?」

――――――モグモグモグ……

「レデンちゃんを夜更かしさせたらダメだからね」

――――――ゴックン

「そうニャっ、レデン、すぐに眠たくなってしまうニャ~ぅ~」
すでに目をこすっているレデン。いつもの就寝時間にはまだ一時間はあるぞ。今日の出来事がそんなに疲れたかのかは知らないが、早く萩原学園に行って用事を澄まさなければいけないな。じゃないとレデンが夜更かしという状態に陥ってしまい、その結果、俺様は美鈴特製の拷問旅行の旅に陥ってしまうだろうからだ。まぁそこまで美鈴も鬼じゃないと信じよう。うんっ、きっと大丈夫。
「バカ兄貴、分かった?」
人差し指を立てて、美鈴は俺様の額を軽く押した。この時、秘孔でも突かれたのかと思って軽く死を覚悟したが、何も起きなかったので安堵の溜息をついた。
「あぁ、了解した」
美鈴から超暴力という能力を取ったら、俺様の妹はお節介で面倒見が良くてそこそこカワイイ自慢の妹として世間に公表できるが、美鈴の力は永久保存版だと思うので、そんな日は未来永劫訪れることは無いのさ。
かくして、俺様とレデンは萩原学園へと向かうのであったとさ。もちろん歩きでだ。早く車を買いたいとこういう時に思うんだが、金が無いから無理。

――――――――――☆

 思っていたよりもすぐに着いてしまった。徒歩で30分といったところか。食後の良い運動にもってこいだな。
「ここかニャ?」
「あぁ……」
実に5年ぶりだ。遠い昔の記憶。
校門は閉まっていたので、中の様子は鉄格子越しにしか目視できなかった。だから詳しくは中を見られなかったが、それでも驚くべき光景が校門の奥に広がっていた。
俺様が心にしまいこんでおいた風景と、目の前にある風景は全く該当しなかった。
あの頃のようにショボイ校舎が立ち並んでいるのかと思っていたが違うようだ。まず、建物の配置からして次元が違っている。校門から校舎まで行く道は綺麗なタイルで敷き詰められており、道の両端には一定間隔に外灯が立ち並んでいる。道の周りは丁寧に刈り取られている芝生が生え、昼寝するのに絶好な大きな木が所狭しと覆い茂っている。この木は……桜か? 春になるとここは花見客でごった返すらしいしな。多分間違いないだろう。
ここはどこのお屋敷の庭かツッコミたい。校門から少し進んだところには噴水らしきものまで見えるんだぜ。っていうか、ここからは校舎と言う建物が見えない。木が邪魔しているからだ。だが、ただ一つ、噴水を通り越した向こう側に見える建造物は、記憶の中の風景と一致していた。
「あの時計塔、まだ在ったんだな」
 それは、日本一巨大な木造の時計塔。外灯は下の方しか照らしていないので、地上から30メートルの高さに位置する時計の針は、薄暗くてぼんやりとしか見えなかった。
 この時計塔だけが、あの頃と変らずここに残っていた。
「まぁ、あれだけ破壊されたらな……」
残っていたのが時計塔だけってのも何だか寂しいな。だが、それ以上に目の前に広がる景色に圧巻、と言うか驚愕してしまっている俺様がいた。
「ねぇねぇご主人様ッ、ここってどれくらいの広さニャっ?」
 鉄格子の間に顔を突っ込みながらレデンが言った。
「ん~……」
昔、新聞を読んで知った。
破壊された萩原中学校を、ある人物が土地ごと国から買取り、そこを中心に周りの土地も買い占めたことを。
そうして隣接していた周辺の小学校、中学校、高校を統合させた萩原学園を誕生させた。
規模、影響力、資産、全てにおいて日本一の学園だ。
「広すぎて分かんねぇよ」
確か、学園を一周するだけで二時間かかるらしい。一周10キロメートルといったところか。バカ広いな。
「中には入れそうにないニャァ」
「そうだな」
ざっと見たところ、入り口は校門しかなさそうだ。他の入り口はどこにあるか見当も付かない。3メートルほどある塀を乗り越えるにしても、警報装置が付いていたらそれはヤバイことになりそうだしな。
「外灯が綺麗だニャ~」
 レデンはさっきからずっと鉄格子に頭を押し付けて、耳をピョコピョコ、尻尾をピョンピョンさせながら忙しなく嬉しそうだった。
「そうだな、綺麗だな」
 俺様も素直にそれを認めた。
ここで『だけどレデンの方が綺麗だ』と付け足したらそれはそれはベタな展開に発展するかもしれないが、レデンは綺麗系よりも、めっちゃカワイイ系なので、今度レデンが『○○ってカワイイニャ~』と言ったら、さっきのセリフを使うことにしよう。
「あのおっきい時計は何ニャ?」
 レデンもあの時計塔に気が付いたらしい。あんなに大きな時計は恐らく初めて見たんだろうな。好奇心爆発中か?
「あれはだな……」
 ここでつい口が滑って言ってしまいそうになった。俺様とあの子の思い出の場所だ……。きゃっ、恥ずかしい。
 なんて言えるわけも無く、
「頑丈な時計だ」
 と、ナンセンスな事を言った。
「もうちょっとロマンチックに言えニャ」
 済まん。
レデンはガックリと肩を落としてうな垂れてしまった。珍しい仕草だな。
「本当に頑丈なんだからしょうがねぇだろ」
そう……、あの出来事の後、あの時計塔しか残っていなかったんだからな……。今と過去を繋ぐたった一つの忘れ物だ。
鉄格子に頭をはめていたレデンだったが、それをスポっと外すと、こっちを見て訊いてきた。
「で、ご主人様はここへ何しに来たんニャ?」
そういえばまだ話していなかったな。ここに来た理由か……。
その時、髪がなびくほど強い風が何処からともなく吹き抜けた。並木道に植林されている木々たちがザワザワと音を奏でて揺れだすと、その音が俺様に、「まだ迷っているのか?」、「まだ決めていないのか?」と投げかけてくるような気分に包まれた。
「……ご主人様?」
様子が変わった俺様に対して首をかしげるレデン。済まん、いま言うよ。
そして、俺様は最愛の人にプロポーズするかのように、ゆっくりと、力強く言った。

「約束しにきたんだ」

風が止んだ。
「何をニャ?」
無風の中、俺様とレデンの周りにだけ他と違う空気が流れた。
「もう……、俺様は過去から逃げないということをだ」
その言葉に、レデンは先ほどよりももっと首を傾げてしまった。そんなに変なことを言ったか?
「レデン、良く分かんないニャ~」
「はははっ、お子ちゃまにはこの気持ちは理解できないのさっ」
「ニャんだと~」
途端に目が上弦の月みたいに吊りあがったレデンは、ヨロヨロとおぼつかない足取りでこっちまで歩いてきた。どうした?
「殴りたいのに、眠いニャ~…」
 なるほど、いつもならこの時間にはもうベッドでお休み中だ。お子ちゃまは早く寝るに限る。
 で、レデンはこっちまで歩いてくると、そのまま俺様の体にもたれ掛かるようにして動かなくなった。
「グ~」
胸に顔を埋めたまま寝ていた。
「……寝ているときが一番カワイイのは本当だな」
「グ~」
 レデンを塀にもたれ掛けさせて座らせた後、自分の上着を掛けてあげて風邪を引かないようにした。
「すぐに終わるからな」
約束をするため。俺様は再び校門の前に立った。
緊張は……していない。むしろ落ち着きすぎている。爽やかな気分だ。
 軽く息を吸って、吐いて、また吸って、そして、時計塔の天辺を眺めながら決意表明開始だぜっ。
「もう一度ここへ来るとは思いもしなかったよ」
あれ? あのころの口調に戻っている。封印したはずなのに自然に口が動いてしまう。まぁいっか。
レデンにも聴こえないような、自分にしか聴こえない声量で独り言みたいに話す。
「ここへは、もう二度と来ないと思っていたのになぁ」
……さんが、いなくなってしまった場所だからな。
「でも、もう大丈夫だよ」
 視線をネコミミ少女に向ける。スヤスヤと本当にまぁ幸せそうに寝ているな。和むにも程ってもんがある。
「今はレデンが僕の傍にいるから悲しくないんだ」
『ニャピ~』とカワイイ寝息が聞こえてくる。すぐ横で一緒に寝てしまいたくなる。だけど今はこっちが優先だ。
「確かに昔、ここで悲しいことが起こってしまったよ」
でも気づいた。
「でも本当は違った。楽しいことの方がたくさん在ったんだ」
ほとんどイジメられていた記憶しかないけどな。
「君との思い出は、本当に壮大で、楽しくて、きつくて、泣いて、笑って、絶叫して、そしてまた笑って……」
本当に、楽しい思い出だ。
「だから、僕はもう泣かないよ。でも、ケジメだけはつけようと思うんだ」
グッと握りこぶしを作った。
「立花さんとの思い出を、笑って思い出せるように、僕はここで教師としてしばらくの間過ごしてみるよ。そして、強くなってみせるよ。だから、もう僕は大丈夫だよ」
 立花さん……。
その名前を口に出してしゃべったのは……、5年ぶりだな。
 懐かしい……、懐かし過ぎるぜ。だけど泣きはしない。
「立花さんに鍛えられたからなんとかなるよっ。やっほ~い!」
……変なポーズを取ってしまった。恥ずかしい。
「おっほん……、じゃあ、もう僕は行くよ」
校門に背を向けた。
「この仕事が終わったら、もう一度報告しに来るからね」
後ろに手を振りつつ、レデンの元に歩みよろうとした時、また風が吹いた。そして、

――――――「バカね……」

「えっ?」
ものすごい勢いで後ろに振り返った。
でも、そこには誰もいなかった……。当たり前か。でも……まさか、
「気のせいだいだよな? ははは……はぁ~……、まだまだ俺様は弱いなぁ」
自分の幻聴癖に呆れてしまった。何をやっているんだよ。そんなことあるわけ無いじゃないか。
「……帰るか」
約束はした。だからもうがんばることができる。この学園に居ても挫けることは無い。今この時、バージョンアップした俺様が誕生したのだ。
だから、クソジジィの依頼……、受けてやるよ。
「よっこいしょっと」
爆睡中のレデンをおぶってやり、帰路を辿ること数分後、
「フニャ~?」
背中から声が聞こえた。
「おっ、起こしたか。済まんな」
「ムニャニャ~、もう終わったのかニャ~ニャフゥ~」
 ものすっげ~眠たそうだ。
「あぁ、終わったぞ」
「よかったニャ~、ご主人様に聞きたいことがあったんニャ~」
 レデンの息が首筋に当たってくすぐったい。
「んっ、何だ?」
 何を訊かれるかと思ったら、
「学校って、何をする場所ニャ?」
「って、レデンは学校がどういうところか知らなかったのか」
「だって、まだ教えてもらっていないニャ~」
拗ねたように言う。
「はははっ、すまんすまん。いいかレデン、学校と言うところはだな……」
学校とは、楽しくて、友達ができて、遊べて、良い思い出があり得ない位たくさんできる場所だと教えてあげた。レデンは終始ずっとはしゃいでいて、そんなレデンを見て、俺様も楽しくなった。
家に着いたとき、レデンはすでに寝てしまっていた。もう起きることは無いだろう。
「明日から……、忙しくなるぞ」
レデンをベッドに寝かしつけると、俺様も自分の布団に潜り込んだ。どうにも眠い。すぐに寝れそうだ。
「立花さん、俺様はもう大丈夫だ……」
 目蓋が重くなる。ゆっくりと意識が静んでいく。いつの間にか寝てしまうのが睡眠の面白いところだな。そして睡眠時における最も面白いと言えるのが、夢を見ることだ。
このあと、俺様は夢を見たような気がする。
夢の中の俺様は中学生。傍には女の子とぬいぐるみ。
 いつまでも続いて欲しいと願っていた、そんな日々を送っていた頃の記憶。
 今は夢を見よう。そして明日へ繋げよう。
 昨日には昨日の、
 今日には今日の、
明日には明日の俺様が居るのだから。




第13幕  誓い



「カツオ節~、クッチャクッチャと食べるのニャ~、クに打点を付けたらダメなのニャ~」
現在、お昼時を少し回った午後1時。二人が進む場所は昨日も通った山道。つまり、クソジジィの屋敷まで続く道だ。
そして俺様よりも2歩進んだところでスキップしているのは、“カツオ節の歌”のニ番をリズムに乗って熱唱中のレデン。妙にハイテンションで、幼い少女がお母さんに遊園地に連れて行ってもらえているようなはしゃぎ様だ。背中から羽が生えたみたいに動きも軽やかだ。まったく……やれやれだ。
でもまぁ……なんと言うか……、実は俺様も人のことは言えないんだ、ぶっちゃけ今の気分はスキップルンルンっだ。ピクニックに出掛けるガキ共よりもテンションが高い自信がある。何故なら、俺様にはやるべきことがあるからだ。
昨日約束したんだ。もう逃げないと。そう決めた。
だから、昨日を境に新たな決意を心に刻んだ俺様を、もはや誰も止めることはできねぇッ。挫けることは許されない……、うぉぉぉ~~っしゃぁぁッッ、やる気出てきたッ。やってやるぜっ、シュッシュッシュッ! 右右左ッ。
歌声を響かせるレデンと、鼻歌を空気に混ぜ込ませながらシャドウボクシングを始めた俺様を、秋の陽気が優しく包み込むお昼時。とても清々しい。良い萌え日和だ。シュッシュッ。
「龍之介いるかニャ~?」
 歌うのを止めたレデンがこっちに振り返り首を傾げた。その様子を見て俺様も高速ジャブを止めた。
「来てくれないかと昨日言っていたからな。多分いるだろう」
太陽は真上にある。この時期にしては暑い気温だ。じんわりと額から汗が滴り出てくる。ちっ、もっと早い内に出掛ければよかった。

今朝目覚めた時、その時間帯は今朝とは言えなかった。すでに陽は高くあがっていて、久しぶりに良く寝たといった感じだったな。飯を食べようとリビングに行くと、美鈴はいなかったがテーブルの上には二人分の朝食が準備されていた。
「……冷めているが美味しいな」
「美鈴さんの料理はどんな状況に陥っても美味しいニャッ!」
二人ともボサボサの髪型のまま向かい合って食べる遅めの朝食。時折あくびを交えながらも冷たい味噌汁を口に運ぶ。眠い。だけどそれ以上に美味い。
いつもよりも多くの時間を使って食事を終え、歯を磨き終えて髪もセット完了。よしっ、今日もイイ男だ。
「よし、そろそろ行くぞ」
「どこへニャ?」
「クソジジィの屋敷までだ」
「了解ニャッ!」

そして今に至る。
「もうそろそろで着くな……ッ」
 直後、腹に痛みが走った。やべっ、この何とも言えない痛みが耐えられない。食べてすぐに運動は身体に良くないんだそうだ。
「今日もカツオ節ないかニャ~」
そんなのはどうでもいい。クソジジィの屋敷に着いたらまず冷たい水を一気に飲む。運動後の一杯はコレに限る。
「冷たいカツオ節を一気に飲みたいニャ~」
ネコ背気味にぐったりと、そして下をペロッと出しながらレデンは言った。
「ノドに詰まって死ぬぞ?」
「カツオ節はそんなことしないニャ~」
「ほう、レデンにとってカツオ節は生き物なのか? 生き物なのか? 言ってみろッ」
「ムサい顔を近づけるなニャッ」
「痛ぁぁッ! あっ、こら待ちやがれッ。くそぉ、目に血が入った。上等だ~~ッ!」
 急いで追いかけるも、すでにレデンは遥か彼方。ふっ、野生の脚力には常人は通用しないのかな……と思いながら疾走していると、上り坂の先でレデンが向こうを向いて立ち尽くしているのが目に入った。
「どうしたんだアイツ」
 どうも様子がおかしい。俺様のことを待っているつもりなら、こっちを向いているはずなのに、その様子は微塵も感じられない。何だ? とりあえず急ぐか。
 坂を上れば景色は広がり、クソジジィの屋敷を外界と遮断する大門が見えるはずだった。だけど、昨日とは少し背景が異なっていた。それは、
「あの黒い煙は何ニャ?」
そう……、レデンの言うとおりの異変があった。モクモクと太くて黒い煙柱が天に向かって伸びている。それの発生源は間違いなく屋敷内からだ。
「まさか……」
瞬時に嫌な予感が過ぎった。思い起こしたのは昨日の出来事。クソジジィがサユリと言う萌え忍に萌え殺されそうになったこと。あいつ等がクソジジィを消そうとしていること。もし、そいつ等が強硬手段をとって、クソジジィの屋敷に襲撃をかけたとしたら……、そんな嫌な予感。
「ご主人様!」
レデンも同じ考えに至ったようだ、二人してコクリと頷き合った。
「早く状況を掴まないといけないな。行くぞっ」
「了解ニャッ」
 慎重に、だけども迅速に二人して大門まで移動した。そしてそこまで近づくと、先ほどまでは聞こえなかった異変にも二人して気が付いた。
「何だか変な音もするニャ」

――――――ドッドッドッドッ! ドドドドドンッ!

門の中から聞こえてくるのは胸にズッシリとかかる重い音……。何の音だ? だが、考えられるのは一つ。
「銃声かッ!?」
疑問が確信に変わっていく。ちっ、迷っているヒマはないなっ。
「突入するぞッ」
 俺様は門に手を置いた。軽く押してみてもビクともしない。
「了解ニャッ。一緒に押すニャ~!」
 横でレデンが一緒に肩を並べていた。心強い。よ~しっ、俺様とレデンの初めての共同作業だ~~ッ!
『うぉ~~ッッ』
足は地に根を生やしたように力強く、両腕は全てを吹き飛ばす丸太のように硬く、俺たちはあらん限りの力を出して門を押し出した。そしてようやく出来た隙間に二人して素早く入り込み、その驚くべき光景を目の当たりにした。
「クソジジィッ!」
目に飛び込んできたもの、それは、

――――――「宴じゃ~、宴じゃぁあぁぁ~~ッ!!」

『ア~ッワワアアァアァァッ~!』っと周りから歓声があがる。それによって先ほど俺様が発した声が掻き消されてしまった。コレは何だ?
広い広い庭の周りには、煌びやかな格好をした美女軍団が、<ドッドッドッドッ>という太鼓のリズムに合わせて盛大に踊っていた。その庭の中心には、巨大な焚き木のセットが置かれてあり、そこから大量の黒い煙が空へとすごい勢いで昇っていた。
「まさか和也があんな腰抜けじゃったとは、夢にも思わんかったわいっ!」
 そして、焚き木のセットの周りを走り回っている御輿の上で踊っている一人の人物。何を隠そうクソジジィだった。
『そうですねぇ~』と周りで踊っている美女軍団が答えていた。
「あんな腰抜けなんて忘れて、宴じゃ宴じゃぁぁぁ~!<グビグビ>」
先程と同じように『ア~ワワアアァアァァッ~!』とまた歓声があがった。
御輿の上でひょうきんに踊っているクソジジィはどう見ても酔っていた。あの手に持っている一升瓶の中身は恐らく酒だな。
「楽しそうだニャ~」
確かに楽しそうだ。でもな、
「行ってくるニャッ!」
こっちが何か言う前に行動するのがレデンの特性らしく、すぐに人ごみに消えていった。
ふっ……、一人残された俺様はというと、クソジジィと急に話したくなったので猛ダッシュッ。人ごみを飛び越えた先にいたヤツに声をかけた。
「おいッ!」
 だが、
「どう考えても、あの腰抜けがここへ来る事はないじゃろうな~ッ!」
聞こえていなかったらしい。御輿はすごい勢いで移動しているので、俺様も走りながら叫ぶことにした。
「ちょっ、待たんかい~~ッッ!!」
「興醒めじゃ、興醒めっ! 宴でもしとらんとやってられんわいッ!」
 酔っている事も災いして、俺様の声が耳に届いていないらしい。それにまた、『そうですねぇ~』と周りから集合相槌が聞こえたので段々キレてきた。だから、
「おりゃっ」
の掛け声と共に、御輿を下で担いでいた美女A、B、C、Dに足を掛けた。すると盛大
にお御輿が地面に叩きつけられた。
「ヘブシッ!」
空中に吹き飛ばされたクソジジィは、いろんな物理法則を無視して地面に顔面から突っ込んでいた。普通の人間なら首の骨でも折れて死んでいそうだが、
「プハァ!」
地面から顔を上げ、クソジジィは深呼吸を数回繰り返すと、
「何じゃ? 何が起こったのじゃ?」
首を左右に動かし自分に起こった災害の状況見分をし始めた。ちっ、生きていたか。
「おいッ!」
俺様は顔面土まみれになったクソジジィの背後に立ち、腕を組みながらその背中に向かって叫んだ。。
「ん?」
後ろに振り返ったクソジジィは目を細くし、
「なんじゃい……、和也か……、って来とるぅぅぅっ~!?」
騒がしいクソジジィだった。
「お主、本当に和也か?」
「あぁ?」
頬っぺたを抓られた。
「本当に本当か?」
「早くこの指を離さないと殺すぞ」
耳に息を吹きかけられた。
「って、やめんかいぃ~~~!」

――――――ドコォ!

「ふむ、こんなに豪快に殴るのは和也しかおらんわい」
自分の腹を摩りながらクソジジィは答えた。
「ったく……、相変わらず末恐ろしいジジィだぜ……」
クソジジィのボディは鋼鉄並みの硬さだったので、俺様は自分の手をブラブラさせながら言った。この時な、俺様は思ったんだよ。いつかコイツを殴り殺してやろうってなっ。
立ち上がって土を払ったクソジジィは、急にビシッと表情を固めて周りでまだ踊っていた美女軍団を見渡した。
「皆の衆、今日の宴はここいらで終了じゃ。解散!」
 すると、

――――――「はっ!」(美女軍団)

解散命令の掛け声がまだ響いている中、美女軍団はあっという間に姿を消してしまった。御輿やキャンプファイヤーの焚き火セットまで消えている。
「(こいつらってまさか萌え忍なのでは?)」
ついそう思ってしまった。
「彼女たちは、ワシの近衛兵じゃ」
心を読むな、心を。
「なら良いんだけどな」
美女軍団が消えてこの場に残ったのは、ネコ踊りを「ニャ~♪ ニャ~♪」と熱演しているレデンと、立ったまま「グ~♪ グ~♪」寝ていた時雨と、俺様とクソジジィの4人だけだった。
 太鼓の音が聞こえなくなったことにようやく気づいてネコ踊りを中断したレデンは、肩を落としてこっちに歩いてきた。
「もっと踊りたかったニャ……」
 めっちゃくちゃ悲しそうだった。
「楽しかったか?」
「うん。でも、もっと踊りたいニャ」
「また今度な」
 スス~っと鼻をすすったレデンは、
「うん、了解ニャ」
 元気な笑顔を見せてくれた。
「おぉレデンちゃん。今日もカワイイのぉ~」
 穏やかな気持ちがコイツの下心たっぷりな挨拶のせいで濁ってしまった。
「あっ、龍之介、こんばんはニャ~」
ペコリとお辞儀をするレデン。その時、クソジジィの目がキラリと光った。
「隙ありじゃッ!」
一瞬の隙をつきレデンの背後に潜り込んだクソジジィは、その道を知る者なら誰もが驚愕するほどの手捌きで、<ナデナデ>とレデンの小振りなお尻を撫でた。
「ニャゥッ!?」
「今日も元気なお尻じゃのう~」
はっはっはっと笑いながら、一歩後退したクソジジィ。レデンの殺気を感じ取ったのだろう。その証拠にレデンの体はユラリと揺れている。
「むっ? 来るかっ?」
回避体勢を取るクソジジィ。しかし、
「もうっ、龍之介ったらしょうがないニャ~」
そこにはいつもと変わらぬレデンの笑顔があった。
「もうこんなことしたらダメだからニャっ?」
そう言いながらクソジジィとの間合いを詰めるレデンを見て、俺様は今から起こる惨劇に恐怖しゴクリと大きな音を出して唾を飲み込んだ。そうと知らないクソジジィは、
「はっはっはっ、まぁ幸先短いジジィの悪戯じゃからのぉ……、レデンちゃんは心が広いわい。許してくれるのかの?」
レデンとクソジジィの距離、約30cm。
「油断……」
もはや回避不可能距離。ご愁傷様だクソジジィ。レデンが構えた。
「ん?」
気づいたのが遅すぎだ。
「大敵ニャッッ~!!」
無数に分裂したレデンのコブシ。その姿は千手観音に見えたと、クソジジィのその日の日記に記述されていたらしいが、誰も信じなかったそうだ。だが、俺様だけは信じているぞ。
「中心線六連突きニャァァ~!」

――――――ドドドドドドッ!

「ツブハァッ!?」
眉間、鼻、顎、ノド、みぞおち、そして急所を打ち抜かれたクソジジィは、この世のものとは思えないほどのスピードで屋敷の壁まで飛んでいき、

――――――ドコォッ!

ものすごい音と共に静止した。
「もう……、しません……」
神に懺悔する言葉に聞こえなくもない微かな呟きと共に、クソジジィは砂利の地面へと倒れこんだのが20m離れていても良く分かった。
「あぁっ、龍之介様っ!」
メガネを掛けた美人秘書がクソジジィの成れの果てに駆け寄っていった。さっきの音で流石の時雨も目を覚ましたのだろう。
「ご無事でっ!?」
「今の悲惨な出来事を見ているのから言うが、恐らくそいつは既に死んでいる」
何も言わないクソジジィの代わりに、俺様が答えてあげた。
「あれっ、和也さんです。こんばんはっ」
俺様の存在にもようやく気づいてくれた。
「よっ、昨日ぶりだな」
「はい、あれ? 今日はどういったご用件で?」
メガネをスチャリと掛けなおして時雨は答えた。
「そうだな……。まぁ、まずはこのクソジジィが蘇生しないと話が進まないな」
横たわる遺体を見てみたが、それはそれは安らかな寝顔で、自分の一生を全うした男の……。
「って、勝手に殺すんじゃないわいッ!」
死んでいたはずのクソジジィの目が急にかっ開いた。ちっ、生きていたか。
「だから心を読むんじゃねぇよ」
「そんな気がしたんじゃ、ん?」
「龍之介様、ご無事でっ!」
時雨が目に涙を溜めながらクソジジィに抱きついていた。
「ふっ、時雨ちゃん、ワシは不死身じゃ」
泣きつく時雨の頭を撫でると、クソジジィは「もう大丈夫じゃ」と言って立ち上がった。
「おいジジィ、来てやったぞ」
 「来てやったぞ」という表現はちょっと間違っていたな。「来させてもらった」の方が今の俺様の気持ちを上手く表していただろう。何故ならこれは試練なんだ。過去を振り切るための試練。その試練を受けるためにここまで来たのだから、クソジジィには少しばかりの感謝を示すべきかもしれない。まぁ絶対にしないけどな。
「今日は来ないのかと思っておったぞ」
「ほう、俺様が来ないと宴を始めるのか」
「宴はほぼ毎日じゃ」
「仕事しろよ」
良いご身分のクソジジィだった。
「来たということは、仕事の依頼を引き受けてくれるという事じゃな?」
「あぁ、そのために来たんだからな」
昨日の夜、萩原学園の前に立ち決意表明は既に終わっている。俺様はもう迷わない。過去を乗り越えると決めた。悲しみの上に立って堂々と笑うができるように、俺様は強くなる必要があるんだ。
「ニャ~、レデンは学生になるんニャ~♪」
セクハラ野郎を吹き飛ばした奥義でストレスを発散したレデンが上機嫌で近づいてきた。
「あっ、生きているニャッ!」
クソジジィが生きている事にレデンが驚いた。実は俺様も驚いている。頑丈なヤツだよホントに。
「はっはっはっ、ワシはそう簡単には死なないぞ、レデンちゃん?」
「次は爪で貫くから多分死ぬニャ」
「そうじゃのぉ……、それだと普通に死ぬのう」
さらっと怖い会話を交わした二人だった。
「皆さん、詳しい話は屋敷内でしましょう~!」
自分の使命が道案内だということを思い出したのか、時雨は水を得た魚のように生き生きと屋敷までの道案内をしてくれた。
「カツオ節あるかニャ~?」
「あぁ、いっぱいあるぞ、レデンちゃん」
「楽しみニャ~♪」
屋敷内へ先に走っていったレデンを見つめながら、俺様は自然の恵みが生み出したこの澄んだ空気をゆっくりと肺いっぱいに吸い込んで、あぁ秋の空はなんたらと時世の句を読んでいた。

――――――――――☆

「和也、お主は明日から萩原学園の教師。レデンちゃんは萩原学園の中学2年生じゃ」
昨日と同じ部屋でクソジジィの話が始まった。
「二人の入学手続きは、すでに時雨ちゃんに任せてあるから安心してくれ」
クソジジィの後ろにいた時雨が、グッと親指を立てて微笑んだ。まるで「任せてくださいっ」と言わんばかりの笑顔だった。
「そうか。それはそれは普通に不安だな」
「あぐぅ、ヒドイです」
「いや、当然の心配だと思うぞ」
「あぐぅ」
「まぁ、詳しい話は学園で聞かされるじゃろうな」
 前途多難だった。
「話は終わったかニャ?」
 口の中をカツオ節でいっぱいにしながら、レデンはカツオ節が大量投入されていた皿から顔を上げた。
「もうお腹いっぱいか?」
「うん。もう入らないニャ~」
 「ゲプ~」っとゲップをその後に継ぎ足して俺様の隣に座るレデン。一瞬で部屋の空気がカツオ節臭くなった。お前出て行け。
「和也よ、今回の事、本当に感謝しておる」
「あぁ?……って」
 驚いた。なんとクソジジィが頭を深々と下げていた。
「別に感謝されるような事じゃね~よ」
 対処に困った。
「今日来てくれて、ワシは本当に嬉しいわい」
 顔を上げたクソジジィは満面の笑顔だった。
「はいはい、そうですかそうですか……」
 妙に照れくさくなってしまった。
「ねっ、ねっ、レデンも来たニャっ。嬉しいかニャ?」
「当たり前じゃよ」
 レデンも満面の笑みを浮かべた。
「とりあえず、コレは前金、兼、軍資金じゃ」
 クソジジィが<パチン>と指を鳴らすと、時雨は部屋の隅に置いてあった重たそうな旅行カバンを持ってきて、それを俺たちの前に置いた。
「何だコレは?」
「ねっ、ねっ、ご主人様。開けていい? 開けていい?」
 そう言いながらレデンは金具を外すとカバンを開けた。お前行動早過ぎ。
「……カツオ節じゃないニャ~」
 どうやらレデンのお目当ての物は入っていなかったらしい。どれどれ、一体なにが入って……、
「あれ? この“紙切れ”昨日も見たような気がするニャ。でも今日はいっぱいあるニャ」
「だはあああぁぁぁ~~~ッッ!?」
「いきなりうるさいニャァァッ!」 
 レデンの耳のすぐそばで驚声を上げてしまったので、怒ったレデンに数回切り刻みこまれてしまった。だが、今はそんな痛みはどうでも良かった。問題はこのカバン内に存在する札束ブロックの家族軍団だ。福沢さんファミリーのしかめっ面が無数に広がっている。こうして見てみると福沢さんってヤクザの親分に見えなくもないな。ん~え~つまりだな、日本で一番高い紙幣である一万円札の束がカバンの中にビッシリと積み込まれていたということが言いたかった。
「おいクソジジィ……、これいくらあるんだ?」
 初めて見る大金に、鋼鉄で固めてあった俺様の心臓は溶解してしまい、フルスロットルで稼動中することにより無駄なエネルギーを作り出してしまい、結果その余ったエネルギーは脂汗として額からダラダラと流れ出した。
「ふむ。まぁ大体二億じゃな」
「そうか……、って二億ぅぅっ~!?」
 この時の俺様の驚き方をあえて例えるならこうだ。ある新人サラリーマンの初任給がニ億円だと言うことを知った定年まじかのサラリーマンが、そんなの不公平だと世の中に不満が溜まり大爆発し、なんと『フ・マ~ン』に変身してしまった。そして時は流れ『フ・マ~ン』が支配する世の中になってしまったが、あるとき一人の勇者『キ・ボ~ウ』が『フ・マ~ン』を退治すべく立ち上がった。そして『フ・マ~ン』にトドメを刺す瞬間、『フ・マ~ン』の口から「実は私はお前の父だ」と告げられた。だが、『キ・ボ~ウ』は信じず処刑完了。このとき、自分が言った真実を信じてもらえなかった『フ・マ~ン』の驚き方が今の俺様の驚き方と類似している。
「それって美味しいニャ?」
 ここでレデンが変なことを言い出した。恐らくレデンの脳内で“二億”の“に”と“お”が交換されて“お肉”に変換されたのだろう。
「レデン……、美味しくはないけど、オイシイ話だ」
「ちゃんと日本語じゃべれニャッ!」

――――――ザシュッ!

「よっしゃ~! 気合が入ったぜ、ヤホ~イ!」
 ヒリヒリする頬を手で押さえながら、俺様はもう一度カバンの中身を確かめてみた。う~む……、確かに二億相当の札束が入っているように見える。実際に二億円分の札束は見たことはないが、感覚的にあぁ大体これくらいだなということは分かった。
「こんなにもらっていいのか?」
 正直これほどの金が手に入るとは思っていなかったぜ。
「まぁ、国家予算からちょちょいのちょいじゃわい」
「それって横領って言うんじゃないのか?」
「国のためじゃ、任せぃッ」
「立派です、龍之介様っ!」
がしっと手を取り合うクソジジィと時雨。
思った。この国が滅ぶのに、そう時間はかからないであろうと。
「何じゃい、もっと欲しいのか? 総理大臣のワシなら簡単に横領できるから、もっと盗ってこれるぞい?」
 いつの時代にも悪代官と言う庶民の敵は存在しているんだな。
「いや、遠慮しとく」
この国のために血も滲むような思いで働いている国民の皆様の血税をもらうのに、これ以上俺様の良心は耐えられそうに無かった。まぁ貰えるのなら貰うけどな。
「そうか、残念じゃわい」
こっちも総理大臣がアンタだから死ぬほど残念だ。国民を代表して言うよ。残念だ。
「龍之介、可哀想ニャ」
お前をそんな風に育ててしまった俺様が可哀想だよ。はぁ~……。
頭を抱えてうな垂れていると、俺様の肩に誰かの手が置かれた。誰だ? なんだ時雨か。どうした?
「おっほん……和也さん、私も萩原学園の教師として明日から頑張りますから宜しくお願いしますねっ」
「……へっ?」
よく理解できなかったんだぞ? 今……、何と言ったんだ?
「あれ? 聞こえませんでした? おっほん……、もう一度言いますね。私も明日から、教師として……」
「聞こえていたからもう一度繰り返さないでくれッ! 頼むッ!」
恐ろしい悪夢を呼び起こす言葉は二度と聞きたくない。俺様と時雨が一緒に教師だと? この俺様に死ねと言っているようなもんだ。ドジっ子属性持ち、且つ、銃持ちのキャラほど危険度が高い者はいないんだぞ。
「明日から、お互い頑張りましょうねっ!」
握手を求められた。どうしようか。この手を払いのけたい衝動に駆られるが、そうすると時雨との今後の仕事関係に支障が出る可能性がある。ぶっちゃけると、今すぐにでも時雨を人間大砲に詰め込んで太平洋上空を通してどこかの国に吹き飛ばしてもいいのだが、これから半日を学園で過ごすことになるわけで、一緒にレデンがいるといっても教師の立場の知り合いが誰もいないのは流石に心細いかもしれない。ここは一応ご機嫌取りのために愛想良く振舞っておくか。
「まぁ……、これから宜しく」
 とまぁ、社交辞令的な握手を交わした。握手をしてみて分かったが、時雨の手はとても滑らかでスベスベしていた。それに細く長い指が俺様の手に絡みつき、この指にピピーしたらそりゃぁもうピピーで、ピ……、
「さっさと手を離すニャッ!」
俺様の妄想を読み取ったのか、レデンが俺様と時雨の手首をがっしりと掴んで引き剥がそうとしていた。ふっ……、だがそう簡単には剥がせないぜ? 何故なら、女の子と手を握ったことなんざ数年ぶりのことなんだからな。もうしばらくこの感触を味わさせてもらうぜ。
「ふんッ!」
 どうやら考えが甘かったようだ。
「ぎゃあぁぁぁッッ~~!? 爪っ! 爪が刺さっているぅ~!!」
人差し指から小指までの細硬い四本の爪が、深々と俺様の手首に突き刺さっていた。結果、手首から血が噴出したのでそれを抑えるために手を離してしまった。
「さぁ、早く帰って明日の準備をするニャ!」
「うごごぉ……血がぁ……」
 死への恐怖に怯える俺様をよそに、レデンは俺様の後襟を引っ張って引きずって行った。
「あっ、お金お金……」
引きずられながらもお金の入ったカバンはキャッチ成功。
「重っ」
ズッシリとした質量感は二億円分の重さに値するものだった。
「早く帰るニャ~!」
「ぐへぇ……!?」
自分の引っ張る物の重さが増加したためレデンの引っ張る力が増大した。つまり、俺様の首にかかる荷重も増大しノドが潰れるかと思ったね。
「レデン……ちょっと……待……」
「は~や~く~!」
聞く耳を持っていなかった。萌える耳しか持っていなかった。
「明日は朝の7時半から萩原学園の職員室で詳しい話を聞く予定ですので、遅れないでくださいね~!」
遠くで時雨が叫んでいる。あぁ……意識が遠くなる。
「世界の平和のために働くんじゃぞ~!」
意識を失いかけていたが、クソジジィのこの言葉で目が覚めた。何故なら、クソジジィの言ったことは間違っていたからだ。
いいか良く聞けよ。俺様は世界の平和のために働くんじゃない。正直、そんな話はどうでもいい。世界がどうなろうと知っちゃこっちゃない。大事なのは何よりも、俺様が俺様でいられること、強気で傲慢で俺様絶対主義な男でいられることなのさ。そのためにこの仕事を請けたんだ。過去を背負ってもその重さに耐えられない奴はただのバカだ。弱い。そんな奴に俺様はなりたくない。見つめる先は強い概念だけ。そのためだったら何でもやり遂げてみせる。そう、決めたんだ。 
「(そう、これは天が俺様に与えた“試練“だ)」
試練だったら乗り越えて見せないと男じゃないよな?
「(立花さん、見ていてくれよッ!)」
レデンに引きずられながら、俺様は心に誓いを立てた。
「(必ず、明日からの学園生活をウハウハのエハエハのヌハヌハでエンジョイしてみせるッ!)」
ってなっ。




第14幕  萩原学園



「バカ兄貴……」

――――――モグモグモグモグ……

「ん? 何だ?」

――――――モグモグモグモグ……

「聞きたいことがあるんだけど……」
「おぉ、何でも聞け」

――――――ゴックンッ

「美鈴さん、お代わりニャ~」
美鈴は差し出された空のお茶碗を黙って受け取って、中にご飯をたくさん入れた。
「レデンちゃん、今日はいっぱい食べるのね、はいっ」
萩原学園の制服を着たレデンの手に、ご飯がてんこ盛りのお茶碗が渡される。
「うんっ、今日からレデンは学生になるから、いっぱい食べるんニャ!」
「そうなんだ~」

――――――モグモグモグモグ……

「で、話の続きなんだけどね」
「あぁ」
スーツをビシッと着こなしている俺様は、口に入っていた物を急いで飲み込んだ。
「私の言いたいこと……、分かるわよね?」
「ん? 何のことだ?」
「惚けるんじゃないわよぉッ~!」
突然キレた。
「まぁ、落ち着け。ほら、茶でも飲め」
美鈴に暖かいお茶が入った俺様のMY湯飲みを渡す。
「えっ、ありがと」
そう言って湯飲みに口をつけてお茶を飲んだ美鈴は、とても密度の高いため息を吐いた。。
「はぁ~、落ち着くわねぇ~」
「そうだろ、そうだろ。日本人はやっぱり茶だな」
「うん……、あっ」
「どうした、美鈴?」
「この湯飲みでバカ兄貴お茶飲んだ?」
「あぁ、飲んだぞ。それがどうし」
「死ねよッ、バカ兄貴ィィィ~~~!」

――――――ドコォッ、バキィッ、ドドドッドンッ、バコ~ン!

騒がしい朝の食卓だったニャ……<ズズ~>。(レデン談)

「いつつつつ……、せっかく着たスーツがボロボロじゃないか……」
クソジジィからもらったスーツを実際に着た時間、僅か10分。
「まぁ、もう一着あるからいいか」
雑巾みたいに汚れてしまった元スーツを脱ぎ捨て、新しいスーツをタンスから取り出した。
「ちっ、あっちの方が似合っていたのによ」
急に何で美鈴がキレたのか俺様には見当も付かないぜ。本当に困った妹だよ。誰か妹を交換しないか?

――――――「バカ兄貴……」

むっ美鈴だ。部屋のドアの外から聞こえてくる。心なしかいつもよりも声が掠れている様な気がする。
「何だよっ?」
俺様はスーツの恨みで少し気が立っていたので不機嫌度MAXで答えた。すると一呼吸置いてから、
「何でバカ兄貴がスーツを着ていて、そしてさらにおかしなことにレデンちゃんまで制服を着ているの? 何がどうなっているのかちゃんと私に説明してよね」
「悪いな美鈴。詳しい事は帰ってきて言うよ」
 時計を見てみた。昨日、時雨が言った時間までに萩原学園に着けるかギリギリの時間帯だった。だから美鈴に今回の仕事を話す時間は無い。だが、学校に間に合わなくなるせいもあるが、美鈴に今回の仕事内容をしゃべるわけにはいかないだろう。仮にも国の存亡をかけた一大プロジェクトと言っても過言ではない仕事なのだからな。絶対に秘密にしなければならない。それが実の妹であってもだ。美鈴一人だけ萱の外というのは三ピコグラムほど可哀想だが、まぁ面倒に巻き込まれない分だけお得だと思うぞ。
部屋の外に出ると、美鈴が不機嫌そうな表情で俺様の服装をじっと見つめた。
「またスーツ着ているし……」
「似合うか?」
ポーズをとってみる。
「似合わないわよっ」
不機嫌が最高潮に達したのか、美鈴は腕を組んで頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。頭の天辺からは不機嫌湯気が<プンプンッ>と出てきてもおかしくなかった。
 しょうがない、最低限の事情だけでも説明しておくか。
「いいか美鈴。とりあえず簡単に説明する。何故こうなったかは言えないが、今日から俺様は萩原学園の教師、レデンはそこの学生だ。以上っ。予定に間に合わなくなるのでもう行くぜっ。レデン~! 準備できているか~!?」
「準備完了ニャ~♪」
 リビングからひょっこり顔を出したレデンは、着ている制服を嬉しそうに靡かせながらこっちまで走ってきた。
「カバン持ったか?」
「持ったニャ」
 レデンは右手に持っていたカバンをひょこっと上げた。
「歯ぁ磨いたか?」
「磨いたニャ」
 ニ~っと歯を見せつけてくる。うむ、真っ白すぎて鏡のような輝きを放っている。
「じゃあ、行くぞッ!」
「了解ニャッ!」
 今日と言う日から俺達の輝く学園生活が始まるのさ。さぁ行こうっ。我が母校へっ!
「ちょっと待てッ!」
身体が動かない。美鈴に両肩を掴まれた。
「だから時間が無いんだよ。ていっ」
俺様は体を高速でスピンして美鈴の拘束を解いた。
普段の美鈴の力ならそんなことをしてもその拘束は決して解かれることは無く、俺様の肉が千切れるまで掴んでいるのだが、何故か今日の美鈴は弱々しかった。
「うっ……、何でバカ兄貴がいつのまにか教師になっているのよッ!?」
美鈴は少し泣き出しそうになっていた。こんな顔は久しく見ていないな。
「帰ってきてから言う、行くぞレデン」
「ごめんなさいニャ~、美鈴さん」
俺達が清々しい外に出ると、玄関のドアの向こうから、
「バカ兄貴のバカァアァァッッ~~~!!!」
子供みたいな叫び声が聞こえてきた。

――――――――――☆

「あっ、和也さんですっ」
秋の風が運ぶ落ち葉の先に、一人の女性が立ち尽くしていた。
「よっ、時雨」
萩原学園の巨大な門に寄りかかっていた時雨は、俺たちの姿を確認するとこっちへ近づいてきた。で、コケた。
「あぐぅ……、痛いです」
「あっ、やばい。遅刻しちゃじゃないか。急ぐぞレデン」
「了解ニャッ」
「あぁっ、待ってください」
 まるで小動物が精一杯立ち上がるかのように、<プルプル>と震えながら時雨は立ち上がった。
「今日から私たち教師ですねっ」
ガッツポーズをとる時雨。その瞳は、「さっきのコケたシーンは無かったことにしてください」と語っているようだった。
「教師という実感はまだ全く湧かないけどな」
俺たちの横を通り過ぎていく学生たちが、「誰だろう、この人たち?」みたいな感じで去っていく。
「俺たちは教師だぞぉぉぉ~!」
そいつらに向かってとりあえず叫んでみた。
「ご主人様、めっちゃ恥ずかしいから止めてニャ?」
「ごめんなさい」
レデンの爪が首に突き刺さっていた。
「レデンちゃんはしゃいでいますねっ。まるでさっきの私のようですっ」
「なるほど、という事は、時雨の知能レベルは中学生以下ってことか。今後の活躍でこれからもっと時雨の評価が下がること必須だけどな」
「レデンちゃん、そんな人なんか放っておいといて、職員室まで一緒に行きましょうね~」
「了解ニャ~」
二人仲良く手をつないで歩き出した。
「こらこらこらっ、全く……、困った奴らだぜっ!」
俺様は急いで二人の後を追いかけた。

――――――――――☆

 職員室にたどり着くと、出迎えてくれたのは一人の初老の男だった。何処からどう見てもただのオッサンに見える。あぁ、髪の毛テリトリーがバーコード状に浸食されている。愛想の良い笑顔がツライ。           
惨い。惨すぎるぞ。時雨の説明によるとこの人がこの学園の教頭らしく、俺様が描いていた『美人教頭だったらいいな』という淡い学園夢物語は脆くも崩れ去った。
「おぉ、これはこれは新谷先生。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへお座りください」
「どうも」
黒光りが目立つ大きなソファーに腰掛けると、少し沈んで何とも言えない浮遊感を体感した。
「時雨先生も、レデンさんも座ってください」
「ありがとうございます」
「ふかふかニャ~♪」
レデン達も言われたとおりに座った。そして俺たちが座ったのを確認してから、教頭は向かい側のソファーに座った。
「時雨先生は先日お会いしましたが、他のお二人は今日が初めてですね。新谷先生、レデンさん、どうも初めまして。私はこの学園で教頭をしております“川瀬”と申します。以後、宜しくお願いしますね」
「えっ、いや……、そのっ……、こちらこそお願いしますぅ!」
時雨が慌てて頭を下げる。ちなみに教頭は俺たちに向けて挨拶したのにお前がその返事をしたから俺たちが挨拶を返す機会が無くなっちまったのはお前のせいでいいんだよな?
「いやしかし、見れば見るほど素晴らしい経歴ですなぁ、新谷先生」
「へ?」
教頭は何枚かの書類を持ってそれに視線を向けていた。どうも嫌な予感がする。
「僅か14歳でバーバード工科大学を主席で卒業しているとは、いや素晴らしいです」
「(げっ)」
予感が当たった。
あのクソジジィ……、一体どんな嘘八百を並べたんだ? 頼むから止めてくれ。
「その後の経歴も素晴らしい……。いや~、よく我が学園に来てくれましたっ」
目をリンリンに輝かせた教頭が俺様の手を強く握ってきた。男に手を握られるなんざ鳥肌モノだったが、今はそんなことに神経を使っている暇は無い。
「いや~、恐縮です」
俺様は笑って応対したが、内心ビビリまくっていた。嘘がバレるときほど怖いものは無いと知っているからだ。
「新谷先生の経歴も素晴らしいが、時雨先生とレデンさんの経歴も素晴らしい」
「ニャ?」
レデンの顔が引きつる。俺様と同じような嫌な予感に襲われたのだろう。
「これほどの逸材が3人も揃うところを、私は生まれて初めてこの眼で拝見しましたよ。はっはっはっはっはっ」
『はっはっはっはっはっ……』
 ヤバイ。このままだと超優秀なクラスの担任にされてしまう。言っておくが、俺様の実際の学歴は中学卒だ。それ以上でもそれ以下でもない。他の奴等に教えられるほど頭は良くないのさ。完璧に見える俺様でも、やっぱり弱点の一つや二つはあるってことさ。
 ちなみにレデンの実際の学歴は無いに等しい。学歴と言えるものは、俺様と過ごした数ヶ月の日本語学習ぐらいだろう。
だからさっきの『はっはっはっはっはっ……』は俺様とレデンが冷や汗をかきながら発したものだ。虚偽の学歴を持って二人して超優秀クラスに行くとなると、どう考えても俺たちが行き着く先は針山地獄だ。クラスの連中を騙し通せる訳が無い。荷が重過ぎるぜ。俺様はそんなクラスの担任には成れないッ。
「それゆえにまだ信じられませんよ。こんなに優秀な教師と生徒が、“モウマンタイ”組に配属して頂けるなんて、本当に助かりますっ!」
いきなりワケの分からない単語が出して、教頭は深く深く頭を下げた。
今の発言を考えてみる。えっとだなぁ……“モウマンタイ”って言うのはアレだろ? “問題無し”って意味だろ。だったらそのクラスは超優秀クラスってことになるわけか。俺様の学園生活は終わったな……。
夢を砕かれて絶望していると、教頭が場の空気を変える発言をした。
「いや~、あのクラスには我が萩原学園屈指の“問題児”が集められておりまして、そこに配属された教師は、ことごとく全員が1日でこの学園を去っておりまして、とても苦労しておったのですよ。はっはっはっはっはぁ……」
 キュピピピピーンッ!
 ニュース速報です。頭が良い奴らではなくて、問題児が集められているそうです。ってことは、そいつ等は『バカ』ってことになります。
ふっ、な~んだ簡単じゃないか。それなら俺様にも授業ができるかもしれないなっ……ってちょっと待て。他にも情報が在っただろ。しかも穏やかじゃない内容だったな。そこに配属された教師が一日で全員が辞めている? 一日で? そいつはすごいな。生徒全員で教師を襲うようなクラスなのか? だったら問題は無い。返り討ちだ。
だけどちょっぴり怖いので時雨に耳打ちして訊いてみた。
「(なんの話だ?)」
 すると、
「(さぁ、私は詳しいことは聞かされていないので)」
「このアホンダラがぁッ!」と叫びたかったが思い留まった。
あのな? この教頭と先日会っていたのなら、自分が担当するクラスの内容ぐらいちゃんと訊いておけよ。恐らく、クソジジィが書類を勝手に偽造して、そして勝手に配属先まで決めてしまったのだろうけど、お前自信の意思で少しぐらいは気を利かせて欲しかった。……ん? 先日?
「時雨先生。ところで先日って何日前なんだ?」
 ちょっとした疑問が浮かんだ。
「えっ、はははい? 二日前ですけど? その日に私はここに訪れて必要な書類を提出したんですよ」
 二日前ってことは、俺たちとクソジジィが初めて逢った日じゃないか。その日の内に学園に教師配属の手続きをしたってことか。う~む、なんて仕事が早いんだ。ってか、俺様が教師になるのはあの日にはもう決まっていたってことになるのか。クソジジィの奴め……、俺様のことを以前から知っていたんじゃないかと疑ってしまうな。この教員免許証の写真も何処から手に入れたんだよ。俺様は写真キライであまり自分は写さないのに。
「時雨先生時雨先生時雨先生……」
 見ると、時雨が下を向いてその単語をブツブツと不気味に連呼していた。
「どうした時雨先生?」 
「ひゃいっ? なななんでもありませんよ?」
 どうして驚くんだ? 意味が分からない。
「あの……、どうかされたのですか?」
 俺達の挙動を不審に思ったのか、教頭が心配と疑惑を一対一で混ぜ合わせた視線を送ってきた。
いかん、不審に思われてはここでの仕事がやりづらくなってしまう。この教頭はここではお偉いさんだ。学園の幹部だ。もし本当にこの学園が『萌え忍』のアジトなら、この教頭はそいつ等の手先という可能性が十分すぎるほどあるのだ。
「いえ、何でも無いので話を続けてください」
 と、俺様は言った。
「はい、話を続けますね。新谷先生はモウマンタイ組の担任を。時雨先生にはそこの副担任をしてもらうことになります。それでですね、これは提案なんですけど、レデンさんにはそのクラスの委員長になってもらいたいのですが……」
教頭が羨望の眼差しでレデンを見た。
「いいんちょう?」
期待されている当人は、漢字の変換もできなくて首を傾げていた。
「まぁ、クラスで一番偉いヤツってことだ」
「偉い?」
手を口元に当てて、しばらく黙りふけるレデン。
「ん~~」
まだ考える。
「ん~~」
まだまだ考える。
「――レデンは~」
結論に至ったようだ。
「権力ってキライだニャ。委員長にはならないニャ」
「へっ?」
つい声が出てしまった。何だそりゃ? レデンには全く縁が無い“権力”なんてものが飛び出てくるなんて、俺様の知っているレデンからはありえなかった。
「そうですか、残念です」
教頭は本当に残念そうに目を落としたが、壁にかかった時計に目を向けると急に立ち上がった。
「では、そろそろ時間ですのでご案内します」
「どこへですか?」
俺様の問いに教頭は数秒間だけ目を瞑ると、それから窓の外を遠く見つめた。感慨に耽っているようだ。
そして決心が付いたのか、教頭はハッキリとこう言った。
「モウマンタイ組がある旧校舎へです……」

――――――――――☆

「カー、カー」
カラスが飛んでいる。

――――――バッサ、バッサ!

「うわっ!」
すぐ横をカラスが通り過ぎた。
「こ……怖いですぅ……」
「……銃を下ろせ」
懐から銃を取り出した時雨は、標準をカラスに合わせていた。あと一秒遅かったら銃声が響き、前を歩く教頭が銃の存在に気づいてしまっていただろう。
「(何で銃なんて持ってきているんだよッ!?)」
時雨に耳打ちする。
「(わぷっ、くすぐったいのでやめてくださいっ)」
時雨は「もうっ」と言いながら、前を歩く二人のところまで走っていった。
「ふっ……」
 人間ってさ、キレても良いように出来ているんだよな。身体の構造がタフな生命体だけがキレても良い。ミジンコがキレるなんて想像も付かないだろ? つまりそういうこと、いま俺様はキレて良いんだ。
 だが、キレないことも人間の強みでもある。怒りを抑える理性が在るのは、生命体の中では人間だけだ。だから、いま俺様はキレない。キレちゃいけないのさ。時雨如きにキレたとあっちゃ、末代までの恥にも成りかねないからな。
「ぐげげげげげげ……」
 だが、怒りを抑えようするとその反動で変な奇声が出てしまう。悲しいかな人の性。
ふと見ると、前を歩いていた三人が立ち止まっていた。どうやら目的地に着いたようだ。そうか、アレが今日から俺たちが日常を過ごすことになる、夢の校舎“旧校舎”……。
「え?」
クロスカウンターを顔面に喰らったかのような衝撃。何だコレは? 俺様は夢を見ているんだ。きっとそうだ。だってさ……目の前に広がった景色はな、華やかなイメージの萩原学園とは全く別物だったんだぜ? まぁいい、ズバリ言おう。これなんてオバケ屋敷?
「何だか不気味な建物ニャ~~」
「……そうだな」
それは木造2階建ての校舎。第一印象はとても良いとは言えないな。外壁はボロボロ、至るところに亀裂が走っている。窓ガラスは所々テープで補強され、その隙間から霊体が滲み出てきても何も違和感は無いように見える。あぁ……校舎の入り口が冥界への扉に見える。夜になったらここはこの世の者じゃない者たちで溢れかえりそうだ。
「ここが旧校舎です」
 教頭の無情な宣言が、俺様を悲しみのどん底に突き落とした。うぅぅ……、日々を人々の幸せのために働いている俺様に対してこの仕打ちはあんまりじゃないか。この世には神も仏もいないのか。
「ちょっと聞きたいんですけど」
「はい?」
時雨が教頭に何か尋ねていた。
「この校舎って築何年ですか?」
「……言っても信じてもらえないかもしれませんが……5年です」
「どう見ても築40年以上って感じなんですけど」
 俺様も同意見だ。
「そう思いますよね普通。でも、つい最近までは、ここは綺麗な木造の校舎だったのです」
とてもそうは思えない。このご時世に空襲でも受けたのか?
「でも、モウマンタイ組の生徒がどんどん増えていくにつれて、この校舎もどんどん廃れていきました。うっうぅ……」
教頭が泣き出した。イイ大人が見っともないな。
「泣かないでください。私たちが何とかしますので」
時雨はポケットからティッシュを取り出すと、それを教頭に渡した。
「うっうぅ、ありがとうございます、時雨先生」
よっぽど苦労しているんだろうなぁと思う。
「ふ~……、すいません、急に泣き出したりしてしまって」
 全くだ。
「これはモウマンタイ組の生徒名簿と出席表です」
自分を取り戻した教頭から、ファイルされている生徒名簿と緑色の板に留められた出席表を受け取った。
「では、後は宜しくお願いしますっ!」
「えっ?」
見ると、教頭がこっちに向けて煌びやかな歯を輝かせて手を振っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。授業とかはどうすれば?」
 俺様もそう思う。
「それは新谷先生たちにお任せしますぅぅぅ~………」
言うが早い。教頭は怒涛の如く土煙を上げて走り去って行った。
「よっぽどここが恐ろしいんですかねぇ?」
「そのようだな」
このクラスに配属された教師は、全員が一日で辞めている。
何が原因で? このクラスの秘密とはっ? 
もうすぐでその疑問が解消される。次回、超絶世美青年“新谷和也”がその謎を解き明かすッ。って、アニメ化されたらなるだろうなぁ……。
「ニャお~♪ ニャ~ッ!」
暇だったせいか、レデンはカラスを捕まえようとカラス相手に飛び掛っていた。あっ、捕まえた。
「レデンを入れて、35人か……」
パラパラと生徒名簿ファイルを捲って目を通してみた。するとどうだ、名前と一緒に女の子の写真がウジャウジャと溢れ出てきた。う~む……これは粒揃いだ。
「日本人じゃない様な名前が少しあるな……、何だこの“シュパプール・テリャ・マドフェフカ”って? 名前長ぇ……って、しかもこいつがクラスの委員長だしっ!」
日本語が話せるのか心配だ。
はっ? もしや、言葉が通じないから教師が全員辞めるとか? 可能性はあるな。
だが、それ以上に奇妙なことに気が付いた。
「しかし、なぜ全員が女の子なんだ?」
生徒名簿には、生徒の名前、出席番号、性別、所属している部活が掲載されてあり、右上の端には証明写真が貼り付けられている。先ほどの長い名前の女の子の写真には、横に黒く小さな字で“委員長”と書かれていた。
「何で全員が女の子なんですかね? 女子高でもないのに」
 横から覗き込んでいた時雨も不審に思ったらしい。時雨にしては良く気づいたな。
「それは分からないが……」
まぁ細かいことは気にしないことにしよう。大事なことは、ココが俺様にとって最高のプレイスだということだ。くっくっくっ、おっとヨダレが。
「鼻の下が伸びていますよ」
「えっ?」
 時雨が右下斜め45度から、まるで父親の浮気を疑う娘のように目を細めて俺様の鼻をピンポイントで睨んでいた。
「の、伸びてないぞ? あっ、おいレデン~」
「ニャ?」
カラスをキャッチアンドリリースして遊んでいたレデンをこっちへ呼び寄せる。
「念のためにだな、学園内では俺様のことは“ご主人様”って呼んだらダメだからな。ここでは“新谷先生”と呼ぶんだぞ」
流石にご主人様はマズイ。
「了解ニャ~」
素直に了承してくれた。良かった良かった。
「よしっ、いい子いい子」
「ゴロゴロ~♪」
頭を撫でてあげると嬉しそうにノドを鳴らした。ふふふっ、カワユイ奴。
「では、行きましょうかっ」
「おうっ」
これからどんな学園生活を送るのかという期待と不安をほどよくシェイクさせたようなものが胸の中を暴れまわっているが、きっと大丈夫だ。俺様は出来る。そう信じるんだ。 
レデンに弄ばれたカラス達が仲間を呼んだのか、凄まじい数のカラスが校舎の上を染める中、俺様とレデン、時雨の三人はボロボロの校舎へと歩いていった。

――――――――――☆

「中もボロボロだな」
どう考えてもこんなところに人がいるわけがない。校舎内も戦争中みたいな汚さだ。この床板をめくると下から人骨が出てくるかもしれないことこの上なしだ。廊下も天井もズタボロと言う言葉が良く似合っている。
「悲惨ニャ~」
レデンも失念という重力に耐えられなくて肩を落としていた。
可哀想に。お前の想像していた学園生活は送れそうに無いな。ここで過ごせる者といったらミステリー同好会か変死体収集同好会ぐらいだ。
「向こうの方が騒がしいですね」
 玄関から入って右の廊下の向こうを時雨が指差していた。

――――――ガヤガヤガヤ……

「確かに」
 これは人のみが発生させる乱雑音。ということは、この先にモウマンタイ組の女の子が俺様を待っているのか……。ゴクリと喉が唸った。
「行くか」と、俺様はレデンと時雨の二人を引き連れて、騒がしい教室へと歩いていった。だが、

――――――バキィ!

「うわぁっ、床が抜けた!」

――――――バキィ!

「きゃっ、こっちもです!」

――――――バキィ!

「ってレデン、何でいま俺様を殴ったッ!?」
「自分に気合を入れようと思ってニャ」
「だったら自分を殴れぇ~!」
「変態ニャ~!」
どうしようもなくワケの分からんことを喚かせながら、レデンは“モウマンタイ”と書かれたプレートが付いた教室のドアを開けて中へと入っていった。
「待たんかいぃッ~!」
床板に突っ込んだ足を無理やり引っこ抜き、俺様も続いて中に入った。騒がしい雑音が消えていた。

――――――「きりツ」

 音程の変わらない声がすぐ隣で聞こえた。そして、その号令らしきモノを合図に、教室に居る全員が立ち上がり、こっちを見ていた。
「へっ?」
こんな日常を忘れていた俺様にとって、この光景は衝撃が走る。この感覚は何だ?

――――――「れイ」

白い帽子をかぶった金色の長髪が、風にさらされる薄のように揺らされると、皆が一様に頭を下げてお辞儀をした。

――――――「ちゃくせキ」

<ガタガタガタァ~>と着席する音が小汚い教室に木霊した。
しばらく声を出すことができなかった。突然の出来事に思考回路の回線同士が溶けて混ざり合ってしまい、俺様はこれからどう行動すれば良いか答えが出せないでいた。これが一種のパニックってやつか。心構えはしてきたつもりだったが、いざ本番となるとやはり緊張してしまうものだな。
「え……っと……」
言葉に詰まる。声を出そうにも皆の視線がそれを邪魔してくる。ってか、お前ら可愛すぎだ。二次元の世界からそのまま飛び出してきたような連中ばっかりだ。写真で見るよりも実物のほうがよっぽどイイッ。うおぉっ、ヤル気出てキタァ~!
今この瞬間から、俺様の黄金学園ライフがスタートするのだっ。よ~しっ、
「やぁ! みんなおはようっ!」
自分でも驚くような爽やかな挨拶。爽やか先生“和也”の誕生だ。
「皆さん初めまして! 俺様は君たちの新しい担任になった“新谷 和也”だっ! 俺様のことは“新谷先生”と普通に呼んでも良いし、気さくに“和也さん”でも良いぞ? どっちかというと後者の方が希望だ。以後よろしくぅ!」
最後にぐっと親指を立てて完璧な挨拶を終えた。惚れ惚れする。
『…………………』
無反応だった。
「ごしゅ、じゃなかった……、新谷先生カッコ悪いニャ」
窓際に背を向けて立っていたレデンが俺様の予想を裏切る感想を言いやがった。それに、そんな目で……、俺様を見ないでくれぇ! 憐れみ光線を出すなーッ!
そんな修羅場的な空気を変えた者がいた。そいつは俺様を無視して横を通り過ぎると、教卓の前に立って高らかに挨拶をした。
「皆さん初めまして。私も今日からこのクラスの副担任をさせてもらうことになった“柿本 時雨(かきもと しぐれ)”と申します。初めて教師と言うものになったので至らない所が多々あると思いますが、皆さんと一緒に成長して行けたらいいなと思っております。こんな私ですけど、今日から宜しくお願いします」
俺様の挨拶とは比べ物にもならないほど丁寧で綺麗なお辞儀だった。だが駄目だな。そんな堅っ苦しい挨拶じゃ生徒は心を開かな、
『……宜しく』
数人の挨拶がバラバラに漏れていた。嫉妬。
「えっ、俺様のときは無反応だったのに、なんで時雨……先生のときは反応があるんだ? コレって差別以外の何ものでもないよな? なっ?」
男女差別について手を広げて熱く抗議したが、そんな俺様の主張を遮ったのはヤツがいた。まだ自己紹介をしていないヤツだ。
生まれて初めてするであろう自己紹介。緊張せずに頑張れ、レデン。
「皆さんどうも初めましてだニャっ。レデンって言いますニャ。学校に来たのは生まれてこの方初めてのことなので、いろいろと教えてくれると嬉しいニャァ……。あっ、趣味はヴァイオリンを弾くことニャ」
右手を上げてそう挨拶したレデンは、体が震えるほど喜びがこみ上げてきたのか、震えながら綺麗なお辞儀をした。レデンよく頑張ったな。って待て、ヴァイオリンなんて弾けないだろお前。

――――――「ヴァイオリン……、ですか?」

教卓のすぐ前にいた大人しそうな女の子がレデンの嘘に反応していた。それ嘘だから騙されるな。レデンは絶対にヴァイオリンを弾いたことも触ったことも見たことも無い。
「そうニャ。こんな感じでいつも弾いているニャ~」
レデンはヴァイオリンを弾いているような仕草をし始めた。だがレデンよ……、途中からドラムを叩く仕草に変わっているような気がするぞ。
「そうですか、お上手ですね」
 気づけよお前。
「私も楽器が大好きで、特にフルートが大好きなのです。あっ、レデンさんをお祝いするために今ココで吹いても宜しいでしょうか?」
 吹奏楽部の地味な女の子のイメージが強いその子は、ゴソゴソと机の中から銀色のフルート……なのかは実物を見たことが無いから知らないが、俺様が思っていたよりも大きな笛を取り出して口に含んだ。その様子を見ていたレデンは、
「聴きたいニャッ」
 と、ネコ耳は<パタパタ>と蝶のように羽ばたき、シッポは<シュンシュン>と鞭化させ、その女の子の机の横にしゃがみ込んだ。
『――なっ!?』
刹那、ほんのタイムラグ。レデンが「聴きたい」と言ってからすぐに、クラス中の女の子たちから声があがった。
『――待っ……』
ある者は立ち上がり、ある者は窓を開け、ある者はその子に手を伸ばそうとして、クラス中の女の子の声がそろった時、

――――――ピロロ~

心地よいフルートの音色が教室を漂った。
胸の中の深い深いところまで浸透してくる音。安らかな気持ちになる。落ち着く。もし世界子守唄大会というものがあったら優勝できるぞ。感動したッ!
『――あぁぁ……』
クラス中からため息が<ドバ~ッ>と大量発生した。人一人分の体積のため息が出たと思う。
そして突如、フルートを吹いている女の子とレデン以外の生徒が立ち上がり、教室のドアやら窓から一斉に教室から出て行ってしまった。
「おいッ! お前たちどこへ行くんだッ!?」
いきなり学級崩壊かっ? そうはさせないぜッ! 俺様が担任である以上、これ以上の狼藉は許せぬッ!
一体なにが起こったかワケが分からないが、とりあえずみんなを止めようと俺様はドアの前に立ちふさがった。
「ここからは一人も通さないぜ。もし通りたいのなら、俺様を倒し」
「邪魔……」
 すると一人の生徒が、
「あん? 誰が邪」
一瞬だった。俺様が文句を言い終える前に、

――――――ブシハッ!

何か、金色のよく分からないものが、横っ面を薙ぎ払った。
「ゲフゥゥゥッッ~!?」
すごい勢いで吹き飛んだ俺様は、何が何だか分からずの状態で教室の後ろの壁に激突した。その衝撃で壁に大きな亀裂り、教室全体が轟いた。
「な……なんだぁ? 見えなかった……、がはっ」
壁からずり落ちながら、何に殴られたか確かめてみた。
「って、何だアレはっ!?」

――――――ウネウネウネ

俺様を“邪魔”扱いした生徒の頭の上に……、なんと言うか、何か巨大なものがウネウネしていた。
「“エリザベス”ちゃん、早く行こ」
「ギギギギギィ……」
そしてそいつは俺様に一瞥もくれることなく立ち去った。まるでゴミの日に収集場所にゴミ袋を置いて、なんの未練も無くそのまま立ち去る主婦のように。
俺様がいなくなったので、教室にいた生徒はみんな出て行ってしまった。残されたのは重傷の俺様と、状況が分からずただオロオロとしている時雨と、フルートの演奏に魅入っているレデンと、フルートをひたすら吹いている女の子だけになった、
「一体なんだっていうんだ?」
何とか教室の前までおぼつかない足取りで戻った。うぅっ、痛ぇ……、頬っぺたが腫れないか心配だ。せっかくの二枚目が台無しじゃないか。
「私にも何が起こったのか全く分かりません」
「時雨先生に聞いて分かるようなら苦労しないってことか……、よしっ、騒ぎを起こした張本人に訊いてみることにしよう」
「あぐぅ……、アレ?」

――――――カサカサカサ……

「何か聞こえませんか?」
「そういえば……」
 この身の毛もよだつ不可解な奇音。

――――――カサカサカサカサ

何となく音が近づいてきているような……。
「とっても嫌な予感がするニャ」
フルートの演奏に熱中していたレデンもこの異常事態にやっと気づいてくれた。
「とっても嫌な予感がするニャッ!」
レデンは天性の大直感で感じとったのだろう。同じセリフを二回も言わなければならないほどの禍々しきこの気配をッ、この気配をッ!
大丈夫だレデン。俺様も感じている。二人で一緒に感じているぞっ。
そして、それは訪れた……。

――――――ドバッシャ~ンッ!

すごい音と共に教室のドアがすごい勢いで吹き飛んだ。
「何だぁッ!?」
それと同時に黒いワシャワシャしたものが教室になだれ込んできた。それが教室中の色彩を黒く染めていく。
「キャーッ、なんですかコレ? キモチわるいぃぃッ!? ひぃ~~!」
時雨はパニック状態。懐から銃を取り出そうとしている。
「バカッ! やめるんだっ」
俺様は必死で時雨を取り押さえた。その際中、時雨から肘打ちを喰らったのでキレそうになった。
「ナニこれ♪ ナニこれ♪」
はぁ? なぜ楽しそうにレデンは『それ』を捕まえているんだ? 危ないぞッ!
「ニャ~♪ 可愛いニャ~♪」
レデンに長い触角を摘まれた『それ』は、足をワシャワシャと忙しなく動かしていた。見るだけでおぞましいのに今『それ』は俺様の足の上を縦横無尽に走り回っている。これはさすがに激ヤバだ。気を失ってもおかしくない。だが、いま気を失うとコイツ等の食料にもなりかねない。
そろそろ『それ』が何か言おうか。本当は言いたくも無いがしょうがない。言うよ。
異常な感性を持つレデンが「可愛い」と言っている『それ』は、どう考えても、

――――――「ひぇ~ん! ゴキブリ嫌いです~~」

情けない泣き声を発したのはフルートを吹いていた女の子。すでにその子はフルートを吹くのを止め、机の上に乗ってあたふたしていた。だがっ!
「でも私はフルートが好き。だから私は吹き続けるッ!」
 止めようとしたが一歩遅かった。

――――――ピロロロオォォ~!

すごい音色が響き渡った。それは世界中にまで響いているんじゃないかと思うほど、素晴らしい音色だった。だがっ!

――――――ガサガサガサァァ!

フルートの音色の余韻に浸っている場合じゃなかった。
「きゃああぁぁッ~、嫌な音が近づいてきます~!」
時雨はもうダメだ。白目をむいている。
「もう何でも来いやぁ!」
覚悟を決めた。気が狂ったようにフルートを吹き続けている女の子は、すでにトランス状態みたいになっていた。汗は空を飛び、指はフルートを豪快になぞる。黒のショートヘアーが指揮者のように揺れる。そしてその音色が最骨頂に達したときッ!

――――――のっそり……

黒い……、巨大な物が、すでにドアが消滅した入り口から入ってきた。その存在感は相撲の横綱がいきなり目の前に現れたときのインパクトをも遥かに凌駕する。
「でけぇ……」
それは巨大ゴキブリ。パソコンの本体並みの大きさだった。って俺様は何のん気に解説してんだよ。どう考えてもありえない大きさだろうがッ。

――――――バッ!

ア・リ・エ・ナ・イ。
茶色の巨大な羽を高速で羽ばたかせて、そいつはその場から舞い上がった。まさかとは思うが、こっちに飛んでくるんじゃないだろうな。
「あぁぁ~! もう消えてくださいぃ~!」
白目をむいていた時雨が銃を構えていた。やばい、間に合わない。

――――――バァンッ! キィンッ!

銃声が響いたが、その直後に変な音も聞こえた。まるで弾き返されたような、

――――――キィンッ! キィンッ! キィンッ! キィンッ!

 ア・リ・エ・ナ・イ。
「弾丸を弾いたのかっ!? しかも……」
弾かれた弾丸が止まらない。床とか壁とかに敷き詰められているゴキブリたちに当たり、反射を繰り返している。こいつはマズイ。
「なんで硬いんだこいつらッ!? うわっ、しかも巨大ゴキブリが教室の中を高速で飛び始めたッ! 見えねぇ! 速過ぎるッ! うおっ、弾丸が頬をかすったッ!」
「可愛いニャ~♪」
危機的状況であるのにバカなネコミミ娘は遊んでいるようだ。見ると、レデンの頭には巨大ゴキブリが乗っかっていた。
「シュートッ!」
俺様はその巨大ゴキブリを何の躊躇も無く蹴り抜いた。

――――――ガシャ~ン!

蹴られた巨大ゴキブリは窓ガラスをぶち割って遥か彼方へと飛んでいった。ふっ、あばよ。楽しい勝負だった。
「あぁっ、可愛いのが飛んでいったニャ~…」
レデンが窓の外を名残惜しそうに眺めていた。その様子を見ていると、今日ウチに帰ったらレデンが何処からとも無くゴキブリを集めてきそうな情景が浮かんだ。って、
「フルートを吹くのも止めろぉ!」
ボスキャラはぶった押した。あとは裏ボスだけだ。
表ボスを裏で操っていた女の子は、神が降臨してしまうぐらいのテンションで吹き荒れていたため、その手が持つフルートを奪い取るのに苦労したが、耳に息を吹きかけると一瞬のスキが生まれたために強奪に成功した。
「あぁっ、返してくださいぃ」
「ダメだ」
演奏という儀式を中断させると、ゴキブリ達の姿がどんどん減って行きすぐに全部が去った。空中を飛び回っていた弾丸も、うまく外へと飛んで行ったようだ。
「やはりコレが原因だったか」
 何処からどう見ても普通の笛に見える。俺様が吹いてもゴキブリが集まってくるか試したくなって、この子の熱がまだ残る笛の入り口に口を付けようとしたが、何処からとも無くネコ科の邪気が発生したために断念した。
「返してくださいぃ」
涙を瞳にいっぱいに溜めながら、その子はフルートを取りかえそうと俺様に突っかかってきた。やれやれ、しょうがない。
「もう、吹かないか?」
「吹かないので返してくださいぃ」
ぐっ……、必死なそんな目で俺様を見ないでくれ……萌えてしまうではないか。
「本当に本当か?」
「本当に本当です」
 もう少しこの状況を楽しみたいが、これ以上はさすがに可哀想か。
「しょうがないな、ほらっ」
フルートを返してあげた。
「ありがとうございますっ」
「そう思うなら、教室を出て行ったみんなを呼んできてくれ」
「はい、分かりましたっ」
彼女は教室から出ようとしたが、一瞬立ち止まり。
「あっ、私の名前は“北条 理香子(ほうじょう りかこ)”です。レデンさん、私たちのクラスにようこそです」
そう言って、お辞儀をした。
「ありがとうニャ~♪ 北条さん~♪」
「あれ? 俺様は? 俺様は?」
「では、みんなを呼んできます」
一番活躍した俺様を無視して、北条の野郎は逃げたクラスメートを探しに行った。
「いい人だニャ~♪」
「いや、そのセリフの前に“問題がある”という言葉を付け足したほうがいいぞ」
「ご主人様を呼ぶときは、“存在がキモイ”を付け足したほうがいいのと同じことだニャ」
「はははっ、言えてる言えてるっ」
「ニャハハハっ」
教室には、笑い合うニ人と何も言わない屍(時雨)一体だけが、しばらくの間取り残されていた。


”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第四幕~第十幕

 
 ボクの小説は書き直しを入れる前は、25幕まで書き上げていて、枚数が220枚くらい行っちゃっているんですよね~。こうして数字にしてみると多いと感じます。

 で、今のところ十幕まで書き直して それで増えた枚数が30枚でした。つまり、十幕書き直すと30枚増えるということで。
 
 と、言うことは、25幕まででは75枚増えるという計算になります。で、このまま書き直していくと、普通に300枚超える計算ですね。
 ……学園メイド喫茶偏を70枚以内ぐらいで押さえないといけないッ!
 これはキツイっ♪
 
 書き直すのって、普通に書いていくのよりもキツイっていうことが分かりました。細かい情景、心情、新たな展開を書き足していく。それは無限の可能性。考える時間が長くなります。でも、かなりいい勉強になります。ありがとう”ツンデ・レデン・刹ッ”

 十幕まで見直しましたけど、やっぱりクソ面白かったっ♪

 ボクは断言いたします。

 この作品は……、今まで読んだ本の中で最高に面白いッ!!!
 いや、コレは本当にマジでシャレ抜きで本気で思うよ。誰にも負けない自信があるッ!!!

 まぁ、コレはボクが爆笑するためだけにある作品なので、他の人が笑えなくてもボクだけが笑えればそれでいいんですっ♪

 では、”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第四幕~第十幕  スタート!



第4幕  依頼



 着いた先は人ごみで賑わっているある一角。そこは地元でも有名なメイド喫茶。見える奴らは皆ヲタク。自分ではカッコイイと思っているようなリュックサックを一様に肩に担ぎ、年中無休で活動するコイツ等は、俺様の大いなる収入源となっている。
ここは天国、癒しのオアシスワンダーランドだ。この目の前の扉を開くと極楽浄土への道が開かれること間違い無しだ。用意はいいか、お前たち? レッツゴ~。

――――――カランコローン……

 世界が変った。
「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ~~」
ハッハッハッァァァッッ~! メイドさん……、ハァ……ハァ……、ゴクリッ!
扉を開けて入ってきた俺達を出迎えてくれたのは、メイド服を着るために生まれてきたようなメガネっ子+巨乳の属性を兼ね備えた、俺様が今まで逢ったメイドさんの中でも最高ランクのメイドさんだった。緑色のショートヘヤーにカチューシャが良く似合っている。なるほど……、これは流行るわけだ。店内には腐るほどの油ギッシュな生命体が地に足を生やしていて、少し暑かった。ガヤガヤと五月蝿い騒音も随時生産中だ。お前らどこかへ行け。
「いや、俺達は客じゃないぞ」
平静を装っている俺様だが、目の前にいる生メイドさんに興奮して、全身から血が噴出さないようにこらえるので精一杯だぜッ!
「あはっ、お待ちしておりました。何でも屋の和也様ですねっ?」
メガネが良く似合うメイドさんが健やかに笑った。ぐふぅっ……、メガネ好きならこれで一発KO、恋の病に侵されること間違いなしだな。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
メイドさんが店の奥に手を向けると、そこにはちょっとシャレたドアが立っていた。
えっ? どんなドアだって? それはご想像にお任せする。 
「よしっ、行くぞレデン」
先を歩きだしたメイドさんの後に着いていこうと、俺様は一歩を踏み出そうとしたが、

――――――ギュムッ

レデンに後ろから服を引っ張られて止められてしまった。
「……どうしたレデン?」
後ろに振り返ると、周りをキョロキョロギョロギョロ見ようと首を忙しなく動かしているレデンがいた。挙動不審すぎるぞ。現地民に追われている国際指名犯罪者か。
「ご……ご主人様、ここは一体どこなのニャッ!?」
前から怪訝な視線を照射されていることに全く気づかないレデンは、俺様の服を掴む手を震えさせながら、働くメイドさん達に目が釘付けになったかのように対象物を凝視していた。
「ここか? ここはだなぁ……」
「ここはメイド喫茶“テラメイド”ですっ!」
代わりにメガネ+巨乳のメイドさんが答えてくれた。
「な、何でそんな服を着ているニャッ?」
そう言いながら、レデンはメイドさんが着ている服を指差した。なるほど……、レデンはさっきからこのメイド服が気になって気になってしょうがないのか。可愛いやつめっ!
 レデンに指差されたメイドさんは、胸の前で両手を自分に向けて<グッ>と握り締めてから口を開いた。
「いいですか? 良く聞いてくださいネコさん」
「了解ニャッ」
<スー>と息を吸い込むメイドさん。そして言葉を放つ。
「この服無しでは、決してメイドさんには成れないからですっ! この服無しにメイドさんなんてありえませんよっ!」
力説どうもありがとう。
「ニャニャ~! メイドさんってすごいニャ~!」
何がだよっ? レデンの価値観が良く分からない。 
「そろそろ案内してくれないか……」
このままメイドについて語り合うのもいいが、仕事は仕事だ。
「あっ、すいません。私ってメイドの事になるとツイ我を忘れちゃうんですよッ。てへっ、こちらへどうぞ~」
 先を歩いていくメイドさん。その後をレデンが尻尾を左右に揺らしながら着いていく。俺様はそんな二人のお尻を見つめながら、店の奥へと進んでいった。

――――――――――☆

案内された部屋には、木造の立派なテーブルと大きな黒いソファーが置いてあった。
「どうぞこちらへ座ってください」
 突然、俺の横から何かが飛び出した。
「フニョフニョするニャッ~! 気持ちいニャ~」
砂浜でフラッグ先取り競争する暑くるしい男達のように、レデンがソファーに飛び込んでいた。いつもなら叱るところだが、まぁ無視だな。
「で、仕事の内容なんだが」
「気持ちよすぎるニャッ~! これほしいニャ~! ほしいニャァァ~~! 買えよ、ご主人様ぁぁぁ~!」
「はい……、今回の依頼は、この店のオーナーの“萌えレジスタンス”に関してお願いなんですっ!」
「ほう……、聞こうか……」
「買って買って買って買ってニャ~! スキありニャァ!」

――――――ブシュァァッ!

「私たちはオーナーに言ったんです。“今は激動の時代、このままのスタイルでは他のメイド喫茶に後れを取ってしまいます。正統なメイドも大切ですが、時代の流れを取り入れるのも大事なんです。ですから、ネコ耳付きメイドさんやツンデレメイドさんの正式導入を認めてください”って。そう言ったらオーナーは何て答えたと思いますかっ!?……頬から血が滴り落ちていますよッ?」
「確かに……、今の時代、正統メイドだけでは生き延びるのは厳しいかもしれねぇな。……あぁ……、これは気にしないでくれ。ジャレているだけだ」
「ニャッ!? この匂いは……、カツオ節ニャァァァ~~~! どこニャッ!? 出てくるニャッ~!」

レデンは五月蝿くそう叫びながら、キッチンらしき方へ神風の如く飛んで行った。そのままもう二度と帰ってくるな。
話は続く。

「さっきの提案に対して、オーナーはこうおっしゃったのです」
 軽くノドを鳴らして、一呼吸置いてから、
「“時代の流れか……、そんなものは必要ない。よいか、良く聞きなさい。ワシの時代は本当に物が無くてひもじかった……。だから、メイドさんを雇っていたお金持ちの友達の家に遊びに行った時は衝撃が走ったわい。まさに、”メイドさん萌えぇ~ッ!”じゃった……。今のメイドさんでさえワシにとって贅沢なのに、それにさらにネコ耳やツンデレじゃとっ!? ワシは萌えすぎて死んでしまうわいっ!“ と……」
話し終えたメイドさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「……で、結局、俺様は何をすればいいんだ?」
 どうにも理解できなかった。
「ぐすっ、は……はい! それで私たちが、ネコ耳付きやツンデレのメイドさんを実践して、オーナーには萌えに対する抵抗力を付けてもらおうとしたのですが……」
「……ですが?」
メイドさんの表情がより一層険しくなった。
「私たちではレベルが高すぎて、オーナーが萌え死する可能性が出てきてしまったんですよっ!」
「……………」
赤ん坊に1時間ぐらいかけてアインシュタインの一般相対性理論を説明しても、赤ん坊が『そんなことを理解できるわけねぇだろっ、ボケェ!』とキレ出すように、俺様もこのメイドさんが今言ったことを理解したくなかった。
「ですから、オーナーが死んじゃうんですよッ。それを防ぐために、萌えのエキスパートである和也様には、オーナーに適度なツンデレ子猫娘のメイドさんを用意してもらいたいのですッ!」

ふっ……、言い切った。コイツは言い切った。ここまで言い切れるヤツはざらにはいねぇ。ここまで自分に自信が持てるヤツは珍しい。誇っていいぜ。アンタはイタイ。

――――――「カツオ節ゲットニャ~! メイドさんからもらったニャ~」
 
 お母さんがお父さんに買ってほしい宝石やら指輪やらを買ってもらえた時のような笑みを浮かべながら、戦利品をゲットして戻ってきたレデンの口の中は、<モッシャモッシャ>とカツオ節で埋め尽くされていた。ツバ飛ばすな。
「タイミング良く帰ってきたな」
もうすでに、俺様の頭の中ではこの仕事に対する計画はまとまっていた。ふふふっ……、完璧だ。成功率100%だ。そしてこの計画に欠かせない重要な役割を持つのが……、レデン。ネコミミ子猫娘であるお前の存在だ。お前なら出来るっ。
希望と優しさに溢れる視線をレデンに送ったつもりだったが、この小娘は何を勘違いしたのか。
「ニャッ!? ご主人様にレデンのカツオ節が狙われているニャッ! 先手必勝ニャッ」

――――――ザシュッ!

「よしっ! この仕事引き受けた! 仕事料金は成功した時のみで結構だ」
「あっ、ありがとうございます! って、大丈夫ですかッ!?」
「ツンデレ子猫娘のメイドには、このレデンになってもらう。心配することは無い。上手くやる。任せてくれ」
「いやそうじゃなくて……、頭から血がッ」
「そうだな。明日の13時、オーナーをここへ呼び寄せろ。オーナーの萌えレジスタンスを一気に上げてやるぜッ!」

あぁ……、生きるって素晴らしいよな。世界が輝いて見える。
くっくっくっ……、燃えてきたぞッ! いや、萌えてきたッ!!

「あ、あのっ、メイド服はどうされますか……?」
 メガネをかけたメイドさんは、自分の着ている服の胸元の生地を引っ張りながら答えた。まぁなんだ……、一瞬というか1秒ぐらいその手元のグランドキャニオンに視線を奪われたが、俺様の萌えレジスタンスが抵抗してくれたおかげですぐに理性を取り戻すことができた。
「いや結構! 偶然にも今現在俺様特性メイド服を絶賛製作中だッ! 言っておくが、明日は俺たちの好きなようにさせてもらうからなッ」
 意気揚々と修羅の如く立ち上がった俺様は、カツオ節の香りを辺りに撒き散らしている臭い製造機に顔を向け、
「じゃあ帰るぞ、レデン。今から特訓だッ!」
 口の中に詰まったカツオ節を<ゴクリッ>と飲み込んだレデンは、
「了解ニャ~! カツオ節ありがとニャ~、さいニャら~」
 先に部屋の外へと飛び出していった。
「はっ、はい! 明日はどうかよろしくお願いします」
そして俺達は、勇気や萌えやカツオ節の臭いを抱きながら、メイド喫茶“テラメイド”を後にした。

――――――――――☆

「カツオ節~♪ モッシャモッシャで美味しいニャ~♪ シに打点を付けたらいけないニャ~♪」
先日教えた“カツオ節の歌”を、カツオ節を貪りながら熱唱しているレデンの歌声をBGMに、俺様は今日、レデンにどんなメイドテクニックを仕込むか考えていた。
ふっふっふっ……、明日が楽しみだ。
適度な萌えだと? くっくっくっ……、そんなモノ……、この世に存在してはいけないぜ。やるなら……、徹底敵にだ! 俺様にこんな仕事を依頼したことを、ものすご~~~~~く後悔させてやるぜっ!

「だぁ~はっはっはっはっは~~~!」
「何だか楽しそうなのニャ~! ニャ~っはっはっはっニャ~~~!」
俺達の笑い声は、どこまでもどこまでも響いていった……。

「(問題があるとすれば、美鈴をどうするかだな……)」




第5幕   メイド化計画


 我が家に帰ってきた俺達は、血が滲んで蒸発してしまいそうなくらい凄まじい特訓を繰り広げていた。Tシャツに短パンというラフな格好でレデンが、
「お水をお持ち致しましたニャ~」
「うむ、済まないな」
テーブルの上、ちょうど俺様の真ん前に水入りコップを置く。まるで、中世時代のメイドさんがご主人様に接するように、忠実に、優しくッ。正に完璧な動作・姿勢だ。
「って、言っておきますけどニャッ。べ……、別にお客さんのために持ってきたんじゃニャいんだからニャッ。仕事だからしょうがなくニャッ!」
「あぁ……、分かっているさ」
コップに注がれた水を飲みながら、レデンの様子を伺う。少し赤面しながらも、言われた事を一生懸命に実践してくれるレデンを、心から誇らしく思う。
「よしっ、水を持っていく時の特訓はこれで終了だ。良くがんばったな」
「っ♪ やったニャッ……」
レデンは一瞬だけ嬉しそうにしたが、
「って、ご主人様のためじゃニャいニャ~! レデンはただあの服が着たいだけニャァ~!!」
<ビシッ>とレデンはあるところを指差した。そこには一卓のタンスが存在感タップリに居座っている。何処と無く趣があるタンス。その扉は空いており、その中には一着の服がハンガーで掛けられていた。その服とは、俺様自らがデザイン、製作した、ネコのモコモコを忠実に表現したメイド服だ。メイド喫茶“テラメイド”から帰ってきて製作を開始し、所要した時間は僅かニ時間。出来上がったモノを眺めたとき、我ながら素晴らしい出来栄えだと感極まってしまった。もう俺様、匠じゃね?
「ふ~……、そろそろいいだろう。着ることを許可する」
「やったニャ~ッ!」
<ぴょん>と飛び跳ねて喜びを表現したレデンは、軽い足取りでタンスまで移動し、掛けてあったメイド服を手に取った。
「よし! 早く着替えるんだっ!」
「了解ニャ!」

――――――ザシュッ!

目の前が真っ暗になった。ホォ~ン、ホォ~ン~……、緊急事態緊急事態発生ッ、視覚に異常アリ、続いて痛覚に異変が発生っ。直ちに応答せよ。
「うぎゃぁぁぁ~、目がぁぁぁッッ~~~!」
赤ちゃんだったら確実に泣いてしまうような痛みが目から脳に伝達された。でも、俺様は泣かないぜ? 
「美鈴さんに教えてもらった通りニャ。これなら安心ニャッ!」
 くそっ、諸葛孔明も思いつかないような奇策を伝授しやがってっ。
「おのれ美鈴めぇ~! 俺様の趣味の“覗きが”出来なくなってしまったじゃないか~! あぁっ、音しか聞こえないぜ~! だが、それが逆にイイッ!」
目をやられてもだえ苦しんでいで琵琶法師化した俺様をよそに、レデンは鼻歌を歌いながら楽しそうに着替えているようだ。肌と服の擦れる音。衣類の落ちる音。ふっ……、気がブチキレそうになる音がこの世には存在することが証明されたぜ。まさに魅惑のメロディー。
でだ……、しばらくすると、
「着替えたニャっ」
 と、喜色を思わせる声が聞こえてきた。時間の経過とともに視力は回復していき、それは視界に入ってきた。
「……どうニャ?」
言葉が出なかった。
ネコ耳+ネコ尻尾を身に付けていたレデンにさらにメイド服が追加付加された。少女の印象が強いレデンがメイド服を着ることによって、俺様の予想を遥かに超えた究極生命体が誕生した。精錬された博識豊かな女性、泉に舞い降りた白鳥のような優雅さ。その中にも悪戯っ子を思わせるような子悪魔的美を持ち合わせている。これほどのモノが生み出されてしまうとは……、生きていて良かった。常人がこの姿を見たら、ものの二秒も自我を保つことはできないだろう。目の前にいる少女は、今ッ、世界最高の生物兵器になったのだッ。
 高鳴る鼓動を抑えて、俺様はレデンに最高の笑顔を送った。
「レデン、お前は今まで見た中で最高のメイドさんだぞっ! 俺様はお前を誇りに思う」
「ほ……本当かニャッ!? じゃあ早速。美鈴さんに見せに行くニャッ!」
 おぉっとぉ、予期せぬイベントが発生ッ。駆け足で玄関まで向かうレデンッ。
「待たんかいッ、そんなことをしたら……」

――――――ガチャリッ

「レデンちゃん。お好み焼きを作ったんだけど、食べる……」
突然の訪問者。そいつは俺様の妹の美鈴。何の前触れも無くまた登場してしまったぞ。それにしてもなに勝手にドアを開けているんだよコイツは。ノックぐらいしやがれっ。
 俺様はこの家の大黒柱。家族が生きていくために働かなければいけないし、不法侵入者が現れたらそいつを排除しなければいけない。大黒柱としての当然の仕事さ。よ~しっ、心の準備体操完了~。俺様は美鈴を追い出そうと以下のようなことを叫びながら玄関まで走っていった。
「不法侵入だぞ、美鈴! さっさと出てい……」

――――――ボシュァッ!

「ぎゃぁぁぁ~! 顔がぁッ!」
一瞬でキレた美鈴のカウンターお好み焼きストレートが見事に入った。痛いを通り越してまず熱かった。出来立てホヤホヤのお好み焼きで人様の顔を殴るなんざ、若手芸人でも怖気づく荒業だぞ。
「ニャァァァ~! ご主人様の顔に大事なカツオ節がぁッ!」
 そんな光景を見て、ネコミミ少女がうろたえていた。ちょっと待てお前。
「レデン~、『大事なご主人様に』、だろうがっ!」
「黙れニャ~!」

――――――ザシュシュッ!……ボトボトボト……

嫌な音が床に落ちた。途端、明るい光が差し込んでくる。
「あぁっ! 俺様の顔……に付いていたお好み焼きがッ!?」
「美味しいニャ~」
レデンはさっきまでお好み焼きが乗っていた皿を美鈴から受け取って、切り刻まれたお好み焼きのパーツをうまくキャッチしていた。器用なヤツだ。
「美味しいか。それは良かったな」
見ると、忙しなくお好み焼きを食べているレデンの口元には、ソースがこびり付いていた。他にもう一人ソースで身体がやばいことになっている青年がいるんだけどな……、誰かタオルくれ。
「まったく……、もうちょっとゆっくり食べられないのか?」
 口元を拭いてやろう思い、ティッシュを探そうとリビングへと振り返ろうとしたが、
「バカ兄貴……」
「ん?」
 ぶっとい血管を額に浮かばせた美鈴が俺様の肩を掴んだ。おいおい……、一本背負いでもする気か?
 直後、

――――――「レデンちゃんに変なことをさせるなって言ったでしょうがぁぁぁ~!」

予想的中。その掛け声と共に、俺様は美鈴の一本背負いで<ビューンッ>と軽快な音を響かせながら外まで飛ばされて、そのまま空中へダイブしそうになったが……、俺様の生(性)への執着心を舐めるなッ!

――――――ガシッ!

空中へと身を乗り出しながらも、何とか手すりに掴まることが出来た。
「ふっ~、危なかった……」
この手すりがもし存在していなかったら、ビル4階分の高さから地上へと一直線に落下する小旅行を体験してしまうところだった。

――――――ガシッ!

「ん?」
手すりを掴んでいた手に、何故か靴が乗っていた。

――――――グリグリグリ……

 それは、美鈴の足と俺様の手との摩擦によって生まれた不協和音。コレやばくないか?
「うぐぐぐぐぅぅ……、殺す気か美鈴ぅッ~!!」
 だが、美鈴は鬼だった。

――――――グリグリゴリゴリゴキゴキボキボキ……

 何だかいろんなものが折れたような感じがする。あえて言うなら『身も心も折れた』。その結果、
「美鈴ぅぅぅさま~~ッッ、すいませんでしたぁっ~~、許してくれぇぇッ!」
このままでは本当に落ちてしまうので、必死の命乞いに挑んだ。誰だって自分の命が大事だろ。
 だが、美鈴は鬼だった。
「バカ兄貴……、私は今日の朝、ちゃんと言ったよね……」
ゆっくりと上を覗いてみたんだ……。そして確信した。俺様を見下ろしていた美鈴の目には、一切の迷いが無かった事を……。(パンツを見ようとしたんだが、見えなかったぜっ!)
この世で最後に聞くことになるかもしれない声が聞こえた。
「レデンちゃんに変なことをさせたら……、殺すって……」
手を踏みつけていた足にさらに力が入った。
あっ……、俺様死んだかも……。あっけない人生だったかな?
だがそのときっ、

――――――ガバッ

「待ってニャッ、美鈴さん!」
レデンの声が聞こえたんだ。
「離しなさいレデンちゃん! この男は……、ここで殺しておかなければいけない男なのよっ」
「そんなのは分かっているニャッ! でも! こんなのでも……、レデンの命の恩人ニャ!」
 レデンの悲痛な訴えが、何でこんなにも心に染みるのだろうか。いや……、心が痛い。
「レデンちゃん……」
美鈴の足から、力が少しだけ抜けたのが分かった。 
「それにニャ! この服はレデンが着たいから着ただけニャッ。明日……、レデンはこの服を着て人を救うのニャ! こんなレデンでも……、人を救うことが出来るのニャ!」
ここからレデンの顔を見ることは出来ないが、きっと決意に満ちた表情をしているのだろうな。これまでの日々の調教の賜物だな。
「バカ兄貴……」
「ん?」

――――――グンッ

「うおっ?」
美鈴は俺様の腕を掴むと一気に引き上げた。相変わらずのすげぇ力だ。
「今回はレデンちゃんの顔に免じて許してあげるけど、次も同じようなことをレデンちゃんにさせたら……、分かっているわね?」
<グググッ>と握り締めた拳が額に突きつけられた。
「……了解した」
 この後に、『何でお前が俺様に命令するんだよ、このクソアマッ』と付け足したかった。だが、そんなことを言った日にはある男性遺体が何処かの湾に浮いていること間違いないな。そんなニュース見たくないだろ? まぁ、俺様は見るんじゃなくて体験する方がけどな……。
だがまぁっ、これで明日は何とかなりそうだ。無駄に疲れたぞ。
溜息をつく。そのとき、<ピーンっ>と一つの名案が浮かんだ。俺様って何て素晴らしい策士なんだろうかと褒めたくなるぐらいの名案だ。司馬懿も腰が砕けて何も対抗せずに逃げてしまうような最高の策。すぐに言わなければっ。

「おい美鈴っ。美鈴も明日、メイド服を着て一緒に……」

――――――ドゴ~ンッ!



第6幕   陰謀



「俺様が教えることは、もはや何も無い」

――――――モグモグ……

「あとは、レデンが自分自身の力を信じるだけだ」

――――――ゴックンッ

「了解ニャッ!」
決戦当日。
午前中は本番のためのリハーサルに使ったおかげで、レデンのメイドレベルは最強に近い。隙が無いとは、まさにこの事だろう。
「昼飯を食べ終えたら、すぐに出発だぞ」
「もう食べたニャっ」
「なにっ、俺様も急いで食べなければっ」
「ご主人様は何でも遅いニャ~」
「何を言っているんだ。遅い方がいいんだぞっ」
「レデンは早い方がいいニャ~」
「マジでッ!?」
今日も、レデンのおかげで楽しくなりそうだ……。

――――――――――☆

メイド喫茶“テラメイド”。その内なる世界と外とを繋いでいる扉を開放する。

――――――カランコローン

「あっ、和也様っ、お持ちしておりました」
メガネをかけたメイドさんが昨日と同じようにそこにいて、胸を<タプンタプン>揺らしていた。オオカミになっちゃおっかなぁ~。グルルルルゥゥゥ~。
「……まだオーナーは来ていないのか?」
理性で本能を押さえ込んでから店内を見渡してみた。客は誰もいないようだ。今日は店を休みにしたのだろうか。
「はいっ。でも、もうすぐで来られるようです」
異様にニコニコと笑っている。
「……何だか嬉しそうだな」
「えっ、そう見えますか?」
メイドさんはニヤケながら両手で自分の顔に<ペタペタ>と手を当て、自分の表情を確かめだした。だが、すぐにその動作を止めた。
「あっ、この子が私たちの代わりにメイドさんの役を引き受けてくれたんですね?」
 メイドさんがにこやかに見つめた先は俺様の横……、で俺様の袖を掴みながら立っているレデンだった。レデンの頭には白いネコ耳、お尻には白くて長い尻尾がいつものように生えている。だが、今日のレデンはいつもの短パンにTシャツのようなリフレッシュな姿ではなかった。その身を包む物はメイド服。しかも、俺様特性のネコの風味を優しく閉じ込めたネコバージョンのメイド服ッ。今のレデンの姿を見た者は、“これ以上のネコ耳メイドさんなんてこの世に存在しないッ、もう死んでもいいッ”と必ず断言しちしまうぜ?
こんな感じで俺様が自分で製作したメイド服のあまりの出来の良さに感心している間、メイドさんがレデンに駆け寄っていた。
「わぁっ、とってもカワイイですっ。あっ、コレ……、良かったら食べてねっ」
レデンの目の前に差し出されたものは、削る前のカツオ節の塊。
「……最高級品よ」
何故、説明を付け足す?
「ご……ご主人様……」
「んっ?」
見ると、レデンの体が<ガタガタブルブル>と震えていた。しかも、手に持ったカツオ節をじ~~~~~っと見つめている。このときは、レデンの体の調子でも悪くなったのかと心配してしまったぞ。だが、そんな心配なんてする必要は無かったな。
レデンが呟く。
「……コレからはカツオ節の匂いがするけど……、でも! でも! これはレデンの知っているカツオ節じゃないニャ! コレは一体何ニャッ!? カツオ節塊伝説?」
意味の分からない言葉を発しているところを見ると、恐らくレデンはカツオ節カルチャーショックに混乱しているようだ。だから俺様は、レデンに新たな知識を注入してやることにする。
「いいか、よ~く聞けよ……。レデンの知っているカツオ節は、今レデンが手に持っているものを、うす~~~くした物なんだ」
「な……なんだってニャ~ッ!?」 (レデンの後ろにガーンという文字が浮かび上がる)
 自分の知らない世界の秩序を知り、レデンはその場に手を着き前髪を垂らしながらうな垂れてしまった。
「じゃあ、レデンは今までうす~~~くなったカツオ節を食べさせられていたんだニャ?」
「まぁ……、そうだな……」
「レデンはずっと騙されていたんだニャ?」
「いや……、違うと思うぞ」
「ご主人様はこの事を知っていたのに、レデンには秘密にしていたんだニャ?」
「まぁ……、そうだが」
「ご主人様は無知なレデンを見て、“へっへっへっ…、このバカはうす~~~いカツオ節を嬉しそうに食べたやがるぜ、本当にバカだな”とか、思っていたんだニャッ!?」
気のせいだったらいいんだが、どんどん殺気立っていっている気がする。
とりあえず落ち着かせよう。話はそれからだ。
「ちょっと待て、いいか良く聞け。レデンが持っているそれは、薄くしないと食べられないんだ」
「……本当かニャ?」
疑心暗鬼の目でじっと見つめられた。
「試してみればいい」
俺様の言葉を聞いて、しばらく俺様とカツオ節を交互に見比べていたレデンだったが、
「試してみるニャ」
そう言って口にカツオ節を咥えた。

――――――ガブリッ! ボリボリボリ……

「美味しいニャァァァ~~~ッッ!」
歓喜の叫び声が店中に響き渡った。
「何でだよっ!? 普通食えねぇだろうがッ!」
「この歯ごたえ! そしてこの香り! 全てにおいて他を超越しているニャ! ご主人様の嘘つきィィッ!」

――――――カランコロ~ン

「レデンが喜んでくれて嬉しいよ。だからさ……、俺様の首に突きつけられているお前のこの鋭い爪を早く離してくれないか?」
触られている感覚で分かるんだが、レデンの鋭い爪が俺様の首の頚動脈を的確に捉えていた。って言うか、ちょっと刺さっている。
「ご主人様、嘘はよくないニャ。でも、今日のところは許してあげるニャ。コレも全てカツオ節のおかげなのニャ。ご主人様はカツオ節に命を救われたニャ」
レデンが言っていることは理解不能だが、とりあえず目はマジだった。

――――――「おや? お店を間違えてしまったかのぅ?」

突然、老紳士っぽい声が店に広がった。
『え…?』
店内にいたメイドたちが、一斉にその声の主に顔を向けた。俺様も声の主を見ようと首を動かしたが、レデンの爪が首に食い込んでしまったので死ぬかと思った。
まぁ……、だから俺たちの中で一番早く反応してみせたのは、メガネを掛けているあのメイドさんだった。
「オーナー! ようこそいらっしゃいましたっ!」
 元気良く声を出し、急いでその老紳士に駆け寄っていった。俺たちの行動を周りで傍観していたメイドさんたちも、自分達の職務を思い出したのか、メガネを掛けたメイドさんの後に続くように老紳士へと駆け寄って行った。
「はっはっはっ、元気のいいお嬢さんじゃのう」
これはレデンに対して向けられた言葉だろう。何故なら、俺様の首を押さえているレデンの爪が<ピクッ>と動いたからだ。って、ちょっと待て。これ以上深く食い込んできたらマジでヤバイんですけど。
そんなデンジャラスな状況に陥っている俺様になんて気が付いていないのか、その老紳士っぽいやつがレデンに近づくのが革靴と床が出す足音で分かった。
「ふむ……、いいメイド服じゃのぅ」
当たり前だ。俺様の全てを注ぎ込み、レデン専用に特化したネコミミメイド服なのだからなッ。
「おっとっと……」
 ジィさんのなんとも言えないワザとらしい声が聞こえた次の瞬間、レデンの体が跳ね上がった。
「なっ、なっ、なっ……」
レデンが何をされたか。俺様には分かった。このジィさん……、今レデンのお尻を撫でやがった。
当然のようにレデンは、
「ナニするニャッ~!」

――――――ドゴォォォッ!

という行動を取った。
「はっはっはっ……、これがツンデレというやつかのう?」
「いえ、ただオーナーがセクハラジジィなだけです」
「はっはっはっ……、サユリちゃんは冷たいのぉ」

――――――ガシッ!

「おや?」
無意識だ。無意識でクソジジィの胸倉を掴んでいた。体が勝手に動いてしまったというのかな。ついでだから、そのまま敵意をむき出しにしてクソジジィを睨みつけることにしよう。
「てめぇ……」
「なんじゃい若造」
クソジジィも負けじと睨み返してきた。この野郎……、レデンのご主人様である俺様でさえまだレデンのお尻に触ったことが無いって言うのに……、許さんッ。
瞬時にクソジジィの特徴をサーチ。服装は黒いスーツに黒いシルクハット、胸元にはこれまた黒い蝶ネクタイまで付けている、正に老紳士という固有名詞が良く似合うお姿だ。だが、しょせんはジィサン。ヨボヨボの体からは覇気が感じられない。とっくに定年を過ぎているんだろうな。てめぇみたいなオイボレジィさんには浴衣の方が似合っているぜ。
 情報収集終了。目標は俺様より弱いッ!
「レデンの物は俺様の物! レデンの体も俺様のモノだぁッ!!」
体が熱くなってきたッ。うぉぉぉ~っ、秘奥義、右コークスクリューフリッカーパンチッ!!!。
「ふんっ」

――――――ドカッ!……ピシィ……!

 イヤな音が突き出した拳から響いた。
「なにぃっ?」
 そして激痛が走った。全身が痺れるようなイヤな痛みだ。拳にヒビが入ったらしい。
「俺様のパンチを受け止めただとっ!? どういう体をしているんだこのジジィッ!」
「老いたとはいえ、貴様みたいな若造にはまだまだ負けんわい!」
血走ったクソジジィの目が俺を睨んで離さない。ちっ……、こうなったら、
「レデン、お前の出番だッ! このクソジジィを必ず萌え死させるんだッ!」
「了解ニャッ! フーッ!」
レデンもさっきのことでクソジジィに殺意を抱いていたようだ。萌殺する気まんまんだ。敵に回すと恐ろしいヤツだが、味方になるとこれほど頼もしいヤツはいないってやつだな。もし、美鈴とレデンが手を組んだら俺様でさえ全く歯が立たなくなるからな。早くレデンを美鈴の影響下から隔離し、俺様の、俺様による、俺様のためのレデンを作り上げなければッ。
そんな決意を抱いていると、
「あ……あの……、萌え死させたらダメですからね……?」
サユリと言う名のメガネをかけたメイドさんがこっちに近づいてくると、耳に口を近づけて耳打ちしてきた。メイドさんの息は暖かく、くすぐったかった。ふっ……、訂正する。気が狂うほど気持ち良かった。もっとやってほしかったッ!
「ふんっ、ワシを萌え死させるじゃと? 歯がゆいのぉ……、はっはっはっ……」
気持ちよ~くなっていた気分が一瞬で害されてしまった。ムカツク……MUKATSUKUぞッ。普通に殺したい。路地裏に引き吊りこんでレデンに惨殺させたい。そしてその光景の一部始終を横でカフェオラを味わいながら眺めていたい。
だが、俺様はもう立派な大人。怒りが理性を超えるような現象はもう起こらないのだ。クソジジィは殺すが、それは萌えによって遂行させなければならない。今はガマンだ。
俺様は呼吸を整えてから、黙ってクソジジィを店の中央に位置するVIP席に案内した。
「うむ、ご苦労さん、ウェイター」
 
――――――プチッ

 あっ、コレは俺様の脳内に張り巡らされている血管の内の一本が、ストレスの暴発によってブチ切れたときに発した音だ。ただ今、脳卒中になりかけ5秒前ってところだ。
「(このクソジジィ…!)」
偉そうな態度に最早限界かと思ったが、人間の理性って素晴らしいな。
「……どう致しまして……」
 何とかこらえた。だが、もうちょっとで自我が崩壊し殺戮本能が剥き出しになりそうだったので、俺様は癒しを求めレデン達のところにダッシュで戻った。ふぅ……、さすがは俺様のレデン。癒される。
 でだ、
「おいっ、サユリさんという名のメイドよ!」
「はっ、はいっ」
胸が揺れるほど驚いていた。なるほど、女性に不意に大きな声をかけるとこういう現象を見ることが出来るのか。これは良い。まぁ、レデンが同じように驚いても、何も揺れるものは無いがな。おっと……、これ以上ムダなことを思案する必要は無い。本題はコレだ。俺様は仁王立ちでメイドさんの前に立ち、微小な笑みを浮かべながら言った
「話に聞いていたジジィとはちょっと違うようだが、俺様の計画は変更無しだ。黙って見ていてもらおうっ」
「えっ……、わっ分かりましたっ。がんばってくださいっ」
メイドさんは妙に素直に頷くと、嬉しそうに表情を変化させて俺様の肩を軽く叩いた。そしてそのまま駆け足でお店の奥の方にあるシャレたドアを開け、そのまま姿を消してしまった。黙って見ていてもいいって言ったのに、どうして出て行ったのかは分からないが、これで邪魔が入ることは無いな。
「おい、クソジジィッ!」
<ビシッ>と、そのまま指の先から光線でも出せそうな勢いでクソジジィを指差した。
「この俺様が育て上げたツンデレ子猫娘のメイドバージョンが、今から貴様に究極の萌えを体感させて、そのまま貴様の人生を壮絶な萌え死で終わらせてやるぜッ!」
萌えバトルの挑戦にクソジジィは、
「ほう、ワシはそれが楽しみで来たんじゃ。まぁ、せいぜい頑張ってみたまえ。はっはっはっはっ……」

――――――「ブチッ」、「ブチィッ」

あっ、今度のコレは俺様とレデンの脳の血管が切れた音だ。
「ご主人様……、今日のレデンは何だか燃えているニャッ」
「ほう、奇遇だな。今日の俺様も最高に萌えているぜっ!」
 初めてレデンと意見が合った様な気がした。
 店内の温度がどんどん上がっていく。なぜかは知らない。だが、心地よい空気だ。血が滾る。萌え上がるぅ!

こうして、熾烈な戦いの火蓋が上がったのだった。

――――――――――☆

そしてここはテラメイドの奥に位置する応接間。暗い部屋でボソボソと小声で呟いているのはメガネを掛けたメイドさん。何と言っているのか聞いてみよう。耳を澄まさなければ聞こえないような小さな声。
「くっくっくっ……、私の期待を裏切らない何でも屋だわ……。やっぱり彼らを雇って正解だったわ。……くっくっくっ……、ヒャァ~ッハッハッハァ~!」

――――――ガチャ、「何か変な叫び声が……?」

<ビクゥ>とアホみたいに驚くのはメガネを掛けたメイドさん。
「ど、どうかしたの?」
「いえ……、何だかとっても気持ち悪い変な薄ら笑いが聞こえたような気がして……」
「えっ、私には何も聞こえなかったわよ? そ、それよりもオーナーの様子をしっかりと見守っておいてね」
「はい。サユリさんはどうするんですか?」
「私は……、影から応援することにするわ」
「そうですか、じゃあ私行きますね」
「うん、お願いね」

――――――ガチャリ……

 今入ってきたメイドさんが出て行くと、すぐにまた何かが聞こえてきた。
「私は影から応援しているわ……、ふっふふっ! げほっ、けほっ、オーナー死ね! けほっ……」




第7幕   死闘(前半)



――――――トクットクトク……

グラスに水が満たされていく。
「では、行ってくるニャッ!」
水が入った分だけ重くなってしまったグラス。それを慎重にお盆に乗せ、レデンは意気揚々とクソジジィの所に向かおうとする。だけど俺様は、
「ちょっと待て、レデン」
「ニャっ?」
 引き止めた。まるで、特攻隊に出向く父を引き止める幼い娘のように。
「どうしたニャ、ご主人様?」
俺様はちょっと迷っていたんだ。このままのレデンのメイド技では、あのクソジジィを萌え死することはできないのではないかと。あのクソジジィは異常な萌え猛者だ、生半可なものは通用しない。そう……、俺様の経験が言っている。だが、いいのか? 封印を解除してしまっては、一体何が起こるのか俺様にも予測不可能になってしまう……。やっぱり危険すぎるのかッ。 
「ご主人様?」
レデンが心配して、悶えている俺様の顔を覗き込んできた。その表情はあまりに無知で、無垢なもの。汚したくはない。だがッ、だがッ……、
「レデン……」
「ニャ?」
くっ……、チクショウッ!
覚悟を決めた。

――――――「……裏メイド技の使用を許可する……」

その場にいたメイドさん達の顔色が急に青くなった。まぁ、当然の反応だな。
「ご主人様……?」
レデンの持っているお盆がカタカタと震えている。それほど恐ろしいことなのだ。だが、今の俺様にはその震えを止める力はない。どんな言葉をかけても無意味だ。自分で自分を落ち着かせ、己の壁を越えなければいけない。そうしなければレデン……、お前はあのクソジジィに負けてしまうんだ。レデンの負けは俺様の負けでもある。頼むッ、勝ってくれッ。
「頼んだぞ……」
俺様はこの判断をした自分が許せず、この悔しさを紛らわさせるために拳を思いっきり握った。こんなにも自分は無力なのかと憤慨する。手から血が滲み出ようが、お構いなしに拳を強く握り締めた。
「ご主人様……、行ってくるニャ……」
レデンの頬には冷や汗が流れていた。だが、俺様にはその汗を拭く資格すらない。済まない。こうでもしなければ……、ヤツを倒すことはできないんだ。裏メイド技しかヤツには通用しない。お前にしか出来ないんだ。俺様はお前を信じている。信じているぞッ! 
 戦地に向かうレデンは、国の英雄として還ってくる戦士よりも輝いて見えた。
「頼んだぞ……」
力強く一歩を踏み出したレデンは、そのまま激戦の最前線へと向かって行った……。

――――――――――☆

 戦闘開始。
「ご主人様、お水をお持ち致しましたニャッ」
元気のいいレデンの声が店内に響いた。
「ふむ、済まな……ッ?」
 ここでクソジジィに異変が発生。その視線の先を辿ると、そこには上半身を必要以上に屈めたレデンの姿。もっと詳しく言うと、レデンの胸部にクソジジィの目が釘付けになっていた。
これぞ、グラスをテーブルに置く際にお客さんに自分の胸の谷間が見えるようにする……、即ち……、裏メイドの極意、初極ッ。
「まずは初極」
レデン達の様子を遠くから見ていた俺様は、初極が決まったのが嬉しくつい声が出てしまった。それにしてもクソジジィ……、レデンにはほとんど胸が無いのに反応しやがった……。ちっ……、あのクソジジィ、ロリコンの属性も持っていやがるとは……。
 おっと、まだまだレデンの攻撃は続いているようだ。俺様のことはいいから早くレデンにカメラを向けなおせッ。
心に浮かんだカメラをレデンに向けると、甲高い叫びが聞こえてきた。
「って、何で御礼なんて言っているのニャッ!? べ……、別に貴方のためにお水を持って来てあげた訳じゃないんだからニャッ! し……、仕事だからっ、しょうがなくニャァァァ~!」
 突然の思いがけない反応には、どんな男も次のような行動を取るしかないのが世の定めだ。
「す……済まない……」
素直に謝る。これが一番の回復修繕方法さ。最近はちゃんと謝れないヤツもいるそうだ。そういう奴らって可哀想なんだぜ。だってさ、謝るという行為によってもたらされるM的な快感を得られないんだぜ。可哀想にもほどがあるよな。
「そ、それじゃあ早く注文するニャッ、まだ決まらないニャッ!?」
 あっ……、レデン達のことを忘れていた。急いで頭の中から出てきた妄想を振り払い、勝負の行方を注意深く見守る。状況は……、悪くは無い。むしろペースはレデンが握っている。これならいけるぞ。
「うっ、済まない。まだ決めておらんわい……」
注文を決めさせるのを焦らすのは中々の策略。焦ることによって心臓の鼓動も早くなり、ある意味の興奮状態を生み出すのさ。
「全くしょうがないご主人様ニャっ、でもいいニャっ、注文が決まったら呼んでニャ。すぐに駆けつけてあげるニャ」
「うっ、うぅ……、申し訳ない……ハァハァ……」
この絶妙なタイミングで『デレ』が来たら、誰だって堕ちる。恐ろしいまでのツンデレメイドがここにいた。
「では、失礼しますニャ」
「うむ……ぅッ!?」
クソジジィにまたもや異変が発生。その発生原因は……、言うまでもなくレデンだ。では、今クソジジィが喰らった裏メイド技を紹介してやろう。
お客さんの席から離れる際、軽くジャンプ気味にUターンし、スカートがヒラリと舞い上がるようにする。これぞ裏メイドの極意、次極。
 スキを全く与えない怒涛のような攻撃。
「ナイスだ、レデン」
鼻血が止まらない。急いでティッシュを探して鼻に突っ込んだ。
男は誰もが、パンチラという誘惑には勝てないのさ……。

――――――ガシャンッ

「ニャッ!?」
「むっ?」
おぉっとう……、予期せぬアクシデントの発生だぜっ。レデンが回転した際にレデンの尻尾がテーブルに置いてあったグラスにぶつかってしまい倒れてしまったじゃないかっ。しかも、こぼれた水がクソジジィの下半身の急所にかかってしまったではないかっ。これは緊急事態だぜっ。
「も……、申し訳ございませんニャ、ご主人様ぁ!」
レデンはこの状況をどうすればいいか分からず、ただオロオロしている。あぁ……見ちゃいられないぜっ。だがっ、ドジなメイドさんというものも中々いいなっ。 
 クソジジィは濡れてしまったことに初めは動揺していたが、すぐに冷静になった。
「いや、この程度だったら何も問題ないわ。気にするでない」
「……にゃぁ~……」
肩を落として落ち込むレデン。しかし、良く考えてみると、これはもしやレデンの作戦では……?
「ご主人様……」
「うむ、どうした?」
レデンが何処からともなく取り出したのは、清潔そうな白いタオル。
「拭かせてもらいますニャっ!」
決意に満ちたレデンの声が店内に響いた後、タオルを握り締めたレデンの手がクソジジィの魔の巣窟に迫った。当然、クソジジィは驚いた。
「い……いやっ! 自分で拭くから気にしなくてよいわい!」
クソジジィは迫り来るレデンの手から自分の聖域を必死で守ろうとしている。レデンよ……、俺様の聖域はいつでも開放しているから、いつでも遊びに来ていいぞ?
しばらく『うぬぬ~』とお互いが唸っていただけだったが、レデンの反撃が始まると形勢に優劣が生じた。
「何を言っているのニャッ! ご主人様に御奉仕するのがメイドの最上の喜びニャッ! 邪魔するなニャ~!」
さすがのクソジジィもこのレデンの強気な態度に一時ひるんだが、
「じゃあドライヤーで乾かしてくれい! それなら何も問題ないわい!」
「ドライヤー……、了解ニャッ! 今すぐ持ってまいりますニャッ!」

――――――ヒュンッ…………、ヒュンッ

「持ってきたニャ!」
「はやっ……、まぁよい。それで乾かしてくれい」
「了解ニャッ!」
 ドライヤーのスイッチが入れられた。

――――――ブォォォォォ……

「ふむぅぅぅ……、気持ち良いのぉ……」
暖かい熱風が濡れた場所に当たり、クソジジィは何とも言えない心地良い顔をしている。ふっ……、これぞ裏メイド技外伝、ご主人様の身も心も温めますだ。
 「は……くしゅんッニャッ」

――――――カポッ

「ノガァァァ~!?」
おぉっとぉ……、これまて予期せぬアクシデントが発生ッ。レデンがくしゃみをした反動で、持っていたドライヤーがクソジジィの股間にジャストミートしたぜっ! 正に自然に生まれた自然災害だな。
「あぁっ、ごめんなさいニャッ……、でもこっちの方が早く乾くニャッ! ウリャリャ~」

――――――グリグリ……

「ノォォォォ~! こんな……、こんな馬鹿なぁ……!」
両手で頭を抱え込みながら悶絶しているクソジジィの表情は、自分が叫んでいる内容とは全く違う清々しいものだった。あぁ……、俺様もされたいぜ。お互いの頭がぶつければ、体が入れ替わってしまうというベタなイベントが、何故いま発生しないんだッ!?
「乾いたニャ」
クソジジィの羅生門から、ドライヤーが<カポッ>と外れた。
「うむ、ご苦労だった……」
心なしか、クソジジィの顔色は先ほどよりも<キラキラ>と光沢を放っているようだ。何と言うか……、『生きていて良かった』という心の叫びが伝わってくる。
「注文決まったわい。この、“アツアツメイドスープ”をもらえるかな?」
「了解ニャッ!」
注文を取り終え、俺様の元に戻ってくるレデンは、まるで地球を隕石から救った宇宙飛行士の様に、何かを成し遂げたようにイキイキとした笑みを浮かべていた……。



第8幕  死闘(後編)



 順調に事は進んでいた。誰が見てもこっちが優勢だと思う。それぐらい素晴らしい接客だった。このまま行けば、あのクソジジィを萌殺することも不可能ではない。そう考えていた。ふっ……だからかな。そんな安直なことを考えていたから、俺様はレデンの異変に気が付かなかったんだな。情けない。バカだ俺様は。なんで……、レデンが倒れるまで異変に気が付かなかった。
 こっちに戻ってきたレデンは、笑顔のまま倒れた。
「やべッ」
 反応できたのは俺様だけだった。周りにいたメイドたちが呆気に取られている間に、スライディングキャッチ気味にレデンを助けることに成功。少しでも反応が遅かったらケガじゃ済まなかったぞ。

――――――「ぜ~はぁっ、ぜ~はぁっ!」

腕の中でグッタリとしているレデンを見て辛くなった。呼吸は乱れ、頬には大量の汗が流れている。こんなとき、俺様が励まさなければ誰がレデンを励ますんだ。しっかりしろよ。動揺するんじゃねぇよ。レデンに無駄な心配をさせるな。
一呼吸おいてから、弱々しくなってしまったレデンを見つめた。
「ここまで良くやったぞ。完璧にお前のペースだな」
「あ……当たり前ニャ……」
 呼吸を乱しながらも。強がりを言う気力は残っていたようだ。一応は一安心だな。だが、こんなにも体力を消費するとは……、やはりあのクソジジィは只者じゃなかった。レデンはとんでもないプレッシャーを感じていたんだな。
「ご……、ご主人様……」
「しゃべるな。息を整えるんだ」
クソジジィにレデンが疲労していることがばれないように、レデンの姿をヤツから見えないように少し移動させた。あと必要なことは、汗を拭いてやることだな。
「ちょっとそこのアンタ。そのタオル取ってくれないか」
壁にタオルが掛けてあったので、そこから一番近いところにいたメイドさんに頼んでみた。すると、その人はすぐにタオルを取って渡してくれた。
「ありがとう」
「どう致しましてです」
心優しいメイドさんから貰ったタオルで、レデンの汗を綺麗に拭いてやった。だが、レデンの顔色はどんどん悪くなっていく一方だ。嫌な予感がする。
 自分が心配されていることを感じ取ったのか、レデンは無理やり微笑んで見せた。
「レデン……、頑張っているニャ。何だかどんどん力が湧いてくるニャ。ご主人様……、レデン偉い?」
「あぁっ、偉いぞ。俺様はこんな偉いレデンのご主人様で鼻が高いぜっ。だから……、そんな泣きそうな顔をするな」
 こんなことって……、ありかよ。
見る見るうちにレデンの顔が青ざめていく……。イヤだ……、レデン……、レデンッ!
「ご主人様……、レデン……、楽しかったニャ……、今までずっと……、ありがとうニャ……」

――――――スゥ……

「レ……」
レデンのまぶたが閉じた。
「レデンッッ~~~!!!……ほらカツオ節だっ」
「やったニャッ~~~!(ボリボリッ)」
「はははっ、こらこらっ、そんなに食べカスを撒き散らすな。行儀悪いぞ」
「えへへ~、ごめんニャ~」
まるで砕断機が岩石を砕くような勢いで、レデンの口にカツオ節の塊が消えた。その途端、
「レデン、復活ニャ~!」
 『顔が濡れて力が出ない』と言っているヤツが、新しい顔を手に入れたときに復活するようなノリで、レデンが復活したッ! 世界最高の僧侶もビックリだ。復活魔法に匹敵する……、それがカツオ節パワー。レデン限定だけどな。
『おぉ~』と周りにいたメイドさんたちから拍手が送られた。いや~、良かった良かった。
 さて、気を取り直して次いってみよ~。
「いいかレデン、よく聞け。クソジジィもお前の攻撃で大分ダメージを受けている。ここからが本当の戦いだ。だが、心配することは無いぞ。お前は……、最高のツンデレ子猫娘なんだからな」
「ご主人様……、褒めても何も出ないニャ。だけど……、嬉しいニャッ」
「そうかそうかっ」
レデンの頭を撫でてあげた。
「ニャゥゥゥ~、ゴロゴロ~……」
レデンは目をつぶって喜んでいた。その時の笑みと言ったら、見た者もつい微笑んでしまうようなシロモノだった。レデンには笑顔が一番似合う。そう思ってしまった一瞬だった。
「アツアツメイドスープ出来たわよ~」
奥からメイドさんが出てきた。持っているのはスープの入った皿を乗せたお盆。
「どれどれ……」
その“アツアツメイドスープ”とは如何なる物か確かめるために、スープを覗き込んでみた。
「こ……、これはっ」
これはすげぇ……。スープの中には、メイドさんの形・色をしたカマボコが何枚か浮いており、それらがハートの形を成していた。

――――――ジュルッ

「おっとぉ」
思わずヨダレが口元からこぼれてしまったぜ。遂、メイドさんの形をしたカマボコを食べると言う行為が、メイドさんを食べるという行為に俺様の中で変換されてしまったぜ。危ない危ない。
「熱いから気をつけてくださいね」
ゆっくりとメイドさんからお盆を受け取ったレデンだったが、
「ニャッ?」
 予想していなかった重さだったのだろう。お盆を持ったレデンの腕がガクンと落ちた。するとお盆が揺れ、必然的にその上に乗っているスープ入り皿も揺れた。ヤバイッ。
「よっと」
急いでお盆を支えてあげた。レデンがふらついたせいで波打っていたスープは、ギリギリのところでこぼれなかった。
「大丈夫か?」
「うっ……、平気ニャっ、レデンは自分の力で頑張るニャっ!」
拗ねた子供のように言う。まったく…、強がることにことにかけては一人前だな。
「よしっ、では行ってこい!」
「了解ニャッ!」
そうして、レデンはクソジジィというラストボスが居るダンジョンへと勇ましく向かっていった。

――――――――――☆

で、不安を残しながらも後半戦スタート。まずは注文された品をテーブルに置くところからだな。
「お待たせしましたニャ~」
 さっきまでの疲れを感じさせない、素晴らしい営業スマイルだった。
「お~、やっと来たわい」
どうやら、さっきまでのレデンの不調にクソジジィは気が付いていなかったようだ。これは好都合。レデンよ、一気に攻め切れッ。
レデンがお盆をテーブルの上に置く。
「ほ~、コレがアツアツメイドスープか」

――――――ジュルッ

「おっといかん。遂、ヨダレが出てしまったわい。このカマボコのせいでぐっと美味しそうじゃな」
信じられねぇ。あの野郎……、俺様と同じ妄想をしやがったのか? やはり只者ではないな。
「熱いから気をつけてくださいニャ~」
そう言いながら、レデンはお盆に乗っていた皿をクソジジィの前に丁寧に置いた。
「おお、ありがとう。どれ、熱かったであろう」

――――――スリスリ

このときは気がとち狂うかと思った。クソジジィのヤツがレデンの愛くるしい手をイヤらしく触りまくったからだ。
「ニャピッ!? 何するニャ~!」

――――――ザシュシュシュシュッ!

「痛いではないか」
いろんなところが爪痕だらけになったクソジジィが出来上がった。いい気味だ。そのまま逝ってくれればよかったのにな。
「自業自得ニャッ」
おぉ、怒っている怒っている。俺様の中の“機嫌を損ねてはいけないランキング”2位のレデンを怒らすとどうなるか思い知ったか。まぁ……、2位程度なら爪痕が体に出来るだけだが、もし万が一にでも1位の奴を怒らせたら……、考えるだけで恐ろしいぜ。だがあえて言わせてもらうとすれば、この世から消滅してしまうといったところかな。
しばらく<プンプンッ>と湯気でも出ているんじゃないかと思うほど怒っていたレデンだったが、自分の仕事を思い出したらしく、メイドさんスタイルに切り替わった。
「当店では、このようなハレンチな行為をなさったお客様は、問答無用で追い出すのでお気をつけなさいませニャッ!」
「心得たわいッ!」
 まったく懲りていないな。もう100回ぐらい切り刻んだ方がいいぞ。
「では頂くわい」
クソジジィは何処で習ったのかと思うほどの優雅な仕草でスプーンを使い、スープを口元に運んだ。
「熱っ」
だが、すぐに離してしまった。
「ちょっと熱すぎるの~」
文句の多いヤツだな。黙って食えないのか。
「もうっ、貸してニャッ」
見かねたレデンがスプーンを奪い取った。

――――――フ~フ~フ~

 ここで裏メイド技が発動。その名も追極。熱い料理はメイド自らがフ~フ~してご主人様に食べさせてあげる。これがものすごく効く。やばいくらい効く。
 食べやすい熱さになったのか、息を吹きかけることを止めたレデンはスプーンをクソジジィの口元まで持って行き、
「はい、あ~んニャ」
「“あ~ん”だってぇぇぇぇぇぇぇぇ~~!!?」
コレは俺様の悲鳴だ。
「俺様だってまだ“あ~ん”はしてもらったことが無いのにぃ~! うぉ~、離せぇ~!」
突進しようとする俺様を、周りにいたメイド達が必死に押さえつけた。
「我慢してくださいぃ~」
「うぉ~~~」
くっそぉ~……、メイド5人分の力で押さえ込まれたらさすがに動けないぜ。だが、コレはコレで良かった……。だってムニョムニョプニョプニョだぜっ。極楽気分を味わえたから良しとするか。
とかなんとかやっている内に、クソジジィの口の中にスプーンが入っていってしまった。

――――――パクッ、モグモグ……

「う~ん、美味しいの~」
「当たり前だ~! 不味いなんて言ったら、貴様の体の皮を剥いで、熱い湯にぶち込んでやるッ!」
「はっはっはっ、可笑しいの~、どこからか負け犬の遠吠えが聞こえるわい。レデンちゃん、もう一杯もらえるかね?」
「全く……、役に立たないご主人様を持つと苦労するニャ~。しょうがないご主人様ニャ~」

――――――フ~フ~フ~

「うぉ~~~! 俺様にもフ~フ~してくれぇ~~~!」
この繰り返しが、このあと数回繰り返された。

――――――――――☆

「今日は大満足だったわい」
食事を終えたクソジジィは、レデンや他のメイドたちに礼を一通りした後、会計を済ませようとレジまで移動した。
「感想はいいからさっさと金払ってニャ」
何故かレデンがレジのカウンターに立っていた。お前……、いつのまにそんなことまでできるようになったんだ?
「おぉ、すまないすまない。いくらじゃ?」
「高級カツオ節の塊を3個ほどでい」

――――――バッ

「すいませんオーナー。お金は結構ですから」
突然登場してレデンの口を塞いだのはサユリというメイドさん。今までどこにいたんだ?
「いやいや、そういうわけにもいかんわい。こんなに萌えたのにお金を払わないとは、ワシの萌え魂が許さんわい」
「そうですか……」
複雑な表情をするサユリというメイド。
「それよりもオーナー」
「ん?」
クソジジィとサユリの目が合う。
「体は……、どこも悪くありませんか?」
「体? このとおりピンピンじゃい」
確かにその通りだな。今すぐ滅んでもいいような体つきなのに、顔は黄金色の光沢に包まれている。これは……萌えが最高潮に達したときに出現する『萌えピークフェイス』ッ。そんなレアな現象がクソジジィの顔には浮かんでいた。
「まぁ、ちょっと萌えすぎてオーバーヒート気味だわい」
「そうですか……」
気のせいか、一瞬サユリが何か悔しそうに顔を歪めたような……。
「まぁ、とにかくサユリちゃん。今日はツンデレ子猫娘メイド喫茶の開店の日に、無理やり貸し切りにしてくれてすまなかったわい」
「いえいえ、オーナーのお願いでしたら何なりと」
……何だって?
 何かがおかしい。そんな胸騒ぎがした。
「これなら何とかやって行けそうじゃ。これでワシの心配も無くなったわい」
「お褒めにあつかり光栄です」
「おい、話が違……」

――――――ジッ

「うっ」
俺様が異議を申し立てようとしたらサユリが睨んできた。
こいつ、何を隠していやがる? 分からない。
「では、ワシはそろそろ失礼するわい。おっと、これはほんの御礼だわい」
そう言ってレデンに差し出したものは、3枚の福沢諭吉のペラッペラバージョン。
「何ニャ、コレは?」
「ほぇ? 何じゃい、お札を見たこと無いのか」
「無いニャ~」
「そうじゃの~、コレがあれば高級カツオ節の塊が6個は買えるの~」
「6個もッ!? そ……、それはすごいニャ!!」
レデンはその紙切れを頭上に持って、クルクルと回転して喜びを表現した。一通り回り終えると、
「今日は冷たくしてすまなかったニャ~。ごめんニャ~」
「何を何を……、とっても暖かくしてもらったわい」
 クサイ台詞に少し鳥肌が立ってしまった。何が温かくだッ。くたばれボケェッ!
「嬉しいこと言ってくれるニャっ。はいっ、これレシートニャ~」
「うむ、記念に貰っておくわい」
レシートをレデンから受け取ったクソジジィは、それを大事そうに胸ポケットに入れた。
「体に悪いから、もう来るんじゃニャいニャ~」
「何の何の……、ワシはまだまだ現役じゃ、……のう若造?」
「……あ~ん?」
誰が若造だよと言い返そうと思ったが、機嫌の良いクソジジィを見たらそんな気は失せてしまった。何だかご機嫌な老人っていうのは苦手なんだよな。
「けっ、まぁ……、現役っていうことは認めてやるよっ」
「はっはっはっ……、若造。名前は何と言う?」
「新谷 和也だ」
「うむ、覚えておこう」
「クソジジィ……」
「ん?」
「あんたの名前は何と言うんだ?」
 俺様が名前を聞くことなんて、ちょ~稀なことなんだから誇りに思え。ほら、早く言えッ。
「ワシの名前は、相良 龍之介(さがら りゅうのすけ)じゃ」
「相良 龍之介……?」
どこかで聞いたことがあるような……。無いような……。
思い出せない。
思案していると、クソジジィはコートを翻しながら店内を見渡して、
「では、時間が無いのでこれで失礼するわい。サユリちゃん、これからもがんばってくれたまえ」
「かしこまりました、オーナー」
サユリが会釈すると、他のメイドたちも同じように頭を下げた。それが何とも言えない迫力のある見送り方で、お屋敷で何人ものメイドを雇っている主人が、メイドたちに見送られているかのようだった。
メイドたちが会釈する姿をチラリと見て、次にクソジジィはレデンに視線を移した。
「レデンちゃん、今度また会えたら何処かに一緒に遊びに行こうのぅ」
「ものすごくイヤだから行かないニャっ」
 ソレを速攻で撃墜させて見せたレデンは、『ニーっ』と綺麗な歯をこっちに向けながら、『ざまぁみろニャっ』と言わんばかりの笑顔を送った。
「むぅ……それは残念じゃのぅ……」
 それが最後の言葉になった。

――――――カランコローン……、バタン……

「行ってしまった……」
サユリが呟いた。そして、
「まったく……、役に立たない奴らだ……」
 また呟いた。先ほどよりも小さい声で言ったっぽいが、俺様は聞き漏らさなかったぜ?
「おい、今なんつった?」
「ひゃうっ!?」
背後に人がいたことに気が付いていなかったのか、思っていた予想以上に驚いた。
「いっいえ! なんでもありません! そ……、それよりも今日はお疲れ様でしたっ! あなた達を雇って正解でしたっ!」
「ほう」
悪いが、怪しいにもほどがある。お前怪しいぞと言ってみたい。
「オーナーに無事に適度なツンデレ子猫娘を見せることが出来、これでこのお店も無事に開店することが出来ます」
「適度……?」
「はい! とっても適度でした!」
 こいつは気が付かなかったらしい。レデンの攻撃が……、まだ終わっていないことにッ。
「くっくっくっ……」
「何が可笑しいのですかっ?」
遂、笑いがこみ上げてしまう。
「いや、すまんすまん。適度なツンデレ子猫娘はウチのレデンには無理だったようだ」
「はっ? どういう……」

――――――「ぐわぁっ!」

外からクソジジィの悲鳴が聞こえてきた。計画通り。
「今の悲鳴はッ!?」
慌てた様子でサユリが外に飛び出していった。その後ろ姿を見送った後、俺様とレデンはお互いの顔を見合わせてニヤリと微笑み合った。
どうやら上手くいったようだな。
「オーナーッ!?」
「おぉ…、サユリちゃんではないか」
俺様とレデンも外に出た。見ると、店から出てすぐの場所にクソジジィがうつ伏せで倒れていた。通行人も興味を持ったのか、立ち止まって何事かと観察していた。
「どうしたのですか?」
心配そうな言葉を投げかけながら、サユリは倒れていたクソジジィを抱き起こした。
「うむ……、まんまとしてやられたわい」
「何があったのですか?」
倒れているクソジジィは、無言で何かをサユリに見せる。
「これは……」
サユリはそれを乱暴に掴んで引き寄せた。それは、さっきレデンが渡したレシートだった。表は普通のレシート。サユリは何がおかしいのか分からず首をかしげた。
「コレが一体どうしたのですか?」
「裏を見てみぃ」
「裏?」
レシートの裏……、そこには、
「“元気な体でまた来てニャ”?」
「ギャフッ!」

――――――ぷるぷるぷる……

「オーナーッ!?」
クソジジィの体が小刻みに震えた。萌えダメージを受けている証拠だ。
「うむぅ……、まさかここまでワシにダメージを与えることが出来るやつがこの世におるとはのう……、信じられんわい」

レシートの裏には、お客様の心を爆発させるような言葉を書いておく。
これぞ、裏メイド極意、終極。メイド喫茶における最終奥義だ。

だが、ここまで見事に決まるとは思ってはいなかった。俺様の予想を遥かに超えて、レデンは急速に成長しているようだ。あまりの成長の早さに恐ろしくもある。
「もうちょっとで萌え死してしまうところだったわい」
信じられないことに、クソジジィがもう立ち上がっていた。コイツは底なしか?
「……嘘だろ?」
こいつはすげぇことなんだぜ? コイツも化け物ってことか……。だが、流石にダメージを受けすぎたのだろう、身体が不自然に<フラフラ>と前後に揺れている。
 ここであと一発でも萌え技を食らったなら、このクソジジィでも確実に萌え死んでまうだろうな。だが、そんなもったいないことはしない。この野郎は終極に耐えた男だ。称えてもいい。今日という日を、俺様が世界の広さを知った記念日として後世に残してもいいぐらいだぜ。
「ふっ、今度来やがったら、そのときは必ず萌え死させてやるぜっ!」
「やるぜっニャ!」
俺様とレデンで構成されている『ヲタク専門の何でも屋』が同じポーズで人差し指をクソジジィに向けた。その迫力に流石のクソジジィもちょっとたじたじだった。だが、減らず口だけは叩いてきた。
「ふっふっふっ……、それは楽しみじゃわい……」
「けっ、言ってろ……」
俺様とレデンとクソジジィの三人は、しばらく顔を見合わせていたが、途中で誰かが笑うといつの間にか三人とも笑っていた。何はともあれ、これで今日の仕事は一件落着ってところだな。

――――――「今度……?」

だが、一件落着とはいかなかった。急にサユリが変なことを言い出したからだ。
「どうしたのじゃ、サユリちゃん……?」
クソジジィも異変に気が付いたらしい。先ほどまでのおちゃらけた空気は何処かへ消し飛んでしまった。
「注意しろ、レデン」
「了解ニャ」
俺様がサユリとの距離を縮めようと足を前に出した途端、サユリがあり得ないぐらい後ろに飛んで距離を取った。突然こんな行動とられたら、誰だって唖然とする。さっきまでの巨乳メガネっ子メイドは何処へ行ってしまったんだ。

――――――「今度じゃなくて……」

不気味な雰囲気をかもし出しながら、サユリは右手で左の肩を覆っている生地を掴んだ。
……何をする気だ? 良い予感なんて全く感じないな。
 ヤバイ。何だか分からないが、とにかくヤバイ。俺様のシックスセンスは良く当たるんだぜ?
 むっ、ほら見てみろ。サユリが不気味に微笑んだだろ? 何かヤル気だぞ。
 予感的中。

――――――「……今じゃダメかしらねぇッ!?」

 すごい迫力でそう叫びながら、サユリはメイド服を掴んでいた右手を豪快に振り払った。すると、メイド服は宙を舞い、空を漂った。
蠢く大気。唸る大地。
メイド服を解き放ったサユリ……。そして見せた真の姿。
「うわぁぁぁ~~~!」(俺様)
「ニャピィ~~~~!」(レデン)
「こ……、これは~~~!」(クソジジィ)
その時、自分たちはとんでもない出来事に巻き込まれていたのだと、俺様はようやく気づいたのであった……。



第9幕  萌え忍(もえにん)



「うわぁぁぁ~~~!」
宙を舞うメイド服。ピピィー、こちら『俺様総合コントロール室』のオペレーター室長『ORESAMA』だ。何故か視覚に異常事態が発生した。原因を解析するのでしばらく待て……、って……こ……これはッ、おいおいっ、視線方向にメイド服が浮遊中だぜッ。緊急プログラム発動、直ちに捕獲せよッ。
一瞬で優先事項変更完了。俺様は全神経を集中させてそのお宝を追いかけたッ。
「早く回収しなければッ! 間に合うかッ!?」
 もう少しで地面に着きそう……、というギリギリのタイミングで飛び込みジャンプッ!

――――――バシィ……

 手に感触がある。良かった……、無事だったか。
 まるで恋人を悪の組織から救い出して、喜びの余りお互いが抱き合うかのように、俺様はゲットしたメイド服を暖かく胸に包み込んだ。。
 地面に盛大に倒れている俺様をよそに、向こうからは、

――――――「あ~っはっはっは~ッ!」

響き渡る甲高い声が一面を覆っていた。どうやったらそんな高い声が出せるんだと思ったぜ。オペラ歌手にも匹敵するうるさい声だ。だが、声の音量なんでどうでもよかったということが判明した。見ると、目に映ったのは何かの影。太陽の光を受けて空高く舞い上がった黒い影。もしや……、またメイド服かッ!?
「おのれ、何ヤツじゃっ!?」
俺様がその舞い上がった影がメイド服なのかどうか確認しようと目を細めていたら、クソジジィのイヤに役者ぶったセリフが聞こえてきた。おいおいクソジジィ良く聞けよ……、今の世の中、自分から自己紹介するやつなんてサラリーマン以外にはいねぇぞ。それにその時代劇みたいなセリフ回しは止めてくれ。でもまぁ、この次に『クセモノじゃッ、であぇいであぇい』とラストシーンに突入した悪代官みたいなことを言ったら褒めてやる。だって俺様、悪代官好きだし。
その黒い影は2階建てのテラメイドの屋根に着地した。この時点でメイド服じゃないと判断できたので絶望したよ。だが、俺様は一瞬で心を入れなおして屋根に立っているヤツに視線を向けた。太陽が向こう側にあるので目が眩んだが、何とかその姿を確認することは出来た。そいつはまぁ……、普通にサユリだったわけだが。どうもさっきと服装が違うような気がする。だが、さっきのメイド服よりも遥かに心が高鳴るのは何故だろうか。

――――――「相良 龍之介ッ! 貴様の命。貰い受けるッ!」

サユリは太陽を背に受けながら高々に叫んだ。同時に風が吹き、バタバタと音を立てて何かがバタついた。それは、まるで忍びが身に着けているかのような肩掛け。だが、そんなことはどうでもいい。肩掛けよりも、もっとインパクトのあるものがサユリの身体を包んでいるからだ。
「ご主人様~、あの格好は何ニャ?」
レデンも気になるそのお姿。それは戦国の世、動乱の裏舞台にて暗躍したであろう闇の組織。幾千もの男達を骨抜きにし、思いのままに操った究極の戦闘集団。そんな妄想をついしてしまうような衣装。それが……、ピンク色のくのいち衣装なのだッ!
サユリの身を包むものはピンクの布地と編みタイツオンリー。あっ、メガネも忘れちゃいけない。まともな理性を持っていなかったら、気が狂って飛び掛ってしまいそうになる服装だな。
その証拠に……ほら見てみろよ……、俺様のような強固な意志が無い一般市民は、サユリを見上げながらテラメイドの玄関に押し寄せるているだろ? 可哀想な奴らだ……。まるで自分たちの意思が消失してしまったゾンビに見えるぜ。
「何と言うことじゃ……、まさかサユリちゃんが“萌え忍(もえにん)”だったとは……」
サユリの隠された正体を知ったクソジジィが悔しそうに呟いた言葉は、俺様が今まで聞いたことが無い新鮮味を帯びたものだった。『萌え忍』……、この言葉を頭の中で復唱するだけで、なんだか胸の鼓動がどんどん高騰してきた。
あぁっ、カメラカメラッ。写真を撮らなければっ、カメラどこだっ?
えっ……?
「……カメラがねぇ~~~ッッ!!!」
無い。持ってない。何処にも無い。一生の不覚だ。俺様としたことが、なんてショボイミスをしてしまったんだッ。デジカメを家に忘れてしまった。あぁ~、俺様のバカッ。どうして気が付かなかったんだ。死にたいぜ。今持っている携帯にはカメラ付いていないし……、この世には神も仏も居ないのか?
「なんで泣いているのニャ?」
悔しさに負け、地面に膝を付いて泣いていた俺様を心配してか、レデンがこっちに向けて哀れみイオンを放っていた。
「うぅっ、レデン。お前にもきっといつか分かる時が来る」
「多分、一生来ないと思うのニャ~」

――――――トゥリュリュ~~、トゥッリュ~リュ~リュ~リュリュリュ~…

ちょっと待て、いきなり変なBGMが流れ出したぞ。
「何だか聞いたことがあるようなメロディーだニャ~」
何処から聞こえてくるのか……。まぁ探すとすぐに見つかった。サユリの足元に不自然に置かれたラジカセから聴こえて来ているようだ。って、アレは本当にラジカセなのか? 普通サイズのスイカみたいな形の物体。機械に見えなくは無い。その機械っぽいものの所々にボタンが付いているのが辛うじて見えた。変ったデザインだな、ってそんなことよりも疑問に思ったのは、一体どこからそのラジカセもどきを取り出したってことだ。もしかして、あの胸の中に入っていたのかッ!? ということは……、嫌な予感がした。
 俺様の脳裏をよぎった疑惑はこうだ。サユリのあの巨乳の正体は、あのラジカセだった……、ぐふぅ……、俺様は鬼気迫る勢いでサユリの胸を見た。
「……神よ、感謝します」
記憶と相違ない巨乳がそこにはあった。どうやら杞憂だったようだ。良かった……、本当に、よぉかぁったぁッ。

――――――「この世に萌える人々いる限り……」

生ける者全てに感謝を感じている俺様をよそに、サユリは音楽に合わせながら、手を胸の前で合わせたり足を上げたりとポーズを取り始めた。なにやってんだコイツ。その動きが妙にしなやかで、ヨガの演技指導を見ているみたいだった。

――――――「萌えの真髄、貫く心得……」

 流れるようにポーズを決めるサユリに、しばし誰もが口を開くことは無かった。それは驚いたからじゃなく、途中で邪魔したらもったいない気がしたからだと思う。俺様もそう思った一人だから分かるんだ。今、この場に集まっている男共の心は一つだった。即ち、『くのいち萌え~』。
 音楽が佳境に入ると、サユリの動きは一段とキレが増した。流れるような動きから、フィニッシュッのポーズへ変化ッ。それはまるで、我が子を谷に突き落とした親獅子のように、雄大で優雅なポーズだった。それにキメ台詞もちゃんとあった。

――――――「萌え忍……、サユリ参上!!!」

 <ジャジャ~ン>と音楽が終わった。
「ウオォォォォォォ~~~、萌え忍、萌えぇぇぇ~~~~~~!!!」
 サユリの登場ダンスにボルテージが最大まで高まった俺達は、天まで届きそうな歓喜の雄たけびを上げた。
「ニャッ?」
大きな声にびっくりしたのか、レデンは何が始まるのかとオロオロしていた。
「お前たち、あやつに騙されるなっ!」
せっかく盛り上がっていた気分を害したのは、地面に倒れているクソジジィ。ふっ……、今なんつった? 騙される? 違うな。俺達は今ッ、猛烈に萌えているのだッ。だから騙されるとか意味の分からないことを言うんじゃねぇよ。
 ほら見てみろ。あの素晴らしいコスチュームを身に着けたサユリが、
「ふっ、笑止っ! 最早、誰にも我々の野望を止めることは出来ぬッ。だが、我らの野望
を邪魔する輩……、貴様は目障りだ。弱っているのが運の尽きだなッ!」

――――――バッ

クソジジィに向かって飛び降りた。サユリの巨乳的胸は、空気の抵抗を受けて<ボヨ~ン>となっていた。空気ありがとう。
「覚悟ッ!」
 腕を広げた状態で飛び降りていくその光景は、まるでモモンガみたいだな。
「むっ!」
 それを待ち受けるクソジジィ。
って、俺様は何のん気に実況しているんだよ。このままじゃ二人が激突してしまうじゃないか。早く助けなければッ。サユリが危ないッ!

――――――ダッ

地面を思いっきり蹴るッ。間に合うかッ?
「喰らえ! 萌え忍奥義、“押しくら饅頭”ッ!」
 全てがスローモーションに見えた。クソジジィの険しい表情も、サユリの揺れる胸も……。
「危ないッ!」
神風の如くの速度でクソジジィの前に到着。急いで体の向きをサユリへ向ける。ふっ……間に合った。
「へっ?」
 サユリにとっては予期せぬ出来事だったんだろうな。

――――――モニュゥゥゥ~~~ッ

「はぅっ!?」
 激突したはずなのに、『ドゴォォォッ』とか『ズカァァァンッ』といった騒音は聴こえてこなかった。代わりに耳に入ってきたのは、『柔らかい』をイメージするのに最適な擬音語と、サユリの何とも言えない恥ずかしい声だった。
それにしても、この顔全体に広がる柔らかい感触は何だ……。
「な……、なんで貴様が出てくるのッ!?」
突然、真っ暗だった視界が開いた。それと同時に、でっかいマシュマロに顔を埋めているような感覚も失せてしまった。あぁっ、あと5分だけ、っと一歩後退してしまったピンク色のくのいちに話しかけようとしたが、あっという間に後ろへと飛んで、手の届かないところに行ってしまった。名残惜しい。
「(やっぱり大きな胸はイイな……)」
自分が何に顔を埋めていたかを思い出すだけで意識が飛んでしまいそうになる。俺様ってピュアな生物だろ? ふっ……、生物として頂点を極めた俺様でも、他の生物と共通する部分が在る。それは、如何なる生物も『柔らかい』モノは大好きだと言うことさッ。この世に生ける全ての者たちよ。心に刻めっ。柔よく萌えを制せッ。
サユリの『押しくら饅頭』を偶然にも喰らってしまった俺様の鼻の下は、恐らく搗きたてのモチのように伸びまくっていることが容易に予想できた。何故なら、周りにいる男供からは舌打ちやツバを吐き出す音がリズム良く聞こえてくるからだ。けっ、クズ共がッ。これがお前らと俺様の『格』の違いってわけだ。せいぜい俺様の周りで劣等感に浸っていやがれ。まぁ……、その分に応じて俺様は優越感に浸れるわけだがなッ。
「助かったぞ若造」
「ん?」
まるで生まれたてのロバみたいにヨロヨロと立ち上がったクソジジィは、あろうことか、自分のすぐ傍にいた俺様の肩に手を置いて自分の体を支えていた。ねっとりとした嫌な体温が伝わってくる。しかもクソジジィの体温。クソジジィのエネルギーが俺様の中に入ってくる……。と……鳥肌がぁッ!
「うぎゃ~ッ! ジジィ離せッ。じぃさんに触られたら俺様は死ぬしかないッ!」
 俺様の心には、全身全霊を賭けて誓った五大誓約書が刻まれている。その一つに、『じぃさんに触れると老人臭を植えつけられるから近寄るべからず』とある。ふっ……、禁を破った俺様もこれで老人臭をまとった訳か~。ガフゥッ!(精神的ダメージ大)
「さすがのワシも、今の攻撃を喰らっていたら萌え死していたかもしれん……」
宇宙の彼方へと意識を持っていかれていた俺様を呼び戻したのは、その原因を作った張本人のクソジジィだった。コイツの口調がやけに真剣で、お遊び気分が失せてしまったわけだ。俺様の肩に手を置いて立っているクソジジィからは疲労が伝わってくるし、疲労の証拠に額には冷や汗までかいでいやがった。
「じゃが、もう大丈夫じゃ」
 スッと肩から重さが抜けた。
「肩を貸してくれて感謝する」
そう言って、クソジジィはサユリの方へと足を進めていた。って、そんなボロボロな体でまだ戦う気かよ。バカじゃないのか。マジで死ぬぞ。俺様はそんな無謀なやつが大嫌いだ。自分勝手なヤツがどうなろうと知ったこっちゃない。自業自得さ。他人に頼ろうとしないのさ弱さでもあるんだぜ? 死んでから後悔しても遅いんだぜ? そう……後悔だけが残るんだ……、貴様にも……、この俺様にもなッ!
さっきまで俺様の肩を掴んでいた手の平の余熱が、まだ肩をつかんでいるような感覚が残っていたせいかな。
「退いてろ」
 そう言いながら、俺様はクソジジィの背中を引っ張って向こうに投げ飛ばした。
「ッ!?」
 声も出せずに飛んで行ったクソジジィだったが、上手く着地した。で、こっちを見た。
「お主ッ、どういうつもりじゃッ。これはワシの戦いなのじ」
「ゴラァッ、勘違いするな。コレはアンタの戦いじゃない。コレは俺様の仕事だッ!」
 クソジジィなんてどうでもいいんだよ、と付け足すのも時間の無駄なので、俺様はサユリの方に視線を移した。そこにはまだ胸を押さえているサユリがいて、俺様と目が合うと急に赤くなっていた。恥ずかしいのならさっきの技をやらなければ良かったんじゃないのかと少し哀れんでしまったぜ。
「貴様ッ。よくも邪魔したなッ!」
頬を染めながらも強気なセリフを吐いた女忍者サユリは、再びテラメイドの屋根へと飛び上がった。流石は萌え忍、身体能力が高いっ、とノリでそう思ってしまうほどのジャンプ力だった。
「なぜ邪魔をする、貴様ッ!」
「ふっ……、昨日言っといたはずだぜ。“明日は俺様の好きなようにさせてもらう”と。だからアンタにとやかく言われる筋合いはこれっぽちもねぇな」
 俺様は“これっぽっち”のジェスチャーを右手の親指と人差し指を使ってサユリに見せ付けながら言った。
「それに俺様は、人を騙すクズ野郎がこの世で一番キライなんでね。てめぇ、よくも俺様を騙しやがったなッ!」

――――――ダンッ!

地面を思いっきり蹴って跳躍。常人ならあり得ないほどのジャンプ力。
いつ以来だろう……、本気で跳んだのは。
「なっ……?」
 目の前にサユリの胸。もらったッ!
「お触り~~~ッッ!!」
 風を切って唸る俺様の右腕。その目標物は突然の出来事に対処できなかった……はずだったのに、

――――――ポサァ!

「あれっ?」
 期待していた感触は伝わってくることはなかった。だが、手は一応なにかを掴んでいた。それは全身を包み込むことができるほどの大きな一枚の布。そこには、
「ツン子ッ!!」
 俺様のアイドル、“ツンデレアタックNo1”のヒロイン“ツン子”の押し目も無いイラストが所狭しとプリントされていた。
「あぁっ、ツン子ッ!」
興奮した俺様はツン子に抱きついた。そんなことをしているうちに、地面に受身も取れずに大激突してしまったわけで……。
「和也ッ、大丈夫かッ?」
 クソジジィが駆け寄ってきて俺様の体を起こした。
「エヘヘ~、ツン子~」
「くっ、恐ろしい技じゃッ」
 ツン子がプリントされた布(ツン子マント)を、クソジジィは強引に奪った。
「てめぇッ、何するんだよッ。返せッ!」
「うむ、無事でよかったわい。……ツン子」
 クソジジィは奪ったツン子マントを抱きしめると、その後それをあろうことか羽織った。あっあっああああぁぁぁ~~~ッッ!!?
「出てくるのじゃッ。今度はワシが相手じゃッ!」
「その前に俺様が相手だ~ッ!」
 命よりも大事なツン子にこれ以上触れるなッ!
「ぬっ、お主っ、まだ動けるのかッ!?」
「か~え~せ~」
 さっきの落下時衝撃で、アバラが何本かイッていたが、ツン子に比べたらアバラなんて何本在ったって無価値だ。
「イヤじゃっ。コレはワシのもんじゃっ」
「な~に~?」
 お互い満身創痍ながらも、譲れぬ物がそこには在った。ふっ……負けないぜ?

――――――「命拾いしたな、相良 龍之介ッ!」

 だが、そんな決闘のお茶を濁したのは、どこからともなく聞こえてきたサユリの叫び声だった。すっかり存在を忘れていたな。

――――――「だがしかしッ! 貴様は今日この日に萌え死していれば良かったと思う日がいつかきっと来る! そのときを楽しみにしているんだなッ!」

一体どこから聞こえてくるんだ? 最後にもう一度その『ザ・胸』に触れたいのだが……。
――――――「去らばっ」

 それが最後のセリフとなった。なんというか、最後はアッサリと消えたな。もっとド派手に退散してもらいたかったんだがなっ。あと、
「ツン子のグッズをもっとくれよ……」
それだけが心残り。あと胸タッチもな。やっぱり顔で触れるのと手で触れるのとでは、神経の集まっている密度が高い手のほうが、繊細な感触まで感じ取ることができるからな。顔面じゃなくて手で触ればよかった。俺様ってドジっ子?
「ふぅ……」
見ると、ツン子マントを俺様と取り合っていたクソジジィは、あさっての方向を向いて溜息をついていた。その手には何も持ってなく、いつのまにか俺様の手にはツン子マントがしっかりと握られていた。
「あやつら……、本格的に始動しはじめたか」
 意味深だな。
「……おいクソジジィ。萌え忍って一体」

――――――キキィッ

「ん?」
普段見慣れていない車がすぐ横で止まった。何だこの車? 異様に長えぇ。もしかしてコレが噂に名高いリムジンってやつなのか? 金持ちかハリウッドスターが乗車していること間違い無しな黒いリムジン。それにワックスでピカピカだから光りすぎだ。眩しい。こっちに向けて太陽光を反射するなッ。黒色なら自然の摂理に従って光を吸収してろよ。それにしても長えぇ。
リムジンの運転席のドアが勢い良く開いた。
「龍之介様っ!」
その掛け声と共にリムジンから現れたのは、メガネを掛けたスレンダーな茶髪長髪美人秘書。髪の毛はサラサラだっ。最近OLたちの間で流行っている『できる女』のスーツシリーズの一つ『できる秘書』のスーツをそつなく着こなし、細く長い足の太ももを包んでいるのは灰色のミニスカート。その見えそうで見えないラインは正に神の仕業と疑ってしまうようなゴッドライン。このような常軌を逸脱したファッションに、俺様は感激したね。
「ご無事でっ」
その美人秘書がクソジジィに駆け寄る。

――――――ギュム~

そして熱い抱擁……。
「はっはっはっ、これこれ、皆が見ておる」
「ご無事で何よりです……」
泣いているのか、美人秘書は小刻みに震えている。このクソジジィのことをよほど心配していたんだろうな。うんうん……、実に不愉快だっ! レデンのメイド接客を直に体験でき、今は美人秘書に抱擁されている……、貴様の今日は美味し過ぎるぞ。まさかとは思うが、毎日こういう生活を送っているのか?
「よし、ではそろそろ帰ろうか、時雨ちゃん」
「はいっ」
見ていると誰もが誰かを恨んでしまうような抱擁を解いた二人はリムジンに乗り込んでいった。クソジジィは後ろの席に、時雨という名の美人秘書は運転席に。
「あっ、時雨ちゃん、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
後ろの席の窓ガラスが下へスライドしていく。そこから顔を出したのは、抱擁という回復魔法で元気を取り戻したクソジジィだった。
「おっほん……、和也よ、明日は何か用事があるか?」
「明日?」
いきなり何を言い出すかと思えば……、ふっ……、明日はレデンの萌え特化特訓という大事な仕事があるのだ。だから貴様の用件などどうでもいい。
「すまないが、明日は……」
「そうか、残念じゃの、とんでもないパラダイスへ招待しようと思ったのにのぉ」
「……何も用事がないのだ」
 レデンの特訓なんていつでもできる。そう自分に言い聞かせた俺様がそこにいた。
「そうかそうか、では明日の正午までにココに来てくれないか」
クソジジィから手渡されたものは、一枚のメモ用紙。
「この場所に行けばいいんだな?」
メモ用紙には簡単な地図が描かれていて、住所も書かれていた。
「そうじゃ、その場所に来てくれ。今日は世話を掛けて済まなかった。大変感謝しておる。ではまた明日会おう、失敬」

――――――ブロロロロォォォ……

俺様は車が見えなくなるまで、しばらく車が走り去った方向を眺めていた。
「パラダイスねぇ……」
その言葉がとっても気になるわけだ。パラダイスって何だよ。……はっ!? もしかして……、酒池肉林ってやつなのかもッ!?
クソジジィからもらったメモ用紙を凝視する。
「楽しみだな」
興味が急に湧いてきた。よしっ、明日起こる出来事を脳内で考えてみよう。
あのクソジジィの事だから、とんでもないジャンルの女の子たちを用意しているに違いないッ! 間違いないッ! ナース、スチュワーデス、チャイナ、先生、メイド、バニー、水着、でへへ~、考えたらキリがないぜっ、いやっほ~いっ!
そんな風に妄想ワールドを展開していたら、

――――――ヒソヒソヒソ……「おい、アイツやばくね?」、「目がイッていますね」

「はっ!?」
意識の凱旋帰国完了。やばいやばい……。周りのやつらの声が聞こえなかったら、このまま萌えカオスの世界に一生迷い込んでいたところだった。あやゆく命まで落とすところだった。想像力って怖いよな?
ツン子マントを羽織ってから、俺様はレデンを探した。すると、道の隅っこのほうでしょんぼりとしゃがみ込んでいたレデンを発見。何だか落ち込んでいるように見えてしまう。どうしたんだ?
「よし、レデン帰るぞっ」
ピクリと白いネコミミが動いたが、顔を上げようとはしない。見ると、ネコミミも尻尾をだらしなく垂れていて、レデンが落ち込んでいることを示していた。分かりやすい感情表現方法だと思わないか?
「おいっ、帰るぞっ」
だが反応なし。ふっ……、この俺様を無視するとはいい度胸だな。 
レデンは下を向いたまま微動だにしない。そろそろ抱きかかえてでも帰ろうかと思っていたら、
「ご……ご主人様……」
 ようやく顔を上げて、弱々しく声を漏らした。しかも泣き顔だった。
「何があったんだっ!?」
レデンは明らかに泣いていた。目元が赤い。まさか、誰かにナニかされたのかッ!?
「大丈夫かッ!?」
 膝をついて目線をレデンと合わせて、俺様はレデンの両肩を掴んだ。その華奢な肩は、プルプルと震えていた。何だ? 一体なにが遭ったっていうんだよッ!?
 困惑してしまうぜ。レデンから目を離したほんの少しの時間の間に、レデンは何かしらの恐怖を体験していたってことだ。ちくしょう、なんてこった……。
心配で目を瞑ってしまった。だがそのとき、レデンが自分の肩を掴んでいる俺様の手を握ったのが感覚で分かった。
「ん?」
見ると、レデンは俺様の手を肩から引き離し、こっちを涙目で見ていた。そしてレデンは目元の涙を指で拭うと、
「ご主人様は……、大きい胸が好きなんだニャ?」
「へっ?」
途端にまた<ブワ~>と涙が溢れ出していた。そんな目で見るな。
大きい胸……? あぁなるほど。さっきのサユリとのやり取りを見て、俺様が巨乳好きだという風に感じたんだな。その考えは正しいぞ。
「レデンはどうせ……、胸ないニャァ……」
 悲しみのあまり涙が滝のように出てきているレデンを見ていると、何だか心が痛む。ここは一つフォローを入れるに限る。
「いやっ、俺様はレデンの胸も好きだぞっ」
 だが、墓穴を掘ってしまった。
「嘘ニャッ! だって、さっきのご主人様、とんでもなく鼻の下が伸びていたニャッ!」
「うっ、それは……」
「ご主人様はやっぱり胸の大きい方が好きなんニャッ! バッキャロォォォ~!」

――――――ドゴッ!

「ぐはぁッ!?」
しゃがみ込んだ体勢から、いつもの爪攻撃ではなくケリを繰り出したレデン。腹にめり込んだところから<ミチミチ>と嫌な音が聞こえてくる。やべっ、吐きそう。
「どうせレデンは胸がないニャ~ッ!」
 吹き飛んだ俺様のところにグチを飛ばしながら、殺気立ったレデンが歩いてくる。これはヤバイ。機嫌を直さないと殺される。
「待てっ、レデンは今から大きく……」
「今ほしいニャ~ッ!」

――――――ドゴッ!

 今度はパンチ。一発で意識が持っていかれそうになるほどの威力。
「無茶言うな~ッ!」(頭から血を流しながら)
「ご主人様のバカァアァ~~~ッッ!」

――――――ドゴォォォッ!

「死ぬぅっ」
「バカァアアァァッ~~~!」
 人って死に直面すると、妙に頭が冴えるらしい。
「クッ、レデン! カツオ節の塊を買ってやるぞ!」
「ニャッ?」
誘惑の言葉にレデンの攻撃が止まった。いけるかッ!?
「ほらっ、早く行かないとお店が閉まるぞ!」
 俺様は立ち上がって、夕焼けに染まる空を指差した。すると、
「何しているニャッ! さっさと案内しろニャァッ!」(ビチャァァッ)
レデンの口からは大量のヨダレが滴り落ちていた。どうやら助かったようだ。これからレデンをあやすときの言葉は『カツオ節の塊』だな。
「こっちだ、ついて来いっ!」
「了解ニャッ!」
こうして、俺様とレデンは夕焼けに佇むテラメイドに背を向け、鮮やかなオレンジ色の夕焼けに向かって走っていったのであった……。



第10幕  相良 龍之介



――――――ボリボリボリボリ……

「レデン、食べ歩きはお行儀が悪いぞ」
「そんなのどうでもいいニャ~」

――――――ボリボリボリボリ……

何だか最近、レデンが俺様の言うことを聞かなくなってきている様な気がする……。つい最近からだ。どうも手に負えないというか五月蝿いというか……。まぁ、レデンがこうなってしまった原因は分かっている。美鈴だ。あの凶戦士が原因だ。アイツの凶暴性がいつのまにかレデンにうつってしまったのだ。くそっ、早く俺様という特効薬をレデンに注入してやらんと、とんでもないことになってしまうぜッ。
今、俺様とレデンは町里離れた山道を進んでいる。町から少し離れるだけでこんなにも緑が生い茂る場所があったなんて知らなかったな。空気も澄んでいてウマイ。だが、そんな自然の空気を汚すヤツが横にいる。レデンだ。コイツが家からずっとカツオ節の塊をかじりながらついてくるから、俺様の周りにはそれはすごい匂いが充満している。ちょっとしたカツオ節結界初極というヤツだ。
「美味しいニャ~」
隣からは幸せそうな声がずっと聞こえてくるので文句も言えやしない。まったく困ったヤツだ。
「そんなことよりもな」
ポケットから地図を取り出してもう一度よく見てみる。
「この地図おかしくないか?」
地図には大体の模式図が描かれているのだが、クソジジィの指定した場所がちょっとありえないくらい範囲が広いのだ。
「これって、東京ドーム一個が軽く入る広さだぞ?」
昨日のリムジンの件もあるし、あのクソジジィはもしかするととんでもない大金持ちなのかもしれない。ちっ、腹立たしいったらありゃしないぜっ。
「ニャッ!? 大っきぃ門があるニャ!」
レデンはわざわざこっちを向いて、カツオ節のクズを『つぶはぁっ!』と吹き飛ばしながら言ったので、その口からはカツオ節のクズが散弾銃のように発射された。それを神業的にかわしながら、俺様は向こうを見てみた。
「げっ、何だアレは?」
そこにそびえ立つものはまさに羅生門。高さ推定五メートル。神木でも使って建築したかのような神々しいオーラが解き放たれている。その両側には白い壁が向こうの方までず~~~~っと続いていて、この門を通る者を威圧する圧迫感が凄まじい。ヤクザの事務所なんて目じゃないな。
「ん? 誰かいるぞ」
その門の前には、昨日会った『時雨』と言う美人秘書が立っていた。お出迎えというやつか。俺たちはそいつのところまで行って挨拶した。
「ちぃ~っす」
 すぐに返事が返ってくると思ったんだが、
「………………」
時雨はまったくの無反応。下を向いてただ立っているだけ。
「何だ? 俺たちに気づいていないのか?」
涼やかな風、安らかな木々のざわめき。それらが俺たちの空間を埋め尽くしていた。
「この人どうしたんニャ?」
「う~む、分からん」
「死んでいるのかニャ?」
「よしっ、心臓が動いているか試してみよう」

――――――ザシュッ

「……冗談だ」
時雨の胸に手を伸ばそうとした俺様の手を、レデンが容赦なく切り裂いた。結構痛い。
「多分寝ているんだろうな。ちょっと待ってろ」
レデンが『?』マークを頭に浮かべている中、俺様はそこら辺に生えていた雑草をちぎって、それを時雨の鼻の中に突っ込んだ。

――――――こちょこちょこちょ……

「ふぇ……」
効果は絶大だな。さっきまで無反応だった時雨の顔が歪んだ。そして、
「ふぇくちっ」
可愛らしいクシャミだった。
「あ……あれ?」
ようやくお目覚めか。
「よう、目が覚めたようだな」

――――――クー……

 また寝た。
「………………」
 俺様とレデンはしばらく間を置いてから。
「起きろッ」、「ニャッ」

――――――ゴンッ

 二人同時に頭を叩いてやった。
「あ……あれ?」
今度こそ、ようやく時雨が目を覚ましたようだ。
「次、寝たらカンチョウするからな」
「あぐぅ……、すいません。いいお天気だったので、ついウトウトと……」

――――――クー……

「う~む……」
俺たちはどうすればいいのだろうか? 
このまま時雨を放って置いてこの門を通るべきか。それとも、親切にカンチョウで起こしてあげて、時雨に感謝されるべきなのだろうか……。
「う~む……」
まぁ、いろいろと考えるのは俺様らしくないな。頭で考えるよりも、体が先に動くのが俺様という生命体なのさ。よしっ、カンチョウしよう。これで時雨も俺様も救われるってもんさ。
だが、いざ遂行しようとしたら、何故かレデンが時雨の前に立って手を<ワキワキ>と動かしていた。何をする気だ?
俺様が『?』マークを頭に浮かべている中、レデンはニヤリと笑ったかと思うと、

――――――ムンズッ!

「はぅ!?」
「目が覚めたかニャ?」
ぐふっ、な……何ていうことだッ。レデンが時雨の胸を両手で思いっきり揉んだために、時雨が起きてしまったじゃないかっ。俺様のゴッドフィンガーカンチョウをお披露目できる折角のチャンスだったのにッ。
「あ……あれ? なんだか私……、長い長い夢を見ていたような気がします」
 どこか上の空で言っている。まだ眠気が抜けていないのだろう。
「そりゃあ、実際に寝ていたんだからな」
「はぁ……そうだったんですか……、えっ!?」
さっきまでボ~っとしていたのに、時雨は突然スイッチが入ったようにシャキっと背筋を伸ばした。
「そうでしたっ。私、和也という人を待っていたのでしたっ」
「それは俺様だ」
自分を指差して答えてみたら、時雨の後ろに『ガーンッ』という絵文字が浮き上がったのが見えた。衝撃の事実だったんだな。時雨は『あぐぅ~』と言った後に、
「うぅぅ……、すいません、寝坊してしまって……」
 寝坊ッ!? 違うな。
「言っちゃ悪いが、これは寝坊を通り越して死坊(亡)だと思うぞ?」
 突如、どこからともなく寒い風が<ヒュ~>と通り抜けた。おいおいっ、ちょっと待ってくれよ。言っておくが、これはオヤジジャグでは無いぞ。だから、寒いギャグ発生時に吹く風が吹くわけ無いだろう? これはヤングでイケてるチョベリグなギャグだッ!(直後、また風が吹く)
「あぐぅ~……、ツッコミを入れるべきか悩みますね」
「まったくニャ……」
 あれ? レデンがいつの間にか時雨サイドに移って、二人して俺様を冷たい目で見ていた。
「うっさいわ~っ、オラッ!」
 いてもたってもいられなくなったので、俺様は時雨の両方の頬っぺたを摘まんで引っ張ってやった。
「ひぃたいれす~」
「そもそも寝ていたアンタが一番悪いんだろうがっ。あ~や~ま~れ~」
「ごめんにゃひゃいぃ~」
 手を離してやると、時雨は自分の頬を摩りながら泣きそうになっていた。自業自得さっ。
「あぐぅ~、和也さんはヒドイ人ですっ」
「十分承知している」
「ヒドイって言うよりも邪悪に近い存在ニャっ」
「あっ、今、俺様キズ付いたぞ」
 心が痛い。レデンにそこまで思われていたとは……、いよいよもって早く調教しなければ、俺様の地位が危ういッ。
「はっ、早くご案内しなければっ」
いきなり自分の使命を思い出した時雨は、俺たちを見つめてこう言った。
「和也さん、そしてレデンさん、はじめまして。私は龍之介様の秘書をしております『柿本 時雨(かきもと しぐれ)』と申します。本日はわざわざこのような場所までお越しいただいて、誠にありがとうございます」
時雨がお辞儀をすると、その長い髪が風に揺れて、一瞬だけ俺様の視界が茶色に染まった。
「ちゃんとまともなことが言えたんだな」
「あぐぅ……、ちゃんと言えますよっ」
 少しだけ拗ねたように口を尖らせると、時雨は再度キッチリとした表情になってまじめに答えた。
「それではご案内いたしますね。中で総理がお待ちです」
「あぁ、分かったよ。レデン行くぞ~」
レデンは巨大な門を下から嬉しそうに見上げていたが、
「了解ニャ~」
素直に返事をしてこっちに駆け寄ってきた。でだ、その勢いを保ったまま、俺様とレデンは、

「って、総理って何だよッ!?<ピシッ>」
「って、総理って何ニャッ!?<ピシッ>」

と、全くと言っていいほどの同じタイミングで、時雨にツッコミを入れてしまった。
「な……何ですかっ?」
ツッコミを喰らった本人は、ただ戸惑うばかりでこっちが戸惑ってしまう。
「おいおい、冗談にしてはちょっと笑えないぞ」
俺様とレデンは『ワタシニホンゴワァ~ッカリマセ~ン』と喚く外人みたいに両手の掌を天に向けて『ハハハハハ……』と笑い声にならない笑い声をあげた。。
「いえ、冗談ではありません」
先程の時雨とは違い、今度はハッキリと物事を話すので妙に信憑性があった
「まさか、総理って言うのは、総帥 オブ 理科部 の略語か?」
よく分からないことを口走りながら、俺様はただひたすらにオロオロと手の甲の小さな毛を抜こうと努力し、レデンはと言うと、カツオ節の塊に対して“草履”と爪で必死に跡を刻み込んでいた。なぜそんな難しい漢字をレデンが知っているかは俺様には分からないが、レデンよ……、それは“ぞうり”と読むんだぞ?
「いえ、総理とは、総理大臣の略語です」
何をそんなに驚いているの? みたいな感じで時雨が答えた。ムカツク。
「ふっ、何を言っているんだ。そんな訳がないだろう」
俺様は気を落ち着かせるために、その場で片手腕立て伏せをし始めた。オイッチーニーサンーシー……。
「突然なんで片手腕立て伏せなんかし始めるんですかっ? 自分の国の総理大臣ぐらい知っておいてください」
頭の上から時雨の喧しい声が聞こえる。ふっ……、
「そんなこと信じられるかぁあぁぁ~!!」
その掛け声と共に、俺様は<ガバーッ>っと立ち上がった。
「あのクソジジィが総理大臣な訳ねぇだろうがっ! レデン、ついて来いッ!」
「了解ニャッ!」
「えっ、ちょっと?」

――――――ダンッ!

俺様とレデンは、その類まれなる身体能力を生かして高々にジャンプした。
「着地っ」
そして無事に門の上に着地した。垂直跳び五メートル。世界新かな?
「ほえ~、高いニャ~」 
景色は最高。俺たちがここまで歩いてきた道が一望できる。今日はイイ天気だ。
「……あのぉ~!」
下のほうで時雨が叫んでいる。
「……危険ですので降りてくださいぃ~!」
 落ちないように気をつけて、下のほうを覗いてみた。
「大丈夫だッ。そんなやわな鍛え方をしていないのでなッ」
5mほど下にいる時雨はそれでもバタバタと五月蝿く喚いていた。
「あぐぅ……! そうじゃなくて……」
時雨の様子がおかしい。
「ご主人様……」
「ん、どうした?」
隣にいたレデンの様子もおかしい。なんだ? このおかしいは女性限定なのか?
「なんだから嫌な予感がするニャ」
 嫌な予感……、女の勘というやつか。いや、レデンの場合は動物的本能によるものだろうな。
「ほう、それはどんな……」

――――――ダダダッダンッ!

 どこからともなく銃声が響いた。
「うわっ」
ちょっ、やべぇ!
「逃げるニャッ!」
レデンは言うが早いか先に飛び降りていった。
「見捨てるな~ッ」
で、俺様も急いで下にいた時雨の元へ飛び降りた。

――――――ダンッ!

 無事着地。着地は痛いからキライだな。
「大丈夫でしたかっ!?」
時雨が心配の表情を浮かべて俺たちの元に駆け寄ってきた。
「おい……、何でいきなり攻撃されないといけないんだ?」
こんな絶叫マシーンがあったら、客が事前に危険を察知して逃げ出してしまうテーマパークが完成してしまうぜ。だから、その恐怖を体感してしまった俺様の心臓がバクバク状態なのはしょうがないことだろ。
 何でいきなり攻撃されないといけないんだという問いに、時雨はにこやかにこう言った。
「それは……、この門を通って中に入らない人は、例え総理でも射殺せよと命令されているので……」
見ると、時雨の右手には、銃口から火薬の匂いがプンプンする銃が握られていた。
「って、お前が撃ったのかよッ!?」
「あぐぅ……、だって……」
「だって……じゃないだろうがぁぁぁッッ!」
やばい。気がどうにかしてしまいそうだ……。落ち着け、クールになれ俺様。クールに、クゥゥゥルゥゥゥになれ。
「ですので、門以外から中へ入ることはあまりオススメできませんっ」
まるで子供を注意する優しいお姉さんみたいに、時雨はニコっと笑った。てめぇ……、覚えていろよ。
「前途多難だニャ……」
いつも元気万点なレデンも、今回は流石に顔色が悪いかった。何だか急に寒気がしてきたぜ。
「では、ご案内致します~」
時雨は門の横の小さな扉を開けると、手招きして俺たちを中に入れた。この羅生門を通って中に入ってみたかったが、『開けるのが面倒くさいです』と断られてしまった。そして時雨は扉の鍵を閉めると、
「こちらです」
俺たちの前を先導して歩いていった。地面は砂利道。心地よい砂利音が歩くたびに響く。
「……広いニャ~」
「あぁ……」
 見渡す限り日本庭園。流れる小川に赤い橋、高さが三メートルぐらいの五重の塔まである。色とりどりの日本の植物が惜しめもなく目に入ってきて、この庭一つで日本を感じることができる。観光客に有料公開できるぐらいの素晴らしい庭だ。やはり、あのクソジジィは大金持ちで、時雨が言っていたようにこの国の総理大臣なのだろうか。ミトメタクナイ……。
「綺麗な所ニャ~」
 横を歩くレデンもすっかりご満悦だ。それにこの砂利というものも気に入ったらしく、世話しなく砂利を蹴って遊んでいた。だが、その遊びはかなり危険度が高く、レデンが蹴る砂利はショットガンのように俺様を襲うわけで、その結果、俺様は死に物狂いで逃げ回る羽目となった。
 そうこうしているうちに、クソジジィが居るらしい屋敷に着いたわけだ。これまた立派な屋敷で、もはや憎いを通り越して驚嘆してしまっていた。
「靴は脱いでお入りください」
外見も純和風。中身は純和風。日本家屋の素晴らしさが詰まった建造物だ。木の香りが心地よく、この屋敷の中に居るだけで癒される。アウトセラピーなんて可愛く見えてくるぜ。
「なんだか懐かしい匂いニャ」
レデンは鼻をクンクンさせて、柱や床やら畳の匂いを直に嗅いでいた。
「へぇ~、この匂いの良さが分かるなんて大人だな、レデン」
「むっ、レデンはもう立派な大人ニャッ!」
拗ねてしまったのか、プイっと顔を横に向けて黙ってしまった。やれやれ……、
「全く……、その態度がすでに子供っぽいんだけどな……」(ボソッ)
「何か言ったかニャ?」(ギロッ)
「別に……」(ボソッ)
「和也さん、レデンさん、着きましたよ」
レデンに睨まれていた俺様を救ったのは、ここまで案内してくれた時雨だった。時雨が立っている場所の正面には、横に何枚も障子が広がっている大きな部屋があった。横幅だけで十メートルはあるぞ。無駄に広すぎだ。
「くれぐれも総理の前では失礼の無いようにお願いしますね」
「はいはい……、どこの誰かさんみたいに急に銃なんてぶっ放さないから安心してくれ」
「あぐぅ……、そういうこと言う人嫌いです」
 こっちを見て少し泣きそうになった時雨だったが、部屋の方に向きなおすと、まともな秘書のようにこう言った。
「龍之介様。和也さんとレデンさんをお連れ致しました」
 そして部屋の中からは、
「うむ、ご苦労であった。通せ」
 昨日と相違ないクソジジィの声が聞こえた。
「はい」
 時雨が旅館の女将さんみたいに正座して障子を開けると、部屋の入り口から畳の横の幅三枚分の距離のところに、クソジジィが浴衣を着て座布団にあぐらで座っていた。
「おぉっ、和也ではないか。良く来たのぉ」
歓迎モードで笑顔を振りまく浴衣姿のクソジジィは、なんとなく勝海舟に見えて仕方がない。昨日は黒いシルクハット・スーツ・蝶ネクタイの黒三点セットで洋風に見えたから、昨日は大久保さんを意識したスタイルだったのかね?
まぁ、クソジジィのファッションセンスなんてどうでもいいんだよ。日本から見て地球の裏側に在る国の今日の天気予報ぐらいどうでもいい情報だ。最優先される情報は他に在る。
「おいクソジジィ、色々と聞きたいことがある」
そう言いながらクソジジィの前までスカスカと歩いていった俺様は、先に部屋に入っていた時雨が差し出してきた座布団を蹴り払って畳に<ドカッ>と強引に座った。
「ほう、何でも聞いてみぃ」
 クソジジィは挑戦的な目つきで睨んできた。だから俺様も負けじと睨み返しながら言った。
「まず……、昨日言った“パラダイス”って言うのは何処にあるんだ?」
「はて? パラダイス……?」
クソジジィがとぼけた様に答えたのでブチキレそうになったが、我慢ガマンがまんだ……。よしっ、落ち着いた。
「あぁ、俺様はそれが楽しみで、今日は忙しい中わざわざここまで来てやったんだからなっ」
しかもここまで来るのにちょっと死にかけたんだからなっ、二回もッ。それにその内一回は貴様の部下である時雨の発砲が原因だ。あんなバカな奴に銃を持たせるなんて正気か? 今すぐあんなヤツ解雇しろよ。で、俺様の家で美人メイド秘書として雇ってやるからさ。<ギロリッ>
「ひっ? 何だか寒気が……?」
 時雨は何処からともなく感じる恐怖に肩を抱いて震えていた。俺様、黒魔術の才能在るかも。
 時雨から視線を外しクソジジィに戻すと、さっきの質問の返答が返ってきた。
「済まんかった和也よ。冗談じゃよ。ちゃんと覚えておるわい。ほれっ、アレがレデンちゃん用のパラダイス“カツオ節風呂”じゃ」
クソジジィが部屋の横を指差した先、そこにはビニールでできた大きなプールが置いてあり、その中には恐ろしい量のカツオ節が投入されていた。

――――――「ニャニャニャァァァ~~~! パラダイスニャァァァ~~~!」

すでにレデンも投入されていた。行動が早いなお前。
まるで札束の風呂にでも入っているかの如く狂喜しているネコミミ少女は、両手でカツオ節を持ち、それを真上に投げ、そしてまた両手でカツオ節を待ってまた真上に投げるという行為を繰り返していた。
「ヒヒヒィ、ヒヒィッ……!」
レデンの超気持ち悪い声が聞こえくる。
「まぁ、アレは見なかったことにしよう」
はじめからアレが無かった事にできれば……と、世の中を生きる人間なら一度は思ったことが在るだろう。それが今このとき、俺様に発生した。
「ふむ、レデンちゃんが楽しそうで何よりじゃ」
 あれが楽しそうに見えるやつがいたら、お前は脳がイカれていると俺様が直接宣言してやりたくなる。だから目の前に居るこのクソジジィにも言ってやりたくなる。アンタの脳はイカれてイカみたいに透明になっているんじゃないのか? もう手遅れだな。ご愁傷様。って、そんなことはどうでもいいんだよッ。
「で、俺様のパラダイスとやらは何だよ?」
レデンのパラダイスはあの『カツオ節風呂』だということは分かった。じゃあ、俺様のパラダイスはこの流れで行くと……、まさか……、『女体乱れ風呂』ッ!?



                   続くwwwwww


”ツンデ・レデン・刹ッ”改 第一幕~第三幕

 ふぅ…、これはヤバイ。小説っぽいです。一応第一幕から第三幕まで直しました。まぁ、第三幕は初公開、レデンと和也の出会いと美鈴降臨を事細かく表した幕です。
 これから膨大な量を直さなければいけません。追加ストーリも途中で大量に投下しなければいけません。
 今回の話で、誤字脱字の発見、もっと説明があった方が良いと思われた賢人が居たら、ぜひコメントください。宜しくお願いしますm(__)m



第1幕   朝の挨拶



「にゃぁ~、にゃぁ~……」

冷たい……水……当たる……体……痛い……お母さん……いない……どこ?
……寂しい……寂しい…1人は……嫌……嫌……嫌……。

――――――ガサッ

体が震えた。何か音がした。何がいる?
目を開けないと。逃げないと。お母さんを助けないと。動きたい。動きたい。動け動け。嫌……嫌……お母さん……逢いたい……逢いたい……。

――――――ガサガサッ、ガササッ

音……近づいている……怖い……怖い……お母さん……お母さん……お母さん……!

――――――「……えっ!?」

声……聞こえた……私と……同じ声……お母さんとは……違う……声……。

――――――「なんでこんなところに女の子が?」

私の……後ろ……いやな声……。
私の……前……良い……声……。

――――――「なんか良く分かんねぇが、困っているやつは見捨てられねぇな」

声……近づく……私の……体……動いた……浮いた……暖かい……これ……あたたかい……水……もう……冷たくない……暖かい……お母さん……逢いたい……。




「お母さん~!」
「逢いたいニャッ~!」
「カツオ節ニャッッ~~~!!!」

「うっさいわ、ボケェ~~~!」

――――――ポグッ!

「ニャピィ~~~!? グゥ~~~」
枕を投げてあげたら寝てくれました。
「この寝ぼすけは……、今良いところだったってのによっ」
本来なら暗闇に包まれるべき部屋を照らす光源は家宝のパソコン。そのディスプレイには、現在人気急上昇中“ツンデレアタックNO1”のオープニングが華麗に映っていた。
「ふぅ~、しかし、さすがの俺様も眠たいぜ」
現時刻は真夜中の3時。やれやれ……、いつもこんな極限状態で睡魔と萌魔の対決が始まるだよな。だが、こんな勝負は俺様に取っちゃ朝飯前だッ!
床に敷いてある布団の上には、“ツンデレアタックNO1”のエース(ツン子)のデザインが描かれた抱き枕が置いてある。俺様はそんなツン子が待っている布団へと大ジャンプッ!   
そして無事に着床。
「ツン子……、勝負の続きは夢の中でだ……、おやすみ……」
尖った瞳を持つツン子を俺の胸に優しく引き寄せる。あぁ……、幸せってこういうことを言うんだぜ?
おっと……、先ほどの寝坊助にも言ってやろう。
「レデン……、おやすみ……」
「グゥ~~~」
可愛らしい寝息が聞こえた。



――――――ボグゥゥゥ!

「はぐわぁ!?」
腹に異物を外側からハンマーで混入されたかのような痛み。少し胃液が喉まで登ってきたぞ。ぶっちゃけ痛気持ち悪い。誰だ、俺様を足蹴に踏みつけて行った無礼で畜生な不届き者はッ。

――――――タッタッタッ……

足跡が遠ざかって行く。 

――――――キュッキュッ

蛇口が開けられる音だ。

――――――バシャバシャバシャァァァ

顔を洗っているのだろうか?

――――――バシャバシャバシャシャシャニャニャニャニャニャァァァ~~~

「ブッ!?」
ここで俺様は吹き出してしまった。
「げほっ、ごほっ?」
何だ!? 後半部の音がおかしいぞ。
抱いていたツン子を優しくどかし、急いで洗面台まで走った。
「って、なにしとんじゃい!」
「ニャ?」
そこは洗面台がある場所。だが……、一面水浸し! 
「早く止めろ!」
「嫌ニャ~!」
「レデン! 止めなさいっ!」
「嫌ニャ~!」
俺様は攻撃してくるレデンの攻撃に耐えながら、やっとのことで蛇口の封印に成功した。おかげで手がものすげぇ痛い。この痛々しい手をレデンに見せつける。
「見ろッ。俺様の手が爪痕だらけじゃないかっ!」
「水~~~……」
悪いことをしたとは全然思っていないらしい。カリカリと蛇口を爪で掻いでいる。そんなレデンを見ていると、何だかマイナスエネルギーが溜まってくるぜッ!
だから、口調が激しくなってもしょうがないのさ。
「水はコップに入れて飲むものなんだよっ、この前教えただろうがっ!」
「ここに溜めたほうが飲みやすいニャッ」
そう言うと、レデンはペロペロと洗面台に溜まっている水を舐めだした。
「あぁ~もうッ! こっちに来いやぁ!」
「まだ飲んでないニャ~」
ズルズルとレデンを引きずって洗面台を後にした。
引きずっている間もレデンに手を引っかかれて、キレかけたことは言うまでも無い。

「ここに座りなさい」
「ニャ~」
部屋まで精神を削りながらやっとのことで引きずって連れてきたレデンを、座布団に強引に座らせた。
「って、猫座りするなっ。ちゃんと人間らしくこう座れッ!」
俺様は見本として、股を広げてお尻を落として座る“女の子座り”を教えようと、男にはやりづらい女の子座りを実践して見せた。
そんな模範演技を見たレデンは、
「こうかニャ?」
見よう見まねで同じポーズをとった。股を広げてお尻を座布団にペタンと簡単につける。だが……、どういうワケか苦しそうだ。
「むぐぐぐぐ~……」
顔が赤くなっていっている。どこか痛いのか?
「……レデン……、何でそんなに苦しそうなんだ……」
くっ……、この座り方は男の俺様にはキツイぜ。
「ニャっ?」
疑問系のアクセントで答えたレデンの顔色を見ると、いつのまにか元の晴れ晴れとしたものに戻っていた。
「だって、ご主人様がこんな顔をしているからレデンも一緒なことをしたんだニャ」
なるほど……、確かに今の俺様は苦痛に顔を歪めているに違いない。
「顔は気にしなくていいぞ……」
「分かったニャっ」
レデンの表情が笑顔に変わる。それと同時に動くもの。それはレデンの頭に何故か付いているネコっぽい白い耳と、お尻に付いている白く長い尻尾。耳は楽しそうに<フルフル>と振るえ、尻尾は嬉しそうにと床を叩き、リズムカルに<パタパタ>と音を出している。
 そんなネコ耳子猫娘のレデンとの朝の挨拶。

「おはようございますニャ、ご主人様っ」
「あぁ……、おはよう……」
「水くれニャ、ご主人様ッ!」
レデンが家に来てから……、一体何回目の朝の挨拶だろうか。



第2幕   兄と妹



 朝の朝食ほど大事なものは無いな。
「いただきますニャ~」
「おう、頂け頂け!」
テーブルの上には、こんがり焼いたトーストと、芸術としか言いようがない焼加減のベーコンエッグと、俺様特製のホットミルクが並べてある。
「ホットミルクは熱いから、ちゃんと冷ましてから飲むんだぞ?」
「了解ニャ~、熱ゥゥゥ~~~ッッ!」
「言っているそばからッ!?」
ミルクで汚れてしまったレデンの顔を拭いてあげようと、急いでタオルを持ってきた。
「ほら、ジッとしていろ」
「じ……自分でやるニャ! 貸せニャ!」
「まだタオルの使い方は教えてないからダメだ」
「そんニャ~……」
ちょっとだけ残念そうに俯いたが、すぐに顔を上げて
「拭いてニャ~」
「よしよし」
目を閉じているレデンの顔を拭こうとタオルを近づけた。この瞬間、
「(うっ……)」
レデンの無垢な表情は、ときに俺様を混沌の渦に巻き込むのだ。いや、 このレデンの可愛らしさが混沌そのものなのだ。カオスだ、宇宙の神秘だッ。
「(いやいや……、何を考えているんだ俺様は……)」
邪念をブラックホールに発射して振り払い、優しく優しくレデンの顔を拭こうとする。……しかしそこにっ、

――――――ガチャッ

玄関のドアが開いた。
「おはようバカ兄貴~、って何してるんだよっ!?」
「へっ?」

――――――ゴシュッ!

「ぐはぁぁぁ~!」
説明しよう。まず、今俺様は飛び膝蹴りを喰らって痛みに悶絶している状態だ。とっても痛いぜ。そして、俺様が床で転げまわっている原因を作ったダメージを与えた女犯人は、レデンに何か話しかけているみたいだぜっ!
「レデンちゃん? このバカ兄貴に何か、いやらしい事をされなかった?」
そいつはレデンの顔をタオルで拭きながら問いかけている。
「レデン、よく分からなかったニャ~……」
おいおい……、誤解を招くような発言をするな……、と言おうとしたがすでに遅かった。
「ふっ……! 殺すッ!!」
俺様に止めを刺すつもりなのか、そいつは高々に舞い上がった。

――――――ドコォッ!

「ちっ、逃げたか」
ジャンピング式ネリチャギ改から逃げて急いで立ち上がり、さっきまで自分が倒れていた場所を見た。
「……殺す気か?」
あまりの衝撃に床板がへこんでいた、っていうか地割れみたいなヒビがフローリングの沿い目に沿って入っていた。
「レデンちゃん、美味しいお魚を焼いているんだけど、家に食べに来る?」
「行くニャ~ッ!!」
家が軽く損壊して意気消沈している俺様をよそに、レデンが『美味しいお魚』という誘惑ワードに負けてそいつに抱きついた。
「こらっ、レデンは俺のモノだぞっ! それにレデン、まだトーストとベーコンエッグが残っているぞっ」
「ご主人様のモノより、美鈴さんのモノが食べたいニャ~」
ネコミミ子猫娘のレデンのノドからは、ゴロゴロとネコ特有の音が聞こえてくる。。
「こんなバカ兄貴のところで生活していたら体を壊しちゃうよ。レデンちゃんおいで~」
「了解ニャ~」

――――――バタンッ

ドアが閉まると二人の姿は消え、静けさだけが残ったが、それでもすぐに行動できるのが俺様の特徴です。
「けぇっけぇっけぇっ……、美鈴ゥゥゥ~! 俺様は怒ったぞっ!」
我が妹ながら、もはや許すことはできねぇッ!
ドアを開けて外に飛び出た。その勢いを保ったまま隣の部屋に住んでいる美鈴の家のドアノブに手をかけて開けようとしたが、その時、ドアの中から何か楽しそうな声が聞こえてきた。耳を澄ませば、

――――――「ニャはは~、このお魚とっても美味しいニャ~」
――――――「そうでしょ? レデンちゃんは育ち盛りなんだからウンと食べないとね」
――――――「レデン……、美鈴さんの家の子になろっかニャ~」
――――――「そうしなさいよ、あんなバカ兄貴なんかほっといてさ~」
――――――「ニャはは~」「あはは~」

「レデン……」
ドアノブを掴んでいた手に力が入らなり、どうしようもない落胆と動揺のカクテルが襲い掛かってきた。だから俺様は以下のように思ってしまったんだ。
そうなのか……、もう……、お前は俺様というご主人様を必要としていないのか。もう……、お前のご主人様にはなれないのか。ふっ……、だったら俺様は……、このまま姿を消したほうがいいのだろうか……。それが……、レデンのためになるのなら……、ってそんなことを考える俺様ではないわぁぁッ~~!

――――――ガチャッ!

 勢い良くドアを開け、そしてそのまま叫んだ。
「おいゴラァ~! 何さらしとんじゃい美鈴~~~ッ!」
ヤクザ並の怒号が響く。だが、そんな中で信じられない光景を見たんだ。

「あっ、やっと来たわねバカ兄貴。さっさと座りなよ」
「ご主人様! ここっ! ここっ!」

テーブルの上にはレデンと美鈴、そして……、俺様の分と思われる計三人分の朝食が用意されていた。
「お前たちィッ……<ぶわぁぁぁ>」
勢い良く登場したつもりだったが、ものすごいカウンターパンチを喰らってしまった。
「お……俺様を許してくれぇ……<ぶわぁぁぁ>」
涙腺が爆発するのを必死に抑えながら、やっとのことで椅子に座ることが出来た。何だか前が見づらいぜ。

「い……言っとくけどねっ、レデンちゃんにいっぱい食べさせようと思ったら、ちょっと余分に作りすぎちゃっただけなんだからねっ!」(美鈴)
「か……勘違いしないでよねっ!」(レデン)
久しぶりにうまい飯を食べたような気がした。

――――――――――☆

「じゃあ、私は会社に行ってくるからね」
美鈴は社会人だ。俗にいうOLだ。何故そんなつまらん職業に美鈴は就いたのだろうか……。殺し屋のほうが向いているのにな。
「おう、行ってこい」
「いってらっしゃいませニャ~!」
俺達の声を背に、美鈴はそのまま会社に向かうのかと思っていたが、
「あっ、一言、言っておくけどねバカ兄貴~」
こっちに振り返った。
「おうっ、何だ」
「レデンちゃんに変なことをさせたら殺すからね」
目がマジだった。
「お……おう……、任せろ」
そうして、破壊の権化かもしれない美鈴は階段を降りていった。世界に平和が戻った瞬間だった。

「お腹いっぱいニャ~」
レデンはまるでネコが顔を洗うように、自分の手を舐めて顔を拭っていた。食後の習慣らしい。しばらくそのままでいると、レデンが食後の習慣を終えて話しかけてきた。
「ご主人様、今日は何を教えてくれるのニャ?」
見ると、俺様を見つめるレデンの瞳にはキラキラとした期待の意が込められていた。
「今日は……」
そうだな、今日は何を教えようかな……。
昨日は萌え声を出させるために、“ときどきエロリアル”のヒロイン(時々)のセリフを発声練習と称して言わせたからなぁ……。いやぁ……、アレはよかったぜ……。例えばだな、『時々は時々だけエロくなるんだから~~ニャ~~』と語尾を変えることによってオリジナルを超える萌えを誕生させることが出来るわけだ。ちゃんと頭に叩き込んでおけよ。
「ご主人様……?」
はっ!? イカンイカンッ! つい妄想の世界に飛び立とうとしてしまったぜ。
「今日はだな……」

――――――モエ~、モエ~

「むっ、電話だ」
いきなりの電話。
あっ、この着信音は俺のホームページに置いてあるから勝手にダウンロードしてくれ。
「仕事の依頼かニャ?」
「さあな」
適当に相槌を打ちつつ、携帯を耳に当てる。
「もしもし?」

――――――ガヤガヤガヤ……

「何だ?」
向こう側がかなり騒がしい。耳が悪くなりそうだ。そんなことを気にしていると、唐突に女性の甲高い声が聞こえてきた。
「あっ、あの! “ヲタク専門の何でも屋”の“和也”さんですかっ?」

さぁ……、仕事だ。



第3幕   自己紹介



 さて、ここら辺で自己紹介でもした方がいいよな。ありがたく聞けよこの野郎っ♪
 おっほん……、やぁ諸君、はじめまして。“ヲタク専門の何でも屋”の『新谷和也』だ。読み方は『しんたにかずや』。覚えたな? 次行くぞ。
 正に容姿端麗という言葉が似合いすぎるスタイルで美形な俺様は、道を歩くたびに女の子の『キャ~、キャ~』という狂喜の叫びが聞こえてくるような気がしてならないのだ。それに頭脳明晰であり、萌えを極めたエキスパートでもある。これってすごくね?
 いいか良く聞けよ。萌えというものはこの世の真理であり、生命がここまで進化できたのも萌えのおかげなんだぜ? 知らなかっただろ? しょうがない奴らだ。心優しく心広い俺様の特別サービスだ。タダで萌え理論講義を聞かせてやろう
 はい、みんな席に着いて~。
はい、着席~。
今から萌えの歴史について講義を行います。頭の中に入っている脳みそのデータを全て消去して、今から教える知識だけを保存して帰るように~。
 では始めます。
生命は、地球誕生から6億年たったころの海の中で誕生した。材料となった基本的物質は、生物が生きていくために必要な栄養素であった。これにエネルギーを加えることで生命の素材が作られた。そのエネルギーとは、太陽光雷、放射線や紫外線などによってもってきたものである……とバカな科学者たちが言っている。全く持って学に乏しいと思わないか? 何で無機物に光を当てると有機物になって生命になるんだよ? もっとよく考えてみろ。生命が何故これほどの進化を遂げることが出来たか。何故、生命が誕生したのかを。
遠まわしに言うのはそろそろ止めにしよう。結論を述べる。

『生命は、萌えによって生まれる』
 
 はいっ、みんな拍手~。パチパチパチパチ~~~ッッ!
 はいっ、拍手止め~。
 驚嘆と感動に包まれている諸君たちも落ち着いて聞いてほしい。これは事実だ。真実だ。
 この事実を知った俺様はすぐに猛勉強を開始して、高校を卒業すると同時に“ヲタク専門の何でも屋”として仕事を始めた。今のところ同業者は少ない。当たり前だな。全ての萌えを知ることなど常人には不可能だからだ。才能と努力、この両方が無ければ成れない至高の職業なのさ。
 さて、萌えによってどのように生物が進化したか簡単に説明してやろう。
 昔の海を気ままに漂っていた中途半端な野郎たちが思った。
「アミノ酸萌え~~~」
 そして究極進化。萌えという太陽よりも壮大で神々しいエネルギーは凄まじい力をもたらした。生命が誕生するほどの力だったのだ。
しばらくアミノ酸だったものたちが次はこう思った。
「単細胞萌え~~~」
 そしてアルティメット進化。萌えから生まれたエネルギーはアミノ酸の周りに漂っていたものたちをも巻き込んで大爆発。煙が晴れると姿を現したのは生まれたばかりの一つの単細胞。やべっ、感動で泣きそうだ。
はじめ一匹だった彼も、分裂するたびに数を増やしていった。だがある時、
「もっと細胞がほしいッ、俺様萌えぇぇぇ~~~」
 バラバラだった彼が自分に萌え、そして何かに引き寄せられるように彼たちが合体。萌えによって自分を見つめなおした彼は、自分は自分だということを知り、世界を知った。そして多細胞が誕生。

 分かるか?
 萌えとは息吹く力。新しい何かが生まれる奇跡の力。心の底から燃え上がる力。生命が一歩も二歩も歩みを進めることが出来る究極のエネルギーなのだ。
多細胞は思った。
「もっと自由がほしい、自由萌えぇぇぇ~~~」
魚類は思った。
「普通に歩きたい、歩行萌えぇぇぇ~~~」
両生類は思った。
「陸でも海でも生きていかれるボクって萌えぇぇぇ~~~」 
爬虫類は思った。
「空飛びたい、飛行萌えぇぇぇ~~~。それに四足歩行にも飽きた。二足歩行で歩いてもみてぇよ。スラリと長い足萌えぇぇぇ~~~」
鳥類は思った。
「ふっ、私の優雅に飛翔する姿を見て萌え上がるがいいわ」 
哺乳類は思った。
「もっと萌えたい、もっとッ、もっとだッ!」

 両生類と鳥類は、自分達に萌えてしまい進化を中断している。だが、哺乳類……人類だけは違う。萌えることの意味、真理を知ったのだ。魚に萌える人々、両生類に萌える人々、爬虫類に萌える人々、鳥類に萌える人々、哺乳類に萌える人々、それ以外のモノに萌える人々。最近そんな奴らが急激に増大しているのだ。俗に言う“萌え進化論”が世界を飛び交っている。今はそういう時代だ。
 俺様はこんな時代に生まれることが出来て神に心底感謝している。萌えの神様、ありがとう。今すぐ萌えの神を降臨させてお姿を拝見しようと、何度怪しげな魔法陣や呪文を唱えたことか……。でも、いつかきっと目の前に現れてくれると信じていた。

 で、現れた。

 先月の話をしてやろう。
俺様はお得意先の依頼で極太のマツタケを人里離れた山中で探していた。現地の人によると、この山には伝説のマツタケ“エクスタシー”が眠っているそうだ。その何とも言えない名称の響きに、俺様の心は狂喜乱舞、体は固い殻から解き放たれたように軽やか。誰も立ち入らないような山中を、マツタケを探すために神がかり的なスピードで探索。気づかないうちにどんどん奥へ進んでいった。で、
「参ったなぁ……、迷ったか?」
 日も落ち、満月の白黄色な月光だけが山中を照らしている。しかも雨が降っている。結構土砂降りだ。だが、満月だけは顔を出している。妙な空模様だった。
「ふむ……、困った」
 依頼された仕事がまだ終わってもいないのに、このまま帰るのもアレだし。依頼を諦めるにしてもこのまま帰れるかもアレだった。
土砂降りの雨が降る中、月光だけが照らす山中に迷ってしまった時はどうすべきか。そのときの俺様はこう考えた。

――――――ウウウゥゥゥ~~~……

「……何の音だ?」
 考えて出した結論が脳から全身の運動神経に伝搬される前に、奇妙な音が聴こえてきた。それはこんな山奥では聴こえるはずが無い音。サイレンの音だった。
 雨音の隙間から聞こえてくるサイレンの音は、どっちの方角から聴こえてくるか分からなかったが、俺様は勘を頼りに音の方へ向かった。もしかしたら人がいるかもしれないと考えたからだ。山から下りる道が分かればそれでよかった。
 山中はほとんど真っ暗だったので、途中で木の枝に顔をかすめたり、雨でぬかるんだドロに足を取られて転びそうになったが、それでも俺様は必死で音源を探した。でだ、出会っちまったんだな。

奇妙な少女に。

「……え?」
 道じゃない道を走り、木々の密集した場所を蹴り倒しながら進んでいった先。それはノーモーションで現れた。
「……にゃあ~……」
 弱々しい声。今にも消え去りそうな声。雨の振る中、地面に座り込んでいる少女。白いTシャツはドロで汚れまくっていて、短パンには木の枝や葉っぱが突き刺さっていた。肌が露出している部分には擦り傷も見られた。微かに見えたエメラルドグリーン色の長い髪の毛は、降り続ける雨でしな垂れていた。
その姿は暗闇に近い状態でも確認することができた。だが、さっき以外にもこの少女について分かったことがあった。信じられないことだが、目の前にいる少女の頭には……ネコ耳、お尻からは長い尻尾がニョロと生えていた。どう見てもおかしい。だけど、どう見てもリアルだ。
「何でこんなところに女の子が?」
 そんな疑問よりも、こんな山奥に傷ついた少女がいる方がおかしい。俺様はそう思うことにした。間違っていないよな?
 
――――――ウウウゥゥゥ~~~……
 
サイレンの音が鳴り響いている。心なしかさっきよりも強く聞こえる。音源に少し近づいたのだろうか。それにだ……、どこからともかく人の声が聞こえてくるような。

――――――「…………早く……見つけろッ……、そう遠くには行っていない筈だッ」

 気のせいじゃなかった。それにだんだんはっきりと聴こえてきた。人の声だ。何かを探しているのか、怒鳴るような口調の男の声。何だか聴いているとムカついてくる声だ。
 声がどんどん近づいてくるにつれて、明かりも少しずつ見えてきた。懐中電灯の明かりだろうか、かなり向こうの林の奥から光がこぼれていた。
 俺様は直感したね、この少女は悪いヤツ等に追われていると。
 だったらやるべきことは一つだよな。困っている少女を悪の手から助け出すのはいつもイケメンな美青年だ。つまり俺様ということになるわけだ。
「なんか良く分かんねぇが、困っているやつは見捨てられねぇな」
 目を開けずに鼻だけクンクンと動かした少女は、疲れているのか俺が近づいても逃げようとはしなかった。少女を抱きかかえるために腕を頭の裏と足に回した。持ち上げるのに力はほとんどいらなかった。まるで現物大のマシュマロを持ち上げたみたいだった。
少女を優しく抱きかかえると、急に雨がより一層強くなった。それは、まるでこの少女との別れを山が悲しんでいるような……、そんな哀愁がたくさん詰まった味がした。
この妙な感覚が体から抜け出ると、力が湧いたような気がした。腕の中で眠るように静かな少女はというと、本当に寝ているのか『スー、スー』と寝息をたてていた。
「……さてと、行くか」
 そして俺は少女を抱きかかえたまま歩き出した。不思議なことに、さっきまで散々迷っていたのが嘘のように山の麓に着いてしまった。何だかエスカレーターに乗って山から脱出したような気分だった。

 以上で俺様とネコミミ子猫娘レデンの初出会い話は終わりだ。感動した者は手のひらの皮がベロンベロンに剥がれるまで拍手すること。それ以外の者は感動するまで拍手をし続けること。それが全人類に課せられた義務だ。
 話を戻すが。
 保護したネコミミ子猫娘を俺様の家、『イイ・マンション』の第403号室へと連れ込んだ。いや、搬送した。
 少女は極度に疲労し、マジで死んでしまうと思ったぐらいやばかった。変な気を起こす間もないぐらい必死に看病した。次の日、少女が目を開けたときは本当に嬉しかった。
「……気が付いたか?」
「………………」
目蓋が開くと、その中からは暗緑色のどこまでも透き通った瞳が出てきた。綺麗だった。だが、その瞳はじっと天井を見上げ、俺様のことなど見えていないかのようだった。だから目が見えていないのかと心配していると、少女の妙に神秘的な瞳がゆっくりとこっちを見たときはホッとした。
「…………ニャ?」
 俺様の存在に気づいてくれたことには感謝する。でもな、いきなり『ニャ?』と言われても俺様にはどういった行動を取ればいいか分からないぞ。
「…………ニャ?」
「いや…、もう一度繰り返してもらっても分からないぞ」
「……ニャ~……」
 まるで子供が買って欲しいお菓子をお母さんにダメと言われたときに発する溜息混じりの落胆のネコ語バージョンが、布団で仰向けに寝た状態のネコミミ少女から聞こえてきた。
「……俺様の言っていること……、分かるか?」
「ニャッ!」
 少女は言葉が分からなかった。いや、言っていることは理解できるのだろうが、自分から人語を話せないといった感じだった。無駄に元気の良い返事はその証拠だな。
 どうしようかと悩んだ。このまましゃべることも出来ない少女の面倒を見るか、嫌なことが起きそうになる前に山に帰すか。
「……なぁ」
だから俺様は聞くことにした。
「ニャ?」
 初対面の筈なのに何故か俺様のことを全く怖がらない少女は、ジッと自分を眺めているその男を見つめた。その瞳には動揺とか恐怖とかは微塵も感じられなかった。ただ、俺様が次、何を言っても聞き入れるといった覚悟さえも感じ取れた。だから俺様も気落ちなく言えることが出来た。
「……ここに居たいか?」
 まず、ここがどこかも分かっていない状態の少女に聞く言葉ではなかったかもしれない。だが、これが最も的確な質問だと思ったんだ。あのとき、この少女は何者かから逃げていた。迫り来る恐怖から必死に逃げ、その結果があのボロボロ状態だったんだ。もし俺様があそこに行かなかったら、その何者かに連れ去られていただろう。それはもしかしたら『死』を意味していたかもしれない。だから俺様は直感的に助けた。そうしないとダメだと思ったんだ。結果、この少女は助かった。でも、それは今だけだ。ここから出て行っても、すぐにヤツ等に捕まるような気がした。
 少女はしばらく黙って自分の手のひらを見つめていた。その真剣な表情から何かを読み取ろうとしたが、俺様にはできなかった。
 そして、ネコミミ少女は言ったんだ。
「ニャッ!」
 強烈な意思表示だった。上体を起こして胸の前で両手をグッと握った少女がニヤリと笑うと、暗緑色の瞳もキラリと光ったような気さえした。
「そっか……、じゃあ取り合えず……」
 病み上がりにしては元気が良すぎる少女に顔を近づけた。少女はキョトンとしている。このまま変なことをしてもバチが当たらないような気がしたが、俺様はペリーもビックリするほどのベリーエレガント紳士だぜ? 甘く見るなよッ!
 俺様は女性が見たら誰もが惚れてしまいそうな笑顔で、
「はじめまして。これからよろしくなっ」
 挨拶した。ネコミミ少女は先ほどと同じようにキョトンとしていたが、今度はちゃんと反応が返ってきた。
「ニャッ!」
しかも満面の笑み付きでだ。流石にこの笑顔にはクラっときたぜ。免疫の無いガキだったらヨダレを撒き散らしながら飛び掛っているところだが、俺様はベリーエレガント紳士。常人とは一味も三味も違うのだ。
「あっ、ちなみに」
「……ニャ?」
「俺様のことはご主人様と呼べ」
「……ニャ?」
まず始めに言葉を教えないとダメだった……。

――――――――――☆

 予想外だったのは、このネコミミ少女が俺様と出会ってからの以前の記憶を無くしていた事だ。そんなバカなと俺様思ったからな、『今まで何処に住んでいたんだ?』、『自分の名前は?』、『お前は追われていたんだぞ?』と優しくいろいろ問いただしてみた。しかし、返ってくるのは『ニャ~……』と思わずこっちが謝ってしまったぐらい可哀想な鳴き声だった。
 恐らく、あの山での体験を思い出さないように無意識に記憶を閉じ込めたのだろう。それほどの恐怖だったんだな。だったらこの話はもう無しだ。イヤな記憶ほど思い出したくない。俺様も心底そう思うぞ。だからこれ以上言及するのを止めた。
 『ここに居たいか?』とネコミミ少女に聞いた時、ここに居たいと言ったのは恐らく本能的だったんだ。自分が以前居た場所は覚えていない。だけどそこにはもう二度と帰りたくない。だからここに居る。貴方の側に居たい。居てもいい? ふっ、任せろッ! と俺様は解釈した。
 それに行き場の無い少女を野放しにするほど落ちぶれちゃいないつもりだぜ。もし路上に一人ぼっちな少女が心寂しそうに座っていたら、俺様は少女をちゃんと家に連れ帰って警察に通報されないぐらいに遊んで無事に少女の家へ返すほどの漢だぜ?
 ちなみにコレは経験談じゃないから本気にしないでくれよ。マジで冗談だからな。通報だけは勘弁してくれ。ただ俺様は、可哀想な少女は決して見捨てない心優しき青年だということを強調したかっただけさっ。
 さて……、どこまで話したっけな……。レデンとの出会いが終わって……、あっ、そうそう……、保護したネコミミ子猫娘には『レデン』と誰もが唇を噛んで妬むような素晴らしい名前を授けてあげたんだ。レデンはその名前を大変気に入ったらしく、自分の名前を言えるように毎日声が枯れるまで特訓していた。何とか自分の名前を言えるようになったのはあの時から一週間あとぐらいだったかな。でもな、自分の名前を言えるようになってからが凄まじかった。あっという間に何でもしゃべれるようになってしまった。元々しゃべれたんじゃないのかと疑うほどの上達振りだ。いや、俺様の教育の仕方が良かったのかもしれないな。レデンにいろんなゲームのヒロインの声入りセリフを聞かせ、それを言えるようになるまで涙を飲んで厳しく教え込んだ。その結果、レデンはどんなヒロインの声をも真似できるミラクル少女へと変貌を遂げた。しかも俺様のことを自然に『ご主人様』と呼ぶようにもなった。いいか? 『ご主人様』だぜ? やばいだろ? いいだろ?
もう幸せすぎて死んでもいいと思っていたぜ。だからかな、

 予期せぬ負荷要素が現れてしまったのは。

 ある日、

――――――ピンポーン……

 来訪者がインターンホーンを鳴らした。
「……誰だ?」
 俺様の家を尋ねてくるようなヤツは、宅配お届け人爽やかスマイル付きか新聞の勧誘ニヤケスマイル付きしかいないぞ。いちいち対応するのも面倒なので、シュミレーションゲームをしているレデンに出てもらうことにした。宅配便なら品物を受け取ってハンコを押せる。新聞の勧誘なら切り刻むということもできる。それぐらいの対応は出来るようにはなっていた。
「レデン~、頼む出てくれ~」
 俺様は忙しいかった。レデンにいつか着せるための服を製作中だったからだ。今のところ『巫女服』、『ナース服』は完成している。今作っているのは『メイド服』。だが、ただのメイド服じゃ面白くないので、何の要素を含めるか悩んでいて苦しい。メイドと何をかけ合せればいいのだろうか。やはりレデンに合わせてネコの要素を含めるべきか……、意表を突いてキツネの要素を含むべきか……、これからの人生の行く末を左右する大事な決断だった。
「了解ニャ~」
 素直に返事をしたレデンは、17インチの画面の中で髪の長い女の子に蹴られている情けない主人公を置き去りにし、玄関まで走っていった。
「さてと……、ネコ……、キツネ……、ロボットの要素も捨てがたい……」
 頭に浮かぶ究極のメイドたち。いっそ全部合わせてしまってはどうだろうか?
 いやダメだッ! 
 瞬時に否定した。何を言っているんだ俺様は……。萌えの重要要素の一つにバランスというものがある。バランスを保てないモノは、何も生み出さない。萌えない。生きる価値すらない。ネコとキツネとロボットをかけ合わせたら個性が消え、ワケの分からんモノが生まれてしまうだろうが。まったく……、どうかしていたぜ。最近はレデンのトレーニングにずっと構っていたからな、俺様自身のトレーニングを怠っていたぜ。
よしっ、今すぐ“ツンデレアタックNO1(羞恥編)”を買いに行こう。そしてこの体が倒れるまでやり尽くそう。決意の炎が目と心臓に移り燃え上がった。
甲子園に行くと決めた球児9人分よりも固い決意を秘めた俺様は、残り幾ら入っているかも分からない財布を持ち出し玄関まで向かった。もうレデンが来訪者を追い出している頃だろうと思った俺がバカだったんだ。
「んっ、どうしたレデン?」
 まだレデンは玄関先で誰かとやり取りをしていた。
「あっ、ご主人様。ちょうど良かったニャ」
振り返ってこちらを向いたレデンは、どこか困ったような感じだった。

――――――「ご主人様だ~~~???」

 語尾が13段階ぐらい上がって疑問詞が強調された言い方だった。その声の主はレデンの前に立っている人物。太陽に向けている背中が仰け反るくらい胸を張って、<キッ>とレデン越しに俺様を睨みつけた。あぁ……萌えの神様よ……、レデンが萌えの神様かどうかは今のところ分からないが、もし居るなら何故この幸せを壊そうとする? これはアレか……飴と鞭か? 残念だが、俺様はSの才能はあるがMの才能もある。効果は抜群だぜ。
 まぁ……、その来訪者は俺様の妹の『新谷美鈴』だったワケだ。強暴だから気を付けた方がいいぞ。っていうか見たら逃げろ。判断を誤るとこの世から消されてしまうぞ。何故こんな危ないヤツが家まで訪ねてきたのかは全く身に覚えが無かった。美鈴とはここしばらくは会っていなかったからな。もう……、何年になるかも分からない。だから昔のように普通に接してみた。
「よっ、誰かと思ったら美鈴じゃないか。来るならちゃんと言ってくれよ。そうだったらちゃんとココを引っ越してお前の目の届かない秘境に宅急便で送ってもらったのに」
「だから電話しなかったのよッ」
 相変わらずいつも怒っているヤツだった。昔から全然変わっていない。性格はその人の本質だからな。中々変わるものじゃないんだな。では外見特徴はどうかというとそうじゃなかった。これは結構変わっていた。俺様の頭の中に入っている忌々しい昔の美鈴像と今の美鈴像をトレースしてみた。照合して出した該当率、ジャスト70%。30%分の誤差が生じられた。その原因として考えられたのは、縦の長さである身長、横の長さであるバストとヒップ。よくここまで成長したものだと感嘆するぐらいだった。そう言えば美鈴を最後に見たのは美鈴が中学生と時だっけな……、当時の美鈴はそれはそれはガキだったなぁ……。
「何ニヤケてんのよッ」
 玄関の外から怒号が飛んできた。
「バカ兄貴が最近どうもおかしいって言う情報が入ったからわざわざ来てあげたら、私の予想を遥かに超えてバカ兄貴が変になっていた私の気持ちが分かるッ!?」
 そしてズカズカと豪快将軍のような足取りで勝手に入ってきた美鈴は、ネコの後頭部の柔らかいところを摘む力×五万倍のパワーで俺様の胸元を摘み上げた。
「く……苦しッ」
「それにコレは何よッ!?」
 両手から片手に持ち替えて俺様を持ち上げた美鈴は、空いた左手で玄関に佇んでいたレデンを指差した。相変わらずのバカ力だ。
指差された当人は二秒ぐらい『ニャっ? ニャっ?』とあたふたしていたが、
「レデン、“コレ”じゃないニャっ」
と、少しながらの反抗声明を出した。
「レデンはレデンニャっ。“コレ”じゃないニャっ!」
 さらに付け加えた。
「はいはいっ、良い子だから少し待っていてね」
 レデンの自己主張をまるでお茶漬けを飲み込むようにサラッと流した美鈴は、
「今からバカ兄貴と“お話”しに奥の部屋に行くから、レデンちゃんはここで大人しく待っていてね~」
 空いている左手で今度はレデンが着ているTシャツをキャッチ、そしてレデンごと椅子へリリース。レデンもコレにはビックリして声も出せなかったようだ。俺様もリリースしてもらうと助かるんだがな。っていうか今、コイツ両手で人間二人を持ち上げたぞ。もう人間じゃないんだな美鈴よ。このバケモノッ!
「じゃあ私たちは奥でじっくりとお話しましょうね~」
 口元が少し引きつった笑みを浮かべながら、美鈴は俺様を地に下ろすことなく、そのままの体勢で即席死刑室と化してしまった奥の部屋へ向かった。
 このあとの美鈴とのやり取りは……悪いが思い出したくも無い。イヤな記憶は呼び起こすものじゃない。そう思うだろ? まぁ……、途中から何故か記憶が無いから思い出したくても思い出せないんだ。予想だと、レデンとの出会い話 → レデンとの共同生活話 → レデンの調教話あたりで、美鈴がキレて俺様の頭蓋骨でも粉砕したんだろうな。
 でだ、その次の日には、
「私、引っ越してきたから」 
大荷物を持って、隣の402号室へと何度も往復するマイシスターがいたわけだ。アハハッ。もう笑うしかないよな。ほらっ笑えよ。ア~~~~~~ハッハッハッハッハッア~~~~~~~~ッッッ!!! 笑えるかぁぁッッッ~~~!!!
 引越しを一人でする美鈴を絶望の眼差しで眺めていた俺様を、レデンが優しく撫でてくれたときは、数年ぶりに不覚にも泣いた。悲しかった。世の中の摂理を恨んだ。真夜中の神社に突入して、ご神木に美鈴の顔写真付きワラ人形を押し当て『美鈴ぅ~、美鈴ぅ~』と怨声を発しながら顔面に五寸釘を叩きこみたかった。だけどそんなことをしたら、美鈴が闇から現れて俺様の顔面に直接五寸釘を打ち込む危険が発生するので、何とか思いとどまった。
 まぁ……、美鈴が隣に引っ越してきてから今日までいろいろなアクシデントが起こったよ。どれもこれも常人なら極大円形脱毛症になってしまうほどの出来事だった。例えば、俺様がレデンを教育しようとすると美鈴が邪魔しに来て家が半壊したり、なけなしのお金で激レアフィギィアを買ってくるといつも美鈴に全壊されたり、レデンと美鈴が最初はギクシャクしていたのに徐々に打ち解けていったり、もう不幸すぎて死にたいと思ったぜ。

 もう……この辺で自己紹介を終了してもいいよな? もう疲れた。もうイヤだ。思い出したくも無い。全て美鈴が原因。美鈴が悪の根源。美鈴さえいなければ俺様の天下。だったら美鈴を消せば良い。よし消そう。だけど百パー返り討ちにあってこっちが世界から消滅してしまう。だから現状維持。気が狂いそうになる。分かるか、この苦悩がッ、怒りがッ、誰か吸引してくれ。

――――――「ご主人様? 何ボ~っとしているニャ?」

「へっ?」
 腕を引っ張られた。不意に視界が明るくなる。
「シャキっとするニャっ」
また引っ張られた。今度は強く引かれたので足元がよろめいてこけそうになった。体勢を立て直しつつ横を見ると、そこには少し怒って頬を膨らませたレデンがいた。
「おぉ、レデン……。どうした?」
「どうしたじゃないニャ。ボケ~としていたご主人様が一体どうしたんだニャ?」
「……ボ~っとしていたか?」
「ボ~っとしていたニャっ」
 ふむ……、どうやら考え事をしていたらしい。何を考えていたか……忘れちまった。何だっけ?
まぁいいや。そんなことよりも思い出したことがある。俺様とレデンは仕事に行く途中だったんだ。周りは人ごみでいっぱい。無駄に高いビルも勢ぞろい。地上は都会独特の人模様で彩られている。レデン一人だと迷うこと間違いなし。急いで現状を確認する。完了。俺たちは横断歩道の手前で立ち尽くしていた。青信号なのに渡ろうとしないのは俺たちだけで、周りの連中は足早に進んでいく。その内の半数はレデンの頭に生えているネコミミやお尻の尻尾に興味を示し、歩を止めていた。そんな連中に営業スマイルで微笑みをばら撒き終えると、レデンは俺様の後ろに回った。
「ご主人様が動かないとレデンは何処に行けばいいかも分からないニャっ。シャキっとするニャッ<どんっ>」
 背中を両手で軽く押された。いつの間にか青信号は点滅している。
「へいへい……、悪ぅございました」
日に日に強気になっていくレデンを見ると嬉しくもあり、これがどう考えても美鈴の影響だと思うと悲しくもあり、そんな感傷に浸っているヒマも無いぐらい最近は忙しくてもうクタクタだ。レデンが家に着てから何故か依頼が殺到。気が付くと、俺たちはこの世界ではちょっとした有名人になっていた。正にレデンさまさまだ。萌えの神様ありがとう。   
だけど、レデンに本物のネコミミや尻尾が生えているのは俺様と美鈴しか知らない。もし、このことが外部に漏れたらとんでもないことになる。とりあえず一番厄介なのはレデンを追っていたアイツ等だ。今もレデンを探している可能性がある。レデンのためにも俺様自身のためにも、事は慎重に進めなければならない。
レデンの記憶が戻ってくれれば、手っ取り早く連中の居所が分かり、美鈴に連中のアジトを壊滅してもらえるのだが、今のところレデンの記憶が戻る様子は見られない。寝言でたまに変なことを口走ることもあるが、俺様は無視することに決めている。『カツオ節』、『お母さん』の単語が良くレデンの寝言に出てくる。前者はどう考えても何の価値も無い情報だろう。カツオ節はレデンの大大大好物だからな。夢にでも出てムシャボリ食っている様が頭に浮かぶ。ちなみに後者はどう考えても最重要要請しなければいけない情報だ。
『お母さん』。そう呟くレデンはいつも苦しそうだった。でも次の瞬間『カツオ節ニャ~!』と寝ながら叫び出すので無視することに決めたんだ。まぁ結論としてはだな……、俺様が幾ら憶測を出そうが、レデンの記憶が戻ればそれが一番信用できるワケだ。だからレデンの記憶待ちって状態だ。記憶が戻るその日がいつかは来るのかもしれないが、来て欲しくはないな。ノストラダムスの大予言並に来て欲しくない。来るんじゃねぇぞ。ノストラダムスの大予言は普通に外れてくれた。だから俺様のこの直感も外れてくれることを願う。こんな日々が、いつでも続けば良い。邪魔をするヤツは誰だって許さない。
 
「行くぞ、レデン」
「了解ニャッ」
 
一歩で進める距離が違うので、レデンは忙しなく駆け足で俺様の横にいようとしている。見ていて微笑ましい。ガンバレよ、レデン。俺様はお前の味方だぞ。
「何で笑っているニャ?」
「……別にいいだろ」
「変なご主人様だニャ~」
「へいへい……、約束の時間に遅れそうだから少し走るかっ」
「了解ニャっ!」

俺様の名は新谷和也。ヲタク専門の何でも屋。助手のレデンと共にどんなに困難で難関な依頼も達成する萌えのスペシャリスト。仕事の依頼は電話番号×××―××××ー××××までどしどしお寄せくださいだぜっ。期待に答える仕事をするのがモットーです。



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